幸隆の国から

歴史の跡、自然、いい湯などを訪ねて出掛けたときの記録。
また、四季折々、日々の雑感です。

そば食う旅の楽しさ・2

2021-09-05 | グルメ

”我と来て遊べや親のない雀”

”痩せ蛙まけるな一茶是に有”

俳句になじみがない人でも、多くの人が知っているであろう一茶の句である。

 

毎年、小林一茶の命日11月19日には、一茶のふる里・柏原(長野県信濃町)で俳句大会が行われる。

3,4年前に出掛けたときのことであるが紹介する。

 

俳句の素養のない私には、ちょっと敷居が高いが、その時行われる「新そば会」が楽しみである。

柏原はおいしい蕎麦がとれるところで、蕎麦好きにとっても何よりのイベントである。

一茶はこんな句も詠んでいる。

”しなのぢやそばの白さもぞっとする”

 

屋外に張られたテントでは、大きな釜で、地元の人たちが新そばをゆでてくれる。

そろいの法被に染めてあるのは、「やせ蛙負けるな一茶これにあり」。

 

手を切るような冷たい水で締められた地元産の新そばは、そば好きならずともほほが緩むであろう。

新そばは、まだうっすらと緑色を残し、しっかりと香りが立ち、これぞ地元ならではのおいしさである。

 

句会の入選、入賞の句を鑑賞し、新そばを頂いた後は、一茶が終の棲家としたとされる土蔵に立ち寄る。

囲炉裏はあるが、北信濃の冬を過ごすのはさぞ厳しかったであろう。

 

11月ともなると北信濃は寒くなり、雪の日もある。

お出かけの方は、油断せず、車のタイヤは冬用に替えておく方が良い。

また、このイベントは、新型コロナの影響もあり、今年開催されるか否かは要確認である。

 

 

 


そば食う旅の楽しさ

2021-09-04 | グルメ

新そばが出る頃、毎年、蕎麦の産地で行われる「新そば祭り」は、待ち遠しかったものだ。

「・・・かった」と言うのも、去年からはコロナのおかげで、どこにも出かけることが出来ずにいるからである。

中には、とても珍しいそばの打ち方があるのを知った。

ずいぶん前になるが、桧枝岐(福島県)の新そば祭りに出掛けたことがあった。

 

「裁ちそば」という独特のそば打ちで、その地の伝統的は方法なのだという。

普段我々は、そば粉に水を加え、煉り、伸ばし、たたんで、細く切って麺にしたものを食べている。

なんと、「裁ちそば」は、伸ばしたそばをたたむという工程がない。

どうするのか・・・?

大きく伸ばした麺生地を何枚も重ね、その重ねたものを、包丁で向こうから手前に引いて切る。

織物の生地を裁つようにすることから、「裁ちそば」と言われるようになったそうだが、その時初めて知った。

地元のオバちゃんたちの熟練した技に、思わず見とれてしまったことを覚えている。

まるで丸太のように太い麺棒にも驚かされた。

 

今では桧枝岐へ行くのに苦労はないが、かつては秘境とも言われていたという。

昔は、つなぎにする小麦粉が高価なため、そば粉100%で打っていたという。

そのためそばがつながりにくく、折りたたむと切れやすいので「裁ちそば」の方法が生まれたと聞いた。

 

新そば祭りでは、そんな十割の「裁ちそば」が食べ放題だった。

新そばの、挽きたて・打ち立て・ゆでたてを思う存分楽しめたのだった。

 

 

 

 

 

 

 


やっぱり信州蕎麦・6

2021-09-02 | グルメ

そば好きにとっては、各地のそばを食べ歩くのはとても楽しい。

そのうち、ああだ、こうだとウンチクを傾けるようになり、それがまた楽しい。

 

我々が日頃食べている「そば」は、蕎麦の実を挽いて粉にし、煉って、のして、ほそく切って、ゆでる。

「そば切り」と言われる、この形になったのはいつ、どこでなのだろうか。

その起源についてのむずかしい話は、その道の専門家にお任せするしかない。

ただ、私にも、歴史を訪ね食べ歩くことはできる。

 

信州には、「そば切り」はここが発祥と名乗りを上げている場所があった。

中山道本山宿(長野県塩尻市)にある「本山 そばの里」は、以前、偶然通りかかって入ったお店だった。

建物も比較的新しく、看板を見なければ、お蕎麦屋さんとは思えない外観である。

 

ここが、「そば切り発祥の里」であることが掲示されていた。

お店では、地元のお母さんたちが「そば切り発祥の里」を盛り上げようと、頑張っておられるのが見えた。

こんなご時世で、どんな様子であろうか。