幸隆の国から

歴史の跡、自然、いい湯などを訪ねて出掛けたときの記録。
また、四季折々、日々の雑感です。

城下町佐倉・「武家屋敷通り」を散策

2023-05-07 | 歴史

日本100名城の一つ「佐倉城」の東側は城下町だったところで、今でも歴史を偲ばせてくれる。

城跡見学の後、観光協会で入手したパンフ「佐倉散歩」を手に、武家屋敷を観て周ってみた。

 

佐倉城の三の門跡から真っすぐの道を東方向に歩くと、お城の正門ともいえる「大手門跡」に着く。

二階建てで鯱の載った立派な門があったそうだがそれは昔、今やそれを示す石碑が立っているのみ。

 

大手門跡を右に折れ、一旦坂道を下りてから「ひよどり坂」の急な坂道を登る。

太い竹が密集する林で、その様子は江戸時代とほとんど変わっていないとか。

多くの若者たちが写真を撮りあっていた。

 

息を切らせてひよどり坂を登りきると、良い雰囲気の「武家屋敷通り」となる。

旧河原家、旧但馬家、旧武居家の武家屋敷三軒が公開されている。

どの家も道路に面して門があり、土塁の上の生垣が視界を遮っている。

 

旧但馬家の門

 

旧武居家玄関

 

旧河原家

 

邸内の座敷

 

旧但馬家はもともとあった場所に、他の二軒は移築して整備されたものだという。

建物の広さは異なるが、それぞれ畳敷きの立派な玄関がある、武家のお屋敷らしい風格のある建物であった。

わずかな時間ではあるが、江戸時代へタイムスリップした雰囲気を楽しんだ。

 

 

 

 


結婚式は夜が明けるまで

2023-02-09 | 歴史

「小平ふるさと村」は、古い建物をいくつか移築し公開されている、古民家園ともいえる場所である。

現在、「昭和の結婚式」の展示が行われている。

茅葺きの古民家のお座敷では、結婚式で使われていた食器や衣装などを間近に見ることが出来る。

併せて、昔の結婚式を再現したビデオが流れているので、その様子を知ることができる。

 

大きな茅葺の住宅。

入ると土間(台所)があり、板の間、畳敷きのお座敷と続く。

 

裏には、再現された水車が回っている。

囲炉裏を使っていたので、内部の柱や梁は煤で真っ黒になっている。

 

昔は、結婚式(披露宴)は自宅で行うのが一般的だったようである。

地元の郷土研究会が発行した本を読むと、明治生まれの方の回顧談が載っている。

それによると、結婚式は夜が明けるまで飲み食いして騒いだのだという。

「花嫁さん」は2時か3時に寝るのが普通だったとか・・・。

お嫁さんにしてみればうれしさもさることながら、辛抱の一日だったのかもしれない。

 


平和の尊さを知る「旧日立航空機(株)変電所」

2021-12-01 | 歴史

「旧日立航空機株式会社 変電所」

それは、東大和市(東京都)の都立東大和南公園の中にある。

紅葉が真っ盛りで、公園内を散歩するにはとても良い日だった。

 

紅葉に囲まれた運動場の周りを歩いていくと、「旧日立航空機株式会社 変電所」の建物が目に入る。

東大和市は、空襲に痛めつけられた建物を後世に伝えるべく、市の文化財に指定したという。

そして、補強、改修工事をしたうえ、現在は水、日の週に二日公開している。

 

近くまで寄ると、壁面には、こっぴどくやられた銃弾の痕が痛々しい。

 

建物内部に入ると、ボランティアの方であろうか、親切に説明をして下さる。

お話によると、これは機銃が撃ち込まれて、壁に開いた穴だという。

 

二階、変圧器の鉄板を打ち抜かれた痕も残っている。

 

内部に残る設備の一部。

 

「西の原爆ドーム 東の変電所」と言われているそうだ。

ここにあった工場は、何回もひどい空襲を受けた。

変電所と給水塔を残し壊滅的被害を受け、尊い多くの人命も失われたという。

一帯は広い公園に生まれ変わっているが、地元の努力により「すさまじい攻撃の痕」は保存されている。

外壁に残るたくさんの弾痕を見ると、撃ち込まれる弾の下にいたらどれほど怖かったであろうか。

平和のありがたさを改めて認識したのだった。

 

 


高岡市の歴史的建物の残る町

2021-11-12 | 歴史

高岡市の見どころは、「高岡城跡」の他にもいくつかある。

 

その一つが、日本三大仏に挙げられる「高岡大仏」である。

背中の丸い輪を「大円輪光背」と言うらしいが、午後の陽はちょうど逆光になり、背中の方から光が来ていい感じになっている。

この大仏様も、地元高岡の鋳物技術者の手により作られたことも知った。

 

大仏様のあと、古い建物が残る山町筋と金屋町の二か所の町並みを見て歩いた。

全て徒歩で歩いた。

いずれも「重要伝統的建造物群保存地区」に選ばれている。

 

まず、重厚な土蔵造りの家が並ぶ山町筋を歩く。

町並みに入るとすぐに「土蔵造りのまち資料館」があるので、見学しながら情報収集をする。

有難いことに、ボランティア・ガイドさんが、1,2階の隅々まで案内していただいた。

 

立派な土蔵造りの資料館(旧室崎家)の入口。

入ってみると、間口の割りに奥行きが長い大きな建物である。

 

ここが入り口わきの帳場。

古い大福帳がぶら下がっていた。

 

都会では見なくなった、畳敷きの大きな部屋がいくつも連なる。

 

通りをしばらく進むと「高岡御車山会館」。

御車山は「みくるまやま」と読むのだと、ガイドさんに教えていただいた。

年に一回引き回される山車が展示されている。

 

次に向かったのが鋳物の町「金屋町」。

歴史を遡れば、加賀藩二代藩主「前田利長」が鋳物師を招き、千保川を渡ったところに鋳物場を開設させたのが始まりと言われる。

鋳物は火を使う仕事のため、川の対岸にその仕事場が作られた(これもボランティアさんの説明)。

 

歩いてみると、千本格子の家が軒を連ねている。

 

「高岡市鋳物資料館」は、今回ぜひとも見学したかったところである。

鋳物製造の歴史、技術などが分かるような資料や製品、道具などが展示されている。

原形作り、砂の型作り、融けた鋳物を流し込む、取り出し、磨き、塗装など、何段階もの手を経て完成する。

すこ~し鋳物製品の作り方が分かったような気がする。

 

現代的住宅に押され、どんどん古い建物が廃れていき消滅していく。

一戸、二戸ではなく、町並みとして保存されていることの素晴らしさを再認識した。

これが、今回の富山旅行最後の記録になる。

 

 


所沢航空記念公園

2021-09-29 | 歴史

所沢航空記念公園(埼玉・所沢市)で遊ぶ。

西部鉄道の「航空公園駅」の目の前が公園になっていて、アクセスはこの上なく便利である。

 

駅前広場を抜けると、国産中型旅客機「YS-11」の隠居後の姿がある。

この機体に出会うのは、三沢航空科学館(青森県三沢市)以来である。

 

公園内に入ると、広い芝生が広がり、ゴム飛行機に興ずる大人たちがいた。

また、林のなか、ジョギング、ウォ-キングのコースにはちらほら人の姿が見える。

野球、サッカー、テニスなどの運動場も整った、すばらしい公園である。

 

少し奥まで進むと、森の中に「フォール大佐像」を見つけた。

大正時代、フランスの航空教育団の団長として来日し、日本の航空技術を向上させてくれた人だという。

 

この公園内の「所沢航空発祥記念館」は、ぜひ見学したいと思っていたところである。

日本で初めての飛行場、「所沢飛行場」が誕生して以来の歴史を学ぶことができる。

大きなドーム型の屋根の建物には、現役を終えた多くの飛行機やヘリ、そのエンジンなどが展示されている。

 

実際に見ることがないし、もちろん乗ることも無いものばかりなのでとても興味深い。

 

機体の見学のほかに、パネルの写真や説明、ビデオ映像、事件装置などによって学ぶことは多い。

例えば、ジェットエンジンの仕組み、飛行機が浮く原理、など・・・・。

科学のお勉強に、硬くなった頭が痛くなる。