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東京散歩 音羽の鳩山会館


今回の東京散歩は文京区目白台から音羽の鳩山会館。

地下鉄有楽町線「江戸川橋」下車。
鳩山会館に向かう前に、以前にも来たことのある椿山荘を目指す。
神田川にかかる江戸川橋を渡り、左折して公園に入る。

途中、関口の大洗堰跡がある。
神田川はここで水位を上げ、二手に分かれて神田上水として神田方面に給水した。
この工事には松尾芭蕉が現場監督に当たったという。

徒歩15分、裏口、冠木門から椿山荘に入る。
庭に庭園のいわれが掲示してある。
それによると、ここは古来「つばきやま」と呼ばれ、風光明媚であったという。
その後、上総久留里藩下屋敷となり、明治に山縣有朋が邸宅を建て「椿山荘」となった。

整備された庭園を鑑賞し、ホテル内に入る。
うろうろしていると、係の人が丁寧に道案内してくれた。
おかげで、無事に正面に出ることができた。

正門を出て右折、目白台の豪邸群の中、坂を下る。
この辺りの住所は「関口」である。大洗堰があったためだろう。
目白通りから音羽通りに左折。

まもなく、右手に鳩山会館の正門があった。
くねった長い坂を登ったところに、突然、庭園と邸宅が目に入る。
ここが鳩山会館。入場料はシルバーで500円。

ここは、政治家鳩山一郎が大正13年に建てた洋館。
後継の政治家たちの品性はここで培われたのだろう。
庶民の暮らしとの格差を感じながら、見学した。

護国寺駅から帰途に着く。
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東京散歩 ー緑の街「府中」ー


府中は、緑いっぱいの街だ。
今回の東京散歩は府中。
京王線府中駅を降りたとたんに、大ケヤキの並木が迎えてくれる。
目的地は大国魂神社。

11世紀、源頼義、義家親子が奥州安倍一族を平定した。
そのお礼として苗木千本を大国魂神社に寄進したのが並木の起源。
その後、徳川家康が大国魂神社に馬場と並木を寄進し、捕植されたという。
今は、義家の時の木は枯れてなく、銅像だけが建っている。

並木を南進し、旧甲州街道に出る。ここからが大国魂神社の境内だ。
明治神宮を思わせる広い参道が続いている。
この神社は、武蔵の国の守り神としてお祀りされた神社で、往時の政治の中心地に在る.
国の人々の厄難を払い、幸福な生活を祈る神社ということだ。

そもそも府中とは政庁の中心という意味。
今の東京の中心地などは、ひなびた小さな漁村だったのだ。
本殿にて参拝。小銭がなかった。
ご婦人(推定60歳)が賽銭を入れたところだったので、あわせて祈らせてもらった。

旧甲州街道まで戻り、左折して数分、交差点の角に高札場の跡が残されていた。
このあたり、札の辻と言われて、東西交通の要所として栄えていたという。
緑の並木道に戻り、駅近く並木の下、二つの石碑を熱心に拝む女性(推定50歳)がいた。
ケヤキ並木に関するものなのか、知れずにここを去った。

京王線で新宿まで行く途中、若い女性(推定30歳)が席を譲ってくれた。
「ありがとう」と、礼を言って座る。
新宿からのJRでも、若い男性が席を譲ってくれた。
大国魂神社の御利益か。
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