世なおし倶楽部

①ことば遊びから哲学へ②安全な国産の農産物等の生産、流通③人に健康社会に平和④地球環境とエネルギー⑤矛盾の活用

入り口と出口

2009-08-26 22:57:06 | 哲学/ヨガ/芸術/宗教/政治経済
 一般ヨガ教室での指導の目標を健康維持として行っていますが、最近は特に基本的な事を中心に行うようにしています。
 難しいことや特殊なポーズなどは各自の能力別に「趣味」として行うよう指導します。
 また最近しみじみ感じることは、ヨガは心身食のバランスであるということです。そしてバランスを制御するのは「循環 代謝 呼吸 自然」であるということです。
 ヒトは、分からないから解ろうとするのですが、解らないものを探究するということの矛盾に気づきますかどうか。気づいて欲しいものです。
 一般的には、解らないけど先入観で多少解ったような状態でより明確に解ろうとしているのだと思いますが、問題はその先入観です。
 ヨガを求めるときの注意は(ヨガに限らずすべての場合がそうでしょうが)、注意するべきことは、既成の先入観にとらわれずに広く深く寛容に求め続けることでしょう。

沖導師の言葉「去るもの追わず、来るもの拒まず 妄信せず疑わず 積極心で」

その、本物を求め続ける「求道」の心得を端的にまとめたものが「般若心経」と考えられます。

 ヨガの修行では、書き記した「テキスト」は原則として使いません。
その理由は、簡便に言葉や、文字で説明すると、大事な真理を独自に体得する努力をおろそかにしかねない、と考えてのことです。
しかし、般若心経はエキスのエキスを解説しているものですので、読み解くことそのものが訓練になりますから、テキストとしても問題ないと思います。
 実際に心経を正確に読み下しのできている哲学者、宗教家が少ないように感じます。心経は「人類共通の超幸福の原理」が示されているのにも関わらず、多くの人が気づかないのが現実です。なぜか?いわゆる有識者、哲学者ほど理解できないでいるようです。

 ヨガの意味、定義、真義は「むすび 結い つなぐ」でした。それで充分なのですが、それは、基本的に「体得したひとにとっての充分」なのです。ヨガ、むすびのそのままの意味から、総合、統一、調和、バランス、循環とかいう関連語を想起でき、かつ他の言葉との関連性が「心とからだ」でバランスよく理解できるひとには、ヨガの簡潔な意味・定義「むすび」こそが、宇宙・生命の根源と共通の概念であることが理解できるものと思います。

沖導師のことば「神になりたければ、神のまねをせよ」「健康になりたければ、健康のまねをするんだ」
しかし、神とは?、健康とは?・・・知らなければまねは出来ない!矛盾。
現実的には、わからないから解るために、学び、真似び、体得、理解していくわけですが、解っていないことをまねすることはできないのが道理です。
ところが、実際は、出来ないこと、わからないことが、訓練、練習次第でだんだん解ってきたり、出来たりしていきます。なぜ?

よくわかっていなくても「真似」が出来ていることになります。
ということから、人間として生まれたと言うことは、「おおむね宇宙真理の基本に共鳴できる素質を持っている」ということが想像できます。日本人の子供でも、英語やフランス語をしゃべれるようになるのはなぜ?なによりも、赤ん坊がしゃべり方を丁寧に教えないのに難しい日本語をしゃべるのはなぜ?

人間の子供が、過去から現在まで、明らかに言葉を覚え、知識、技術を真似び理解、体得して来ている事実がある。なぜか?どうしてそういうことが出来ているのかを解けば、いろいろなことが芋づる式に解ってきます!

むすびヨガのテーマは、
①人間の潜在能力は「おおむね自然の摂理を理解できる力」を持っていると考えるので、それを引き出す
②しかし、完璧ではないので、その不十分な点は謙虚に、寛容に、お互いが補い合う努力をし続ける
③そのために、心身食のバランス生活の実践をめざし実行する
④原理と対立し、かつ相補的な個性を磨き続ける

出口は、次の道への入り口です。
ヨガは循環原理であるということでした。
無限の概念は、循環繰り返しの回数無制限ということ。
この原理を入り口として、出口からは多種多様なものが出てくる。


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