世なおし倶楽部

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パーラーガテー

2009-08-21 12:28:02 | 哲学/ヨガ/芸術/宗教/政治経済
パーラー・ガテー:梵語<完璧・行けば>

三度目の正直
お盆の残像で、般若心経にこだわり、心経のエキス呪文の解説
ガテー ガテー パーラーガテ- パラサンガテー
 訳:行け 行け 究極へ行け 完璧に究極へ行け

究極へ行けとは?
究極とは、場所なのか、心境、境地なのか・・・
境地・・・気分? 
場所とか境地とか、よくよく考えると、
結局、宇宙存在についてのの哲学に行きつく・・・
究極の窮めつけは、なんと云っても
宇宙の果ては?はてなだろう
宇宙・時空の「果て」とは「境界」とは・・・???

そもそも宇宙・時空の正確な意味がわからないので、
哲学して考えるわけですが
定義のしっかりしない言葉を使って考える哲学では、
真の哲学的解答は得られ難い

しかし、あずきアイスなどなめていると、
言葉の持つ限界を超える超感覚が刺激され
思考の限界を超えてしまう

境界 サカイ 仕事キッチリ

人類の祖先が、大脳新皮質を獲得して
「思考」をするようになってしまったとき
なにを考えたのか
その昔に戻ることはできないが
各自の人生を見直すと簡単にタイムスリップして
そのときの境地を味わうことができる

猿からヒトへ切り替わる「サカイ目」は思春期であろう
自分と他人の違いを知るのは、幼児期
自分と自然世界の違いを知るのが思春期

ところで、違いに気づいて「命の不思議 存在の不思議」についての
疑問がつのる。疑問がつのって悶々とする瞬間を味わう。
瞬間で終わって、疑問を疑問と感じなくなる者と
疑問に感じる瞬間が、時々繰り返す者との違いがでてくる・・・

井村屋のあずきアイス一本で満足する者
井村屋の小豆アイスが気になりもう一本と云う者
井村屋のアズキアイスにはまり、三本目を食べてしまう者

心経の教えは、さらに四本目にチャレンジすれば
究極のあずきあいすの真髄に到達するといっているのです

一般的凡人の感覚では、同じことを繰り返していると
鮮度感覚がにぶり、トキメキ、喜びが消えていきます

心経の、ガテーの四度繰り返しの、四度目は
「一度目」つまり初心に戻れということなのでした

究極の境目を窮めると、その後は、
振り出しに戻るというのが、
人類先人たちの到達した智慧の集積の結論なのです

釈迦は色々なたとえ話をつかって説法し
「鮮度回復循環法」の極意「ヨガ」を伝えたのである

dasoku:
四本目の小豆あいすをなめたべたら、
一本目の味わいを再現できるだろうか・・・
dasoku2:
パーラー:客室 店 もてなしの特別な空間 究極
パフェ:パーフェクトの略 究極のデザート
デザート:デセール 追加! (ダメ押し四度目の正直!)

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