自 遊 想

ジャンルを特定しないで、その日その日に思ったことを徒然なるままに記しています。

闇について

2010年01月06日 | Weblog
 僕んちの近くに世界遺産に登録された大寺が二つあり、寒い日でも賑わっているが、夜7時ともなると街灯も少なく相当に暗くなる。最寄の駅から僕んちの方へ、僕んちを越えて歩いて行くとだんだん暗くなる。すぐに鎮守の森。漆黒の闇に入る。
 幼年期僕は山里で育った。冬にはすぐ近くの山が黄昏から闇へと姿を次第に消していく、その情景が今も思い起こされる。手前味噌になるが、そんな情景を知らない生まれながらの都市の人々は,人工の光や明るさに慣れっこになって、闇の情緒に気が行かないのではないだろうか。都市では闇は危険なところというイメージが強い。実際に危険な場合もあるが、実際に危険でなくとも、そこには明るさに反比例するとの思いが輪をかけて、危険度が増えているとの思い込みがあるように思う。
 だが、言うまでもなく、明るさは闇があってこその明るさである。闇の情緒に浸ることがなければ、明るさの有り難味も半減することであろう。
 自然界の夕闇、宵闇、暁闇などの闇の情趣豊かな体験は昔のものになったのであろうか。
 無明の闇という言葉がある。仏教で、真理を離れ煩悩の世界に迷うことを意味する。無信心の僕はもちろん体験していないが、僧が修行するのは厳然と存在する無明の闇から脱するためなのであろう。
 恋という闇もある。恋のために心が乱れ、分別を失った状態を意味する。若い時に恋の闇を多少とも経験してこそ、穏やかな生活が出来るのかも知れない。一応穏やかな生活をしているつもりの僕も若気の至りで恋という闇を経験したことが・・・。