『キューポラのある街』で知られている作家の早船ちよさんが、ふるさと・飛騨の「年取り」のことを随想集(1970年)に書いている。年取りとは除夜の儀式である。一家そろって神だなの前で手をたたき、それから仏さまをおがんでご馳走をかこむ。
「『ことしも、みんな、まめで暮らせてよござんしたなあ』。母がまず父の盃に酒をつぐ。父は、うなずいて、母の盃に酒をみたす。『そうじゃって、そうじゃって、ありがたいこっちゃなあ。来年も、みんな、まめで働こう』。父は、わたしや妹、弟の盃にも、ほんのすこし酒をついでくれる。」
この父と母の会話がいい。第一次大戦後の不況風が吹きすさんでいた頃の話だ。年越しは容易ではなかったろう。でも、つつましく暮らしてまずまず除夜の鐘を聞けることになった。ほっと一息ついて、感謝の言葉を述べ合う。神仏への感謝だけではなく、そこには、お互いをねぎらう情愛がこもっている。なにやら、懐かしい光景である。
工業化社会と情報化社会は、面と向かってお互いをねぎらう情愛の言葉を多くの家庭で過去のものにしてきたのではないか。僕は今年の除夜の鐘を心置きなく聞くことができるであろうか。
しかし東日本大震災と原発大事故に遭われた方々および今年の大風水害に遭われた方々の事を思うと、僕のことなんぞどうでもいい。