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東京外国語学校で英語を修め、東京で翻訳書籍編集者としてモダンな生活をしていた片岡直哉。岩手医専卒業後、東京帝大医学部に進学し、将来を嘱望された若き医師・菊池忠彦、「鬼熊」とあだ名され、満州事変で手柄をたてた伝説的な英雄・富永熊男。
三人は太平洋戦争末期、まるで運命の糸にたぐり寄せられるようにして「北部軍第一七八部隊」に入営、千島列島最北端の占守(シュムシュ)島へと向かう。
この島では、1945年8月15日の無条件降伏直後の8月18日、本格的なソ連軍との戦闘が始まる。そして同年9月2日、占守島はソ連の支配下に置かれる。
浅田次郎は、玉音放送の後に起きた実際の悲惨な戦闘の記録を調べあげた上で、三人の主要人物によるフィクションを成り立たせている。
浅田の力点は具体的な戦闘場面より、彼らをめぐる人間たちのドラマに置かれる。45歳という徴兵年限ギリギリになって召集された片岡、女性のように優美な顔立ちのエリート菊池、三度の軍隊経験の果てに老いた母親と静かに暮らしていた鬼熊、彼らには夫々愛する家族があり、命よりも大切なものがあった。
三人はフィクショナルな存在であるが、彼らのような人々は確かにいたと、浅田は繰り返し語っている。理不尽な戦争に蹂躙される市井の人々を描く浅田戦争文学の集大成。(上中下、2010年刊行。毎日出版文化賞)