Hirakata turezure 四季のなにわ

あるとき、ときどき、いろんな思いをふっと向ける事柄があります。

椚(クヌギ)は知っている

2010年10月31日 | 日記
 


 季節はずれの台風が関西地方をかすめながら通り過ぎ、後には湿り気のある空気を落としていった。
天気だけは秋には程遠い休日となってしまったが、大阪府の登録有形文化財の一つとなっている大阪府枚方市牧野にある大阪歯科大学学舎を訪ねた。

 大阪歯科大学は淀川を挟んで天王山に対峙する左岸交野台地牧野丘陵に設立された学舎であり、有形文化財となった学舎は聞くところによれば西暦1929年、昭和4年に建設された建造物とのことである。

 昭和4年といえば、世界恐慌が吹き荒れた年であり、大卒者の就職難が世相としてまとめられている。以降、この学舎の白壁はこのような激動の昭和の時代とずっと向い合い、幾千、幾万の学徒の旅立ちを見つめてきたことであろう。

 もちろんお断りしてその学舎を外からだけではあるが撮影させて頂いた。
なんとも言い難い雰囲気、円熟味のある学舎ではある。
 校門(正門)から学舎に続く石畳みの両脇は今も自然のままの古い木立ちが残されており、広葉樹と小鳥のさえずりが訪問者を迎えてくれた。

 帰り際、周りでコツコツと音を立てて落ちていた椚(クヌギ)の実が少しばかり気になり、少しばかり頂いた。
 後で気がついたが、このクヌギの幹の太さも、木の大きさも学舎に引けをとらない古木であった気がする。きっと、学舎と旧知の仲の木立ちの主(あるじ)に違いない。感謝。感謝。
「古きよき 学舎に 旧知の椚(くぬぎ)たつ」(柳子)



(ひらったクヌギでペンダントを作らせて頂いた。)

Are you still staying here ?(鯉さん鮒さん まだそこにいたの?)

2010年10月08日 | 日記


 
 長かった猛暑の空気も乾燥した心地よい空気にやっと入れ替わり大げさだけども自然観測が出来る季節になった。通勤の行き帰りに時々、穂谷川の土手を利用しているが、少し前からに鯉、フナが群れて遊泳している場所があることに気づいていた。再三の豪雨で堆積する砂の位置も変わり、群れて隠れている場所もその都度変わっていた。
 よくもまあ、こんなところに生息していたとは思いつつも、懸命に生きている彼らをノスタルジックに見守ってきた。
自然の摂理として、穂谷川両岸の人工のコンクリート製の法面からはコサギ、アオサギ、ゴイサギ類が彼らに照準を合わせ、ついには流れのたまりとなっている場所には潜り屋のカワウまでどこからともなく飛来し、出没していることも知らぬ顔で見守ってきた。
夏休みには川面の宝石、カワセミと二回遭遇することになった。これも秘密にしておこう。(カメラの持ち合わせがなかった。)

水量も減っているが、どっこい川幅の狭隘な穂谷川は野鳥の絶好の餌場となっているようだ。が、夏休みの間は猛暑日が続いたこともあって網をもった人間様の子供が川に入漁するようになり、また、大人様の釣竿が垂れ始め、餌場のルールが一気に破壊し、鯉や鮒が消滅するのではないかいう思いもあった。(そんな危惧はあり得ないのだろうけど。)
涼しくなった休日、川の流れにそって鯉、鮒の群れを探し求め、集団生息地をやっと見つけた。これからは短くなっていく日と川の冷たさが少しでも彼らを守ってくれる。

『それでもと 流れに向かう 群れいとし』(柳子)