Hirakata turezure 四季のなにわ

あるとき、ときどき、いろんな思いをふっと向ける事柄があります。

世界文化遺産!?( Mt Fuji )

2012年12月31日 | 日記
MOL00E.3GP(世界遺産!?( Mt Fuji )


謹賀新年
初夢でみたら縁起がよいとされているものに 一富士 二鷹 三茄子 がある。
その一番とされている富士山が新幹線の窓枠のフレームからはみ出さず静止し、乗客を追ってくれる区間があって、ここに差し掛かったらいつも忘れずにご挨拶をさせて頂いている。それは静岡駅を通過して間もなく始まり、数分続く。今回は晴天に恵まれたこともあって格別な富士が追尾してくれた。初夢に出てくるかもしれない。(!)

報道によれば世界文化遺産の申請が行われている富士山が(通常の流れでいけば)今年の6月頃に登録されるとことになっているらしい。
古来、霊峰として信仰されてきた山でもあり、今さらという気がしないでもないが地域の関係者の思い入れもあるのであろう。登録されたら、されたでこれも又よし。
「富士には月見草がよく似合う」(富岳百景)といった太宰治も笑って納得か。



「元日や 上々吉の 浅黄空」(一茶)
「窓枠に 富士一杯の 遠州路」(柳子)

Are denim, jeans, and Levi’s  the same thing?(デニム、ジーンズ、リーバイスは同じものかい?)

2012年12月12日 | 日記
世界の織機と織物展のデコレーション(国立民族学博物館)


Denim, jeans, and Levi`s are three completely different items.
(三つとも全く異なるアイテムにきまっているだろう)

またまた懲りずにチケットを職場の方から頂いた。チケットには「世界の織機と織物」とプリントされてあった。
会場は、大阪万博記念公園にある国立民俗学博物館とある。(すでにこの催しは先月終了しているので注意)
織物、織機とくれば小学校時代の参考書に自動織機を発明した豊田佐吉翁の伝記が掲載されていた。織機といえば佐吉翁が出てくるようにインプットされていたこともあり、名古屋のトヨタ博物館(?)で見た縦筒型の自動織機や、さらにはトヨタ自動車創始者の豊田喜一郎と繋がっていき、何か新発見があるのではとの思いもあってそのチケットを利用させてもらった次第である。

入場してすぐ正面の壁に大きなメッセージボードがあり、こんなことが書かれてあった。・・・人間が出現して以来、常に衣を求め続け、それを手作業で織り始めた。さらに、より良い織物、織機を目指して連綿と創意、工夫がなされ、やがてより効率的、生産性のある織機の開発へと進められ、さらに織物は種類も増え、生産性をあげていく。

18世紀、インドに変わってイギリスが世界の綿織物市場を席巻することに。さらにはこれが かの有名な『産業革命』までも引き起こし、織機以外の各種機械の開発へと進み、それを動かす動力も機械化されていった・・・というような内容であったと思う。産業革命=綿織物であったのであり、ワットの蒸気機関は直接的に産業革命に関わっていなかったのである。

予想していた豊田佐吉の自動織機はなかったものの、世界各国の大小さまざまな織機が整然と展示されていた。手と足を使って織っていく素朴な織機からバッタン式(と表記されていた。)の「鶴の恩返し」の童話の挿絵に出ていたような本格的な木製織機もあった。

 勿論、撮影を禁止されていることもありこれらの織機や織物を逐一書き表すことは誌面が何枚あっても足らないので避けるが、日本の織物の中には、わらじ、蓑、びく、バスケット、畳、むしろ、つるを編んだ容器まで陳列してあった。藁、いぐさ、つる、竹等を原料にして織られたものであるが、これも確かに織物のカテゴリに入ることに相違なしと改めて納得。

ともかく19世紀後半の1890年、「豊田式木製人力織機」の発明を皮切りに後の自動織機発明とつなげたと豊田佐吉翁もこれらの織機を扱ったことには相違ないのである。

産業基盤の脆弱な時期にもの作りに関与した翁のDNAはやがて長兄のトヨタ自動車の創始者、喜一郎氏に受け継がれた。
ついには日本の基盤産業となるトヨタブランドの自動車の生産へと繋がっていくのである。翁が残した言葉は奥が深い。

『障子を開けてみよ。外は広いぞ」

とされている。




『棒針に巻かれし 糸に踊りたる 両手 手の指 杼(ひ)の動きして』(柳子)