フランス人観察記録

日本人から見て解ってきたフランス人の考え方、行動についての覚書

山好きカップルのカラオケ初体験

2011年06月03日 | パリ15区

奈良のとあるカフェでの出会いだった。
実はこのカフェは、先述の
「マダム中のマダム」とも出会ったところである。

彼等は観光地図を拡げていた。
奈良に来る外国人観光客用にフランス語版のマップがある。それはピンクで縁取りがしてあるので色を見ればフランス語とわかるのだ。

しかしすべてフランス人とは限らない。カナダやスイス、ベルギーのフランス語圏と言うこともある。
ちなみにドイツ語やスペイン語、中国語、韓国語などもあり、色分けされている。

余談であるが、京都市には、フランス語の案内が少ないのをいつも残念に思っている。(京都市観光課に電話でなぜ作らないのかと聞いたところ、英語のもので対応できると言う悲しい答えであった)
フランス人ほど京都を好きな外国人はいないと言っても過言ではないし、パリと姉妹都市である京都にフランス語の案内パンフレットがないというのはいかがなものか。
京都もまたフランスのように簡単には「なびかない」ところがある。

さて、本題から逸れてしまったが、この夫妻は当時アラフォー(40歳前後)で、ヒマラヤに登ったこともあるほどの、大変な健脚である。
奥さんは富士通で仕事をするために関東圏に滞在していたこともあるのだが、ご主人はこの時が初来日で、二人の初めての日本旅行の計画は彼がすべて考えたと言うことだった。

奈良でも「吉野山」に行き、その後、「山の辺の道」、「柳生街道」などを歩きたいとのことで、少しばかり助言もした。
この旅では、彼らは「上高地」や「立山」にも行ったと言うことであったが、残念ながら富士山は天候不良のため、断念せざるを得なかったらしい。


夕食を一緒に食べることになったとき、ご主人の仕事は「軍事レーダーを作るエンジニア」と言うことであり、びっくりした私に「ディフェンスの」と、付け加えることも忘れなかった。

カラオケにも誘ってみたのだった。
実は彼らは歌を歌うことは苦手だったらしい。でもなかなか経験できないこと(と思ったと思う)とて、なんとか決心して応じてくれた。
フランス語で歌える曲は少なく、通常フランス人はおなじみのシャンソンナンバーか、あるいは英語の曲を選ぶ。若いフランス人は日本のアニメやポップスなども歌えるらしい。

彼らは最初恥ずかしそうに何曲か歌った後、後半はリラックスしていた。カラオケのおかげで、距離がとても近くなったようで、帰り際には「パリに来たら、ホテルには泊まらないでうちに泊まって」と言ってくれ、別れたのであった。



そして、二年後パリに行くとき、他にも招待してくれる家が何軒かあったので、彼らのところに一泊だけさせてもらうことになった。
その旨を伝えた時、「なぜ一泊だけ?何泊でも泊まってくれたらいいのに」と残念がってもくれた。

そのアパルトマンは、モンパルナスからそう遠くない大通りに面したアパルトマンで、昔の映画に出てくるような蛇腹?のエレベーターがあった。
パリらしい感じがするので私は大変好きだが、スーツケースがあると窮屈なくらい狭い。
と言うわけで、迎えに下まで降りてくれていた健脚のご主人は自分は乗らずに6階まで階段で上った。



そして、その部屋はロフトがついていて、その奥に寝室があった。
その寝室を彼らは私のために空けてくれ、自分たちは階段を上がったところのソファが置いてある部屋で寝ると言う。
それではあまりに申し訳なく、私がソファでと言ったが、彼らが固辞するので、奥の寝室をつかわせてもらった。

普通、日本なら、大きな家でなくても部屋が余って(空いて)いないと、招待しにくいのではないだろうか。
実際、私もそう思っていた。だから小さな我が家に来てもらうのをそれまでは躊躇していたのだった。
しかし、彼らにホスピタリティと言うものは、「器」ではなく、心が一番大切だと教えられたのであった。



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