フランス人観察記録

日本人から見て解ってきたフランス人の考え方、行動についての覚書

エレガントな彼女とその家族

2011年05月29日 | パリ11区

京都大学での一年間の仕事のために滞在していた経済学者である友人から、「パリから友人が来るのだけど、奈良で会ってもらえるかしら?」とメールが届いた。

「もちろん」と答えた。

その来日する人は当時小学生の娘さんと一緒にやってきた。
また別の京都大学でその経済学者と友達になった男のフランス人とその母親の組と、合わせて四人で奈良にやってきた。

しかし、この待ち合わせがいい加減なものであった。
日だけは決まっていたが、時間はまた電話をするとのことで、待機状態だった。
「どこからかけてくるのだろう?奈良駅からかな?京都駅からかな?」 
待ち合わせについては、結構こんなことが多いのだ。
もちろんきちんと約束をして時間通りということもあるのだが、アバウトな彼らゆえ、私も彼らの意のままに対応して時々、予想外のことに慌てることになる。


そして15時くらいだったろうか、電話があった。
「今どこ?」と聞いたら、もう奈良観光の途中であった。
「たぶん、神社じゃないかしら?」なんて感じなのだ。
春日大社を目指して出発したのはいいが、果たして広い境内、長い参道、うまく見つかるかどうか賭けみたいなものだ。
相手はこちらの連絡先を知っているのだが、私はむこうのそれを知らない。
もちろん、顔もわからない。
一か八か、とにかく探す。
しかし、およその予想をつけて歩いていき「二の鳥居」くらいで、四人組を見て、「彼らだ!!」と、意外と簡単に見つかった。
こんな調子だから私も懲りず、どんな待ち合わせにも結果オーライである。


東大寺はもう見学したと言うので、春日大社を一緒にお参りした。
神社での拝礼の作法を教えると、すぐその通りにし、娘にも「はい、あなたもやってごらんなさい」と、素直な人柄に好感を持った。
明るく、素直でなかなかの美人である。
ただ娘さんを見ると、ご主人が黒人であることを想像できた。

そのあと、お茶を飲み、いろいろ話していると、彼女は音楽が好きで、琴のCDを探していた。
CDを見つけられなかったという彼女ために帰国後それを送ったことで、彼女は大層喜び、急速に距離が近くなった。

そして彼女の夫は、いわゆるフランスの「海外県」である、グアドループというカリブ海の島の出身であることを知った。
「私の夫は黒人で、あなたはどう思うかわからないけれど、フランスでは『猿』と言う人もいる。でも私は夫や子供たち、家族を誇りに思っている」と私に言った。
「私は人を肌の色では判断しない。だからあなたの家族に対しても、私も友愛の気持ちは変わらない」と答えたが、これは偽りない気持ちである。

翌年、彼女の家を訪問した時、ミュージシャンである夫は家事もすべてこなし、彼お手製のお菓子もご馳走になり、日本に来ていた二女は中学生になっていてハープの演奏を披露してくれた。

きっと彼女は結婚に至るまでも、それからも想像以上に困難なこともたくさん経験しているだろう。
それを微塵も感じさせず、いつも家族のこと、そして私のことも親身になって考えてくれることがわかる温かいメールをくれるのである。

彼女の紹介で我が家にやってきた別の若いカップルも、素朴で温かいカップルだった。

昨年、身内のことで忙しくしていた彼女と会うことはできないと諦めて、私はその若いカップルのお店に夕食に行った。
そこに、彼女が待っていてくれたことは、ほんとうに予期せぬ喜びだった。
しかも彼女は時間がなくて夕食も一緒にできないのに、30分以上も遅刻した私を美しくまぶしい笑顔で迎えてくれたのだった。

そういう彼女と家族の幸せをいつも願っている



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