阪口直人の「心にかける橋」

衆議院議員としての政治活動や、専門分野の平和構築活動、また、趣味や日常生活についてもメッセージを発信します。

人々の「叫び」に謙虚に耳を傾ける政権、そして民主党でなければ!

2012年04月14日 00時39分00秒 | 政治

 今日は、北朝鮮の弾道ミサイル発射ニュースで一日が始まった。韓国軍や米軍の情報をもとに、テレビニュースでは8時過ぎから「発射」のニュースを流し始めたが、政府の発表はない。官邸とつながる専用回線「エムネット」は「ミサイルを発射したとの一部報道があるが、発射を確認していない」とのこと。一刻も早く、状況を知りたいという国民の思いとは乖離した対応になってしまったし、メディアには、格好の批判ネタを与えてしまったように思われてならなかった。

 綿密な準備をして、万全の態勢で迎えたはずが、「伝える」局面で国民の思いと乖離してしまう。私は、今朝のドタバタは民主党政権を象徴しているように思われた。関係者は、懸命に役割を果たそうとしている。しかし、国民の心をつかむ局面では失敗する。当事者の心に対する想像力、そして、その叫びに耳を傾ける姿勢が、政権交代を目指した頃の民主党とは変わってきていることがひとつの要因と感じられてならない。

 大飯原発の再稼働問題も同様だ。私は、電力は経済の血液であり、電力の欠如は、しいては人道問題にもつながる。電気のない村で2年余りを生活した経験を通して、私は身を持って感じた。再稼働が必要なら、その明確な理由を提示すべきだし、私は少なくとも、「今は必要だが、○○年までには廃止する」とのロードマップを提示しなければ、国民の理解は得られないと思う。

 私自身は、再生可能エネルギーを核にした新しい経済システムを構築することが、日本経済再生のカギのひとつだと思っている。12日に行われた「脱原発ロードマップを考える会」の設立総会にも、そんな思いを抱いて、呼びかけ人のひとりとして参加した。

 イラン危機も相まって化石燃料の価格上昇が続いている。そのことが、原発再稼働を正当化する理由になり得るのか、国民の共感は得られるのか?

 この流れを変えることが議連の活動目的だが、ロードマップには、廃炉目標、省エネ目標、再生可能エネルギー目標、投資雇用目標などを盛り込む予定だ。

設立総会では、菅直人前総理の言葉が印象深かった。

「電力が“足らない”といっているのは供給側だ」

原発再稼働を望む方々は、原発が使えなくなれば、私たちの生活、そして経済に甚大な影響がでると主張する。しかし、菅直人前総理の言葉、初めから供給側に立った議論ではなく、 将来のエネルギー像を見据えた選択が大切だという視点は、原発の事故処理の責任者の言葉だけに重く響いた。

 講師を務めた環境エネルギー政策研究所の飯田哲也所長は、電力不足の恐れを根拠に原発再稼働を主張する人々がいるが、一番重要なのはピーク時をいかに凌ぐかの対策であり、5~600万kwt程度であれば、調整は可能だとした。また、川内博史衆議院議員によると、関西電力の昨夏の最大電力需要は、2784万kw。発電能力は、火力1456万kw、水力713万kw、他社受電670万kw、融通320万kw。これで、余剰が375万kw。であれば、今、焦って再稼動を決める必要があるのだろうか。

 もうひとつはミャンマーに対する対応だ。

 私は、4月1日に行われた補欠選挙を、日本が積極的に民主化を支援する姿勢を示す貴重な機会と位置付け、より良い民主化支援の在り方を探る目的で、選挙監視ミッションを企画。多くの国会議員が強い参加意志を示してくれたこともあり、民主党の正式ミッションになった。日本の議員外交における画期的なミッションをつくろうと思って準備を続けたが、外国からの選挙監視チーム受け入れが、直前まで認められず、また、受け入れ枠が2名と少なかったこともあり、民主党としてのミッションは中止になった。政権の意向に沿わない活動はしない方が良いという日本政府の助言に基づき、党の上層部が判断した結果だ。

 私の呼び掛けに応じ、5名の国会議員は、党のミッションではなくても、有志で行くつもりで、準備を継続した。しかし、結局、ミャンマー政府からはビザの発行も拒否され、参加することができなかった。日本政府の中にも、また、ミャンマー政府の中にも、現状維持を望み、「民主化支援」を好ましく思わない勢力があるようだ。

 そして民意は、アウンサンスーチー氏が率いる国民民主連盟(NLD)は、政権と対決した44選挙区全てで圧勝。民主化を求めるミャンマー国民の切実な思いが強烈に示された。自由・公正な選挙が行われた場合、2015年の総選挙では政権交代が実現する可能性が濃厚だ。政府のカウンターパートが相手国政府なのはわかるが、政権を取る可能性がある勢力との信頼醸成は、まさに議員外交の役割だ。なぜ、この可能性を閉ざすのか、私には理解できない。

 「民意」とは移ろいやすいものだ。しかし、「人々が本当に求めているもの」をキャッチするセンス、良心はは常に磨かなくては。そのパートナーは官僚ではなく、常に現場の人々であるべきだ。

 与党議員は、内閣が道を誤ることのないように仲間として助言を行う役割を有する。私は、51対49でも、みんなで決めたことには従うべきという考えには基本的には賛成だ。党内政局のために動くつもりもない。しかし、現場の声、そして人々が切実に求める叫びに謙虚でなければと思う。民主党政権は、弱い立場の方々に血の通った政治を目指したはずだ。そこが揺らぐと、この政権の存在価値は失われる。本当に正念場だと思う。