子供はかまってくれない

子供はかまってくれないし,わかってくれないので,映画と音楽と本とサッカーに慰めを。

映画「シリアスマン」:コーエン兄弟の集大成たる傑作。これが2年間もお蔵入りだったなんて…

2011年04月29日 14時51分40秒 | 映画(新作レヴュー)
昨年日本で公開された400本の映画のうち,10億円を超える興行収入を上げたのは,全部で29本。その全体から見るとたった7%の作品が,観客の70%を集めたらしい。ということは,残り93%の作品で,30%の観客を分け合わざるを得なかった訳で,これを1本当たりの平均的な興行収入で見ると,10億円以上の収入のあったヒット作とそれ以外の非ヒット作とでは,30倍以上の開きがあったことになる。

こうなると配給会社が,ヒットが望めない地味な作品の公開にこれまで以上に二の足を踏みたくなるのも,ある程度は理解できる。そうは言っても,あのジョエル&イーサン・コーエン兄弟の監督作までもが,未公開の危機に瀕するとは思わなかった。そんな中,2009年作の「シリアスマン」が,本国での公開から2年を要することとはなったが,アン・リーの「ウッドストックがやって来る」と同様に「監督主義プロジェクト」キャンペーンによってめでたく公開の運びとなったことは,まことに喜ばしい。
そして待ちに待ったその作品が,コーエン兄弟の輝かしいフィルモ・グラフィーの中でも,特別の位置を占める秀作だったことは,更に更に嬉しいことだった。

努力と意志の力にも拘わらず,不運ばかりを選択して主人公に与えようとする運命の不条理を,綿密に練られた脚本と,殆ど無名(私にとっては,ということだが)ながら,顔の「コク」だけで画面を保たせられるようなユニークな役者達と,名手ロジャー・ディーキンスの超絶技巧のキャメラを駆使して,60年代の風俗に乗せて描いたコメディだ。
画面には常に不穏な空気が漂い,それは物語が進むにつれて次第に濃度を増し,遂には窒息寸前まで主人公と観客を追い詰める。だが原題通り,シリアス(真面目)になればなるほど,身動きが取れない状態に追い込まれていく主人公ラリー(マイケル・スタールバーグ)はやがて,「人生をロング・ショットで捉えると喜劇になる」というチャーリー・チャップリンの至言のとおり,完璧なコメディアンにしか見えなくなっていく。

コーエン兄弟の作品において,最も重要な事柄は全て,登場人物が机を挟んで向かい合った形で語られるのだが,それは本作でも踏襲されている。
ラリーとその妻,ラリーと導師たち,そしてラリーの息子と導師。手を伸ばせば届きそうに見えながら,心理的には果てしなく離れたところにいる相手との間で交わされる会話の面白さこそ,まさに彼らの真骨頂だ。

不穏な空気が最高潮に達したところで暗転するラストは,「バートン・フィンク」の落下するカモメを捉えたショットに匹敵する切れ味で痺れた。
鑑賞後にTSUTAYAに寄って,ジェファーソン・スターシップの「あなただけを」が入った「シュールリアリスティック・ピロー」を借りた人は,私だけではないと思う。
大拍手。
★★★★★
(★★★★★が最高)


最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。