映画とライフデザイン

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映画「赫い髪の女」 宮下順子&石橋蓮司&神代辰巳

2021-11-27 16:43:23 | 映画(日本 昭和49~63年)
映画「赫い髪の女」を名画座で観てきました。


映画「赫い髪の女」は1979年2月公開で日活ポルノでも傑作と名高い作品である。最近はDVDあるようだが、以前はレンタルで見たことなかった。初見である。名画座の日活ポルノ特集で観たかった映画だ。

奇才中上健次原作神代辰巳監督がメガホンを持ち荒井晴彦脚本というだけで一定以上の質は保証と確信する。宮下順子と石橋蓮司の主演作で、若き日の石橋蓮司の髪がフサフサだ。神代辰巳作品特有のねっとりした絡みのリズムがここでも顕著だ。「赫」という文字に不思議な感情をおぼえる。

ストーリーはどうってことない。うらぶれた海岸沿いの町でダンプの運転手をしている光造(石橋蓮司)が、ドライブインで赤い髪の女(宮下順子)が1人たたずんでいるのを見つける。同乗している光造の仲間と女をひろう。乗っていて突然生理になったと女はダンプを飛び出すが、光造の部屋に向かう。女は名乗らない。どうも亭主がいて、子供もいるらしい。でも、お互いに詮索はしない。あとは情交の連続である。

⒈70年代の地方の情景
石橋蓮司は海沿いの町の土木工事に関連したダンプやブルドーザーの運転手をしている。定職というわけでもなさそうだ。住むアパートはかなりボロい。階下からシャブ中毒の男女の金切り声が聞こえる。お風呂すらない。宮下順子も外の銭湯に行く。たまにインスタントラーメンをすするが、それ以外はひたすら交わる。


70年代のうらぶれたアパートから町に買い物に行く。地方の風景が懐かしい。これが、80年代を過ぎて90年代ともなると、地方にもロードサイド店舗が増えてファミリーレストランが全国どこでもあるようになる。まだ昭和の車が走る街道沿いにドライブインがポツリポツリとある世界だ。

どこでロケしたのであろうか?和歌山出身の中上健次がイメージする海辺の町の肌合いがいい感じだ。ひたすら雨が降り続ける映画である。それも汚いアパートの外でかなり降る。抱き合う2人の情感が高まる。

⒉肌をあわせる宮下順子と神代辰巳
脚本の荒井晴彦はごく最近に火口のふたりという柄本佑と瀧内公美が肌を合わせ続ける映画を撮った。大胆な演出で話題になったが、神代辰巳監督のワイルドな映像に比べればまだまだエロ映画演出の修行が足りないという印象を受ける。ここでも、神代辰巳の演出はワイルドで、宮下順子も応えている。79年の作品なので、火口のふたりのようにヘアがポツリと見えるちゃんと前貼りしているのかいというほどの映像になりえない。番外編のように肉感的な絵沢萌子にトルコの泡踊りの真似事をさせるシーンがいい感じだ。


それにしても、宮下順子の動きに情を感じる。肉感的なボディではないし、乳房も小ぶりだ。若い頃は大して興味なかった。ここでは、ネットリしていて汗をかきながら石橋蓮司と何度も交わる。こんなにいい女だっけ?と思わせるほど今の自分にはよく見える。

⒊中上健次
原作「赫髪」短篇集「水の花」の中の作品である。中上健次和歌山の新宮で生まれている。平成のはじめに自分も和歌山にいたことがあり、親しみを感じる。古代からの歴史があるところ特有に差別は激しいエリアで、小説でも被差別エリアのドツボさを取り上げている。性描写が尋常でない。

映画化した新宮と新宿歌舞伎町を舞台にした軽蔑、紀伊半島の古いおぞましい慣習が映像に覗ける千年の愉楽、王子から十条で働く新聞配達の受験生をピックアップした十九歳の地図いずれもブログで取り上げた好きな映画である。それぞれの主人公はいずれも変わった奴だ。中上健次は文学者としてはそれなりに成功した男なんだけど、死ぬまで劣等感を持って生きて来た感じがある。

「赫い髪の女」の主人公は昭和の田舎町によくいるただの運転手だ。女も教養のかけらもない。社会の底辺をさまようそんな2人が言葉も交わさずにひたすら交わるこんな本能的な感じも悪くない。

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