映画とライフデザイン

大好きな映画の感想、おいしい食べ物、本の話、素敵な街で感じたことなどつれづれなるままに歩きます。

高倉健 映画「あなたへ」 

2012-08-27 22:25:21 | 映画(日本 2011年以降主演男性)
映画「あなたへ」を劇場で見た。

81歳になった高倉健がついに登場だ。いつもながらの演技スタイルは変わらない。以前「夜叉」で一緒だった田中裕子、ビートたけしの明治大学出身の後輩たちが脇を固める。このところ3年前に自分がブログアップした「夜叉」へのアクセスが異様に多い。みんな映画「あなたへ」を見ているんだろうなあと思いながら、今の高倉健を応援するつもりで映画館を訪れた。
ロードムービーは大好きだ。それぞれの地方のいいところを映しつつ、いろんな場所で出会う人たちの触れ合いを映像で語る。雪山を借景にした富山市の風景からスタートして、長崎平戸の古い町並みや風の音を感じさせる灯台の映像など、監督と撮影者は映像コンテの選び方がうまい。抒情的肌合いがある。ここのところ「ダークナイト」「アベンジャーズ」などの末梢神経をとことん刺激する作品を劇場で見てきたので、妙に落ち着いて心地よい。

主人公倉島英二(高倉健)は富山刑務所の刑務官である。受刑者の木細工の手伝いをする技官だ。病気療養中だった妻(田中裕子)が亡くなり、遺言の手紙を添えた女性が訪ねてきた。手紙は2通あった。その一つには自分の遺骨を故郷の長崎平戸の海に沈めてくれないかということが書いてあった。もう一つはすぐ封を切らず郵便局留めにしてくれという。

もともと妻は刑務所に童謡を歌う慰問に来ていた女性だった。刑務所の囚人の一人が恋人だったが、死んでしまい失意だった所を主人公が慰めたのが2人が一緒になるきっかけだった。
映画ではその回想が少しづつ入ってくる。
主人公は刑務所の総務部長(長塚京三)に辞表を提出して、遺言を果たすためワンボックスカーで長崎へ向かうことにした。富山を出発して、飛騨路で高校の国語の教師だと名乗る男(ビートたけし)と知り合った。彼も同じように妻を亡くしたという。慣れない主人公とキャンプ場で一泊したが、目を覚めると本を一冊置いたまま姿を消していた。

そのまま、関西へ向かい京都の駐車場で車を止めていると、バッテリーケーブルを貸してくれと一人の男(草剛)に頼まれる。結局車は動かない。主人公は頼まれるまま、大阪まで男を連れていく。男は北海道の駅弁イカめしを各地のデパートで展示販売する仕事をしていた。人のいい主人公は頼まれるまま、弁当作りの手伝いをする。男には相棒(佐藤浩市)がいた。飲んだ後再会を約束する。
車は九州に向かう。その途中で関門海峡でもう一度国語教師にあう。主人公と国語教師は旧交を温める。その時、なぜかパトカーが近づいてくるのであるが。。。

映画史上に残る傑作というわけではない。ストーリーが起伏に富んでいるわけではない。ビックリするほどの演技が見られるわけでもない。泣ける映画でもない。でもこの映画の根底に流れる独特のムードに2時間安らぎの気持ちを持った。日本映画史を支えてきた大スター高倉健がもつ言葉にいえないオーラを強く感じた。
高倉健はその昔殺し屋やヤクザだった過去のある男性を演じると実にうまかった。「夜叉」もそうだ。顔立ちの奥にそういう連想をさせる凄味を残していたのだ。でもさすがに80をすぎそういうテイストがなくなった。まじめで朴訥な人生を過ごしてきた姿が連想されるようになった。この映画で見せる役は今の健さんの普段の姿なのかもしれない。そんな気がした。

クリントイーストウッドは日本式に言うと高倉健と同じ学年である。彼の俳優としてのラスト映画「グラントリノ」を見た時、これで俳優イーストウッドとお別れと思うとジーンとして、60年代の西部劇、ダーティハリーなど昔の映像が目に浮かんできた。健さんも同様である。佐々木小次郎を演じたサムライ姿、網走番外地や任侠もので見せた凄味、愛妻故江利チエミとの仲の良い姿、マイケルダグラスと男を張りあう「ブラックレイン」の刑事姿、過去のある男を演じた80年代以降の作品と次々目に健さんの姿が浮かんできた。これが最後なのかなあ?同じ思いで映画館を訪れる老人たちも多いのかもしれない。


田中裕子についても触れたい。映画「いつか読書をする時」を見てびっくりした。無表情な顔つきにその昔の妖艶さが全く見えないのである。「夜叉」や「天城越え」で見せた色っぽさがない。演技とはいえ、驚いた。この映画もその流れをくむ。明らかに彼女の顔が変わっている。結婚で苦労しているのかなあ?上の写真の笑顔はここではめずらしい。これは往年の笑顔と同じだ。演技のレベルはもともと高い。ここでも安定している。
あとの出演者は日本映画を代表する人たちだ。ビートたけしはその強い個性を少ししかあらわにしない。佐藤浩市は先だって父親と一緒に原田芳雄の遺作に出演、ここでも高倉と共演する。存在感がないかと思ったら、少しづつ重要性を増す。そういえば父上三国連太郎高倉健共演の歴史的名作「飢餓海峡」から50年近くたつ。

もう一作くらいやってもらえないかなあ
健さんより年上の名優大滝秀治が踏ん張っているのを見て、もう少し頑張ってもらえるといいんだけど。。。

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佐藤健 るろうに剣心

2012-08-23 06:10:26 | 映画(日本 2011年以降主演男性)
佐藤健くん主演映画「るろうに剣心」早速劇場で見てきました。

5月に佐藤健君主演のミュージカル「ロミオとジュリエット」を見に行った時は、チケットの値段も高いせいかおばさん熟女たちがずいぶんと観客に目立った。今回は年齢層は急激に若くなり、若い男性客も多い。ロミオの時は8割以上女性だったが、今回は若干女性が多いくらいの比率だ。人気の佐藤君だから若い女性もいたけれど、もともとこういうアクション時代劇は男の世界だ。

予想以上のアクション劇で、佐藤君も熱演、脇役に江口洋介、吉川晃司と主演級の猛者がそろい見応えがある。今回は幅広い人たちに受けそうな内容だ。

映像は明治維新の1868年1月、鳥羽伏見の戦いで討幕側の刺客として戦う主人公を映す。幕末に“人斬り抜刀斎”として恐れられていた伝説の剣客・緋村剣心(佐藤健)だ。
明治維新となり、姿を消す。「不殺(ころさず)」の誓いをたて、流浪人として旅をしていた。
10年後の1878年を映す。その頃、街では剣心のかつての呼び名・抜刀斎を名乗った人斬り事件が勃発していた。亡父から継承した神谷道場を切り盛りする神谷薫(武井咲)が無謀にも似顔絵に似た男に立ち向かおうとしているところを、剣心が助ける。

偽者の人斬り抜刀斎は、貿易商の武田(香川照之)に用心棒として雇われた鵜堂刃衛(吉川晃司)だった。金の亡者の武田は女医の高荷恵(蒼井優)に阿片を作らせ、それを元手に得た莫大な金で武器を買い漁っていた。元・新選組で今は警察幹部を務める斎藤一(江口洋介)が気付くものの、なかなか手出しができない。神谷道場に道場破りが来た。ハチャメチャにされているところを再度剣心が助ける。剣心は道場でしばらく一緒に暮らすこととなったが。。。


いきなり主役が剣の腕を見せる。ともかく動きが素早い。数多い相手をなぎ倒すと同時に中国の武侠映画のように跳ねまわる。2次元でなく3次元空間をうまく活かす。牛若丸のようだ。動きが激しい。佐藤健の奮闘ぶりがクローズアップされる。
それと同時にライバルの剣士たちの実力も示される。


吉川晃司が印象的だ。非情なまでに性根がすわった悪役として剣をふるう姿が「大菩薩峠」の市川雷蔵を連想させる。長身でがっちりした体格で存在感をむき出しにする。アイドル歌手から個性俳優へ実にうまくイメージチェンジしたものだ。終わりは若干不満だが。。。武井咲はかわいいけど普通、蒼井優がいい。映画を見て最初は彼女だとはわからなかった。普段の映像と違った一面を見せてくれた。香川照之はあしたのジョーの丹下段平役に引き続き強い個性を見せる。悪役はうまい。機関銃を打ちまくる構図が明治維新間もないというより戦中の大陸の野蛮な軍閥的要素を持つ。

間合いを取って、静のスタイルが以前の時代劇の基本だった。この映画は比較的早く剣を合わせる。そして実力が均衡している戦いでは剣と剣が何度もぶつかり合う。まともに剣が体を切りつけようとすると、ワイアーアクションのように跳ねあがる。元来の時代劇にかなり中国系のアクションスタイルの血が混じる。でもそれがいい。これまでにないスピード感のある時代劇になっている。新しいスタイルの傑作だと思う。

もしも?でいえば、大映のスタジオで故宮川一夫のカメラでこの作品撮ったらどうなるのかな?あの独特の夜のムードをむき出しにすると、妖気が強くなり、佐藤健はもっと映えるのではないか。
そんなことを考えていた。
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ヒミズ 二階堂ふみ

2012-07-19 20:30:29 | 映画(日本 2011年以降主演男性)
映画「ヒミズ」は「冷たい熱帯魚」で人々をあっと言わせた園子温監督の新作だ。
腐りきった両親に育てられた中学3年生の主人公が絡まる人間模様を映し出す。
いつもながらきわどい映像と激しい演技でハートにどっしりくる。
園子温監督の作品は最近の日本映画ではその重量感でずば抜けている作品だと考える。



主人公住田祐一(染谷将太)は中学3年生だ。川沿いで貸しボート屋を経営する母(渡辺真紀子)と一緒に住んでいる。
ボート屋の周りには東北の大震災で家を失った人たちがテントで暮らしていた。中学のクラスでは主人公は異質であった。道徳的な話をする教師に反発していた。
彼のパフォーマンスを見て同級生の茶沢景子(二階堂ふみ)が住田に強い好意を示していた。しかし、住田は無視するばかりだった。それでも彼女はひたすら追いかけていた。
あるとき家を飛び出していた父親(光石研)が帰ってきた。母さんはいないかと、息子を見るや否や暴力を振るうばかりだ。父親に「おまえなんかとっくにこの世からいなくなったほうがよかったんだ」といわれるが、息子は殴られながらその言葉に耐えるしかない。
母には付き合っている男性がいた。いつの間にか一緒に飛び出してしまう。ボート小屋には主人公しかいなくなった。

そんな時、ボート屋にヤクザまがいの金融業者(でんでん)が取り立てに来る。父親が借りていた600万円の回収だ。事情を知らない主人公に詰め寄るのを見て、そばのテントの住人である夜野さん(渡辺哲)が一言口をはさむとコテンパンにやられた。お前らが返せといわれた。

夜野さんは最近知り合ったばかりのスリの達人(窪塚洋介)に仕事をもらいに行く。スリの達人からは1000万以上儲かる話があると言われていたのであった。夜野さんはお世話になった主人公のためにその仕事を請けることを決意してするの達人と現場に向かう。金のありかに向かうと、そこには死体があった。その直後にヤクザまがいの男が入ってくるのであったが。。。。

園子温監督の作品の暴力表現はかなりきわどい。予告編を見たときに少年たちが暴力を振るいあう姿を見てドキッとしたものだ。日本映画の場合暴力の演技を本気でやっている感じがしない。彼の作品は別だ。韓国映画同様本気度の高い暴力表現だ。ドキドキする。俳優たちが懸命に監督のきつい演技指導についていっているのがよくわかる。
今回は街中の無差別殺人を起こす人たちの姿も写し出す。不審者を表現する。
いくつかの暴力的なシーンで泥まみれになるのを見てフランス映画の名作「恐怖の報酬」を連想した。あの映画の終盤で主人公イブモンタンと相棒が油まみれになるシーンがある。映画史上でもこれほどすさまじいシーンはない。この映画でも泥んこまみれになるシーンからは同じような衝撃を感じた。今回はこれまでの彼の作品と異なりセックスシーンは少ない。それを補うかの如くの暴力描写の強調だ。

あとは主人公と同級生の女の子の好演が印象に残る。2人とも親からお前なんか生まれない方が良かったといわれる少年少女だ。親の言葉を聞くとむかついてくる。幼児虐待をするような親たちを想像する。そんなハチャメチャな親の虐待から懸命に自力で逃げていこうとする若者を見事に演じた。「冷たい熱帯魚」で狂気の世界を演じた俳優たちがここではおとなしい。あの作品でのでんでん、吹越満、黒澤あすかの演技はまさに狂気の世界を彷徨っている感じだった。ここでも強い個性をみせるが地味にサブに回る。

二階堂ふみが印象的だ。
世話好きで、男性の面倒を見たがるようなタイプの女の子って割と昔は学校に多かった気がする。
最近世の中から減ったんじゃないかなあ?おせっかいで見ようによってはうっとうしい印象すら与える女の子だ。おまえなんか消えろといわれながらも好きな男にしぶとく喰いつく。そういう女の子をうまく演じたものだ。住田語録とばかりに、主人公が学校で語る「普通、最高!」などの名言?を紙に書き自室に貼り付けているシーンには笑えた。おせっかいが強くて嫌な部分も多かったが、女の執念とばかりに付きまとう姿にはむしろ怖くなるくらいの衝撃すら感じた。


いきなり被災地の映像が映し出される。いいのかなあ?と思いながらみていた。
今回音楽の基調は2つのクラッシック音楽がベースになる。崇高なイメージをもつ2つの曲をうまく映像に結びつけた。音楽はイメージの強化につながる。モーツァルトの「レクイエム」とバーバーの「弦楽のためのアダージョ」いずれも映画が持つどんよりとしたムードを強調していた。


ただ、個人的な感想で言うと、ラストに向かっての展開は若干意外だった。主人公の笑いが急にうまれたのが妙に不自然に感じられた。でもこれはあんまり語らないでおこう。
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大鹿村騒動記  原田芳雄

2012-07-10 06:03:07 | 映画(日本 2011年以降主演男性)
映画「大鹿村騒動記」は阪本監督がメガホンをとった原田芳雄の遺作

配役がすごい。主役が張れる俳優だらけである。ある意味夢の競演だ。
主演級の俳優を脇に従えて、自分が構想した作品を撮り終わり人生を終える。
これで名優原田芳雄とお別れと思うとなんかさみしい。

長野の山奥にある大鹿村では、300年の伝統をもつ歌舞伎が演じられてきた。今年もあと数日で開催の時期となった。「ディアイーター」という鹿の食堂を営む主人公善(原田芳雄)を中心に稽古も活気を帯びてきたところであった。そんな大鹿村を15年前に飛び出した男と女が戻ってくる。
女(大楠道代)は主人公の妻であったが、ある日突然主人公の幼馴染(岸部一徳)と駆け落ちする。ところが15年たって最近妻に認知症の気が強くなってきた。亭主も新しい男もよくわからないのである。むかつく主人公であったが、自宅に2人を泊めた。

翌日から最近雇い入れた一人の少年と3人の生活がはじまる。妻はボケている。気がつけば酒屋に入って万引きをする。万引きの意識はない。万引きしたのは元亭主の好物の塩辛だ。それなのに、ときおり歌舞伎のセリフを思い出したように話すことがある。
そんな時出演者の一人のバス運転手(佐藤浩市)が事故に遭って負傷する。しかも、地元を通るリニア新幹線の是非をめぐって村の中は賛成派(石橋蓮司)、反対派(小倉一郎)で議論が二分される。2人は歌舞伎のコンビである。大ゲンカだ。役場の総務課に勤める若い女性(松たか子)も調整に大慌て、果たして歌舞伎はどうなるのであろうか。。。

(原田芳雄)7月19日に亡くなったのに7月11日の試写会に車いすであらわれたという。執念だ。自らの構想で作った映画への執着心だ。この作品にこれほどまでの主演級が集まったのも原田の人徳であろう。おそらくは彼がガンに侵されていることを知り、集まったのであろう。鈴木清順監督の作品で共演した大楠道代との名コンビも復活だ。スター集合するとそれぞれ好きにやりすぎることが多いが、みんな抑え気味だ。原田芳雄は彼らしいワイルドな部分を残す。見た感じは数作前の姿と大差ない。
自宅に原田芳雄の古い本があった。昭和57年3月発行の本「B級パラダイス」である。写真を見ると顔つきが実にワイルドだ。殺気じみた姿は男っぽい。写真と同時に今回共演の大楠道代、故松田優作、桃井かおりや宇崎竜堂との対談を含む。でも何でこの本買ったのだろう。記憶にまったくない。


(大鹿村の歌舞伎)人口は1100人の完全な過疎地である。若い人も減っているだろう。よくもまあ続くものだ。歌舞伎といっても大衆演劇の延長のようだ。チップの投げ銭が飛び交う中、演じる男たちの息は荒い。この歌舞伎で原田芳雄は最後の力を振り絞って演技する。後ろの口上は地元の人たちであろう。プロの匂いがする。
この映画のいいところは地元紹介に余計な時間を使いすぎないことだ。例えば「八日目の蝉」はいいと思うが、小豆島の地元のお祭りなどをくどく紹介する。時間がそれで長くなる。実に余計だ。ここではそういうことはなく、大鹿村の住民になりきって配役が歌舞伎を演じる。二度手間のロスがない。原田芳雄、大楠道代、小野武彦、石橋蓮司、でんでん、加藤虎之介、小倉一郎とそれに加えての黒衣が岸部一徳に瑛太だ。なんというスターたちであろう。すばらしい。現代日本映画の集大成みたいだ。
そして最後の手締めをする三国連太郎、ケガをして歌舞伎に出れない佐藤浩市親子が共演する。

執念に思わず拍手、心から原田芳雄の冥福を祈りたい。
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探偵はBARにいる  大泉洋

2012-07-08 07:55:02 | 映画(日本 2011年以降主演男性)
映画「探偵はBARにいる」を見た。
これは面白い。

札幌を舞台にしたフィルムノワールとでもいおうか。大泉洋演じる探偵がいくつもの殺人事件に巻き込まれる設定だ。大泉洋はこの主人公の個性にあっている。脇を固める松田龍平、高嶋政伸が意外な一面をみせて、小雪がまさに適役。脚本、札幌の地の利を生かした映像、音楽すべてにバランスがとれている。笑いを誘うシーンも時おり混ざり十分楽しめる作品となっている。

札幌が舞台だ。
探偵業を営む主人公(大泉洋)は、北大農学部で研究助手をしている相棒の運転手(松田龍平)とともに、実質は何でも屋稼業をしながら毎日を過ごしている。ある夜、いつものBARで依頼の電話がくる。“コンドウキョウコ”と名乗る若い女性は10万円探偵の口座に振り込んだという。「ある弁護士に、去年の2月5日、カトウはどこにいたのか?」とだけ聞いてくれという奇妙な依頼をしてきた。
主人公は早速弁護士のところを訪問する。名目は自分の事務所の顧問依頼でアポをとった。断られた後、単刀直入に女性から依頼された内容を話す。一瞬動揺した弁護士だったが、知らないの1点張りであった。
そしてその帰り道、危険な黒社会方面の男たちに拉致されてしまう。あやうく雪原に生き埋めにされてしまうところだった。いかにも自分たちのことにかまうなという警告だった。
しかし、主人公は自分を危険に陥れた男たちのことを調べようとする。旧知の記者にその組織の周辺の情報を聞くと、バーのママが放火事件に巻き込まれたり、その犯人が行方不明になっていることがわかるが。。。。

(フィルムノワールと大泉洋)1940年代から50年代にかけての映画様式にフィルムノワールというのがある。「マルタの鷹」「三つ数えろ」なんてハンフリーボガードの作品がその典型だ。シニカルな探偵が謎の女に出会い、不条理な連続殺人に巻き込まれるという構造だ。最近では「ヌードの夜」もそのパターンともいえる。「探偵はbarにいる」はその定型を大きく外していない。依頼主がはっきりしないが、声に雰囲気のある女性に仕事を頼まれ、その直後から不可解な事件に巻き込まれる。まずは主役となる探偵の配役が重要だ。大泉洋というのはまさに適役といえよう。
大泉洋は高校の時も、大学の時も必ず出会うタイプの男だ。若干背が高めで、軽いパーマがかかった頭、正統派男前というわけではないが、常に彼女がいる。学校の勉強は好きでないが、悪知恵がきく。煙草を常に離さず、酒も好き、バクチも好きだ。一番好きなのは女で、もてるせいか次から次へととっかえひっかえ遊ぶなんて同じような風貌の奴はずいぶん出会ったなあ。男にとっては意外に頼りになるんだけど、女性にとってはつらい存在だと思う。
主人公は純潔な正義の味方でもない。何でも屋みたいに、ホテルでのマル秘写真で人を脅して金を巻き上げたりもする。情報屋ばかりでなく地元の裏社会の幹部とも仲がいい。警察官でないから、別に大丈夫なんだろう。腕っ節はそこそこ強いが、達人でもなく、ときおりコテンパンに叩きのめされる。そんなキャラだからこの映画楽しめるんだろう。

(配役の妙)準主役の松田龍平が北海道ならではの設定。北大助手でいつもは家畜とすごす。空手の達人で北大空手部のコーチ。その腕を生かして、探偵の用心棒的存在だ。それなのにいつもすっとぼけている。運転するボロ車はいつもなかなかエンジンがかからない。「まほろ駅前多田便利軒」で見せた彼の個性に通じる部分もある。名優松田優作の息子もうまい俳優になってきた。

高嶋政伸のイメージが違う。髪の毛を整髪料できっちり整えた好青年のイメージではない。裏のイメージを持つ長髪で、凶暴な目つきの残忍極まりない裏社会の幹部を演じている。ふだん気のいい善人を多く演じている人ほど、いざ悪役に回ってみるとしびれるほど恐怖をふりまくのか、彼の意外な一面を見た気がする。

40年代から50年代にかけてのフィルムノワールでは謎の女は常に美人であった。三つ数えろのローレンパコールの印象が強い。ここでの小雪もぴったりの配役だ。長身の高級クラブの美人ママという雰囲気がまさに銀座やキタの新地から飛び出したような感じだ。独特の雰囲気を醸し出し、事件の中に深くかかわっていく。

(札幌)雪の札幌が映画の舞台になる。ラーメン横丁、テレビ塔、大通り公園だけでなくススキノの夜を全面にクローズアップする。最近の映画では珍しい気がする。決して現代的なムードではない。携帯電話を持たないという主人公の主義もあるせいか、この映画が昭和50年代の設定としてもおかしくない。映像は決して新しい匂いのするものではない。それがこの映画のいいところだと思う。しかも大泉は北海道出身でこの町はよく知りつくしている。実にいい感じだ。父が生まれた北海道なのにそういえば死んでから一回も行っていない。急に行きたくなってきた。

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カルテット

2012-07-04 21:45:35 | 映画(日本 2011年以降主演男性)
映画「カルテット」は崩壊寸前だった家族がクラシックのカルテットを結成することできずなを取り戻し、再生していく姿を描いた人間ドラマ。
クランクイン直前に東日本大震災が発生し、舞台でもあり撮影地でもあった千葉県浦安市が液状化被害を受け制作中止の危機にひんしたが、復興に尽力した市民の協力によって完成した。

父はピアノ、母はチェロ、姉はフルートを演奏する音楽一家で育った永江開(高杉真宙)は、バイオリンの資質に優れており将来を有望視されていた。しかし、両親は生活のためにやむなく音楽の道をあきらめた。弟の才能に対して負い目を感じる姉(剛力彩芽)は自信を喪失している上に、父親が失業したことで一家は破たんしそうになる。再び家族のきずなを取り戻すため、開は家族カルテットを結成しようと一念発起する。

というのが解説である。

千葉県で仕事をしている自分としては、浦安の街にもご縁がある。映画のクレジットに知っている方の名前もある。映画がロードショーされるときは見に行こうと思ったが都合合わずいけなかった。
そんな映画なので、DVD化されたらすぐ見ようと思っていた。
でもちょっとひどすぎる作品だった。脚本が不自然すぎるし、とてもこれは人様の前に出せる出来ではない。
学芸会の延長みたいなものだと思う。
浦安の街が立ち上がろうとする姿云々という言葉にだまされてしまった。
全然関係ないじゃん。復興という言葉をを映画の呼び込みに使っちゃダメだよ。

駄作の場合にはアップしないことにしているけど、これはちょっとまずすぎるので一言
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11.25自決の日 三島由紀夫と若者たち

2012-06-30 05:41:53 | 映画(日本 2011年以降主演男性)
映画「11.25自決の日 三島由紀夫と若者たち」を劇場で見てきました。

三島由紀夫の作品は比較的好きで80%は読んでいる。気になっていた。
ここではむしろ反体制的思想が強い若松監督が真逆の思想の三島事件を描く。実録映像を織り交ぜながら、昭和40年代前半の三島由紀夫と楯の会の仲間を追う。よくできていると思う。


昭和45年11月25日、小学校で担任の先生が、三島由紀夫という人が自衛隊に乱入しているという話をしていた。その名前は知らなかった。何事が起こったのであろうと思っていたら、自決したという。
その後の三島報道はすごかった。テレビでは連日特集していた。
右翼の赤尾敏は数寄屋橋で三島精神を見習えというビラを貼っていた。これには思わず笑った。
本屋に行くと三島の本がたくさん積まれていた。
とはいうもののまだ子供の自分には何でこんなことするのかわからなかった。

三島由紀夫は学生運動などで、共産主義思想がはびこるのに深い懸念を抱いていた。
同時に自衛隊が軍として機能するべきだという持論を持つ。自衛隊に体験入隊もした。
一方森田必勝も高校生時代から日本がアカの思想に染まるのに懸念を抱いていた。早稲田に入ってすぐ
国粋主義者たちが集まる集団に属していた。66年学費値上げをめぐって、早稲田が長期のストライキに入った。森田たちはストライキのバリケードを壊したりして、学生運動の主導者たちと対立していた。
その後も沖縄問題やベトナム戦争に絡んで何度も起こったデモで学生闘士たちは町を錯乱していた。
それに対して三島は国士の気を持つ青年たちを集めて「楯の会」を結成する。
学生運動を鎮圧するのに自衛隊が出動しないことに三島は腹を立てていた。
苛立ちを募らせる三島と楯の会の若き隊員たち。そして、ついに、決断の時が訪れるが。。。

事件の後、数年たって三島原作「音楽」という映画をやっていた。不感症の女性の話である。
従兄と見に行った。そうかこういう作品を書いているんだ。その後「午後の曳航」も映画化された。
いずれも思春期の自分にはずいぶんと刺激が強かった。「潮騒」も見たと思う。
そして初めて三島の本を開いた。
青春時代を描いた「仮面の告白」を読んでみると意外に読みやすい。そこから三島由紀夫を集中して読み出した。
何の間違いか中学生のとき「美徳のよろめき」を読んだ。こんなハチャメチャな女の人いるのかと驚いた。
40過ぎに再読したときは身近に感じてより一層ドキドキしてしまった。


三島役の井浦新は熱演である。濃い顔をした本物の三島に比べるとずいぶんとあくが取れた印象だ。
ちょっとイメージが違うかもしれない。でもこの難役うまくこなしたとおもう。特に最後のバルコニーでの演説シーンは頑張った。
正直バルコニーで話している映像は見たことがあっても、何を話していたのかは初めて知った。
東大全共闘との討論についても存在自体は知っていても中身は知らなかった。若松監督は逆サイドの学生運動闘士もよく知っているだけあって、このシーンに映る学生や髪を振り乱した女子学生の雰囲気がいかにもらしかった。三島由紀夫や蓮實重彦や鳩山一族などの学習院~東大の連中が持つお坊ちゃんインテリムードとは違うものである。
寺島しのぶは今回は普通、そもそもの三島夫人自体が異様な個性を持つ女性ではないので仕方がない。
本物の三島邸でロケできればそれに越したことないだろうけど、それは無理だよなあ。


森田必勝役満島真之介が強い存在感を示していた。満島ひかりの兄弟である彼はどちらかというと新宿2丁目系薔薇族という風貌だ。男気あふれる姿は美しい。
そのころの早稲田といえば、体育会を除いては左翼思想にあふれた学生が多かったのではないか。「花は桜木、男は早稲田」といいながら学園紛争にうつつを抜かしているだらしない男たちが多いイメージだ。
学生運動にはまったやつらは町の中をぐちゃぐちゃにして、世の中にむちゃくちゃ迷惑をかけていた。とんでもないやつらだ。その動きに懸命に反発した森田必勝は男気ある。気持ちがこもっていた。
その心意気が伝わるような名演技だ。

学生運動をやっている連中は世の中を変えてやろうと思っていたのであろう?
でもあれから40年以上たって彼らの残したものは何もない。



ずっと不思議におもっっていたことがある。楯の会の資金源のことだ。
ものすごいお金がかかるはずなのに、流行作家とはいえ作家のフトコロでこなせるのかと
映画の1シーンで、三島が言う台詞で田中清玄が自分が楯の会のスポンサーと触れ回っているという
シーンがある。それは違うと三島が言う。突然出てきたシーンを見て自分の長年の疑問が浮かんだ。
実際どうなんだろう。
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テルマエ・ロマエ 阿部寛

2012-06-27 19:26:39 | 映画(日本 2011年以降主演男性)
映画「テルマエロマエ」大ヒット中の映画を劇場で見てきました。

娘の世界史の教科書を見たら、現在ローマ史をやっている。
教科書の中で五賢帝の名前を見たら、妙にこの映画が気になってきた。
50億円以上配給収入があるという。これだけ人気が出るんだから、何かあるんでしょう。
そう思いながら見た。

コメディとしてみる分には十分楽しめた。銭湯感覚のお気楽な感じでいいと思う。
映画は娯楽なんだから



時は2世紀初頭のローマ帝国、五賢帝の一人ハドリアヌス帝は領土を拡張して全盛時を迎えていた。
そのローマに一人の技師ルシウス(阿部寛)がいた。主人公である。彼はローマの公衆浴場(テルマエ)の設計を請け負っていた。しかし、最近はいい考えが浮かばず、後進の技師に仕事を奪われつつあった。
そんなある日、テルマエの中で湯を楽しんでいた主人公は、水の中にもぐっていいアイディアがないか必死に考えた。
そうすると、水が渦を巻きどこかに連れて行く。そのまま水の流れに任せて行き、水面から顔を上げるとそこは日本の銭湯の湯舟であった。
なんだいここは?そうか属州にある奴隷たちの浴場か。主人公はそう思った。


湯に使っている日本人のおじいさんたちはビックリ!でも外人さんが来ているくらいにしか思っていない。
みんなやけに平たい顔だなあと主人公は銭湯のなかの老人たちを見る。浴槽の裏手にある富士山の絵がイタリアの火山に見える。
こういう絵をテルマエのバックに入れるなんてなかなかいいじゃないか!
風呂のお客がくれた飲み物を飲んだ。フルーツ牛乳だった。なんてうまいんだ。
外へ行き、反対側の女湯に入った。そこでビックリした一人に山越真実(上戸彩)がいた。漫画家の彼女はスケッチを描こうとしたら主人公はいない。

主人公はローマに戻った。水におぼれているところを助けられ目を覚ます。あの平たい顔の国のアイディアいいじゃないかと考える。そうして熟考していくうちにまたまた日本の家の風呂へ。
住宅の風呂で幅1mの小さい浴槽だ。個人用のお風呂なんてローマにはない。
大きな身体をかがめて中に入っているところで気づく主人公だ。
その家では漫画家志望の上戸彩が先生に漫画を酷評されていた。才能がないから田舎へ帰れと言われてしゅんとしている上戸彩だ。
風呂の中にはその家のおじいさんがいた。おじいさんはヘルパーと思しき外人の男を見て、背中を洗ってくれと頼む。アカすりででるアカに驚く。言われるままに、シャワーを手にする。こんなもの見たことない。驚く主人公だ。
シャワーハットをみてまたまたビックリだ。目に水が入らない。
家の中にいるところをまた上戸彩が気づく。でも気がつくとまたいない。
主人公はまたローマのテルマエで目を覚ました。


同じようなこととなり、また熟考しているうちに衛生陶器のショールームで働いている上戸の元へまた行ってしまう。ジャグジーバスとウォッシュレットにビックリする。
いいアイディアが次から次へと浮かび、アイディアをどんどんローマのテルマエに取り入れていった。
その話を聞きつけた皇帝ハドリアヌスは主人公を呼びつけ、テルマエの設計を依頼するのであるが。。。。

このあとハドリアヌス帝の後継者問題という世界史を揺るがす話にまでこの映画が絡んでいく。
大胆な広がりだけど、フィクションなんだからこのくらいオーバーな表現でも悪くはない。

ローマ時代の歴史は比較的整っていてわかりやすい。五賢帝時代というのはローマの平和と言われ、大全盛時代というのはそのむかし世界史で習った。トリヤヌス時代に領土がもっとも拡大したと習ったものだ。
その五賢帝の中で、ハドリアヌスの名前は地味だ。でも名前は意外にすらすら出る。
昔野球の南海ホークスで「ハドリ」という選手がいた。野村克也と並んで主砲だった。小学低学年の時巨人との日本シリーズでものすごいホームランを打ち、最後のインタビューを英語でやり取りしていた姿が鮮明に目に浮かぶ。その連想でハドリアヌスの名前を覚えていた。
どうでもいい話だが今回ハドリアヌス帝時代が背景と聞き個人的に親しみを覚えた。
市村も顔が濃い。だからこの皇帝役も違和感が少ない
「十三人の刺客」のときもよかったが、この映画でもさすがうまいね。



旅館の娘である売れない漫画家と主人公の浴槽技師との結び付け方は若干強引であるが、なんか楽しい。
銭湯、温泉といった日本風の風呂に加えて、ウォッシュレット、ジャグジーバスをローマのお風呂に取り入れていく。こういうのは時代背景その他を別として単純に楽しむしかない気がする。
劇場の中で笑い転げそうになったシーンも割とあった。
タイムマシーンに乗ったが如く、前後の時間を行き来する。最近はそういうやり方の映画が多い。
どれもこれもみんな楽しい。

PS 家に帰ってみたら、大滝の温泉宿からコメントいただいていた!

衛生陶器のことまで書いていたけど、あのものすごい伊豆の滝を見上げる絶景風呂のこと書かなかったのにすみません!これは凄いですよ。
コメント (3)
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ハラがコレなんで 仲里依紗

2012-06-07 22:29:40 | 映画(日本 2011年以降主演男性)
「ハラがコレなんで」は「川の底からこんにちは」で才能を発揮した新鋭石井裕也監督の作品だ。

下町に唯一残る長屋に繰り広げられる人情コメディだ。ここのところ女優としての才能を発揮している仲里依紗が主演だ。ニの線ばかりでなく、三の線がうまい。「モテキ」での存在感もあったが、ここでは彼女のワンマンショーという感じだ。

主人公光子(仲里依紗)はアメリカ人と結婚するつもりで妊娠、本来はめでたしなのに別れて一人住まいだった。預金も底がついてきてあてもなく、小さいころ暮らした東京のはずれの下町の長屋に向かう。そこには昔お世話になった大家のおばさんが暮らしているはずだった。着くと彼女は寝たきり状態だった。

そこで場面は彼女の小さいころにフラッシュバックする。
主人公の父母は事業がうまくいかず、夜逃げ同然でこの長屋へやってきた。長屋に来ると、歓迎され驚く。
そこでは住人たちがワイガヤまるで住居の垣根がないが如くに暮らしていた。

大家のおばさんは揉め事も含め、すべてを取り仕切っていた。気風のよさがあり、うまくいっていないうちの家賃をまけてあげたりした。そこの住人に食堂を経営している父(石橋凌)子がいた。実際には実子ではなかった。その息子と主人公は仲良くなったが、景気がもどり主人公親子は引っ越すことになった。

戻った時長屋からは住人はほとんどいなくなっていた。食堂のおじさんと息子はまだ住んでいた。食堂にいくと、客は少なく閑古鳥だった。
厨房でボーとしている姿を見て、主人公はいても他ってもいられない気分になった。私が面倒を見るというばかりに食堂に客を引っ張るようになった。店には以前にまして客足が戻ってきたのであるが。。。。

先だって見たあしたのジョー実写版で出てきた長屋と同じような、一昔前の長屋が舞台だ。
そこの仲間内での人情ものと思しき映画だが、実際には近代化の中に取り残されている長屋からは人はいなくなり、下町的人情はなくなっている。そこに戻ってきた主人公が奮闘する。しかも、彼女は妊娠9ヶ月だ。

映画が始まっての場面で、主人公が引越しをしてきた隣人の女性に対して、うっとうしく世話をやく場面が出てくる。タクアンどうですか?と隣の家を訪ねて、勝手に上がりこみ話し込もうとする。隣人からはいい迷惑だ。
でもこういうのが、小さいころの生活から学んだものだということが映画を見てわかっていく。
主人公が育った長屋では、隣と自分の家の境目もない状態、お互いに食べ物をあげたりして、世話をやきやっている。逆に喧嘩も絶えない。
主人公はこの下町長屋で気風のよさということを学んだ。
こういうのが粋なんだよと、自分の行動を粋かどうかで判断する。
OK! これは粋だ という主人公のセリフが脳裏に焼きつく。


主人公が食堂に連れてくるのは、リストラにあって会社から干されている男たちが多い。
金もなさそうな連中に粋とばかりに、全部自分のおごりだとまで言ってしまう。
店に客が増えたのであるが、売上がちっとも変わらない。
サクセスストーリーではないのだ。そこが肝だ。

品川の実家も近くに商店街があり、割と近い生活を見てきた。だから親近感はある。
うちの母も町内会の役員をずっとやってきて、お互いに助け合いなんてこともよく言った。
朝から晩まで町会事務所に入りびたりだった。地元の小学校にもボランティアで行っていた。
後でお返しが来るからとずいぶんと母も気前がよかったが、大して良いこともなかったのかもしれない。
でも父や母が死んだときには、大行列ができるくらいに葬式に人が来た。
区から偉い人まで来た。母との最後の会話は赤十字社からの感謝状が来ているかどうかだったなあ。
うちの母はこの主人公と同じように粋を貫いてよかったと思ったのかもしれない。
母を思い出してしまう映画であった。
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恋の罪  神楽坂恵

2012-06-07 05:50:33 | 映画(日本 2011年以降主演男性)
映画「恋の罪」は問題作品を次から次へと発表する園子温監督の作品だ。

前作「冷たい熱帯魚」では脇役でんでんを暴走させ狂気的な凄い作品を発表した。今回はでんでんのような男性の狂人がいない代わりに、神楽坂恵と冨樫真の女性2人を暴走させる。神楽坂恵の圧倒的なバディに翻弄されながらストーリーを追った。水野美紀が格でクレジットトップだけど、どう見てもこの映画の主役は神楽坂恵でしょう。

渋谷の円山町のホテル街で、古い建物から女性の死体が発見された。主婦でありながら刑事の仕事を務める女(水野美紀)は外出先で知らせを受けて、現場に駆け付ける。首が切られたむごい死体だ。
作家の主婦である主人公(神楽坂恵)は一戸建ての家で何不自由のない生活をしていた。朝7時に家を出て夜9時過ぎまで帰らない夫は別の仕事場で著述の仕事をしていた。主人公は暇なのでスーパーで試食販売のバイトをしていた。そんな主人公を店頭で見てモデルクラブの女性スカウトがモデルをやらないかと誘う。スカウトから連絡があって、撮影場所へ行くと水着にさせられた。写真を次から次へと撮られた後、気がつくとヌードにさせられていた。男優が迫ってくる。真相はAV撮影だった。

このあと、毎日ルーティーンな生活をしていた主人公は一気に気持ちがふっきれた。胸元を派手に開いた大胆な洋装で渋谷へ遊びに出るようになった。そして町でナンパされた男とちょっと変わったプレイをするようになった。その男の知り合いにホテトル嬢(冨樫真)がいた。彼女の後を追いかけているうちに、実は本職が他にあることがわかる。どうやら大学で教師をやっているようだ。主人公はホテトル嬢に近づこうとするのであるが。。。


「ルアーブルの靴磨き」を見に行った時に円山町のホテル街を歩いた。見たばかりの光景だけにきわどいネオンの映像もなじみやすかった。

もうずいぶんと時間がたつが、東電OL殺人事件にはあっと驚いた。
彼女は自分より年上だが、同じ大学でだぶっている時代もあるせいか、かなり興味を持った。この題材はいろいろな小説や2時間ドラマの題材になっている。ある意味村上春樹の「1Q84」にもその影響が感じられる。女主人公青豆の友人で警察官の女性は、夜乱れる設定だ。女性の性欲というテーマがあの小説では取り上げられていた。この映画における水野美紀の役に近い気もした。
東電の彼女は冨樫真が演じる役柄のようなことをやっていたらしい。そういえば、以前彼女がストリートで客をとっていた時代の写真を見たことがある。冨樫真が派手に化粧をした顔によく似ていた気がする。そういった意味でリアリティを感じた。


爆走する神楽坂恵のテンションが高い。「冷たい熱帯魚」の時よりもかなりメインに出ている。爆乳を見せる場面も多い。どちらかというと、「にっかつポルノ」の現代バージョンという色彩が強い気がする。前作ではでんでんがかなり出演の女たちをいじくっていたが、今回男性側はホテトルの店長がメインでハチャメチャのことをやる。演じる奴がいかにもらしい感じだ。でも前作ほどのアクは強くない。園子温監督も今回はむしろ男性よりも女性の異常性にスポットライトをあてたようだ。
マーラーの交響曲第5番をその異常性が頂点に達しようとする時何度も奏でる。ヴィスコンティの究極の男色映画「ベニスで死す」でも使われたこの曲のムードが暴走する2人の異常性を強調する。

水野美紀はついに全部を脱ぎさらしてクレジットトップであるが、存在感はあまりない。彼女にハチャメチャさせたらもっと面白くなるんだろうけど、中途半端だった気がする。
冷たい熱帯魚ほどの衝撃度は正直なかった。
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ばかもの  成宮寛貴

2012-05-04 23:39:10 | 映画(日本 2011年以降主演男性)
映画「ばかもの」は成宮寛貴主演の青春偶像劇である。

三流大学の普通の学生が女性遍歴を重ねながら成長していく10年を描く青春恋愛ドラマだ。アルコール中毒も途中一つのポイントになるが、この程度のアル中であればいくらでもいるといった感じだ。こんな青春を送っていれば普通であれば後になっていい人生歩んできたなあって思えるような話である。


群馬県高崎が舞台である。三流大学の大学生である主人公(成宮寛貴)は勉強も恋愛も中途半端な男だ。父母(浅田美代子)と姉と生家で暮らしている。大学では親しく席を並べている女子学生(中村ゆり)がいるが彼女ではない。
そんな主人公が父親の忘れものをとりに、飲み屋に行く。そこには美人おかみ(古手川祐子)が待っていた。忘れ物をもらった後、店で若い女性額子(内田有紀)に声をかけられた。一緒に飲まないかといわれる。彼女は美人おかみの娘であった。屈託のない額子に言われるまま酒が進んでいた。気がつくと額子の部屋へ。その後も急接近して2人は付き合うようになる。若い主人公は精力が有り余っていて、会うたびごと額子を求める。額子もそれを受け入れる。一緒の身体になったかのようにお互いくっついている日が続いていた。


ところが、それが少しづつ疎遠になる。どうしたことか?と主人公は思っていた。
そんなある日額子から公園に主人公が誘われた。大きな木のところで、額子が縄で彼の体ごと縛った。そしてズボンを下ろし、口で彼のものを吸い始めた。そんなときに突然額子が言う。「私結婚するの」縄で縛ったまま彼女はそこを立ち去る。主人公は途方に暮れる。

しばらくは落胆した月日が流れた。
席を並べた女子学生もデイトレーダーで金をもうけて東京へ行ってしまう。なんとか大学を卒業して、地元の家電量販店で働くようになった。
大学時代の親友の結婚式で、妻側の招待客である理科の女教師(白石美帆)と知り合った。彼女と妙に気が合い、彼女の家に転がり込むようになる。このころから彼の酒は進むようになる。飲んで荒れてという日々が続く。しかし、彼女は清純でやさしい女性であった。アル中の彼を受けとめようとするが、エスカレートぶりは常識の範囲を超えていったが。。。。

観音様にだるまといえば、高崎が舞台だと一発でわかる。地元商店に協力してもらっているのか、街の様子もずいぶんと映している。群馬から日光に向かう所にある吹割の滝が映ったのは懐かしい。栃木に住んでいたころ滝めぐりが好きで、日光のヤマを越えて見に行ったことがある。主人公の勤務先が家電量販店の設定、ヤマダ電機にロケさせてもらっているようだ。群馬といえば今や全国区となったヤマダ電機の本拠地だ。そんな典型的地方都市のたたずまいを映しながら、物語は流れていく。

まわりに浴びるほど酒を飲む奴はたくさんいるけど、アルコール中毒の治療を受けた経験のある奴っていない。実際問題この程度であればという気もするが、女性から見た男性の酒好きの感覚が違うのかもしれない。
たまたま年上の魅力ある女性と付き合ってしまって、まるで猿のように狂って愛欲に走るという気分は悪くない。村上春樹の小説なんかによく出てくる話だが、これってそんなに引きずるのかなあ?彼の小説だと若い時のいい思い出ということで全く引きずらない。こんなことで酒びたりになるという構図はおかしい。どうしても原作者の女性目線に偏見があるのではないかと感じる。男性心理をよくわかっていないのでは?

むしろこちらから見ると、この主人公モテまくりでいい思いしたじゃねえか!と言いたいくらいだ。
しかも内田有紀がもう一度現れる構図も変だ。

主演の成宮寛貴君は男から見ても好男子だと思う。黙っていてもこのキャラならもてるだろう。演技がどうのこうのというより、素地でこの映画取り組んでいる感じがして好感が持てる。
脇役がバラエティに富む。
内田有紀の誘惑キャラがかっこいい。ただもう一度出てきたあとはなんか変だ。(もっとも彼女には何の罪はないけど)


中村ゆり が可愛い。パッチギの続編で準主役張ったが、あれは映画の内容にむちゃくちゃむかついたので、個人的冷静さを失った。今回同一人物に見えなかった。新興宗教に狂うという設定がぴったりだ。美女が多い映画だが、いちばんいい女だ。

浅田美代子はデビュー当時からよく知っている。自分よりまあまあ年上だが、今でも若いしかわいい。麻丘めぐみや天地真理の醜さをみれば格が違う。デビュー曲「赤い風船」はまわりの悪ガキどもとよく一緒にギター弾いて歌ったものだ。典型的女学館ガールで、中小企業の社長の娘という雰囲気がいつまでも消えない。

古手川祐子も飲み屋のママ役が板につく。もう主役張るなんてことはなさそうだ。こんな美人なかなか町の一杯飲み屋にはいないけどなあ。

普通かな

ばかもの
年上女との恋にはまる
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わが母の記  樹木希林

2012-05-01 21:15:35 | 映画(日本 2011年以降主演男性)
映画「わが母の記」を映画館で見た。
実にすばらしい!
井上靖の原作の映画化で、彼の私小説的要素も強い。井上靖の現代小説は学生時代から好きで、噂を聞きこの映画見てみたいと思っていた。見に行ってよかった。主人公の小説家の目を通して、子供のころ離れ離れになったこともある故郷の母が徐々にボケていく姿を描いている。

客席には自分よりも年上の男女がほとんどだった。初老の域に入った男たちが、ハンカチで涙を何度もふいているのが至る所で見えた。意外にもその横の奥さんたちがそうでもない。この映画は男の哀愁を誘う映画なのかもしれない。自分もハンカチで何度も目をぬぐった。映画館を出る時も涙目なのは気恥ずかしい。

「三丁目の夕日」でも同じような光景が見られたが、映画の出来は格段にこの映画の方が上だ。いやもしかして来春映画の賞を総なめするかもしれない。そのレベルである。
樹木希林の演技には驚いた。彼女は本当にすごい!!



最初は昭和34年ころを映し出す。小説家伊上洪作(役所広司)は人気作家だ。43歳で文檀に登場してから着々とその地位を築いていった。故郷伊豆に父母が暮らしていたが、父が亡くなったという知らせが入る。母(樹木希林)が残されて、伊上の妹夫婦と暮らすことになった。
実の母ではあるが、戦時中洪作は曽祖父のお妾さんに8年間育てられたことがあった。息子は捨てられたという気持ちが残っていて、わだかまりがあった。しかし今、すでにボケてきた母親に恨みはなかった。
主人公には妻と3人の娘がいた。妻はいかにも明治の女という夫に尽くす女性で対照的に主人公は頑固だ。しかも、過保護なくらい娘たちに干渉する。この映画では子供たちとの葛藤も語られる。。。。

ストーリーは単純である。いくつものエピソードを重ねていくが、一つの家庭をめぐって起きる小さな事件の積み重ねである。意外性のある話ではない。青島幸男が演じた「いじわるばあさん」との境目が少ないばあさんかもしれない。


「三丁目の夕日」では時代考証が自分が見てもちょっと違うんじゃないのというところがいくつも散見された。この映画に関しては完ぺきだ。昭和30年代から40年代を描く映画には隙が多い。その時代には到底ないような建物があったりすると興ざめさせられる。

井上靖さんの自宅や実家をロケに使っていること自体がこの映画が成功した一番大きな要因だと思う。いかにも昭和30年代の典型的なお金持ちの家だ。設計士が設計したというのがよくわかる独特の空間の使い方だ。室内の装飾の木の使い方がうまく、外部に面してオープンの木の建具が使われる。座卓の書斎が小説家のたたずまいらしく、食堂もハッチがあったりして最近の流行とは違う。和のテイストをとりいれた洋風の家だ。昭和の上流家庭の姿をリアルタイムに映し出しているような錯覚を感じる。
井上靖の代表作「氷壁」の中に出てくる富豪のご婦人が住んでいた家もまさにこの家のイメージだった。


それに加えて今回は伊豆の名門川奈ホテルをロケに使う。スパニッシュ風ホテルだ。これって今まで映画で使われたのは見たことがない。バーのウッディなインテリアが素晴らしい。東京にもこういうホテルのバーがいくつかあったが、赤坂キャピタル東急の李白バーがなくなってから、特筆すべきものはなくなった。
伊豆の海を望む超名門の川奈ゴルフコースが映し出されるのもなかなかいい。
伊豆の名所というべき山奥の川沿いの遊歩道や富士を見渡す海辺など数々の素晴らしい風景が映し出されて気分がよくなった。

いずれも昭和45年以前に記憶のある人たちにはたまらない映像がつづく。
これって一部のお嬢様方を除けば、男性の方がその哀愁を感じるのではなかろうか。
昔のおばあちゃんの姿をうまく表現する。普段から和装で髪の毛を後ろで丸く束ねる。うちのおばあちゃんもこうだった。自分もおばあちゃん子だった。映像の中では和装のご婦人が多い。家族の寝間着も浴衣のような和装だ。自分が小さいころの写真を見てみると、親戚が集まる会合には和装のご婦人が多かった。和装から洋装への境目って昭和45年くらいなのかもしれない。



この映画の素晴らしさは何をさておいても樹木希林の素晴らしい演技だろう。普段のキャラがボケキャラで、認知症の役に不自然さがまったくない。何度も何度もボケたまま息子役の役所広司にからむ。役所もそれに答える。自分の息子なのかもよくわからないような言葉も発する。でも完全にすべての記憶を失ったわけではない。ときおり正気に戻ったような話をする。劇場の中は樹木希林の動きに笑いが絶えなかったが、涙を誘うような場面も出てくる。よくもまあここまでできるのかという演技である。実に見事だ。
30代前半に「寺内貫太郎一家」で彼女はおばあさん役を演じた。もちろんこれはこれで悪くないのであるが、年を経た今彼女の芸は円熟の域に達しているといっていいだろう。人間国宝としてもおかしくないボケ役だと思う。

おそらくは横で涙していた老紳士たちも同じようなこと思っていたのかもしれない。
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モテキ  

2012-04-08 19:44:27 | 映画(日本 2011年以降主演男性)
映画「モテキ」を見た。これは実におもしろい。
もてない青年に突如もてる時期が来るという話だ。

出足からテンポがよく、楽しいコメディドラマ。業界人になろうと苦戦しているオタクの主人公はサブカルチャー大好きのオタク青年だ。ツイッターのつぶやきをベースに展開する話のテンポが現代的だ。まさに今を語っているこの映画があと20年たった時どう語られるのかが興味ある。
最後の詰め方がどうかな?という気もするが、良くできていると思う。

31歳の藤本幸世(森山未來)は、金なし彼女なしの青年だ。これまでは派遣社員でいたが、ニュースサイトのライター正社員職の就職試験を受けることにした。面接では編集長に女経験のない男は採用不可と散々言われたが、結局働くことになった。

そんな彼はツイッターにはまっていた。つぶやきは多いのになかなか相手にされないでいた。ある時男のアイコンとTMネットワークの曲の話題で話が合うので返信しあうようになり、飲みに行く約束までした。男同志と思いながら待ち合わせ場所で待っていたら、来たのがなんとスタイル抜群のかわいい女性みゆき(長澤まさみ)だったのだ。突然、“モテキ”が訪れたのだ。
2人で飲みに行くとノリが抜群にいい。聞くと同じ雑誌記者だという。
そのまま深夜まで飲み続ける。


その後主人公の前にミニカーのデザインをやっているというみゆきの年上の友人OLるみ子(麻生久美子)、ガールズバーの美人店員・愛(仲里依紗)が現れる。一体どうしたことだろうか。。。。


オタク文化に毒された典型的な青年主人公を演じる森山未來がうまい。いかにも気の弱そうなダメ男はそこら辺にうじょうじょいる。心理状況をナレーター的にバックでしゃべるのが効果的だ。しかも、今回はダンスも至る所で披露している。長澤と知り合った後で、舞い上がりつつ女性ボーカルグループPERFUMEと踊るダンスが楽しそうだ。ロケ地は風景的にさいたま新都心のケヤキ広場の前のように見えるけどそうかな?


いずれにせよ、今回の森山は役得だよ。
長澤まさみもかわいいなあ。しかもこの映画ではノリ全開だ。飲みつぶれながら主人公とベッドに向かうシーンはドキドキしてしまう。しかも、今回は若い音楽プロデューサーと不倫をしている場面が出てくる。途中のキャラと違うのであれという感じだ。麻生久美子のキャラもいい。33歳独身OLの心境を上手に表現している。一人カラオケでうっぷんを晴らすシーンは辛いものがある。オヤジギャルの匂いも出す。吉野家で牛丼お代わりして周りに拍手されるシーンが傑作だ。

音楽の使い方が実にうまい。特に前半はあっと驚かされた。いきなりの大江千里「格好悪いふられかた」は大好きなだけに懐かしい。その後も出演者の心境に合わせて選曲された歌の歌詞が印象的だ。こころの動きを強調する。出てくる曲はいずれもかなりファンキーだ。自分好みと若干違うけどダンスに合わせていい感じ。自分としては映画のテンポは「ブルースブラザース」を連想してしまった。

あとリリーフランキーや真木よう子など脇を固める連中もうまく、割と見応えがあった。
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神様のカルテ  櫻井翔

2012-04-08 07:53:25 | 映画(日本 2011年以降主演男性)
「神様のカルテ」は櫻井翔主演の医療ドラマだ。
医者が書いた原作の映画化で「嵐」の櫻井君がとっぽい医者を演じる。

信州松本が舞台だ。勤務5年目の内科医・栗原一止(櫻井翔)は「24時間、365日対応」で大勢の患者を抱える本庄病院に勤めている。彼が当直にくると、次から次へと救急患者が担ぎ込まれる。引きがいいといわれていた。働き詰めで睡眠が取れなかったりすることが日常茶飯事であった。
病院には先輩医師(柄本明)、看護師長(吉瀬美智子)、同期の看護師(池脇千鶴)、新人看護師(朝倉あき)らがいた。共に地域医療の現実と向き合っていた。
また、主人公の住まい“御嶽荘”には大家兼絵の描けない画家・男爵(原田泰造)、博学な大学生・学士(岡田義徳)が住み、山岳写真家でもある最愛の妻(宮崎あおい)とともに奇妙な同居生活をしていた。
そんな折、主人公は母校の医局を通じ大学病院に勤めないかと誘われる。「良い医者」になる為には最先端医療が学べる医局にいる方がいいのは当然だ。悩む主人公だ。
ある日、彼の前に大学病院から見放された末期ガン患者・安曇雪乃(加賀まりこ)が現れる。もう医学ではどうしようもない安曇であった。なぜか主人公を頼ってやってきた彼女と奇妙な関係になるのであるが。。。


いきなり現れる主人公こと櫻井翔はなんかとっぽい役柄だ。下手なパーマ屋でかけられたような変な頭で、いつもボーとしている。看護師たちにせっつかれながら、診療をしている。よくいる腕の立つ外科医なんていう医療ドラマにありがちな設定ではない。あえて三枚目を演じている印象だ。
夏目漱石を敬愛し「草枕」を暗誦する。森鴎外、斎藤茂吉北杜夫親子、加賀乙彦など医者の文学好きって多い。決して不自然な設定ではないと思う。


映画を観た感想は普通という感じ。でも、末期がん患者と医者の触れ合いという場面では、母の闘病生活を思い出した。最初にまさに末期がんで体中が痛くなり始めた男性患者が出てきた。モルヒネを増加した方がいいのでは新人看護師に対して、主人公はそれはだめだという。一気に生命の危機がくる可能性があるということだ。母の場合、モルヒネ注入がはじまり、あれよという間に意識を失った。若干早いなあという印象であった。寸前まで頭の中は明晰であったので、本人も不本意だったかもしれない。でもこうしないともっと苦しんだ可能性がある。
この辺りが難しい。いずれにせよ、ここまで来たときの延命治療というのが無意味かもしれない。初期なら別の展開があるが、ここまで来ると安楽な状態でいた方がいいのであろうか。

主人公と患者との触れ合いを映画で描いたが、正直こんなことあるのかなあという印象だ。医者でない自分が言うのは適切でない気もするが、妙に美化され過ぎの印象だ。


櫻井翔、池脇千鶴はまあまあ、看護師長の吉瀬美智子はかっこいい。年を重ねるごとにカッコよさを増している印象だ。あとよく見えたのは宮崎あおいだ。この優しいムードがなんとも言えない。適役だと思う。
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東京公園  三浦春馬

2012-03-26 18:21:34 | 映画(日本 2011年以降主演男性)
「東京公園」は青山真治監督の4年ぶりの作品だ。
カメラ好きの主人公の大学生と彼を取り巻く3人の女性のかかわりを描く作品
色男三浦春馬君がクローズアップされる。女性的なルックスを持つ彼の魅力を引き出そうと監督が踏ん張ったという印象だ。


主人公(三浦春馬)はカメラ好きの大学生だ。東京の公園をめぐって、家族写真を撮っている。
いつものように乳母車で子供を連れ出していた女性を写していたときに、ある男性に呼び止められた。
「何をしているのか?」と。事情を説明してその場は別れたが、再びその男が主人公の前に現れる。
「彼女を尾行して写真をひそかに取ってくれないか」と言われる。戸惑ったが、主人公はそれを受け入れる。依頼主の指示通りの公園に向かい、彼女(井川遥)の写真をとった。そしてメールで依頼主の男へ送信とすることにした。
主人公は40年代の建物と思しき、古い下宿に友人と住んでいた。夜はカフェバーでバーテンをしていた。
そこにはゲイのマスターがいて、時折主人公の母親違いの姉(小西真奈美)と主人公の元彼女(榮倉奈々)が飲みに来ていた。
尾行をする女性が美しい人だとわかったとたん、姉と元彼女が今までにない反応をするようになったのであるが。。。


ストーリーには大きな起伏がない。淡々と主人公を中心にして姉、元彼女、友人のことを描いていく。
尾行する女性は写真を撮られるだけである。そのままずっと進む。
義理の姉は継母の連れ子で9歳上である。主人公と義姉はずっと普通の姉弟関係であった。
ところが、尾行する女性が美女であることがわかると、急に態度が変わってくる。血がつながっていない普通の男女に戻るのである。
中間に何かが入るだけで化学反応が起きてくるのだ。この化学反応がこの映画の肝である。


同様に元彼女も同様にちがった反応を示す。高校の時からよく主人公のことを知っているちょっとおせっかいな女の子だ。ゾンビ映画が好きで、元彼女なのにやたらと彼にちょっかいを出す。
別に尾行する女性と主人公が会話をするわけではない。やきもち妬かれる筋合いはない。
それなのに不思議な化学反応が起きる。

その化学反応で試験管は爆発しない。
わずかな反応しか示さない。そうして映画が進んでいく。静かにピアノがバックで流れる。
最後に向かって一番の肝と思える長まわしのシーンがある。義姉と主人公を写す。これはよかった。
父母が移住した大島の風景、都内の公園風景や古い下宿の光景を取り混ぜながらラストに向かった。
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