Jean-Luc Godard @godard_bot
映画史というのは、自らの歴史をもつことができる唯一の歴史だということです。なぜなら、映画史というのは自らの痕跡をもっている唯一の歴史だからです…人々がこしらえたさまざまの映像が残っているからです。―ゴダール
Jean-Luc Godard @godard_bot
私はまだ一度も、ひとから《おまえの映画は左翼的だ》とか《右翼的だ》とか言われたことがありません。映画の連中が私に投げつけた唯一の非難は、《おまえがつくっているのは、それは映画じゃない》というものです。―ゴダール
Jean-Luc Godard @godard_bot
よくおぼえていますが、私は『気狂いピエロ』を撮りはじめる一週間前は、完全なパニック状態におちいっていました。なにをすればいいのかわからなくなったのです。―ゴダール
Jean-Luc Godard @godard_bot
ひとははじめのうちは、自分は自分を表現していると思い込み、その表現のなかに、自分のなかから生まれたものではない、ある大きな感化の運動が入りこんでいるということを理解しようとしません。―ゴダール
Jean-Luc Godard @godard_bot
人々はより多くのことを知りたがっている。別のやり方でよりくわしく知りたがっている。でもそのためには、つくる映像をより少なくし、それらをよりよくつくるべきなんだ。―ゴダール
Jean-Luc Godard @godard_bot
私がこれまでに何本かの映画をつくり、今もなお映画をつくろうと努めているのは、ただ単に、こわいからです。私は仕事を手に入れることに関しては、だれもあてにしていません。だから私には、明日になって仕事がなくなっていることがこわいのです。―ゴダール
Jean-Luc Godard @godard_bot
真の妖怪的映画というのはむしろ、われわれに恐怖感を与えず、あとでわれわれを妖怪めいたものにする映画だと言えます。それに対し、われわれにいくらかの恐怖感を与えるそのほかの映画は、われわれをいくらか開放してくれるのです。―ゴダール
Jean-Luc Godard @godard_bot
まただからこそ、私は自分に、「物語というのは、ひとが自分自身の外へぬけ出るのを助けるものなのだろうか、それとも、自分自身のなかにもどるのを助けるものなのだろうか?」という疑問をなげかけるわけです。―ゴダール
Jean-Luc Godard @godard_bot
苦しみを託されたものとしての映画、―ぼくはこれはすぐれた観念だと思う。そして、自分に大げさに考えるべきじゃないと言い聞かせながら、この観念を自分に適用している。―ゴダール