wakuwakuな生活

徒然なるままに、楽しいことをわくわくするようなことを載せていきたいです。

義経が歩いた道・鎌倉街道

2011-09-28 22:17:41 | 神奈川・相模原近隣の歴史・旧跡
義経が歩いた道・鎌倉街道
2011-09-04 15:30:24 | 相模原市近郊の名所・旧跡
 今から800年も前のこと。平家を壇ノ浦に全滅させた義経が、兄頼朝に報告をしに鎌倉まで会いに行った。腰越まで進んで、鎌倉入りを許される日を一日千秋の思いで待ったが、結局は入ることを許されず、絶望の気持ちで京都に帰る。



 その帰路、境川筋の鎌倉街道を辿り、中和田の地を通って浅間神社の境内にひと時の憩いをとった。
 そこで、鶴が飛んで行く所を見て、
「鶴は鎌倉をめざして飛んで行くことができるが、私は二度と鎌倉の地を踏むことは出来ない」
と、嘆き悲しんだということである。そして、兄への土産にと、はるばる持参した珍しい貴重な品々をそこに全部埋めてしまったという。それがこの浅間神社である。




「朝日があたって夕日が映え、雀がちゅんちゅんなく所、大釜いっぱい鍋いっぱい」という歌が残っているらしいが、これはその宝物を埋めたところを示したとされているが、いまだ何も出てきていない。
また、鶴間の地名もこの鶴が空に舞っていたので、鶴舞うから転じて鶴間になったといわれている。


この石は鳥居の隣に、苔むした古い感じで昔からここに鎮座してていますと訴えていた。もしかしたら、こんな平らで丁度座ってくださいという感じだったので、義経がひと時の座って身体を休めたかもしれない。

 住所は大和市だが、相模原市と町田市の接しているところで、この3市すべてに「鶴間」という地名が残っている。昔はこの辺一帯が鶴間村という集落だったという。

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2 コメント

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来ました! (しお)
2011-10-06 11:11:10
和香代のブログとは言え あまり私的な事ばかり打ち込むのはかな・・・と思っていたけど、ここは過去ログなので良いかな

こうして近くの名所旧跡を辿ると 歴史上の人物がぐんぐん身近に感じるね~いいなぁ~行ってみたいなぁ~

伊勢もいろいろあるんだけど、なんせ神話の世界←コレは興味イマイチなんだよね

義経がこんな近くに (wakuwaku)
2011-10-07 21:14:35
これは私も、思わず、この浅間神社を見つけた時には興奮しました。
実は、この春転勤して、転勤先の近くに鎌倉街道があって、それから調べてみたらこんな結果が出てきたのよ。
三重は桑名の焼ハマグリが有名だし、東海道の宿場町にもなっているよね。
そんなところから、発掘してみたら。

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