日々の事など

時には、旅人

イエメンの人

2017-11-28 | 日記

イエメンの人と散歩をします。彼女は日本語が、私はアラビア語がわかりません。歩きながら彼女は私にアラビア語を一生懸命教えようとします。ほんとは、私が日本語を教えるつもりだったのにあべこべだなあと思いながら、色の名前を覚えたり、カフェに入って、「タファッダリー」どうぞなんて覚えました。アラビア文字も教えたいらしく、ちょっとボケた頭に無理なんですけどとアラビア語でいえないから、ノート作って書き始めました。言葉が世界に広まっていきかたも想像できます。「スゥクル」なんてフランス語でも砂糖だなとか、ルーマニア語もアラビア語も椅子が「スカウン」だって。多分、アラビア語からひろまったのでしょうか?細かいことは伝わらないけど、面白い。昨日は、巻きずしと稲荷ずしをごちそうしました。まっ、いいか、アラビア語!やります!


ばあちゃんの手遊び

2017-11-22 | 日記

ばあちゃんの手遊びが止まりません。八百屋のお兄さんつきで、今度は八百屋さん。いい年して、何をしてるの?と言われそうですが、これがなかなか楽しい。そのうちレストランも作れるし、回転ずしなんてのもいいな。(回転するようにしなきゃいけないですね)ひまつぶしもいいところです。

よそのうちの孫ちゃんのためのドキンちゃんも作ってしまった。


イエメンの人 アラビア語なんぞやってしまおうかしら!

2017-11-12 | 日記

昨夜は我が家で、夕食会。ルーマニア親子、コンゴの人、イエメン親子、日本人の私。コンゴのアニーさん、イエメンのルブナさんは、共にかの悪評高き群馬大学の医学部の研究生です。イエメンに住んでいたお母さんが戦火を逃れて娘のとこにやってきたのです。

イエメンは、まだまだ危険な状態だそうです。考えてしまいました。逃げられる経済力のある人はいいけど、お金のない人は戦火のなかにいなければなりません。難しいことはわからないけど戦争だけはいやです。戦争してる国に旅行できないではありませんか!(なんと個人的な理由!)

日本語も英語もおぼつかないお母さんに日本語を教えることにしました。そして、彼女はアラビア語を教えてくれることになりました。つい日本語でしゃべってしまうダニエラさんのルーマニア語より進歩するかな?ちょっと、楽しくなりました。

                          マーアッ サラーマ!さよなら

 


お酉さま(11月6日)そして、今日はグラフィックデザイナー「佐藤晃一展」へ

2017-11-08 | 日記

前橋の住まいの前が熊野神社です。戦争で焼けて、その後出来た神社なので、見かけはそれほど立派ではありません。1週間も前から準備をしていました。多分、年間で重要な神事なのでしょう。午前中から音がするので、行ってみました。熊手ももちろんですが、野菜、まんじゅう、焼きそば、地物の乳製品、古道具、などなど。八木節の一団、女の人が八木節を歌ってました。八木節って、語りが面白い。真似して、歌えません。夕方には、高校生の和太鼓、太鼓の音につられて、それも見に行ってしまった。なんと暇人と思いながら。いつもは見られない八咫烏が稲穂をくわえてました。なかなかユーモラス!

1日置いて、高崎まで。グラフィックデザイナーの佐藤晃一の展覧会をみてきました。建物の続きの井上邸にも入りました。井上房一郎はブルーノタウトとも関係する人ぐらいの認識でしたが、芸術を志す若者たちのパトロンでもあったようです。その井上邸のリビングに展示されていた佐藤晃一の中学時代の校内誌の表紙のデザイン、見たことあるぞと思ったら、「草笛」という前橋3中の校内誌でした。同じ学校でした。前橋から高崎に移り住んだようです。