夢から慈しみの世界へ

神と自然と人間の共生
神一元・善一元・光明一元の生活
人間の生命の実相は『仏』であり、『如来』であり『神の子』である

生き生きと蘇える青春の思い出

2015年10月23日 22時38分26秒 | 日記・エッセイ
帰宅すると机の上に葉書が置いてあり、北海道の長沼でアトリエ創踏舎を主催している友人の筆跡に似ていると思い手に取り身近に見ますとやはり友人からの転居の知らせでした。今年は年賀状も届かなかったので心配していましたので、大変嬉しく思い安心しました。
葉書には次のような俳句を詠っていました。

ななかまど 彩づきめいて 秋の空

 

学生時代からの友人であり、若い頃は薔薇の花美について、友人に如何して薔薇の花を描くのですかと問いますと、
『薔薇の花自身が美しい』から薔薇の花を描くと答えました。
私は『自分自身の心の深奥に既に美しい薔薇の花が存在する』から、眼に見えている薔薇の花と云う縁を通じて薔薇の花が美しいと観じると言いました。この様な事で大議論をしました。二十五才の頃の懐かしい思い出です。
友人は全国を放浪し、苦学してスペインに渡り絵画の勉学に励みました。豊かな自然に恵まれている北海道の長沼をこよなく愛した友人です。キャベツを食べる時にもキャベツを水に浸けて青虫を逃がしてから調理をすると言います。それ程自然と生物を愛した友人です。

青春の 夢かおる露の 嬉しさよ



糞虫は至穢(しあい)なれども、変じて蝉となりて露を秋風に飲む 腐草は光無きも、化して蛍と為りて采を夏月に耀かす。固(まこと)に知る、潔は常に汚より出で、明は毎(つね)に悔より生ずるなりと。   
                     菜根譚の光明思想




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