真実と幻想と創価学会

創価学会について色々書いています。ほぼ毎週日曜更新。

勘違いしてもらっては困る

2011-06-19 12:55:45 | 我が家の創価問題

本の紹介が続いているので、たまには私の幼少の頃のつまらない話などを少々。

幼稚園の頃です。

その頃、祖母に買って貰ったトランプ占いの本がお気に入りでした。

その本の中の挿絵にとてもキレイな少女の絵があって、私は普段お絵かきすることはほとんどなかったのですが、その絵を描いてみたくなりました。

しかし私は子供ながらに完璧主義者といいますかw

子供の画力ではどうあがいてもこの挿絵のようには描けないだろう。下手な絵を描くくらいなら描かない方がいい。でも描いてみたい…そうだ!上に紙を乗せて写し取ってやろう!(←この辺が普段お絵かきしない子供の発想w)

という思案を巡らせた後に、挿絵の上にメモ用紙を乗せて慎重に少女の姿を写し取りました。

そして出来上がった絵は、子供が描いたとは思えない(当たり前)出来栄えとなり、私は大満足です。

そういう絵が描けると、誰かに見せたくなります。

はい、母親に見せました。親に見せに行くあたり、私もまだまだ子供らしい。

すると母親はパッと明るい笑顔になり、「上手やね~!これ、勤行してるとこ描いてんの?

ええっ!? なんですとっ!?

言われて初めて気がつきます。

その挿絵の少女は、正座して両手にトランプのカードを挟み、祈るように目を閉じている横顔なのです。

私は絵を写し取るにあたり、トランプ占いの挿絵だから手にカードを持っているのはおかしくないが、普通に女の子の絵を描いた場合この手にあるカードは意味不明。と思い、手に挟んだカードはあえて描きませんでした。

するとまさに、一心不乱に勤行している女の子の姿ではありませんかww

そして母親の喜びよう…。私はこりゃイカン!と瞬座に察しました。

「いやいや違うねん。これ本にあった絵を真似して描いただけやねん」

必死に誤解を解こうとして、自分の力で上手な絵を描いたのではないということも暴露します。

しかし何故か母親の頑ななこと…

「えー、でもこれ、勤行してるように見えるやん。ほら、手ぇ合わせて…」

違うっつってんのになんで信じないかなw

私はこのままでは、私が勤行に興味を持ったのだと誤解されてよからぬこと(勤行の強要など)をさせられるのではないかと、背中に汗をかくほど焦りました。

それで慌てて占いの本を持ってきて、その挿絵のページを母親に見せながらカードを省略して描いたことを説明しました。

すると母親はさっきまでの喜びのオーラは電気を消したかのようにサッと翳らせ、「ふーん」といったように興味を失せさせました。私が勤行の絵を描いたことを必死に否定する姿にも熱が冷めたのかもしれません。

普通は、勤行の姿じゃないと分かって態度を一変させた母親にショックを受けるところでしょう。

しかし私はその態度で誤解が解けたのだと確信してホッと安堵w

母親の「がっかりだよ」的な態度は私にとって満足の結果だったのです。

そしてやはり慣れないこと(お絵かき)なんてするもんじゃないな~。と思ったあの頃。

上のことを考えているのが小学校に上がる前の幼稚園児であるということも笑えます。

こんな幼稚園児いるのかな?

私が幼少時に母親からのMCをものともしなかった理由、少しは垣間見えましたでしょうか?

こんな子供をMCするのはいかに母親といえど、難関だったことでしょう。

まあ仕方がない。この頃すでに母親は私の財布からお金を盗むこともやってたし、親の信用というのは失墜してましたから。

そういう親だと子供は色々考えるものなのです。現金の隠し場所とかも含めw

…というしょーもない昔話でした。ではまた来週!


4 コメント

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つまらない話でもないし、しょーもない昔話でもな... (kan)
2011-06-20 22:32:27
つまらない話でもないし、しょーもない昔話でもないと思います。

幼い頃の情緒や体験は、今後の人生に多大な影響を与えます。
子供は「白紙」状態です。
そのキャンパスに純粋な世界を描かせてあげねばなりません。
子供の感性をそのまま褒めてあげることが大切です。
それが、その子の「持ち味」が伸びる因となります。
幸せの因となります。

親が夢中になってる思想や宗教の世界は、それらは親の嗜好であり・親の思考であり・親の判断です。
物事の判断基準が定まっていない幼い時期に、そういう世界に触れさせてはなりません。
創価幼稚園とか創価学園は、幼少期から子供向けの言葉で「創価学会絶対正義!」と教えています。
池田大作氏を「先生!」と教え込み、個人崇拝を押し付けています。
彼の画像まで教室に掲げています。
まるで北朝鮮そのものです。

これは子供達が不幸な人生になると思います。
遊びでも生活でも何でも、全ての「判断」はその人の性格や個性の集約です。
それゆえに味わい深く、機知にとんだ個性的な見解が生まれます。
それらが新たなあらゆるジャンルの向上に繋がっていきます。
科学・医学・芸術・スポーツ・教育・・・・etc
あらゆる世界の向上に繋がっていきます。

物事の判断が出来ない幼い頃からの思想や宗教の教育・・
個人崇拝の教育・・
これらはそういう人類の向上を必ず妨げます。
宗教団体が学校を作ってはいけないことじゃない。
思想や個人崇拝を掲げなければいいのです。
しかし、池田創価がやってるのは完全な洗脳であり、完全なMCです。
これは大変に危険だと思います。

クロさんのお母様も、ご苦労もあったと思います。
いずれにしても、クロさんのような大らかで正義感のある聡明な女性を誕生させたのですから、それは素晴らしいと思います。(^0^)/
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kanさんへ (クロ)
2011-06-26 12:47:26
kanさんへ

>つまらない話でもないし、しょーもない昔話でもないと思います。

ありがとうございます。
kanさんのように私を好意的に受け止めてくれている方にはいいのですが、基本的にあまり興味を引かないような話だったかなぁ…と思いまして^^;

kanさんの仰るように、創価の学校での個人崇拝や創価思想の植え付けは大変問題のあることだと思います。
以前記事にしたカルトの要件の一つである「子供の囲い込み」に当てはまります。
記事にした「池田大作の品格」の本ではあまり出てきませんでしたが、矢野氏の「黒い手帖」の方ではこのカルトの要件に触れて創価学園の問題点を指摘されています。
そもそも創価学園、教職員もほとんどか学会員さんで構成されているのですよね。
創価高校で在学中に脱会した生徒に退学を強要するなど、常軌を逸しています。

しかし…残念なことに、私のように幼児期のMCを受け付けなければその後、創価思想を受け入れることは稀でしょうが、素直な子供だったならより強固なMCに染められてしまうのでしょう。
親だろうと祖父母だろうと、1世の人間は自己責任の部分は大きかろうと思いますが、2世・3世の子供で純粋に創価を信じてしまっている人たちはより憐れであり、またより信心強盛な学会員さんになってしまっている印象があります。
勿論活動家の2世・3世の全員がそうではありませんが。
アンチブログにたまに登場する若いバリ活さんの、話の通じなさと池田氏に対する心酔には…正気ではないものを感じるときがあります。
口調が丁寧であっても、他の話では筋が通っていても、学会あるいは池田氏のことになるとどのような批判もガマンできず絶対に相手(批判者)が間違っているとの主張を繰り返す。
むしろ他の部分で常識的である分、その狂気は際立っています。
どのような批判も受け入れられない、というのはMCの特徴でもありましたね。


>クロさんのお母様も、ご苦労もあったと思います。

ええ、それはもう。
思えば今の私より若い年で「できちゃった結婚」をしてしかも貧しくて夫婦揃って家庭を持つ覚悟も無いまま子供を産んじゃって…。
苦労がないほうがおかしいです。
子供の財布からお金を盗んで、ということを受けてのお言葉かと思いますが、しかしこれは全く別の話だと私は思います。
私は子供時代、一番何に親に傷つけられたって、財布や貯金箱から黙ってお金を盗まれることが一番のショックでした。
その度に泣き叫んで怒り、親に「もうしない」と約束させては裏切られ…。
経済的に苦しいのは子供でも分かります。
しかしそれでも両親はタバコの一本を控えることもなく、ビール瓶(当時瓶だった)をテーブルの上に散らかし、呑んだくれて生活費が足らないから…では筋が通りません。
まず切り詰める努力をし、それでも難しいというのならば私に断って借りていくのが普通でしょう。
子供が逆のことをしたらどうなります。親の財布から金を盗めば、うちではまず間違いなく何かで叩かれて罰ゲーム的なお手伝いなりをさせられていたことでしょう。
私はそういう、自分達(親)は許されて子供達は許されないというようなことが大嫌いだったのです。
自分がされて嫌なことは相手にもしてはいけないのです。筋が通らない話も大嫌いです。
kanさんは親の立場で見てしまうかもしれませんが、どうぞ子供の立場を思い出してみてください。
子供は親を尊敬しているものです。当然のように尊敬したいのです。
尊敬させてくれない親は、子供にとっては悲しいことです。
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いつもコメントするので、コメントできない方がい... (roco)
2011-06-26 22:00:48
いつもコメントするので、コメントできない方がいるのではないかと申し訳なく思っています。
共感することが多くて、ついついコメントしてしまうのですが
多少本題からずれたこともコメントしてしまうことお許し下さい。


>子供は親を尊敬しているものです。当然のように尊敬したいのです。
尊敬させてくれない親は、子供にとっては悲しいことです。

私もそうです。私の場合は母の依存が強くて潰れそうでした。
どちらが親かわかりませんでしたよ。
だから、母には頼れませんでした。そして父も同様頼りなくて・・・。
ちょっと毒舌ですけど、社会では負け組(勝ち組、負け組という言い方は好きではないけどわかりやすいように)な両親が創価では勝ち組だったようで
家庭や仕事をおろそかにしている人が幹部をしていることに
子どもとして恥ずかしかったです。
お互い親で苦労していますね。
私は親を恨んでいた時期もあったんですけど、今はすっかり消えて恨みはもうありません。


広宣流布を目標にがんばってきた両親ですけど
創価が国害といわれる団体だとは今も知りません。知ろうともしていません。
選挙活動、新聞啓蒙、財務を仏道修行としていることに疑問ももっていません。
公明党の政策も知りません。
ですから、日本が今、危機的状況にあることも知りません。
いわゆるお花畑です。
そんな両親は自業自得ではあるんですけど、気の毒にもなります。
人は生まれ変わります。
悪いカルマを作ったままで人生を終ってほしくないと子ども心に思っているので、
タイミングを見て、真実を話すつもりです。


話変わって
「ゴルゴとマリア」というブログが閉鎖されたのですけど
日蓮正宗妙観講の大草一男氏に対して嘘の情報を流し
名誉を著しく毀損したので閉鎖します。とありました。
これは学会員がしていたのでしょうか。


盗作、パクリ、嫌がらせ、集ストする団体が平和の団体だと学会員は思い込んでいます。
真実を知れば、創価がカルトとか国害とか言われる理由がわかります。
それを知ろうともしないで、創価を否定する人を批判するのは間違いだと思う。


自分の信じているものが実は違っていたとは思いたくない気持ちはわかるけど、間違ったことをしてこれからも人を傷つけてはいけないと思う。
自分の魂を傷つけてはいけない。
みんな輝く仏性をもっています。
奴隷になっては仏性は輝けない。だから奴隷になってはいけないのです。
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rocoさんへ (クロ)
2011-07-03 02:47:09
rocoさんへ

いつもコメントありがとうございます。
コメント欄は荒らし等でない限りは、自由に書き込んで頂くためのものです。
記事に関係ない話題でも、お気になさらず思うように書いてくださいね。

「子供は親を選べない」と言いますが、実は魂の段階で親を選んでいるとも聞きます。
この親を救うために、目覚めさせるために、自分で選んで生まれてきた…とは思いませんが、まだ私のような子供でマシだったのではとは思います。ちょっとだけw
もしも私と違い素直で従順な子供だったら、バリバリ活動家3世のできあがりです。
そんな家庭、親にとっても子供にとっても幸せとは思えません。
rocoさんもそんな感じだったんではないでしょうか?
うちは創価は母親だけで幹部とかではありませんでしたが、とにかく両親揃って酒に溺れる人らでして。
そういう醜態が恥ずかしく、情けない思いでした。
そんでそういう母親は創価でも負け組だったんですよね。でも自分では負け組だとは気付かなくて周りに仲間だと認めてもらっていると勘違いしちゃってる…。
母親の周りの婦人部の方の、そういうダブルスタンダードな態度も子供心にキモかったです。


>ですから、日本が今、危機的状況にあることも知りません。
>いわゆるお花畑です。

うちもそうです。
そのくせ何かよく分かっているような錯覚しているトコロが痛いです。
「公明党を応援=政治のことを考えている」にはならないんですけどね。
政治のことを考えたら公明党は応援できないですからね。
あと二重思考というか…「アレとコレは別」みたいな。だから事実の指摘をしてもどこ吹く風なんですよね…。

真実をお話になる、とのことですが、客観的な事実を突きつけてもおそらくほとんど意に介されないのではと思います。
参考までに説得の有効な方法として「自分で納得させる」ということがあります。
ここでいう「自分で」とは「相手」。つまりご両親のことになります。
こちらから質問形式で会話を持って行き、自分で答えに辿りつかせる、という説得の話術らしいです。最近知ったんですけどね。
実際やろうとすると難しいと思いますが、まあ一つの方法としてご参考までに。


>みんな輝く仏性をもっています。

みんな根は一つの同じもので、その一つが神とか仏とか呼ばれるものだという話を聞いたことがあります。
だから外に神仏を求めるのではなく、自分の内を信じて自分を大事にするのだと。
自分を信じること…これが輝くってことに繋がるのでしょうね。
でも創価関係なく、今の時代難しいことだったりしますね。
大げさじゃなく、力まずに、ただ自分を疑うことなくあればいいんでしょうけどね。
なんとなく、うちのニャンコらを見てて思います。
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