鉄道模型・色差し三昧

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お気に入りができますよ。

新潟交通1991

2012年04月15日 | 来た! 見た! 乗った!
整理していたら、20年ほど前のアルバムが出てきました。
都心側のターミナル区間が、道路上に敷設される併用軌道で知られた新潟交通です。
その併用軌道があった白山前~東関屋間が1992(平成4)年4月1日に、
月潟~燕間が1993(平成5)年8月1日に、
残った東関屋~月潟間も1999(平成11)年4月5日に廃止され、姿を消しました。

1991(平成3)年2月27日のアルバムです。
燕方から入る予定で信越本線。

柏崎まで乗ってきた長岡行き快速3345Mは、クハ115-2041ほか6輌編成。

弥彦線に乗り換えまして、吉田着。

さらに乗り換えたのは左の東三条行き247M、クハ115-553ほか4輌編成。
右は弥彦行きワンマン270M、クモハ115-501ほか2輌編成。

燕に着くと、新潟交通の駅が隣にありました。

ホーム上に駅本屋があるわけです。

123列車が発車待ちしていました。
モハ10形モハ11です。

左側に、さきほどの駅本屋が見えますね。

構内には、翌朝の増結車が留置されていました。
いずれも、元小田急1400形の車体を流用したクハ45形でした。

右の線路はJR弥彦線の東三条方。

夕暮れの中の口川沿いを、単行のモハ11はゆっくり走っていきました。

もちろん、ワンマン列車です。

新潟市内で泊まって、明くる2月28日。
新潟交通電車線の朝のハイライト、3輌編成の103列車を見に行きます。

狭い白山通りに、堂々と現れました。
ごくふつうに、出勤される方々が歩いているのが妙な感じです。

ともかく、電車はでかい。

歩いている女性のすすんだ距離から類推すると、電車の遅さが判ると思います。

モハ21-クハ47-クハ49という3輌編成でした。

最後尾の車輌は、車幅灯を点けていないことにも注意してください。

白山前の駅にあるいていく間に、先ほどの列車が折り返してきました。
東関屋行きの回送です。


そろり。
そろり。

ともかく、遅いです。
まわりが渋滞しそうなくらい。

車に囲まれながら、去っていきました。

計画通りに新潟駅まで伸びて、路面電車として確固たる地位を確立していたら、
あるいは活かしようがあったかもしれません。
ともかく、完全な邪魔者扱いでした。

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2 コメント

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Unknown (MORO)
2012-04-15 05:03:17
初めてコメントさせていただきます。四街道のmoroです。私は周囲いる自動車から時代を感じ、ついつい懐かしく思ってしまいます。白い車は四代目カムリでは?とか思ってしまいます。とはいえ、この頃はまだまだ小生意気な中学生でしたけどっw

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詳しくなくて… (とりのさんぽ)
2012-04-16 01:24:02
MOROさま、ようこそ。

ワタシは自動車にあまり興味がなくて…。
あ。
たしかにカムリみたいですね。
学生のときにこれに乗っている奴がいました。

車がないと生活が成り立たないような辺鄙なところにある学校でしたから、税金の安い軽に乗っている連中が多い中で、生意気扱いされてましたよ。
なんとなく、狭かった気がするんだけど、思い違いか?
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