特捜最前線日記

特捜最前線について語ります。
ネタバレを含んでいますので、ご注意ください。

第369話 兜町・コンピューターよ、演歌を歌え!

2007年12月08日 02時13分01秒 | Weblog
脚本 阿井文瓶、監督 藤井邦夫

兜町の路上で、証券会社の警備員が死体で発見された。逃げるビル荒らしを追跡中に反撃されたものと見られたが、荒らされた証券会社では、なぜかコンピュータが叩き壊されていた。現場付近の公衆電話に、特命課の電話番号を記したメモが残されていたことから、捜査に乗り出す特命課。
捜査へのコンピュータ導入を試みる桜井は、パチンコ玉で窓ガラスを破って侵入する手口などから、過去に特命課が扱った事件との共通点を検索。瞬く間に3人の容疑者をリストアップする。その中の一人は、船村がかつて窃盗で逮捕した流しのギター弾きだった。流しが立ち直ったことを信じる船村は、「奴は人殺しができる男じゃない」と反論する。
他の2人の容疑者はアリバイが立証されるが、流しのだけは行方が分からなかった。桜井と船村は流しの妻が働くスーパーを訪ねるが、それが誤解を呼び、妻はスーパーを解雇される。貧困を極め、子供たちの食費にも事欠く妻は、切羽詰った末に、公園の砂場に落ちていたオモチャの拳銃で銀行強盗を働く。様子をうかがっていた桜井と船村は、慌てて妻を取り押さえる。桜井の腕に噛み付いて抵抗する妻だが、船村に諭され、憑き物が落ちたかのように泣き崩れた。
その後の捜査で、目撃者を発見する特命課。その証言によると、犯人は会社員風の中年男で、流しとは全くの別人だった。モンタージュ写真をもとに犯人を追うなか、桜井はマスコミに取り囲まれる。流しの妻が強盗を働いた原因を知って「あなたが犯罪に追い込んだも同然じゃないですか?」と桜井を糾弾するマスコミたち。「彼女を逮捕したとき、どんな気持ちでしたか?」心無い質問にも無言を貫く桜井。その気持ちを船村が代弁する。妻に噛まれた桜井の腕を見せ「逮捕のときに彼女が噛み付いた傷だ。これが人を逮捕するときの痛みだ。腕を噛まれたから痛いんじゃない。肉を噛まれるより、もっと大きな痛みを感じながら逮捕するんだ。刑事がニタニタ笑いながら手錠を掛けてるとでも思ってんのか!」
会社員風の犯人像とビル荒らしの手口が結びつかず、違和感を消せない船村。桜井とともに、流しの姿を求めて夜の街を巡る中、屋台のおやじから流しの消息を耳にする。流しはカラオケの登場で居場所を失っていた。「流しがカラオケに恨みを抱いたように、コンピュータに恨みを抱いた者がいたのではないか?」そう気づいた桜井は、被害のあった証券会社の退職者を調べる。果たして、その中にモンタージュ写真の男はいた。かつては「場立ち」と呼ばれる花形職であったが、コンピュータによってその仕事を奪われ、会社を去る他なかったのだという。「今ではパチンコ通いを続けている」との証言を得た桜井と船村は、犯行現場に落ちていたパチンコ玉をもとに、元証券マンの通うパチンコ屋を突き止める。ある日、玉が出ない腹いせに台を叩く元証券マンに、店員が「出球はコンピュータ管理だ」と声を掛けたという。元証券マンは突然台を叩き割り、そこに仲裁に入ったのが、たまたま居合わせた流しだった。元証券マンと流しがつながったことで「コンピュータも捨てたもんじゃないね」と桜井に笑いかける船村。
流しの立ち回り先を知るべく、再び流しの妻を訪ねる船村。桜井が弁護士である父親に手を回したおかげで、妻は程なく釈放され、働き口まで紹介されていた。妻の証言をもとに、ゴミ処理場を捜索する特命課。そこには、哀しげに演歌のメロディーを爪弾く流しの姿があった。船村の姿を認め、自分から口を開く流し。元証券マンに同情して、ビル荒らしの手引きをした流しだったが、元証券マンはコンピュータを壊した末に、止めに入った警備員を殺害。流しは船村に連絡を取ろうとしたが、元証券マンが怖気づいたため、一緒に逃走したのだという。
「機械が何だ!」ゴミ処理場に捨てられた家電製品に、やり場のない怒りをぶつける元証券マン。取り囲んだ特命課に「俺が悪いんじゃねぇ。悪いのは会社だ、世の中だ!」と叫ぶ。「20年勤めたあげく、後はコンピュータがやるからって、会社から放り出しやがった。それで良いのかよ!」怒りを露にする元証券マンに、桜井が語る。「死んだ警備員は、腕利きの建具屋だった。アルミサッシの登場で仕事がなくなり、仕事を代えたんだ」桜井の言葉に慟哭する証券マン。その涙は、自分と同じく社会に居場所を失った仲間を手にかけてしまったことへの悔悟の涙だったのか?それとも、社会の進歩がさまざまな分野で働く男たちの誇りを奪っていく現実への怒りの涙だったのか?
事件は解決しても、刑事たちの胸に喜びはない。「世の中が便利になった、進歩したって言うけど、錯覚じゃないのかねぇ?」と語る船村。「そして、その間に何かを失っていくんですか・・・」と応じる桜井。二人の胸にあるもの。それは、たとえ捜査にコンピュータを駆使しようとも、人を逮捕する“痛み”だけは失ってはならないという誓いだった。

ある意味で特捜の持ち味でもある「センスの無さ」(放送当時の言葉で言えば「ダサさ」)を象徴するタイトルとして、例に挙げられやすい本編ですが、それだけに特捜ならではの魅力に満ちた一本であり、この時代を象徴する代表作と言っても良いかもしれません。
便利さや高度化という大義名分のもとに、カラオケが流しから、コンピュータがベテラン証券マンから、アルミサッシが建具屋から、その仕事を奪っていく現代社会。奪われる側からすれば、単に生活の糧を奪われたというだけでなく、それまでの自分の人生そのものを否定されたかのような屈辱だったのではないでしょうか?コンピュータ(に代表される現代文明)を恨んでもしょうがない。そう分かってはいても、いや、そう分かっているからこそ、やり場のない怒りと哀しみが胸を離れない。そんな男たちが、自分を追い出した社会に対して企てたささやかな復讐が、さらにやりきれない悲劇を呼ぶ。阿井文瓶脚本の真骨頂とも言える哀しい運命が胸を打ちます。(特に、流しの妻が貧困に追い詰められた末に犯罪に駆り立てられていく場面や、おやっさんがマスコミ陣に刑事の痛みを言い聞かせる場面などは、まさに刑事ドラマ史に残る必見シーンだと思います。)
一方、コンピュータは犯罪捜査の現場にも進出しようとしており、それは便利さの代償として、刑事として大切なものを奪いかねない危険性をはらんでいます。「コンピュータが自動的に容疑者を弾き出す。何か違うと思わないか?」おやっさんの感じた違和感は、そこに捜査する側の感情が伴わないことへの危機感だったのです。流しの妻に噛み付かれ、肉体の痛み以上の激しい痛みを感じたとき、桜井は「この痛みこそが刑事の背負わねばならない宿命だ」と気づかされます。痛みを感じることなく自動的に犯人を特定するコンピュータ捜査に慣れてしまったとき、刑事という仕事から“人を逮捕する哀しみ”は失われてしまうのかもしれません。
実際、携帯電話の登場で刑事ドラマのシーンが一変してしまったように、コンピュータ捜査が当たり前となった刑事たちの姿から“人間臭さ”の欠如を感じるのは私だけではないと思います。泥臭いおっさんたちが、つねに辛気臭い顔で重苦しい事件を解決するドラマが、現在の視聴者に受け入れられないのもやむを得ないことだと思います。しかし、それでもなお、せめて刑事ドラマの刑事たちだけには“人を逮捕する痛み”を忘れて欲しくありません。現実の刑事や警官にそんなことを望んだところで、仕方のないことですから。

5 コメント

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2回目のコメント (津軽ジロウ)
2008-01-13 07:34:06
こんにちは、津軽ジロウと申します、二回目の投稿です。
この作品は、リアルタイムで一度しか見ていませんが、貴兄の本ブログを見て、記憶が蘇りました。
傑作とは云えないかもしれませんが、印象に残った作品ですね。
初期に特捜は、「都会生活に馴染めない地方出身者の悲哀のドラマ」中期の特捜は「年齢や社会の変革に抵抗する人間を描いたドラマ」が一つのテーマであったおうな気がします。
デジタルでは割り切れない感覚がいいのですね。
「結果は同じかもしれないが、その心が違う」
と、桜井刑事が語ったように(中村晃子に対して)。
寒さ厳しき折、ご自愛ください。
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お気遣いありがとうございます。 (袋小路)
2008-01-15 23:37:59
津軽さん。二度目のコメントありがとうございます。
個人的に思い入れの強いエピソードでしたので、コメントいただいて嬉しく思います。
ご指摘いただいた初期・中期のテーマですが、いずれも共通するのは「弱者への視線」であり、それが特捜の持ち味だったのではないかと思います。さらに言えば、社会からそうした視点が失われたとき、特捜も終幕を迎えたのかもしれませんね。
またコメントをお待ちしていますので、津軽さんもお身体に気をつけて。
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良かったですよ。今回。 (ですとら)
2008-05-03 17:38:49
前の回に引き続いて見ました。
いや~、傑作ですね。ここまで取っておいた甲斐がありました(苦笑)。
船村刑事と櫻井刑事との対立という滅多にない設定から、時代の流れに自分の誇りを奪われた男たちの悲哀、刑事の痛みを訴えるおやじさん、…色々とありますが、どれも素晴らしいですね。
傷みを感じずに、機械=コンピュータが犯人をはじき出すことに慣れたら刑事はおしまいだ、
おやじさんは櫻井刑事が刑事の根本を忘れて捜査することに危惧していましたが、流しの妻に腕を噛まれて、そうじゃないと気づいた…唸る演出、脚本ですね。
この話の流れは、確か「踊る大捜査線」でもこういう回がありましたね。プロファイリングチームが犯人を割り出すが、それが気に入らない青島刑事といった話だったと思います。
今回は、特捜本来の絶望感だけでなく、人間臭い、泥臭いという重く暗いテーマを堪能できたのは本当に良かったです。
確かに、今の時代ではこのようなテーマでは「数字」は稼げないから、特捜も終了してしまったのでしょうか。けれど、10年前の作品ですが、踊る大捜査線でもこれに近い回があったことは、やはりこの「泥臭さ」「人間臭さ」が刑事ドラマの骨子なのでしょうね。
確かに現実の警察官は踊る~でも言っている通り、公務員ですものね。
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ご無沙汰でした (袋小路)
2008-05-07 23:21:46
ですとらさん、お久しぶりです。
連休で帰省していたため、お返事が遅れてすみません。
ご多忙そうで何よりですが、くれぐれもお身体にはお気をつけください。

残念ながら「踊る~」を含めて最近の(と言っても10年前ですが)刑事ドラマはほとんど見ておりません。最後にリアルタイムで見たのが「あぶない刑事」「はぐれ刑事純情派」などなので、そんな自分が最近の刑事ドラマを云々するのは、あまり良くないですね。今後は自重します。(相棒は一度だけ見ましたが、たまたまなのか、あまり感心しませんでした。あと、誰とは言いませんが、役者の演技がすごく鼻につきました。)

余談ばかりになってしまいましたが、またコメントをお待ちしていますので、今後ともよろしくお願いします。
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はじめまして♪ (愛と死と憎悪)
2011-05-07 20:24:57
はじめまして。特捜大ファンです。
「兜町コンピューターよ演歌を歌え!」と
タイトルをそのまま検索したら
こちらのサイトにたどり着きました。
特捜の中でもこの作品は
何度もビデオに録ってみました。

「刑事ってのはねえ、ニタニタ笑いながら
手錠をかけてんじゃねえんだ、バカ野郎!」
というこのセリフは未だに
おやっさんモノマネで使っております(笑)
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