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精神科医師のブログ。
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認知症の新薬と疾病の売り込み(ディジーズ・モンガリング)

2012年03月30日 | Weblog
認知症の治療薬として広く使われるようになったアリセプト(塩酸ドネペジル)の特許も切れジェネリックもゾロゾロと発売されました。
さらに4月から認知症治療薬の「レミニール」、「メマリー」の2種類の薬の長期処方投与制限が解除されます。
(「イクセロンパッチ」は発売が遅かったので8月から長期処方できるようになります)。

薬によっては処方できる期間には制限があり発売後1年間以内の薬は2週間までしか処方しかできません。
患者さんも病態や通院頻度によりますが2週間に1度の通院は大変なので、すでに同効薬などがある場合は、この期間は新薬の処方を様子見する医師が多いようです。
わたしもどうしても使ってみたいという方や若年性の方数人にしか使用していません。
新薬の使用が一気に使用が広まるのは長期投与の制限が解除されてからです。

これに合わせて製薬会社各社が一気に売り込みをかけ薬を売り込む医薬情報担当者(Medical Representative、MR)が病院に日参し医師に新薬の情報などを持参します。
そして製薬会社が主催企画する勉強会があちこちで開催されます。

かつては接待が中心でしたが今はエビデンスによる洗脳が主流となり、お抱えの大学教授や医師などが引っ張り出されます。
持ってくるのは医学雑誌などに掲載されたエビデンスとはいえ十分に批判的に吟味しなければなりません。

しかし特許も切れて使用方法が確立した安価な薬、例えば炭酸リチウムやアスピリンなどのエッセンシャルドラッグの情報は誰も積極的に持ってきてくれはしませんし、適応外で有用な用法でも今更治験をして新たな適応をとることはまずありませんから、よほど注意しないと新しくて高価な薬ばかりが医師の脳に刷り込まれやすいというバイアスがかかります。

実際、同様の効果の薬がある場合、新薬と旧薬の効果や副作用は値段の差ほどはないことがほとんどです。
さらには世界での使用経験の少ない新薬には未知の副作用もありえます。

一方で大衆に対する「疾病啓発広告・キャンペーン」が日本でも非常に盛んになっており、「あなたにはこんな症状はありませんか」というCMが増えています。
「お医者さんに相談しよう」っていうやつです。
最近の例では「認知症の新しい治療がはじまっています」という第一三共製薬の樹木希林さんが出演し得ているCMがあります。



「もう一回」ってちゃんとエピソード覚えているやん。ただの退行したばーちゃんやん。というツッコミは置いておいて・・・。
このようなCMは結局薬をうりたいというのが透けてみえ、医療者側から本当に社会に対して伝えたいこととはズレていると思います。
CMや製薬会社のウェブサイト、リーフレットなどをみると薬が認知症の治療の中心で薬さえ飲んでいれば全てうまくいくかのようです。
さっそく特養で穏やかにすごされている90代の認知症の方に新しい薬を使って欲しいとCMをみた家族から言われました。
私も認知症の治療薬は使いますが、重点をおいて伝えたいのは薬を使えば治る!?ということよりもむしろ認知症の自然経過や認知症をかかえて生きる体験世界、対応方法などです。

こういうCMで薬の需要を喚起するというのは特に公費を使うことになる保険診療においてはどうなんでしょう。
認知症に対する薬はもう少し適応を考えて使うべきだと思います。

認知症の治療薬ですが、アルツハイマー病は、非可逆性・進行性の疾患であり投薬によっても進行を止めることは出来ず、どの薬でもレスポンダーの多くて7割程度の人に対して症状の進行を(せいぜい1~2年)遅らせることが出来る程度の効果です。
中核症状の進行を遅らせたということ以外に、介護時間が減ったとか、QOLが上がったとかといったようなデータがあるようですが・・。
私のいる病院でも臨床試験はおこなわれており、かつては医師の主観による全般的改善度検査などといういい加減な評価だったようですが、いまは治験コーディネーターが張り付き完全な二重盲検で厳密に行なわれ新薬を世に出すことの大変さはなんとなくわかります。
さすがにかつて脳代謝改善薬開発として発売され、後に追試で無効と判定されたホパテやその類似薬のような効果がまったくなく副作用だけというようなトンデモ薬は今日では認可されていないと信じたいところですが新薬に関しては常に厳し目の視点で見ていたほうがよさそうです。

適応を選んで上手に使えば認知症をかかえて生活される方や介護者のQOL向上に寄与できるのですが、きちんと診断して上手に使わないと落ち着かなくなったりして周囲も余計に大変になり、ただ使えばいいというものではありません。
コウノメソッドはなかなかいいと思います。)
本来ならば向精神薬は人によって作用は全然違いますから用量を細かく調節して使いたいところですが、何故かアリセプトは原則5mgと10mgの使用しか許されていません。(消化器系の副作用が出現したからという理由をつければ本来導入時期専用の3mg錠はやっと使えるようになりましたが。)
しかし向精神薬は一生懸命微調整する(当事者さんと一緒に考える)という態度それ自体がとても治療的です。

私個人としてはアリセプトなどのコリン賦活で最も有用な本当の適応はレビー小体型認知症への容量を調整(ごく微量から)しての投与、次に有効なのは初期のアルツハイマー型認知症(MCIレベル)で抑うつがでるくらいの時期だと思っていて症状が加速しながら進行する混乱期以降で上手に使うのはなかなか難しいと思います。
混乱期に入るのを遅らせる、独居の期間を伸ばす、ADL(特に排泄自立)が維持できる期間を伸ばすという意味合いはあると思いますが・・。
レビー小体型認知症に対しての適応をとるべく臨床試験もすすめられているようですが何故かアルツハイマー型認知症と同様の高用量の設定で試験をしているという噂です(レビー小体型の認知症の特徴は薬剤過敏性なんですが・・)
メーカーの売り込み方は進行にあわせて容量を増やしましょうということでどうも将来的には忍容できる人にはアリセプトを20mg程度までは使わせたいような目論見もあるようです。

しかし「やめ時」なんていう話はメーカーは絶対にしませんかね。
質問してみましたが、たいてい「モゴモゴ」という感じです。

もっとも若年性アルツハイマー病の方で胃ろうとなり、ベッド上生活で言葉もほとんど発しなくなった方で、在宅で家族が一生懸命関わっている方には終末期にいたるまで投与し続けたことはありますが。家族への心理的ケアの意味合いが大きかったと思います。
(この判断がよかったかどうかは自分でも迷っているところです。)

そもそも薬価が非常に高価であり、アリセプト(10mg・764円)とメマリー(20mg・427.50円)を併用すると認知症の薬剤だけで1日1000円以上かかる計算になります。
アリセプトの市場は年間1442億円(2,011年)もあり一生懸命売り込むわけです。
健康保険は維持できるのでしょうか(;´д`)トホホ…
もう少し適応を選んで使うべき薬だと思います。


さて製薬会社は、薬の売り上げを伸ばすためにサブクリニカルな症状に関しての病気を発明し売り込むという戦略を取ることがあり、これをディジーズ・モンガリングというそうです。
グローバル化した巨大製薬業界が,疾患や障害の枠組みそのものを市場戦略と一体とし,マーケティング,病気の売り込み(disease mongering)で販路を拡大させているというのです。
穿った見方をすれば製薬会社は、存在しない病気を創作し、さほど深刻でもない健康上の問題をその病気に結び付けるように誘導することで新薬の売上をのばし利益を得ているといえるでしょう。

ディジーズ・モンガリングの対象となる疾患は、すぐには死んだり重篤にならない、老化に関係したものなど数が多い、不安やコンプレックスにつけこむ、などの特徴があり、病気と思わなければ病気とまでは言えないものがターゲットになります。
その裏には医師と市民に盛んに売り込みをかけてくる新しくて高価な薬がついていることが特徴です。

特に正常と疾患との境がスペクトラムをなしている種の障害がある精神疾患分野ではたしかに治療手段の増加が病気を増加させるという側面はあり、判断は難しいのですが、うつ病、社会不安障害、双極性感情障害、認知症などがその可能性があるでしょう。(これらが全てディジーズ・モンガリングであるといっているわけではありませんが。)

薬は確かに便利な道具で使い方次第でいい時間をつくることはできますが、認知症高齢者に対して使わなと医者はひどい医者だと言われたり、投与しないと罪悪感を覚る、などというような売り込みはさすがに行き過ぎだと思います。

患者さんに害をなさずに利益を与え、なおかつ保険制度をまもるという点において専門家たる医師はどのような態度を取れば良いのでしょうか?

そのヒントがエッセンシャルドラッグという概念です。
エッシェンシャルドラッグはエビデンスが蓄積され評価の定まった薬で特許が切れており安価なことが多いです。
製薬会社のすすめる新薬(とくにディジーズ・モンガリングされた疾患に対しての薬)にすぐに飛びつくのではなく、まずはエッセンシャルドラッグを使いこなせるようになるようになるのが先決と思いますが、古い薬の情報をもってMR(医薬情報担当者)は来てくれませんし製薬会社主催の勉強会も開かれません。
薬品名の書かれたボールペンや付箋などのノベルティももらえません。

そしてアルツハイマー病は、非可逆性・進行性の疾患において投薬よりも大切なことは、当事者や介護者の人生に寄り添い支え続けることです。

こうも医療周辺産業が跋扈するこのような状況になってくると患者さんとともに保険制度や医療システムをまもる責務をおった医師(臨床医とともに医事行政や公衆衛生行政などに携わる医師)や専門家集団である学会の責任は大きいと感じますね。
製薬会社が主催して、薬の名前を冠した講演会にひょこひょこ出かけて洗脳されて帰ってきて勉強した気になって、製薬会社の思惑のままに新薬を普及するのは医師とは言えません。
原子力利用や放射能の問題に関して最近有名になった武田邦彦氏の言葉を借りると「専門家とは科学技術の使用に関して社会全体に対して責務を追う人のこと」です。


(中井久夫先生の言葉)

特に医師は限られた医療福祉のリソースを適切に分配し、目の前の個人のQOLと余命の積分値、さらには社会全体の人の積分値を最大化すべく自らの倫理観に基づき考えるという役割を本来的に負っているのですから。


認知症診療ってナニ?実施支援システム「DT-Navi」の正体。

イクセロンパッチと断酒パッチ

認知症と生きる~認知症疾患医療センターの現状と課題

認知症の地域ケアと総合病院の精神科病床

(私には製薬会社からは講演はたのまれないだろうな~。こんな話をしちゃうかもしれないから。)

世界のエッセンシャルドラッグ―必須医薬品
クリエーター情報なし
三省堂


医療資源に乏しい途上国で、国民の健康をまもるため自国の医療に不可欠な医薬品を選ぶ際に、WHOがたたき台として示した医薬品のリスト。医療先進国である北欧やオーストラリアなどでも特にプライマリケア領域でエッセンシャルドラッグのコンセプトは支持されている。

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