てつりう美術随想録

美術に寄せる思いを随想で綴ります。「てつりう」は「テツ流」、ぼく自身の感受性に忠実に。

京を歩けば(19)

2009年04月10日 | 写真記


 京都の街は“碁盤の目”だという。まさにそのとおりで、街衢(がいく)は直角に交差する大小の道によって、幾何学的な美を感じさせるほどに整然と構成されている。抽象画家のモンドリアンは晩年ニューヨークに移り住み、さまざまな出自と肌の色をもつ民族がまるでチェスの駒のようにめいめいの陣地を守りながらうごめく大都会のイメージを『ブロードウェイ・ブギウギ』というシンプルな絵画に昇華させたが、彼がもし京都に移住したとしても、同じような ― ただし色は少しくすんだ ― 絵を描いたかもしれないと思う。

 しかし京都が“碁盤の目”なのは、盆地の底の平らな部分だけである。周辺の山に近づくにつれて次第に標高が上がりはじめ、平坦な路面が坂や石段に取って代わられると、道は新たな秩序を求めて複雑にくねりだす。まるで毛細血管のように細く入り組んで、ちょっとした迷路のようなおもむきをさえ呈する。

 石塀小路は、そんな迷路のなかでもとりわけ風趣に富んだ一画だ。石畳には「哲学の道」と同じように、かつて市内を走っていた路面電車の敷石が再利用されている。板壁や石垣に囲まれて旅館や小料理屋が並んでいるが、祇園ほど格式ばった構えではなく、普通の民家も交じっているように思われる。角の向こうから舞妓さんが連れ立って歩いてくるのにばったり出くわしたりもする。打ち水のされた夏の昼下がりに浴衣姿で散歩すれば、これほど絵になるところはない。

 だが悲しいかな、石塀小路はちょっと有名になりすぎてしまったようだ。狭く折れ曲がった路地に、物見高い観光客がカメラ片手にわんさと押しかけるようになっている。そんな人々を牽制するためか、小路のところどころに「静」とのみ大書された札が下がっていた。ここは観光名所というよりも、あくまで現役の生活道路であり、昼間には子供がひとりで遊んでいるような場所なのである。

 そんな石塀小路も、この日ばかりは行灯の光に濡れてひっそりとたたずんでいた。おのずと声をひそませる静寂が、あたりを領していた。開かれた街路が東西南北へと無尽蔵につながる“碁盤の目”の京都にはない、密度濃く閉ざされた異空間が横たわっていて、うかつに迷い込んだら遠い昔のセピア色の風景のなかへ連れて行かれてしまいそうな気もした。

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 テレビで京都の街が映し出されるとき、必ずといっていいほど登場するのが、東山の中腹あたりから見下ろした五重塔である。その塔は法観寺という小さな寺の境内に、不釣り合いなほど大きく聳え立っている。誰も寺の名前を口にのぼせることはなく、一様に「八坂の塔」と呼ぶ。

 テレビではおまけに、俯瞰した八坂の塔の映像にどこかの梵鐘の響きをかぶせて流すのがお決まりである。しかし実際に京都に暮らし、東山あたりをしょっちゅう徘徊していても、鐘が鳴るのを耳にしたことはほとんどない。京都だって都会なのだから、鐘の音が遠くまで殷々とこだましたりすることはあり得ないと思ったほうがいい。あのテレビ用の演出は、判で押したような古都の印象を全国津々浦々にばらまく効果をもっているかもしれないが、でっち上げとはいわないまでも、多分に作り込まれたイメージであることは知っておくべきだろう。

 八坂の塔は、わざわざ観光コースに組み入れるほどの場所ではない。路地を歩くついでに、下から見上げればじゅうぶんである。あるいは少し離れて眺めたほうが、塔の姿は美しく見える。中へ入ろうにも門と呼べるものはなく、木戸のようなものがあるだけで、しかも閉まっていることが多い。けれどもこの日は入口が開けられ、無料で拝観できるということだったので、はじめて法観寺の寺域に足を踏み入れてみた。

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 入るといきなり、五重塔と鉢合わせすることになる。京都には寺が多いといえども、こんな寺はほかにはない。たいていは門をくぐり抜けて参道を通り、木々などが植わった境内をゆっくり歩いていくうちに、だんだん静かで敬虔な気持ちへと推移していくような一種の“プロムナード”がしつらえられていることがほとんどだ。しかしここでは、そんな心の準備を整える猶予は与えられていない。

 初層の東と西の扉が開けられ、塔の心柱を背にして如来像が安置されているのが見えた。撮影の制限がないので、しきりにフラッシュの閃光を浴びせられて気の毒なほどだ。ぼくは仏像の写真を撮るのは何となく気がひけたので、人の頭の間からじっくりと観察してみた。堂内には意外なほど華美な装飾がほどこされているのに驚かされる。特別に内部を拝観できる日もあるそうで、二層目まではのぼることができるのだという。

 飛鳥時代の創建といわれるほど歴史のある寺だが、古色蒼然たるおもむきよりも、何より東山の街並みとぎりぎりに軒を接して建っているというそのことにおもしろさを感じた。映画ではよく、古代からよみがえった怪獣が都会に降り立ったりする。この五重塔も、いにしえの都から引き抜いてきて街なかに植えつけたように見えるのである。現代都市と歴史的遺物とが共存し得る形態を模索するのは今の京都がかかえている大きな課題だが、その極端な姿がここにあった。

(この稿未完)

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