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翌日、あまりにも天気がよかったので、またふらふらと京都に出てきてしまった。ここまでくると、一種の中毒だといわれても否定し得ない。
ただ中毒とはいっても、あらゆるものごとに対して無難な意見をいい、日常のさまざまな雑事をそつなくこなせる能力をもっている優等生的な人に比べたら、ある程度は偏りがあるほうがおもしろいのではないか、と思うようになってきた。もちろん、人畜無害の場合に限るけれど・・・。ぼくなどは美術が好きで、京都が好きで、その一方で読書や音楽鑑賞はなかなか思うようにならずに煩悶しているぐらいだから、まだ可愛いほうではなかろうか。
このたびは京都市内ではなく、宇治に行くことにした。たしか以前読んだ本のなかで、白洲正子が早朝の宇治の水面(みなも)に映る朝日の美しさをほめたたえていたことを何となく覚えている。ただしどの本に書いてあったのかは、残念なことに忘れてしまった。このへんの拘りの甘さが、やはり“韋駄天お正(まさ)”には追いつけない、というところであろう。
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韋駄天どころか、あんまり急いでも仕方がないので、電車に揺られてのろのろと向かう。京阪の支線である宇治線は、本線に比べて観光客の数が少ないように思える。この日も前日の阪急嵐山線の混雑に比べたら、拍子抜けするほど車内はガラ空きであった。これは、宇治が紅葉の名所としてはまだまだ認知されていない証拠なのだろうか。もしもJR東海が宇治の紅葉を使ってポスターを作ったら、そのときは人がどっと押し寄せるのだろうか。
だが、観光客がいつもより少なめな理由も、本当はわかっている。10円玉に描かれていることで有名な鳳凰堂が、再来年の春まで工事のために拝観できないのだ。全体がすっぽりと覆われてしまうため、建物を眺めることもできない。何人かの人が必ず試みるような、10円玉と鳳凰堂を一緒に写真に撮るということも叶わなくなる。
だが、その穴を埋めるためのように、気鋭の画家である山口晃が奉納した襖絵の一般公開がおこなわれていた。実は今回宇治に赴いた主な目的はそっちだったのだが、このことはまた回を改めて触れることにしよう。
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とまれ、京阪の宇治駅に降り立ち、宇治川に架かった宇治橋を渡る。何もかも宇治づくしだ。
宇治橋は、京都市内の三条や四条の大橋よりもよほど長い。川は琵琶湖から流れ出し、天ヶ瀬ダムを経てこの橋の下を通り過ぎ、やがて大山崎付近で木津川と桂川と合流して淀川となり、大阪湾に注ぐのである。前日渡った渡月橋の下を流れていたのが桂川だから、淀川の上流を巡って歩いているようなことになった。
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こんな大きな川でも、ときには水が荒れ狂うことがある。去る8月14日の豪雨では宇治川の支流が反乱し、民家を押し流してしまった。宇治橋の近辺でも河川敷への立ち入りが規制され、補強工事がおこなわれつつあるようだ。
しかし川のおもては、何ごとも記憶していないかのように穏やかに、滑るように流れているのだった。浅瀬で気持ちよさそうに水浴びをしていた白鷺たちは、あの日のことを覚えているのだろうか。
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