小学校四年生の春、新学期と共にクラス替えが有った。 その中に今まで見た事のない顔が四人いた。 一学年四クラスだったが、一クラス45人。 大抵の顔と住居は同じ町内なので見知っていた。 と言う事は、この四人は転校生であろう事は、疑う余地のない事だった。 夏休みの前日、校内一斉大掃除。 弁当持参も良いとの事だったので、私は食パン二枚に、マーガリンをタップリ塗ってこんがり焼いて持参した。 味噌汁の汁だけを水筒に入れて、湯飲み茶わんと共に持って行った。 食パンは二ツ切り。 四個である。 全て掃除が終わり鐘がなって、(五年生の三学期迄鐘だった)帰宅する者は足早に帰って行き、弁当を持って来た者は、それぞれ友達と好きなところで‥‥。 学校中が桜並木で(広島市内でも有数の桜の名所だった)、藤棚の大きなものが有り、皆それぞれ好き勝手に場所取りして、食事し始めた。 私は教室が一番落ち着くと思い、やわら弁当を取り出したが、ふと気づくと一人転校生がぽつんと座っていた。 それでも私は新聞紙を広げて、水筒の味噌汁をコップに入れて、食パン半枚をほおばり始めた。 するとその転校生が私の所に来て、食パンを包んでいた新聞紙を一枚をくれないかと言い始めた。 可笑しなことを言うものだと思いながらも、マーガリンの付いた新聞紙を手渡したところ、引き裂きながら食べ始めた。 びっくりして止めたが、笑っているだけで、‥‥。 私は残りの食パンの半部を彼に渡そうとしたが遠慮して受け取らない。 無理やりポケットに入れて、茶碗の味噌汁を飲ませた。 彼は嬉しそうに、にこっとしたきり何も話さなかった。 その後二か月して彼は学校に来なくなった。 給食のコッペパンを隣町の家まで届けに行ったら、母親と、二年生の妹と三人で、ろうそくの光の下で、縫い針を鉛の薄板に包む内職をしていた。 此の事については、以前「万国製針」の事を書いた時紹介したので省略する。 今の若者に言いたい。 六か月や一年、カラオケや飲み屋に行くのが我慢出来ないのなら、本当の危機が来たとき生き残れませんよと。
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