先日、テレビで「人生の楽園」
61歳で船頭に挑戦・・・放映されました。
神奈川県の公務員を定年退職して第二の人生を「猊鼻渓の船頭」さんに挑戦されていました。
稲村 稔さん
20年前に猊鼻渓に訪れた時「客を楽しませる船頭さんに心を奪われた」
「又来たいと言って、帰っていくお客さんを見て素晴らしい仕事」と思い
船頭さんにあこがれたそうです。運命的な出会いと話されていました。
神奈川の葉山の自宅では
お父さんは「そりゃ~いたほうがいいよ。いなければ淋しいよ」
お母さんは「定年まで勤めたから、もう今度は自分の好きな事をするように・・あきらめた」
奥さんは「言う事を聞かない・・止めてもダメ」
と皆さん話されておりました。
主人とこのテレビをみていたら
「母親は、強いな~」と話していました。
確かに、側にいないけど元気で自分の好きな事をしていればいい事ですもの
それに、神奈川と岩手は近いし
好きな事が見つかった事は、タイヘンな事ですが頑張れると思います。
今度、帰った時は稲村さんの船に乗せて戴きたいです。頑張って下さい。
61歳で船頭に挑戦・・・放映されました。
神奈川県の公務員を定年退職して第二の人生を「猊鼻渓の船頭」さんに挑戦されていました。
稲村 稔さん
20年前に猊鼻渓に訪れた時「客を楽しませる船頭さんに心を奪われた」
「又来たいと言って、帰っていくお客さんを見て素晴らしい仕事」と思い
船頭さんにあこがれたそうです。運命的な出会いと話されていました。
神奈川の葉山の自宅では
お父さんは「そりゃ~いたほうがいいよ。いなければ淋しいよ」
お母さんは「定年まで勤めたから、もう今度は自分の好きな事をするように・・あきらめた」
奥さんは「言う事を聞かない・・止めてもダメ」
と皆さん話されておりました。
主人とこのテレビをみていたら
「母親は、強いな~」と話していました。
確かに、側にいないけど元気で自分の好きな事をしていればいい事ですもの
それに、神奈川と岩手は近いし
好きな事が見つかった事は、タイヘンな事ですが頑張れると思います。
今度、帰った時は稲村さんの船に乗せて戴きたいです。頑張って下さい。
猊鼻渓とは不思議な縁があったものとつくづく思います。
20年前の偶然の出会いは然ること乍、断られるのが当然の船頭研修の受入れ、そして風も無く、晴れ上がった船頭試験の日などです。(その翌日は一転して寒く暴風雨となり、試験の条件としては最高に悪いものになったのです。晴れの日と雨風の日とでは船頭を務める困難度は雲泥の差です。)
さて、同居する長男は「おやじ、客に怪我だけはさせないように」と呆れ顔
しかし、一家の大黒柱になることを承知してくれました。(私は隠居です。)
皆、このおやじ、どうしようもない、呆れたという心の中で、家の事、後は何とかするよ、何とかなるさという思いが1%位あったのでしょう。家族でなければ分からない、目に見えない応援を感じたものでした。
現在は冬季のため、神奈川に帰っています。今、振り返ると本当に猊鼻渓に居たのか、あれは夢では無かったのかと思う程、本当はまだ、心も身の回りも整理がついていません。帰って見れば近所の人がこの短い間に1人2人と亡くなっており、今浦島の様です。
我が故郷とありますので愛着ひとしおと思います。
猊鼻渓の先輩船頭は猊鼻渓を大切にしていますね。
それが明治、大正から続く猊鼻渓舟遊びの変わらぬ所以だと思います。私が惹きつけられた一つでもあります。
五月の連休辺りからが私の乗船の時期になると思います。
語りを唄を操船を磨きたいと思います。お会い出来ることを楽しみにしています。
向寒のみぎりお身体ご自愛下さい。
なお、猊鼻渓ということで、元旦午後六時からNHKBShi日本の絶景100選で猊鼻渓が取り上げられますよ。私も映ったしまっていますが。念のため。
第二の人生と言いますが、自分の遣りたい事が
有る事は幾つになっても「元気の源」です。
お体に気をつけてガンバッテ下さい。