道々の枝折

好奇心の趣くままに、見たこと・聞いたこと・思ったこと・為たこと、そして考えたこと・・・

低体温症

2019年01月10日 |  山歩き

山歩きに熱中していた40代の頃、低体温症というものを実際に体験した。新年を迎えた初山行で、静岡県と長野県の県境にある熊伏山(1653m)に登った時のことだった。

県境青崩峠の稜線は、南の静岡県側の傾斜がなだらかで、北の長野県側は絶壁が谷底まで落ち込んでいる、非対称地形の山稜だった。

寒中とはいえ、暖かい太陽を浴びて標高1500m前後の稜線を歩いていると、日射しで汗をかくほど体温が上がる。右手の谷底から吹き上がってくる心地よい風が程よく汗をとばしてくれ、この日のトレッキングはすこぶる快適だった。ウインドブレーカーを脱ぎ、セーター姿で徐々に高度を上げていった。雪が薄く積もる南斜面の木立の中から、小鳥の鳴き声も聞こえ、正月に相応しいのどかな稜線漫歩だった。

山頂まであと30分ほどの地点で、突然全身に震えがきた。止めようにも自分の意志で震えは止まらない。山慣れした若い僚友が状況を即座に理解し、風を避けるために稜線から南の静岡県側に斜面を10mほど降り、木立の中の落ち葉の積もる窪地にシートを敷いてくれた。ザックを下ろし、すぐバーナーで湯を沸かす。湯が沸く間にウインドブレーカーを纏った。

ビスケットを食べながら熱いコーヒーを飲み、体を温める。20分ほど休憩するうちに震えは止まり、元気を回復した。その後は体を冷やさないよう注意して登り、何とか雪に覆われた山頂を踏むことができた。

経過から推測すると、軽度の低体温症と云われるものだったのだろう。体熱の産生を上回る冷却(風、水濡れ、低気温)状態が一定時間続くと、人は容易に低体温症に陥ることを身をもって知った。この時の体験から、夏でも標高の高い稜線上を歩くときには、風による冷えに注意するようになった。

低体温症は、体の深部体温(通常37℃)が35℃以下になると発症するらしい。わずか2℃体温が下がるだけで、危険領域に入ってしまう。震えは体熱産生のための自律的な反応だから、この段階で直ちに体温を上げなければさらに状態は悪くなる。温かい飲食物、筋肉の収縮運動、保温衣料の装着が必要だ。

中度の低体温症(中心体温33℃下)のときは、焚き火や湯などで手足を急に温めるのはいけないという。副交感神経が優位になり、低温の血流が全身を巡ることで、体幹の中心温度が更に下がってしまうらしい。

70過ぎて山に登ることを罷めた最大の理由は、体調の変化を自律的にコントロールできなくなることに気づいたからだ。筋力のように、自分で客観的に実状を知ることができないのは、大きな不安要素である。何事につけ、老人は自分を客観視できなくなる傾向にあるから、早めに見切りをつけるしかない。

60歳以上の人は筋力が衰え、筋肉量も減少しているという。体熱の発生源の機能が低下しているのだから、アウトドアでは低体温症を警戒する必要がある。10年前の「北海道トムラウシ山遭難事故」が、貴重な教訓を与えてくれている。

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