皆川博子「クロコダイル路地」講談社文庫
読みました。分厚い!旧約聖書ほどあります。立ちます!
皆川ワールドのダークな幻想ファンタジーものではなく、歴史ジャンルもの。
「開かせていただき光栄です」とか「У(ウー)」「死の泉」などが歴史ジャンルで、どれも大長編、どれもおもしろい。
フランス革命の時期とその後、フランスのナントとイギリスのロンドンが舞台なので、皆川博子版の二都物語という感じ。
ナントの富商の息子ローラン、彼が憧れを持っている貴族の息子フランソワ、その従者ピエール。3人が美しい秋の森へ遠出しているシーンから始まるが、すでに革命という名の暴動が起こる兆しが見えている。
フランス革命の中の人物を描く物語というと、革命側か王室側か、どちらにしても強くカッコよくおのれの信条に従ってというのを想像するが、この小説はそこのところじゃなくて、その周辺にいた多くの人と、パリでなく地方の町が描かれる。
革命政府の恐怖政治、発明された断頭台では足りず、いかにいっぺんに多数を死刑にできるかと編み出された方法。
無惨な情景だ。
貴族のフランソワは王室を否定する革命の考え方など認められず、王党軍に参加して戦うが、忠実に従う従者ピエールは、別に何も考えていない。彼が見ているのはフランソワだけなのだ。
主人公ローランは貴族ではないが、富豪であるがゆえに、暴力的になった革命派に父母を殺され、自分は囚われる。この革命派の連中は、以前はローランの家の使用人だ。
革命は、たとえ最初は民衆のために起きたとしても、社会を覆したあとは民衆のための制度にはならない。新たな権力者が生まれ、新たな階級が作られるだけだ。成り上がれなかった民衆は以前のまま、あるいは以前よりひどく抑圧される。フランス革命も明治維新も同じね。
彼らに偶然かかわってきた少女コレットが意外な重要人物で、彼女の描かれ方が、ヒヤッとする怖さがある。イヤな感じなのよね。
どの人物も単純な性格づけでなく、魅力もあれば、つかみかねるもやもや感もある。
後半のロンドン編では、「開かせていただき光栄です」の登場人物が出てくる楽しみもある。
革命編の緊張感からすると、後半、ロンドン編の庶民たちは明るさがある。虐げられても、芽を出そうとするたくましさ。
最後に、コレットの復讐が一つのサスペンスになっているが、わりともやもやする顛末になっているのが、大人のおもしろみがある。すっぱり割り切れないのが。
クロコダイル路地というタイトルは、フランス革命には関係がない。鰐が、主人公ローランの人格、人生観と結びついたものなのだ。
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