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読書感想文「雪の階」奥泉光

2023-12-02 00:00:14 | 読む
「雪の階(きざはし)」奥泉光 中公文庫

 奥泉光作品は「ノヴァーリスの引用・滝」を以前に読んだ。そのときは文章に面食らってしまって(読んでいて、これってミステリーとなってたよね?と思ったりして)、なかなか読み進まなかった記憶があったのだが、この「雪の階」は文章が魅力と感じて読めてしまったのが不思議。たぶん、このまだるっこしさがこの作家の特徴なんだろうと思うので。A地点からB地点に行くために始まった一文が、次々と花を咲かせて、枝が伸びて、B地点に着くまでに違う景色が広がってしまう。「カラマーゾフの兄弟」を読んだときの印象を思い出した、なんとなく近い。
 「雪の階」は昭和維新2.26事件に向かう時期、伯爵令嬢とその友人の女性が中心の人物、二人がヒロイン。友人といっても、令嬢が幼いころの「おあいてさん」と呼ばれるお友達。現代だったら幼なじみの親友という役どころなのだが、時代の身分差もあり、人物の性格もあって、お互いに「そこは言わないでおこう」と考える部分があるのが(しかも、それが一番重要な核心なのが)まだるっこしさが増して、おもしろいのだ。読んでいて、そこを言おうよ!と思わなくもないのだが、言わないのが重要。最も重大な謎解きが、まったく共有されないで終わる。謎解き小説、ミステリーではあるのだが、これミステリーだったんだ!と結末に来て、ハタと思い出すような構成なのだ。
 令嬢の学友の女性が心中するという事件が話の発端で、令嬢は疑いを持ち、さまざまな手段・コネを使って調べはじめる。というと、はじけたお嬢様のようだが、見た目は全然そうではなくて、ほんとうに深窓のお姫様、親にも逆らわず、自分の属する階級のありようにも逆らわない。
 協力を頼まれた友人のほうは、この時代でも報道カメラマンとして生きようとしている職業婦人で、かなり活発、短髪で洋装。
 心中事件の相手の男性が軍人で、令嬢の兄も軍人で、令嬢の父・伯爵は「天皇機関説」を徹底的に批判している立場ということで、フツウに2.26に向かっていく(天皇陛下に忠節を尽くす方向で革命を起こす)筋立てと思いきや、いまの天皇は廃すべきだという思想が出てくる。心中事件の裏を探っていくうちに突き当たるのが、令嬢と兄の亡母の家系が特別な血筋であるという説。これを強烈にとなえているのが亡母の弟、つまり兄妹の叔父。この叔父は我が家の血こそ「神人」の子孫である純粋日本人の血であって、ほとんどの日本人(天皇も)は「獣人」と混血した汚れた血であるから滅びなければならないと主張している。そして、兄妹はその家系の中でも霊力にすぐれた存在で、特に妹の令嬢は強い霊力を持ち、未来が見えると。
 令嬢が、ここにいながら、霊視した場所に行ってしまう描写がしょっちゅう、ごく自然な展開として出てくるので、読んでいるこちらもだんだん、彼らが「神人」であることを受け入れて考えるようになってしまう。途中からこの令嬢が、まったく躊躇なく、恋でも愛でもなく、いろんな男と関係を持つようになっていくのも、なんとなく「神人」であるがゆえかと思ってしまう。そう思うようになっていって、その世界にすっかり浸ってしまった最後に、それをひっくり返す冷静な謎解きが出てくるのだ。これミステリーだったんだ!と、突然目が覚める瞬間。
 事件の謎は解けても、むしろ令嬢の性格や考え方、態度、生きる姿勢が、より一層謎になる。謎のまま終わる。文章力の強さに引っ張られて、別次元に連れて行かれてしまって、おもしろかった。
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