映画と本の『たんぽぽ館』

映画と本を味わう『たんぽぽ館』。新旧ジャンルを問わず。さて、今日は何をいただきましょうか? 

「鏡の背面」篠田節子

2021年06月23日 | 本(その他)

毒婦と聖女は鏡のあちら側とこちら側?

 

 

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聖母が死んだ。

薬物や性暴力によって心的外傷を負った女性たちのシェルター「新アグネス寮」で発生した火災。
「先生」こと小野尚子は取り残された薬物中毒の女性と赤ん坊を助けるために死亡。
スタッフがあまりにふさわしい最期を悼むなか、警察から衝撃の事実が告げられる。

「小野尚子」として死んだ遺体は、まったくの別人だった。

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いつもながら、ゾクゾクさせられる篠田節子さんの作品です。

薬物や性暴力で心的外傷を負った女性たちのシェルター「新アグネス寮」。
そこを運営する小野尚子は、「聖母」とも言われるほどに、
慈愛に満ちた微笑みで女性たちを見守り、慕われていました。
社会的にも一目おかれるような存在だったのです。
ところがある日施設で火災が起き、
小野尚子は薬物中毒の女性と赤ん坊を助けるために死亡。

ところが、スタッフは警察から「小野尚子」として死亡した女性は
全くの別人だったと告げられます。
呆然とするスタッフたち。
では亡くなった女性は誰なのか? 
いつから小野尚子は、「小野尚子」でなくなっていたのか・・・? 
そしてそれはなぜ・・・?

少し前に小野尚子を取材し、痛く感銘を受けていたライター・山崎知佳と
スタッフの中富優紀がその真相を探ります。

 

それは20年ほども前、どうやら本物の小野尚子は死亡し、
半田明美という女性が「小野尚子」に成り代わっていたらしいということがわかります。
しかも、半田明美というのはいわゆる「毒婦」とも言うべき女。
男を食い物にしては殺して、次の男に乗り換える・・・。
そのことは発覚せず、うまく世間を欺き通していた・・・。

しかし、昨今の「小野尚子」を知る人は、そんなことは信じることができない。
そんな人物がなぜ20年もの間「聖女」を演じ続けていたのか?

鏡に映った像は、その背面とは別物。
人の心の不可解さをえぐり出す物語でした。

 

本物の小野尚子と半田明美の写真を見て、誰もが同一人物と見なしていた、という描写があります。
人はその目鼻立ちよりも表情で、人物の印象を心に刻むものであるらしい・・・。
人を判別するのが苦手な私なら、ますますそういうこともあるかも、と思ってしまった。

また、本筋とは少し外れるのですが、霊的な体験らしきものが、
人の気持ちを大きく左右するというエピソードにも納得させられます。
降霊術めいたことで、すっかりその気にさせられて、
何でもないことが怪しい出来事に思えてしまう・・・。
簡単に詐欺に引っかかりそうです。

 

20年前の記録媒体FD(フロッピーディスク)の扱いにしても、
今それを開くのは簡単ではないというのにも納得。
ホントですよねえ・・・。
あっという間に時代は移り変わっているのでした。

 

「鏡の背面」篠田節子 集英社文庫

満足度★★★★☆