映画と本の『たんぽぽ館』

映画と本を味わう『たんぽぽ館』。新旧ジャンルを問わず。さて、今日は何をいただきましょうか? 

ドミノ

2024年03月23日 | 映画(た行)

現実と虚構が入り組んだ世界

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公園で一瞬目を離したすきに娘が行方不明になってしまった、刑事ローク(ベン・アフレック)。
その心痛のため、カウンセリングを受けながらも、現場の職務に復帰します。

銀行強盗を予告するたれ込みがあり、現場に向かったロークは、
そこに現れた男が娘の行方を知っていると確信。
しかし、男は簡単に周囲の人々を操り、妨害するため、ロークは男を捕まえられません。
ロークは占いや催眠術を熟知するダイアナに協力を求めます。
彼女によると、ロークの追う男は、相手の脳をハッキングしているというのですが・・・。

何でしょう、言ってみれば催眠術の強力なもの・・・。
相手の目を一瞬見るだけでその人物を操り、自分の思うままに行動させることができる、
そのような能力を持つ人々がいるわけです。

恐ろしいですね・・・。
ごく親しい友人でも人に操られて殺人鬼にもなり得るということで・・・。
誰も信じられないし、実は自分自身も操られていて、
自分が見ているものは、現実ではないのかも知れない。

次第に、現実と虚構が迷宮のように入り組んできます。
そんな世界感がスタイリッシュに描かれますが、
まあ、こんな世界観はすでにどこかで見たような・・・。

しかし、ロークの真実、娘が行方不明という最大の問題にも実は裏があって・・・
というめまいのするような仕掛けには、ちょっと虚を突かれました。

<Amazon prime videoにて>

「ドミノ」

2023年/アメリカ/94分

監督:ロバート・ロドリゲス

出演:ベン・アフレック、アリシー・ブラガ、J・D・パルド、ハラ・フィンリー

 

現実逆転度★★★★☆

幻惑度★★★★☆

満足度★★★☆☆


ちひろさん

2024年03月09日 | 映画(た行)

軽やかに生きる

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安田弘之さん同名コミックの実写映画化。

海辺の小さな町にあるお弁当屋さんで働くちひろ(有村架純)。
もと風俗嬢であることを隠さず、軽やかに生きています。

自分のことを色眼鏡で見る男たち。
ホームレスのおじいさん。
子どもや動物。
誰にも分け隔てがありません。

そんなちひろと周囲の人々の物語。

ちひろのこれまでの人生は、
おそらく幸せと言えるようなものではなかったのかも知れません。
その根っこは、どうも自分と母親との関係にあったようです。
けれど、彼女はその苦しみを反芻することはやめて、
周囲の人々との関わりを大切にしながら、
今を気ままに自由に生きることに決めたかのようです。

気がついてみれば、彼女が親しくなるのは、
帰る場所のないホームレスや、親に本音を言えない女子高生、
水商売の母の帰りを待つ小学生・・・、
家族との関わりがなかなかうまくいっていない人たちばかり。

とある人が言います。
「でも、そういう過去を踏まえて、今の自分が居る」と。
ちひろさんの優しさは、つらい自分の過去の裏返し。
おなじ悩みを持つ人の気持ちがわかるし、支えることもできる。

いいですよね。
ちひろさんのように、やさしく軽やかに生きられたら。

お弁当屋の店先に立つ有村架純さんと、
水商売の母親・佐久間由衣さんの対面シーン。
朝ドラの頃が懐かしく思い出されて嬉しくなりました。

<WOWOW視聴にて>

「ちひろさん」

2023年/日本/131分

監督:今泉力哉

原作:安田弘之

脚本:澤井香織、今泉力哉

出演:有村架純、豊嶋花、嶋田鉄太、van、若葉竜也、佐久間由衣、リリー・フランキー、風吹ジュン、平田満

 

軽やかな生き方度★★★★☆

やさしさ★★★★☆

満足度★★★★☆


十月十日の進化論

2024年03月04日 | 映画(た行)

孤立しないで

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第7回WOWOWシナリオ大賞受賞作。
なので、さすがに良い感じのストーリーとなっています。

 

独身、アラフォーの昆虫分類学博士、小林鈴(尾野真千子)。
彼女は留学までして昆虫の研究にこれまでの人生をかけてきたのですが、
しかしそれを生かす仕事にはつけず、
どうにか潜り込んだ大学の研究室のバイトも解雇されてしまいました。

その夜、戸籍には入っていない実父(でんでん)・中村保が営む喫茶店で、
モトカレの安藤武(田中圭)と再会。
武は酔いつぶれた鈴を家まで送っていきますが、
2人は酔った勢いで一夜を共にしてしまいます。
それから5週間後、鈴の妊娠が発覚し・・・。

 

失業したところで予期せぬ妊娠。
・・・これは確かに迷いますね。
そんなとき鈴は、「人間は胎児の間の十月十日で生命30数億年の進化を再現する」
という文章を読んで、生む決意を固めていきますが、
武には子供のことを切り出せません。

 

う~む、それはちゃんと伝えるべきでしょう、
そのお腹の子は、あなた1人の子じゃないのだから・・・と、
見ているこちらはちょっとやきもきしてしまうのですが・・・。
でも、そんなことはいつまでも隠し通せることではない。
ついにそのことを知った、武がいう言葉がいい。

「自分1人で育てていく。手助けなんて必要ない。」という鈴に
「それは自立ではなくて孤立だ。」というのです。
しかしその言葉も空しく、鈴の決意は簡単には変わらないようなのですが・・・。

でも、肩肘張らずに、人に頼るべき所は頼っていいのですよ。
人はどうしたって1人では生きていけないのだから・・・、
としみじみ思います。

本当は好きな人なのに、いじをはって拒絶してしまうという、
母と娘の似たような人生のあり方もまた興味深いところでした。

 

<Amazon prime videoにて>

「十月十日の進化論」

2015年/日本/118分

監督:市井昌秀

脚本:栄弥生

出演:尾野真千子、田中圭、でんでん、リリィ

 

満足度★★★★☆


チャップリンからの贈りもの

2024年01月29日 | 映画(た行)

非道な犯罪ではなくて、贈りもの

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喜劇王チャップリンの遺体が盗まれたという実際の事件を題材としています。

 

1978年。

冒頭は、刑務所の出入り口から出てくるひとりの男、エディ。
その彼を親友のオスマンが迎えに来ている。
よくあるシーンです。

オスマンは、エディを自宅の横にあるトレーラーハウスに案内します。

オスマンの妻は病で入院中で、小学生の娘と現在ふたりで暮らしていますが、
生活は決して楽ではない。
またトレーラーハウスといってもかなりのオンボロなのですが、
その中に以前のエディの生活用品や本などが運び込まれています。
生活が苦しい中、ここまでしてくれるオスマンに感謝感激のエディ。

さて、そんな頃にチャップリンの遺体がスイス、レマン湖の墓地に埋葬されます。
それを知ったエディはとある計画を思いつき、オスマンを誘います。
チャップリンの遺体を盗み出して、身代金をいただこうというのです。
オスマンは妻の治療費用を払う当てもなく、困り果てていたのです。
ちょうど彼らの暮らしているところがこの墓地にほど近い場所でもあり・・・。

彼らは、墓地で棺を掘り出して、別の場所に密かに埋めます。
まあ、そこまではなんとかうまくいったのですが、何しろ計画はずさんで穴だらけ。

始め、遺体を盗んだと電話でチャップリンの家族や警察に電話をしても、信じてもらえない。
しかし、確かに棺が盗まれていることが確認されます。
するといよいよ、身代金請求の電話をかけるのですが、
同じような電話が他に何件もかかってきているという。
自分たちが遺体を盗んだという証拠は?と問われてしまう・・・。

 

オスマンはもうすっかり弱腰で後悔ばかり。
エディはそれでも強気で、なんとかなると思っているのですが、
そんなことで二人はついに決裂・・・。

 

巨匠ミシェル・グランの音楽が切なくも美しくて、
ちょっとコミカルな作品でありながら、意外にも叙情性を醸し出しています。

それというのも、チャップリンの娘役に当たる人のことばで、
「酷いとか迷惑と言うよりも、父はこの事件をあの世で面白がっているかも知れない」
とありまして、なるほど、
そう考えるのが本作の感想として、しっくりくるなあ・・・と納得。

チャップリンは直接登場しないながらも、彼のことを忍ぶ作品でもあったワケですね。

 

チャップリンが晩年を過ごした邸宅や実際の墓地で撮影。
氏の息子や孫娘も特別出演しています。

良きかな。

 

<WOWOW視聴にて>

「チャップリンからの贈りもの」

2014年/フランス/115分

監督:グザビエ・ボーボワ

出演:ブノワ・パールブールド、ロシュディ・ゼム、キアラ・マストロヤンニ、
   ピーター・コヨーテ、セリ・グマッシュ、ナディーン・ラバキー

友情度★★★★☆

貧困度★★★★☆

穴だらけの犯罪度★★★★☆

満足度★★★★☆


大名倒産

2024年01月03日 | 映画(た行)

多額の借金を背負って、切腹?

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江戸時代。

越後、丹生山藩の役人の息子、間垣小四郎(神木隆之介)は、
ある日突然、自分が丹生山藩主の後継ぎだと知らされます。
有無を言わさず、江戸の藩屋敷に連れてこられて、
藩主としての務めを果たすようにと、言われるのです。
実の父、前藩主の一狐斎(佐藤浩市)は、
小四郎に国を任せて隠居してしまいました。

いきなり一貧乏侍の小せがれから、一気に藩主となったことに
戸惑いを隠せない小四郎。
(ここからは松平小四郎と名乗ります。)

そして、丹生山藩が25万両(約100億円)もの借金を抱えていることを知り、
呆然となってしまう・・・。
さっそくそのことを伺いに父の元を訪ねれば、父は「大名倒産」せよという。
借金の返済日に藩の倒産を宣言して、踏み倒してしまえというのです。
しかしそれはつまり、小四郎にすべての責任を押しつけて、
切腹させようという腹づもりのようで・・・。

さあ、どーする!?というわけですね。

結局、父と息子の命がけの対決という大きなテーマではありますが、
実はそこにも裏があって、
薄ぎたない幕府老中と商人の癒着が隠されているのでありました。

さて、小四郎の育ての父は、藩の特産物である塩引き鮭を管理するお役人でありまして、
自らも塩引き鮭を作るのが得意。

藩の財政を立て直すには、コレが役立つのでは・・・?
という私の読み通りにストーリーが進むのでした。
ま、これくらいの伏線は読めます。

武士はそもそも、このようにソロバン勘定のことが苦手ですよね。
だから本当に、経済的に窮したことも多かったことでしょう。

小四郎は、藩主になっても人々にフランクに接するので、こぎみよいです。
いつの間にか屋敷内に住み着いているように見える幼馴染みのさよちゃん(杉咲花)も、
ま、現実的ではないけれど可愛いから許す!

ちなみに、小四郎の兄にあたる人物は3人いて、
藩主の後を継ぐはずだった長男は落馬して死去。
次男は病弱、三男はうつけ、ということで
やむなく赤子のうちに外に預けられた小四郎が呼び戻されたということになっております。

この、うつけものに松山ケンイチさんをあてるという
かなり贅沢な配役をしておりますね。
でもこの方、明るくてユニークで、いいわあ。
差別用語でなくそのことを表わすのに「うつけ」というのは良いことばだと思います。

<Amazon prime videoにて>

「大名倒産」

2023年/日本/120分

監督:前田哲

原作:浅田次郎

脚本:丑尾健太郎、稲葉一広

出演:神木隆之介、杉咲花、松山ケンイチ、桜田通、小日向文世、小手伸也、宮崎あおい、浅野忠信、佐藤浩市

財政立て直し度★★★★☆

コミカル★★★★☆

満足度★★★.5

 


To Leslie トゥ・レスリー

2023年12月27日 | 映画(た行)

落ちぶれ、ボロボロになった先に

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テキサス州西部に暮らすシングルマザーのレスリー(アンドレア・ライズボロー)。
宝くじに当選し高額の賞金を手にするのですが、
数年でそのお金を酒で使い果たしてしまいます。

住む場所も行き場も失い、疎遠だった息子のところに転がり込みますが、
相変わらず酒に溺れる姿にあきれられ、追い出されてしまいます。

そして故郷の町、かつての友人を頼りますがそこでもすぐに追い出されるハメに。
そんな中、スウィーニーというモーテルの従業員と知り合い、
拾われてモーテルの清掃の仕事を得ますが・・・。

アンドレア・ライズボローは第95回アカデミー賞主演女優賞にノミネートされています。
確かに、このレスリーの落ちぶれ方、生活の荒れ方は、息をのむようです。

ちなみにレスリーがこのときに当てたのが19万ドル。
つまり約2500万円。
億ならともかく、これは使おうと思えばあっという間に使い果たせる金額ですよね・・・。
しかし気持ちばかりが大きくなってやがて酒浸りのアルコール依存。
無一文になったばかりか、実はもっと酷いことをしていたのは終盤に明かされます・・・。

こんなことをしていてはダメだ。
なんとかやり直しなさい。

もちろん周囲の人々はそう忠告します。
でも、誰に何度言われてもダメで、
こういうことは本人が自分で気づくほかないのでしょう。

レスリーは閉店間際のバーでひとりぼっちで古い曲を聴きます。
「今いるのは本当に自分が居たかった場所なのか?」
そう問いかける歌詞が、突然レスリーの心に刺さるのです。

ほんの些細な、偶然のようなきっかけで大きく心が動くことがある。
そういう所に、私はリアリティを感じました。

また、そんな時にもやはり1人の気持ちだけではダメで、
たった1人でもいい、寄り添ってくれる人が必要なわけです。

いい物語でした。

<WOWOW視聴にて>

「To  Leslie トゥ・レスリー」

2022年/アメリカ/119分

監督:マイケル・モリス

出演:アンドレア・ライズボロー、アンドレ・ロヨ、オーウェン・ティーグ、スティーブン・ルート、マーク・マロン

アルコール依存度★★★★★

気づき度★★★★☆

再生度★★★★☆

 


探偵マリコの生涯で一番悲惨な日

2023年11月08日 | 映画(た行)

新宿の群像劇

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新宿ゴールデン街にある小さなバー「カールモル」を切り盛りする、
バーテンのマリコ(伊藤沙莉)。
彼女には探偵というもう一つの顔があります。

ある時、FBIが現れ「歌舞伎町に紛れた宇宙人を探してほしい」という依頼をします。
引き受けて宇宙人の行方を追うことにしたマリコ。

・・・というのが本作の大きな一つのストーリーではありますが、
本作、6つのエピソードを二人の監督が3エピソードずつ演出して一本の映画にしています。
つまり、このバーを訪れる様々な人々の群像劇にもなっているのです。

代々忍者を継承しているというMASAYA。
マリコのカレシでもありますが、忍者道場も人が集まらず経営難。

引退した元ヤクザ。

殺し屋として育てられた姉妹。

ホストに貢ぐ女。

宇宙人を連れて逃げ隠れする男。

そして当のマリコ自身にも何やら暗い過去がありそうで・・・。

宇宙人登場で、ラストはファンタジーっぽくまとめたところで、まあ楽しめました。
探偵ストーリーというところで、もう少しミステリらしい展開があればよかったかな、と。

 

「探偵マリコの生涯で一番悲惨な日」

2023年/日本/116分

監督:内田英治、片山慎三

脚本:山田能龍、内田英治、片山慎三

出演:伊藤沙莉、北村有紀哉、宇野祥平、久保史織里、竹野内豊

 

群像度★★★☆☆

探偵としての活躍度★★★☆☆

満足度★★★☆☆


2023年11月07日 | 映画(た行)

命はみな等しく、貴重で尊重されるべきはずだけれど

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実際に起きた障がい者殺傷事件をモチーフにした辺見庸さん同名小説の映画化です。

元有名作家・堂島洋子(宮沢りえ)が、森の奥深くにある重度障がい者施設で働き始めます。

そこで洋子は、作家志望という陽子(二階堂ふみ)や、
絵の好きなさとくん(磯村勇斗)などの同僚と出会い、
また、光の届かない部屋でベッドに横たわったまま動かない
キーちゃんと呼ばれる入所者を知ったりします。
そしてまた、他の職員による入所者への酷い扱いや暴力をも目の当たりにします。

そんな理不尽な状況を見るさとくんは、
正義感や使命感を徐々に増幅させていきますが・・・。

 

実際にあったあまりにも悲惨な事件ですね。

さとくんは、ろう者の恋人もいて、
本来こころ優しく理想に燃えた青年だったのでしょう。
しかしこのどこかゆがんだ施設にいるうちに、彼自身の考えもゆがんでいきます。
言葉を持たないものは人間ではない・・・と考えるようになってくる。

どのような声かけも心遣いも、ほとんど伝わらず反応もないような入所者がほとんど。
こんな中では、仕事へのやりがいも次第に薄れていくのかも知れません。
そしてハナから入所者を人間扱いしない同僚たちの存在・・・。
ただベッドに横たわり身動きしないものを「無価値」とみなすようになっていきます・・・。

こんな中で、洋子はそれはやはり違うと思う。
というのも、彼女は自身の子供が生まれてすぐに心臓の手術のために障がい状態となり、
寝たきりで結局一言も話すことがなく亡くなってしまった・・・
という経験があるのです。
そんな苦しみを夫・昌平(オダギリジョー)とともに乗り越えてきた。

そしてまた今、洋子は妊娠していることに気づきます。
でもまた同じことを繰り返すことになるのでは・・・と思うと、
出産することにためらいが出てしまいます。

言葉を発することができず、自分の意思表示もできない。
そうした者たちの生きる意味とは・・・?

 

出産前診断で子供に障がいがあると分かると、
中絶してしまう割合が高いといいます。

重い障害があるものは生きるに値しないのか・・・?

私自身も、生きている限りは人間なのだから、どんな命も尊重されるべき・・・と言いたいけれど、
ちょっとためらってしまう部分もあります。
でもそれを突き詰めれば、さとくんのようになってしまう。

 

苦しく重大な問いに真っ正面から迫る作品。

磯村勇斗さん演じるさとくんの壊れ方に注目です。

 

<シアターキノにて>

「月」

2023年/日本/144分

監督・脚本:石井裕也

原作:辺見庸

出演:宮沢りえ、オダギリジョー、二階堂ふみ、磯村勇斗、板谷由夏、笠原秀幸

問題提起度★★★★★

人格崩壊度★★★★☆

満足度★★★★☆


飛べない風船

2023年10月23日 | 映画(た行)

地上に留められた風船

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2018年7月の西日本豪雨の土砂災害を題材としています。

数年前、豪雨災害で妻子を亡くし、一人暮らしをしている漁師、賢二(東出昌大)。
この島に、疎遠だった父に会うためにやって来た凛子(三浦透子)。
彼女は教師の仕事に挫折し、今、進むべき道に迷っています。
賢二と凛子は、互いに心を閉ざしていましたが、少しずつ親交を深めるように。

賢二は家の庭にいつも黄色い風船を掲げています。
これを目印に、いつでも妻や子供が戻ってこられるように・・・と言って。
豪雨の中、妻と子供が車で出かけるのを見送った自分に、
事故の責任があると思い、悔やんでも悔やみきれないのです。

けれど、私にはこの風船が、
いつまでもここから離れることができない人の魂のように見えるのです。
いつまでも執着する夫のために、この世から離れられない・・・みたいな。

凛子はこの美しい島で暖かな人々の心にふれ、人生の夏休みを過ごしたようでもあります。
そしてまた、人生に絶望し心を閉ざした賢二の心にも寄り添うことができるようになる・・・。

特別大きな事件が起こるわけではないのですが、(つまり事件はすでに起きている)、
過去の痛手に向き合いながら徐々に生きる方向を見出していく、
やさしいドラマというべきでありましょう。

最後に解き放たれた風船は、空高く上っていきます。

 

<WOWOW視聴にて>

「飛べない風船」

2022年/日本/100分

監督・脚本:宮川博至

出演:東出昌大、三浦透子、小林薫、浅田美代子、原日出子、堀部圭亮

 

人生の再生度★★★★☆

満足度★★★.5


ドリーム・ホース

2023年08月09日 | 映画(た行)

ワクワク感を楽しめばいい

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イギリス、ウェールズの谷間にある小さな村。

無気力な夫と暮らすジャン(トニ・コレット)は、
スーパーのパートと、ときおり訪ねる実家の両親の世話の繰り返しという
単調な生活にウンザリしていました。

ある日、クラブで競馬の馬主をしていて失敗したという男、
ハワード(ダミアン・ルイス)の話を聞き、興味を持ちます。
ジャンは非常に動物が好きで、小さい頃には父と犬を育成してコンクールに出したり、
若い頃にはハトのコンクールで入賞したりしているのです。

そこで、競走馬の飼育を決意。
貯金をはたいて血統のよい牝馬を購入。
そしてその後、村の人々に馬主組合の結成を呼びかけます。
つまりその後の飼育や種付け、調教等の莫大な資金を集め、
共同で運営しようというのです。

無事に協賛者を得て、やがて生まれた子馬はドリームアライアンス(夢の同盟)と名付けられ、
奇跡的にレースを勝ち進んでいきますが・・・。

ということで、これは実話を元にしています。
さびれた田舎町、人々も毎日に膿んで気力をなくしていました。
組合を立ち上げるときにハワードは言うのです。
「儲けようと思うな。ワクワク感を楽しめばいいんだ。」
と。

一度失敗した者の言ですね。
でも確かに、はじめから欲望丸出しでは皆の意見もまとまりそうにありません。
宝くじくらいの気持ちで、もしかしたら儲けることもあるかも
・・・くらいの「夢」でいい。
そして確かに、無気力だった村の人々が、イキイキとし始めるのです。

レース前のワクワクドキドキ感は、やはりよいものですね。
そしてまた、このドリームアライアンスがまた、奇跡の馬なのであります。
成績がよいだけではない、驚嘆すべき馬。
ステキな物語です。

<WOWOW視聴にて>

「ドリーム・ホース」

2020年/イギリス/113分

監督:ユーロス・リン

出演:トニ・コレット、ダミアン・ルイス、オーウェン・ティール、ジョアンナ・ペイジ、ニコラス・ファレル

 

動物愛護度★★★★☆

ワクワク度★★★★☆

満足度★★★★☆


チケット・トゥ・パラダイス

2023年07月29日 | 映画(た行)

娘のことなら意見も一致

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元夫婦のデヴィッド(ジョージ・クルーニー)とジョージア(ジュリア・ロバーツ)。
20年前に離婚していますが、1人娘をジョージアが引き取ったこともあり、
必要に迫られて顔を合わせることがあるものの、
会う度にいがみ合ってばかり。

そんな2人の愛娘リリー(ケイトリン・デバー)がロースクールを卒業し、
就職までの期間、バリ島へ旅行に出かけます。
そして、その1ヶ月ほどの後、デヴィッドとジョージアの元に届いたのは、
リリーが現地の彼と結婚するという知らせ。

せっかくの弁護士への道を捨てて、あったばかりの男と結婚するなどとんでもないと、
こればかりはデヴィッドとジョージアの意見は一致し、
娘の結婚を協力して阻止するために、バリ島に乗り込んできますが・・・。

何やらありふれたストーリーの所を、大御所ジョージ・クルーニーとジュリア・ロバーツがカバーしております。

 

リリーは、両親の期待に応えようとその一心でロースクールへ進み、
卒業もしたわけですが、その道は本当に自分自身が希求した物とは違った、
ということなんですね。
だから あっさりとその道を捨てて、海藻の養殖業を営む青年との結婚を決意。
まあ確かに、この風光明媚さとおおらかな人々の暮らし。
こんな所に住みたいとは思いますねえ・・・。

デヴィッドとジョージアが離婚したきっかけというのが、なかなか現実的でシビアでした。
でも確かにありがちなことのような気はします。

リリーと島の彼の間にもきっといつしか食い違いが生じるだろうけれど・・・、
でもこの美しい海を見ていたら、そんなことはどうでもいいことに思えるかも知れない。

今やネットさえ通じていれば都会も離れ小島も、情報量は変わらない。
それならば、快適に生活を送れるこんなところに住むのもいいか
・・・って気持ちにはなります。

まあ、楽しく見られたのでよかったかな。

<WOWOW視聴にて>

「チケット・トゥ・パラダイス」

2022年/アメリカ/104分

監督:オル・パーカー

出演:ジュリア・ロバーツ、ジョージ・クルーニー、ケイトリン・デバー、ビリー・ロード、リュカ・ブラボー

スピード婚度★★★★☆

満足度★★★☆☆


ツユクサ

2023年06月19日 | 映画(た行)

ありふれた生活の中で、光る奇跡

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小さな港町で暮らす芙美(小林聡美)。
気心の知れた友人たち直子(平岩紙)や妙子(江口のりこ)と、
他愛のない時間を過ごしています。

そんなある日、芙美は車の運転中に隕石が落ちてきて、当たってしまいます。
衝撃で車は転がってしまいましたが、芙美は無事。
そんな芙美に、直子の小学生の息子・航平が言います。

隕石が人に当たる確率は一億分の一。
そんなものに当たるなんて、きっといいことがある!!

そして芙美は、街に越してきた男性・篠田(松重豊)と知り合います。

 

実は芙美は断酒会に参加しているのです。
というのも、ちょうど航平と同じくらいの年の息子を事故で亡くしていて、
その後芙美は酒浸りになってしまっていました。
けれどこの町の穏やかな生活と、航平と「親友」になることで
ようやく心が落ち着いて、今、お酒も断とうとしているところ。
もうこれ以上の幸せなんて望まない、そう思い始めたところへ、
いささか心を乱される男性登場。

ごく普通の人物のごく普通の生活。
でも耐えがたい悲しみを乗り越えても来た。
ちょっとくらいいいことがあってもいいのかな・・・?
そんな気がしてきます。

ほのぼの感の奥に垣間見える悲しみ。
ステキな作品でした。

やはり少年の存在が光りますね!

<Amazon prime videoにて>

「ツユクサ」

2022年/日本/95分

監督:平山秀幸

脚本:阿倍照雄

出演:小林聡美、平岩紙、齋藤汰鷹、江口のりこ、渋川清彦、松重豊、泉谷しげる

 

日常度★★★★☆

満足度★★★★.5


デリシュ!

2023年06月10日 | 映画(た行)

ジャガイモやトリュフなんか、ブタに食わせておけ

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フランス革命前夜のフランス。
世界で初めてレストランを作った男の実話。

 

1789年。
料理人のマンスロンは、料理人としてシャンホール侯爵の屋敷の厨房を任されていました。
しかしあるとき、自作のジャガイモとトリュフのパイを出したことで
貴族たちの反感を買い、クビとなり、息子を連れて実家へ帰ります。

ある日、ルイーズという女性が弟子にしてほしいと、マンスロンを訪ねてきます。
彼女の熱意に負け、料理を教え始めたマンスロン。
次第に失っていた意欲を取り戻し、
ルイーズと息子の協力を得て、貴族のためにではなく、
一般の人々のために開かれたレストランを開店します。

さてところが、ルイーズはある秘密を抱えていて・・・。

当時、ジャガイモは地下に成るものということで、
ヤボで下品なものとされていたのですね。
ジャガイモとトリュフのパイを供されたある貴族は言う。
(正体を知らなかったときはおいしいと思っていた。)
「地下のもののジャガイモやトリュフなんかブタに食わせておけ!」と。
いやいやいや、これ、おいしいでしょう、マジで。
今なら超高級品。

そして当時は、料理人の作る洗練された美しい料理というのは、
貴族だけのもので、庶民には「外食」ということはなくて、
旅籠などで出される食事も、単に空腹を満たすもので、
食の楽しみを味わうようなものではなかった。

マンスロンは自信作のパイを、貴族のただの思い込みで
けなされたことに絶望してしまっていたのです。

そしてこれがフランス革命直前という時代背景であることにまた、意味があるのです。

貴族の横暴に、すっかり庶民は嫌気がさしていた。
貴族による勝手な重税、自分たちだけの贅沢。
そうしたことに反感を募らせる人物たちも出てきて、時代は変わろうとしている。
(マンスロンの息子も、そういう思想にかぶれています。)

女性は料理人にはなれないというお定まりの風潮の所に
女性を差し込んだのは、今時の作風ではありますが、
そうは言っても、やはりここのところがいい。

世界で初めてレストランを作った男の物語と聞けば
グルメがメインかと思いきや、意外に楽しめる歴史の物語でもありました。

 

<Amazon prime videoにて>

「デリシュ!」

2020年/フランス・ベルギー/112分

監督:エリック・ベナール

出演:グレゴリー・ガドゥボア、イザベル・カレ、バンジャマン・ラベルネ、ギョーム・デュ・トンケデック

 

歴史発掘度★★★★☆

グルメ度★★★★☆

満足度★★★★☆


TAR ター

2023年05月15日 | 映画(た行)

周囲の評価が彼女を追い詰める

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ドイツの有名オーケストラで、女性として初めて主席指揮者に任命された
リディア・ター(ケイト・ブランシェット)。
そのたぐいまれな能力と、プロデュース力を買われているのです。


しかし今彼女は、マーラーの交響曲5番の演奏、録音のプレッシャーと、
新曲の創作に苦しんでいます。
そんなところへ、かつて彼女が指導した若手女性指揮者の訃報が入り、
ある疑いをかけられたターは追い詰められていきます・・・。

数少ない女性指揮者というのも彼女のプレッシャーの一つ。
そんな彼女は、音楽に情熱を燃やしたり、
美しい音楽を作り出すことを楽しんだりすることよりも、
とにかく今の地位を保つこと、もっと上を目指すことが主目的になっているようです。
つまり、「回りの評価」が大事。

それだから、心のバランスを失っていく彼女には、
奇妙な音が聞こえ始めるのではないでしょうか。
周囲が自分をどう見ているか、何を言っているか・・・。
そしてそれは、SNSで悪意ある投稿があふれ始めたときに、
さらに増長していく・・・。

尊大で威圧感のある女性を演じるケイト・ブランシェット、さすがに圧巻です。
あんな指揮の仕方をしていたら一曲だけでもう、精魂つき果ててしまいそうです。

がしかし、実のところ特に前半、私は眠くてつらかった・・・。

 

<サツゲキにて>

「TAR ター」

2022年/アメリカ/158分

監督・脚本:トッド・フィールド

出演:ケイト・ブランシェット、ノエミ・メルラン、ニーナ・ホス、
   ソフィー・カウアー、アラン・コーデュナー

心の変調度★★★★☆

満足度★★★☆☆


劇場版TOKYO MER 走る救急救命室

2023年05月12日 | 映画(た行)

喜多見チーフは百人力

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おなじみのTVドラマの劇場版。
私ももちろんTVドラマを楽しく拝見していましたので、これは見逃せません。
そして、TVドラマファンの方なら実においしい作品となっています。

横浜のランドマークタワーで、大規模な爆発事故が発生。
東京都知事直轄の救命医療チーム「TOKYO MER」も出動します。
しかしそこには、厚生労働大臣により新設された
エリート集団「YOKOHAMA MER」も出動しています。

TOKYO MERのチーフ、喜多見(鈴木亮平)は、
「一刻も早く現場へ向かうべき」と主張しますが、
YOKOHAMA MERの鴨居チーフ(杏)は、
「安全な場所で待っていなくては、救える命も救えなくなる」主張し、
対立してしまいます。

そしてなんと、ランドマークタワーの最上階には、
喜多見の身重の妻・千晶(仲里依紗)がいることが判明。
そこには他にも多くの人々が行き場を失って閉じ込められています。

果たして彼らは多くの人々や喜多見の妻を無事救い出すことができるのか・・・?

例によって、普通に救急救命の役割を果たすことだけではなくて、
政治的な思惑や駆け引きがあって、なかなか一筋縄ではいきません。
そしてまた厚生労働省・音羽(賀来賢人)の立ち位置も、微妙です。

そんなわけで、たっぷりの緊張感に包まれます。
でもまあ、そこに喜多見チーフが現れさえすれば、
もう大丈夫・・・と安心感がこみ上げてきてしまう。
まさに、喜多見チーフは百人力です!

本作の予告編で、おっそろしいシーンがあったではありませんか。

千晶は臨月を迎えていて、この事態でいよいよ産気づき、
炎に巻き込まれそうになる。
そこへようやくたどり着いた夫に「赤ちゃんだけなら助けられるから」と言って、
夫に帝王切開をするようにと言うシーン。
それは詰まるところ、母体の方はあきらめろと言っているわけで・・・。

それじゃあ、最後の決まりセリフ「死者ゼロ!」にはならないのでは・・・と、
私は思っておりまして。
さあ、ここで喜多見がどのような決断を下すのか。
お楽しみ~。

あの炎に巻き込まれて、助かるのか???と、若干疑問には思いましたが、
まあ、満足のいく終わり方ではありました。

 

<シネマフロンティアにて>

「劇場版TOKYO MER 走る救急救命室」

2023年/日本/128分

監督:松木彩

脚本:黒岩勉

出演:鈴木亮平、賀来賢人、中条あやみ、佐野勇斗、ジェシー、菜々緒、杏、仲里依紗

 

緊迫度★★★★☆

使命感度★★★★★

満足度★★★★☆