映画と本の『たんぽぽ館』

映画と本を味わう『たんぽぽ館』。新旧ジャンルを問わず。さて、今日は何をいただきましょうか? 

「無暁の鈴」西條奈加

2021年06月08日 | 本(その他)

ズシンと胸に迫る

 

 

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武家の庶子でありながら、家族に疎まれ寒村の寺に預けられた久斎は、
手ひどい裏切りにあって寺を飛び出した。
盗みで食い繋ぐ万吉と出会い、名をたずねられた久斎は“無暁"と名乗り、
ともに江戸に向かう――
波瀾万丈の人生の始まりだった。
著者の新たな代表作!

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西條奈加さん作品ですが、意外といっては失礼かな、
「生きる」ことに真っ正面から向き合ったズシンとくる重い作品。

 

武家の子でありながら、家族に疎まれ、寺に預けられた久斎。
その寺も飛び出した彼は、自らを“無暁”と名乗ることにする。
同い年の万吉と出会い、江戸に出て、
遊郭界隈を取り仕切るヤクザものの世界に身を置くことになるのですが・・・。

そんな世界でも、気心の知れた人々の中で、
まずは平和とも呼ぶべき生活が一時あって・・・。
しかし、運命は “無暁”をそっとしておいてはくれません。
ヤクザ同士の諍いの中で、無暁をかばって万吉は命を落とし、
無暁はその仇討ちのために殺人を犯してしまう。
そしてその罪のために、無暁は、八丈島へ島流しになってしまいます。

 

罪人としてこの島で生きること・・・。
それは耐えがたい苦痛の世界なのでした。

そもそもこの島に生きる人々の生活自体が苦しい。
ここに流された罪人は、牢に押し込められたりはしませんが、
生きる糧を得るためには働かなければならないのです。
手に職でもあるといいのですが、無暁にはそれもナシ。
特に、殺人を犯した者には島人も敬遠しがちで、仕事をもらうことも難しいのです。

そんな彼が次第にこの島での居場所を得ていくのですが、
それは子どもの頃預けられていた寺で覚えたお経のおかげ。

そしてそこで20数年を生きた頃に、恩赦が下り、
ついに島を出ることが許されて・・・。

 

しかしその先、彼はさらに自ら苦難の道を行きます。
折しも、大飢饉が起こり、大量の餓死者が出ます。
そんな中で、自分は一体何ができるのか・・・?

 

私はつい思ってしまいました。
もう十分だよ。

小さな村のお寺で、のんびりと
村人のためにお経を上げたり野良仕事を手伝ったりして暮らせばいいのに・・・。
彼の決意が、最後には覆されることを望んでしまいました。

でもそうでなかったのは、彼が犯したのが「殺人」であったからなのかもしれません。
たくさんの生と死を見てきた彼は、殺害であれ、病であれ、飢餓であれ・・・
生を途中で断ち切られることの無念さは、等しく同じだと思ったのかもしれません。
その思いを自分も分かち合うべきだと思ったのか・・・。

 

八丈島の島流しのこと、出羽三山の僧侶の修行のこと・・・、
著者はかなりの資料を読み込んだと思われます。
しっかりとした考証の上に成り立っている本作、ずっしりと響きました。

でも西條奈加さん、これまでのような心温まる作品もどうか切り捨てないでくださいませ・・・。

 

「無暁の鈴」西條奈加 光文社時代小説文庫

満足度★★★★☆