映画と本の『たんぽぽ館』

映画と本を味わう『たんぽぽ館』。新旧ジャンルを問わず。さて、今日は何をいただきましょうか? 

「おひとりさまの老後」 上野千鶴子

2008年04月30日 | 本(解説)

「おひとりさまの老後」 上野千鶴子 法研

「結婚していようがいまいが、誰でも最後はひとり」
この言葉にひかれて読んでみました。
まあ、私は既婚者ではありますが、女性の幸せは結婚ばかりではない、と常々思っている一人であります。
私が言うまでもなく、現代女性はあえて結婚しない方も多いですが、
「それで、老後はどうするの?」などと人に言われて、落ち込むことも多いのではないでしょうか。
けれど、この本では、女性の方が寿命は長いのだし、
夫婦は男性が年上のことが多いので、
ほとんどの場合、結局女性がおひとりさまの老後を迎えるのだ、といっています。
だから、このことで無理に結婚する必要はない。

では、老後の面倒を見てくれる家族は?というと、
そもそも、子供などあてになんかならない。
お互いに傷つくことが多いから、子供はあてにすべきではない、と、きっぱり著者は言い切っています。
ではどうするのか。

まず、孤独ということを問題にするなら、日頃から気兼ねなく付き合える友人を持ちなさい、という。
友人とのコミュニケーションは大事であると。
いざ、介護ということを問題にするなら、そのためのヘルパーや施設を利用すべきである、と。
もっとも、そのサービスにはピンからキリまで、いろいろあるので、きちんと調べることが必要。
何も、高いのがいいとは限らない。
しかし、どこかの施設に入るにしても、個室は絶対条件。
私たちはもう、四畳半の雑魚寝には戻れないのだ・・・と。
ごもっともです。
このように、覚悟を決めたら本当に、おひとりさまの老後も悪くないなあ、という気がしてきました。

友人と話したことがあります。
老後は共同で一つの家に住むのもいいねえ、なんて。
この話は、とにかく夫が先立つことを前提にしているのですけどね・・・。
これも、何でも一緒にべったりという関係ではなくて、
出かける人、TVを見る人、本を読む人、個人の好みはあまり干渉しないようにして、でも、夕食は一緒に、なんていうのがいいですね。

さて、この本は、女性限定本です。
著者は女性学、ジェンダー研究をされている方で、かなりキップのいいオバサマ。
男性が読むと、ムッと来ること間違いなしなので、読まないほうがいいですよ。
最後にこんな言葉があります。

なに、男はどうすればいいか、ですって?
そんなこと、知ったこっちゃない。
せいぜい女に愛されるよう、かわいげのある男になることね。

満足度★★★★

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パンズ・ラビリンス

2008年04月29日 | 映画(は行)

(DVD)

ファンタジー系の作品は近頃見る気が起きませんでした。
ハリー・ポッターに、ロード・オブ・ザ・リング・・・と来て、もうすっかり飽きてしまっています。
ナルニア国はかろうじて第一章は見ましたが、この先見る気はない。
でも、このパンズ・ラビリンスはちょっと様子が違うようだったので、見てみました。
確かに、これはお子様が見るようなものではありません。

まず、舞台は1944年、フランコ独裁政権下のスペイン。
国内ではまだ、ゲリラ戦が繰り広げられています。
少女オフェリアは、身重の母と共にその再婚相手、軍の大尉のところに呼び寄せられました。
その義父は冷酷で残忍。
母の体調も悪く、暗い現実の中にいます。
そんな時に、妖精に導かれるまま、地下迷宮の守護神パンに出会う。
オフェリアは実は地下王国の王女の生まれ変わりで、3つの試練を乗り越えればその平和な地下の王国に帰ることができると告げられるのです。

かろうじて果たした2つの試練。
しかし、2つ目の試練の時に彼女は禁を犯してしまいます。
決してモノを食べてはダメといわれたのに、ブドウを二つぶ食べてしまった。
・・・ここの、必ずしも、素直で品行方正ではない、オフェリアがいいではありませんか。
見るなといわれれば見てしまう。
食べるなといわれれば食べてしまう。
おとぎ話はこうでなくっちゃね。

さてしかし、ここで、道は閉ざされてしまった。
母はついに男の子を生み落として亡くなり、オフェリアは天涯孤独。
パンの迷宮の試練も怖ろしいのですが、この孤独な生死となりあわせの現実界のほうがよほど怖ろしい。
このいわば二重の試練に立ち向かい抗おうとするオフェリアの強さ。
・・・さすが、王女の品格ですね。
あの、不気味なカエルの住みかにもぐりこんでいく勇気。
只者ではありません・・・。

ストーリー展開の予想がつかず、なかなかスリルがあって、魅せられてしまう作品でした。

2006年/スペイン=メキシコ/119分
監督:ギレルモ・デル・トロ
出演:セルジ・ロペス、マリベル・ベルドウ、イバナ・バケロ、ダグ・ジョーンズ

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花よりもなほ

2008年04月28日 | 映画(は行)

(DVD)

時は元禄15年・・・といえば、かの忠臣蔵の年です。
天下泰平、戦はなくて、武士はその存在価値を失いつつある。
そんなときだからこそ、あだ討ち、赤穂浪士の話が余計クローズアップされた。
この映画は、その忠臣蔵のあだ討ちもちょっぴり絡ませつつ、また別のあだ討ちをテーマに話は進みます。

岡田准一演じる青木宗左衛門は、父親のあだ討ちのため、松本から江戸へやってきた武士。
おんぼろ長屋に住み着いています。
彼は一見ひ弱そうに見えて・・・、実はやっぱりてんで剣の腕も立たない武士。
すでに、仇の相手は見つけ出しているのだけれど、自信はないし、何より、相手は妻も子供もいて、幸せそうだ・・・。
何が何でも相手を倒さなければならないというほど、父親を好きでもなかったし、
相手に憎しみも感じない。
あだ討ちなどという制度(あだ討ちを果たせば、報奨金100両!)に疑問を感じつつ、優柔不断に日は過ぎる。

さて、ここのおんぼろ長屋に住む人たちがなんともユニーク。
みんな、何をしてるのだか、ぐうたらしてるけど、人がいい。
薄っぺらい壁で仕切られているだけだから、何でも筒抜け。
早くあだ討ちを果たせと宗左を急かすでもなく、
同じ長屋のおさえさんとの仲に気をもんだりしている。
この、江戸の風景がなんだかいいんですよね。
エコロジーなんです。ほんとに。
なにやら、おんぼろで汚いのだけれど、いごこちはよさそうだ。
厠の糞尿はお百姓さんが買い上げて、
そのお金がお正月のお餅となって大家さんから振舞われるのだとか。
時代劇でも、仰々しいセリフなし。
殺陣のシーンもなし。
この、等身大の感覚が、なんともいえずいいです。
ぐうたらしつつも働いてお金を得て、その日暮らし。
まさに「生活」している人々の中で、
何も作らない、何も売らない、自らのアイデンティティーを見出せない武士。
そんな構図。

でもやっぱり、最後は仇相手と抜き合いをするのだろうな・・・と思いはじめたころ、
なんと意外な展開。
制度を逆手に取った、大芝居。
うーん、やられました、こういう決着の仕方があったのか。
ユニークで楽しい時代劇でした!
バラエティーに富んだ豪華出演人も見どころです。

2006年/日本/127分
監督:是枝裕和
出演:岡田准一、宮沢りえ、古田新太、浅野忠信

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「象を洗う」 佐藤正午 光文社文庫

2008年04月27日 | 本(エッセイ)

「象を洗う」佐藤正午 光文社文庫

小説家佐藤正午の日常をめぐるエッセイ。
彼の小説は、ふとしたちょっと変わった出来事と男女の微妙な気持ちの変化が絡み合い、独特の雰囲気をかもし出しています。
どれも軽いタッチで、どろどろした恋愛にはなりえない。
・・・と、こんな感じで、イメージしていた彼、エッセイを読むとやっぱり、でした。

ただ、意外だったのは、もっと若い方かと思っていたのですが、プロフィールを見ると、なんと私と同じ年。
(今までも、彼の本を読んで気づいていたはずなんだけど、あえて忘れたフリをしていた私かも・・・)
もともと長崎は佐世保の方ですが、なぜか北大に5年半いたのだという。
ということは・・・。
私は北大ではありませんが、近辺の学校ではありまして、同時期にご近所にいたんですねえ・・・。
だからどうというわけでもありませんが。
でも、彼はほとんど部屋にこもって読書をしていたそうで、
エッセイにも学生時代の風景などな~んにも出てこないのはちょっと残念です。
あー、でも、北海道は読書三昧には向いているかもしれませんね。
夏の暑さはほどほどだし。
冬は、家の中にいる分には暖かくて快適ですよー。

さて、この本の題名、「象を洗う」とは・・・?
日常エッセイにしては日常離れした、この題名に実はつられて買いました。
それは心憎く、最後の方にやっとありまして、
雑誌掲載がボツになってしまった一篇とのこと。
それをあえて、本の題名にしてしまうあたり、作者の意地が感じられます。
つまり、これは作者と割と親しい編集者などの間でのみ通じる造語で、
「本をかくこと」のたとえなんですね。
毎日毎日「象を洗う」・・・。
すごく地味で大変・・・ということのようです。
でも、面白そうだけどな。
ほら、背中の辺りは広すぎて退屈でいやになりそうだけど、
耳の後ろとか、どこかの皮のひだの奥の方とか、なんだか見てみたいし、洗い甲斐もありそうだったりして・・・。

佐世保の水不足の連載エッセイも、なんだか面白かった。
・・・給水制限ありなら、象も洗えませんね!
エッセイの「つづく」というのも、いい手です。

満足度★★★★

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うた魂♪

2008年04月26日 | 映画(あ行)

自信過剰の勘違い少女、かすみが合唱をとおして成長していくストーリー。
高校の合唱部。
私も歌は好きです。
中学校の時(どれだけ昔だっ!)合唱部だったりして。
しかし私が挫折したのは、合唱曲というのがどうにもこうにも・・・。
この映画くらいの曲なら、感情も込められますよ。
でも、たいていの合唱曲って、つまらない曲ばっかり。
歌う方も退屈なら聞く方も苦痛。
芸術性、音楽性を追求するあまり、歌う人の心を置き去りにしているものは多いと思う。
ゴリさんが、尾崎豊の曲しか感情を込められない、といったのは正解だと思いました。
それで私は、割と近年ゴスペルを歌いに行っておりました。
これだと、みんなで気持ちを込めてシャウト!できる。
歌っていて楽しい。
・・・だがしかし、ゴスペルってつまり、神様をたたえる歌なんですよ。
キリスト教でもないのに、ジーザスを褒め称えてどーする。
・・・これまたジレンマで、今はやっていません。
(忙しいせいもあるんですが)

話がそれすぎました。
かすみは自分の歌にもルックスにも絶大な自信を抱いていて、目立ちすぎ。
まわりからも浮いていた。
けれど、いろいろなことがあって、自分で気づき、成長していく。
そして合唱コンクールの決勝へ向かう、という感動作。
みんなの歌声が胸に響いて、結構来ます。
ただ、これはあくまでもかすみの個人のストーリー。
合唱部全体が行き詰まり、分解し、そして再生するという話ではないところが、やや、弱いかも知れません。
まあ、それでも私は十分に楽しめました。
さて、かすみのおじいちゃんが、木彫りの熊を彫るのが趣味。
おじいちゃんがかすみのために作ったものは、なんと鮭が熊に噛み付いているというもの。
これ、いけます。
今はとても売れそうにない、北海道の木彫りの熊の置物。
この、逆バージョン噛み付き鮭の置物は、売れると思うな。
売っていれば私は買うなあ・・・。
マリモッコリよりは品がいいし。
絶対商品化すべきです!!
いい忘れましたが、つまり、これは北海道が舞台なんです。
けど、北海道人が見たらこれは絶対北海道で撮影をしていないことがわかる。
どの家も、瓦屋根でしたから・・・。
雪が多い北海道はかわら屋根はありません。
余談に過ぎました。

2008年/日本/120分

監督:田中誠
出演:夏帆、ゴリ、石黒英雄、徳永えり

「うた魂♪」公式サイト

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「西の魔女が死んだ」 梨木香歩

2008年04月25日 | 本(その他)

「西の魔女が死んだ」 梨木香歩 新潮文庫

ここでの「魔女」というのは、おとぎ話に出てくるいわゆる魔法使いのおばあさんとはちょっと違う。
本から引用してみると、
「体を癒す草木に対する知識、
荒々しい自然と共存する知恵、
予想される困難をかわしたり耐え抜く力、
・・・とりわけそういう知識に詳しい人たち。
・・・そういうある特殊な人たちの持っているものは、
親から子へ、子から孫へと自然に伝えられるようになった・・・。」

西の魔女というのはこのストーリーの主人公まいのおばあちゃんで、英国人。
まいは、このおばあちゃんから魔女の血を受け継いでいます。
魔女といってもそう特別なものではない。たいていの人が失ってしまったものをまだ持ち続けている。
しかし、それを磨くには修行が必要。
それは自立した大人になるためのエクササイズでもあるのですね。
やさしくそして、しなやかで強いそのおばあちゃんの生き方は、
古風かも知れないけれど、憧れを感じます。
それをしっかり受け止めて学ぼうとするまいにも好感を持ちます。

梨木香歩の描く女性たちはどうしてこんなにも生きることに真摯なのでしょう。
きちんと生きなくてはね・・・、とちょっぴりそんな気にさせられる。
そこが、彼女の作品の魅力なんです。

私はこのおばあちゃんの描写で、ターシャ・チューダーを連想してしまいました。
草木を愛し、広い庭を花いっぱいにし、未だに昔ながらの生活を営んでいる、おばあさん。
もうかなりのご高齢のはずですが、とてもお元気です。
ガーデニング好きの方なら憧れの人。
まいのおばあちゃんの生活の様子が、良く似ているのですね。
・・・そうか、つまり、ターシャ・チューダーは、魔女だったのです。
そう考えた方が納得が行く。
コーギー犬好きの魔女ですね。

死とは、その魂が、肉体を離れてより自由になること・・・、
だから、おばあちゃんがなくなっても、そんなに悲しむことはない・・・、
そう訴えかけながらも、やはり寂しく悲しい・・・余韻が残ります。

ここでうれしいのは、まいのその後が、次の短篇で語られていること。
なかなかいい感じに成長していっているようで、ほっとして本を閉じることができます。

満足度★★★★

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明日へのチケット

2008年04月24日 | 映画(あ行)

(DVD)

カンヌ国際映画祭のパルムドール受賞監督3名のコラボレーション作品です。
ローマ行きの急行列車に乗り合わせた人々のドラマ。
オムニバスとして別れた作品集でなく、3つのエピソードが互いに重なり合う、一つの長編作品となっているところがミソ。
確かに、列車というのは、全くさまざまな人々がさまざまな理由で旅行する、ドラマの宝庫であります。

私は、最後のサッカーチャンピオンズリーグの試合を見に行く3人の若者のストーリーも勢いがあって好きですが、はじめの大学教授の話も好きです。

初老の大学教授。
飛行機が思いがけず欠航となってしまい、やむなく列車の旅となりました。
そのチケットの世話をしてくれた女性に、ちょっとボ~ッとなってしまうのです。
ほんの短時間の出会いであり別れでした。
ただ、とても親身に親切にしてくれた女性。
単調な列車の震動に身を任せていると、次第にその女性との出会いが重大のことのように思い出され、
その女性との更なる展開を夢想し始めるのです。
退屈で平凡なこれまでの人生・・・、しかし、心の中でなら、どんなことも想像自由。
初恋の女性を思うような物思い。
列車の単調なリズムはそんな心の取り留めもない思いを増長させる働きがあるようです。
しかし、それにしても、物思いにふけりつつ、目に入ってきて、どうも気になってしまう、移民らしい赤ちゃん連れの家族。
彼らは指定席の切符も取れなかったらしく、列車のデッキに立っている。
何しろ大学教授の一人旅ですので、夢想シーンの中以外はほとんど会話らしい会話もなく、
良く見かける日常の列車内のシーンが続くばかりです。
しかし、人々の思いが手に取るようにわかってしまう。
これぞ、名監督の手腕というものなのでしょう。
夢と現実を目の当たりにしながら、教授はやはり現実のために行動を起こすのです。
ここのところが実にいいですねえ。
こんな風に、よくある日常を丹念に描きながら、
ほんのり暖かい感動が沸き起こってくる。
まさに上質の作品です。

2005年/イギリス=イタリア/110分
監督:エルマンノ・オルミ、アッバス・キアロスタミ、ケン・ローチ
出演:カルロ・デッレ・ビアーネ、 バレリア・ブルーニ・テデスキ、シルバーナ・ドゥ・サンテス、フィリッポ・トロジャーノ

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「四畳半神話大系」 森見登美彦

2008年04月22日 | 本(SF・ファンタジー)

「四畳半神話大系」 森見登美彦 角川文庫

以前から読みたかったものがやっと文庫化されたので、即購入。
しかし、このストーリーの構造には、驚かされます。
主人公は大学3回生。
入学当時、ばら色のキャンパスライフを夢み、サークル活動などしてみようかなと思う。
選択肢は4つ。
映画サークル「みそぎ」。
奇想天外な「弟子求ム」。
ソフトボールサークル「ほんわか」。
秘密機関「福猫飯店」。

これはその時どのサークルを選んだかによるその後の約2年間の彼を
それぞれに描いているのです。
まるで、バタフライ・エフェクト。
蝶の羽ばたき一つの変化でも、その後、大変重大な変化となっていく、
というその映画に反して、ここでは、
なんとどれを選んでも、結局似たような結果に収束していくという四つのストーリー。

どのような選択をしたとしても結局、悪友、小津には翻弄され、
樋口・城ヶ崎両先輩の抗争に巻き込まれ、
明石さんとはいい感じになり・・・。

同様のパターンが3篇続き、さて、最後もと思うと、これがまた、思い切り裏切られて、
4編目ではいきなり、ハードなSF世界に突入。
多元宇宙、とか並行世界とか、いうのでしょうか。
私たちの世界とは微妙に違っている世界が無限に隣り合っていて
・・・というSFによく登場する理論。
ここではなぜか突然主人公がその無限世界にとじこめられ、
無限に続く四畳半の部屋を80日間に渡り一人きりでさまよい歩くことになる。
その無限の四畳半の中の3つは前3編の世界と重なっているというわけ。
なんとも、凝った構造なのであります。
行き当たりばったりでは絶対に書けない。
いつもながら、森見登美彦、恐るべし。

それにしても、この舞台である、古都京都。
こんな不思議なストーリーは、京都だからこそ良く似合う。
北海道なんぞに住んでいると、このような歴史ある街がちょっとうらやましくなることがあります。

満足度★★★★★

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ハリウッドランド

2008年04月21日 | 映画(は行)

(DVD)
舞台は1950年代ハリウッド。
華やかそうなその時代にして、実に渋い色調、内容。
なにしろ、エイドリアン・ブロディがうらぶれた私立探偵。
当時のTVドラマのヒーロー「スーパーマン」を演じたジョージ・リーブス。
彼の謎の死の真相を探ります。

当時の花はなんといっても銀幕のスターで、
テレビ俳優は、映画俳優が身を落とした先、みたいな感覚があったようです。
「スーパーマン」はしかし、圧倒的人気を誇り、
子供のいる家庭での視聴率は90パーセントを超えたという。
その絶大な知名度をよそに、彼が本当にやりたい映画の仕事は来ず、
やっと決まったものも失敗。
あまりにも、スーパーマンのイメージが強すぎるのです。
一見華々しい活躍の裏で、このスーパーヒーローを演じた男の苦悩・悲哀が浮かび上がってくる。
このジョージ・リーブスをベン・アフレックが好演しています。
どちらかというと明るくタフな役柄の多い彼ですが、
そのやりきれなさが、うまく出ていました。
あの雰囲気を見るとやはり自殺が真相なのかなあ・・・という気がしてしまいます。

エイドリアン・ブロディも、同じく男の悲哀をにじませつつ、
ジョージ・リーブスにシンパシィを抱いたかのように、事件の謎を追います。
いくつかの可能性に行き着くものの、どれも決定的証拠には欠ける。

なにやら、その頃のハリウッドというか米映画界の裏で、相当怪しげな影の権力が暗躍でもしていたのではないか・・・、
そんなにおいも感じます。・・・謎です。

2006年/アメリカ/126分
監督:アレン・コールター
出演:ベン・アフレック、エイドリアン・ブロディ、ダイアン・レイン、ボブ・ホプキンス

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大いなる陰謀

2008年04月20日 | 映画(あ行)

正直、私は政治・社会モノは苦手です。
無関心のつもりはないのですが、その込み入ったセリフを理解できないうちに話が進んでしまうので、ついていくだけで一苦労。
情けないことながら。
それで、この映画もきちんと見切る自信もないながら、見たわけです。
でも、これはさほど理解しがたい話ではなかったと思います。
現状アメリカの、どうにもならない対テロとの戦争について語っている。

野心的な政治家が、自分の党、自分の立場を有利にするために戦争を始める。
メディアもそれに載せられて、あおる。
一般大衆はメディアがあおるまま盛り上がり、後は無関心。
アメリカの戦争の構図。
ロバートレッド・フォード監督の意見は伝わります。
でも、映画なんだから、もう少しドラマがほしい。
・・・などと、ドラマ好きの私は思うわけです。
意見言いっぱなしで、後は勝手に考えなさい、と放り出された感じ。
まあ、そこが狙いなんでしょうけれど・・・。
起承転結のない話は苦手なんです・・・、つまり。

でも、この映画の構成はなかなか興味深いですね。
ある戦略を実行させている政治家と、TVジャーナリストの対談シーン。
現地で敵と向かい合っている特殊部隊の兵士。
その兵士を戦場に送り出してしまった大学教授と、優秀だけれど怠惰な大学生。
この三つのシーンが、リアルタイム同時進行で入れ替わり描かれている。
作戦のトップと現場の乖離をイヤでも感じますね・・・。
「事件は会議室で起こってるんじゃない!」ってやつ。

しかし、いまや監視衛星で、戦地の状況までお見通しなのに、見ているだけでどうにもならないというのも・・・。

自分の中を考えてみれば、
間違いなくどこかが戦火にさらされていて、傷つき命を落としている人がいるというのに、
この現実感の希薄さはどうでしょう。
まるでゲームの中のことと変わらないような気がしている。
なんだかんだといっても、日本は平和だし、アメリカも、自国が戦火にさらされているわけではないので・・・。
もう少し、みんなで真剣に考えなくちゃダメなんでしょうね。
これぞ、監督の狙い、ということか・・・。

2007年/アメリカ/92分
監督:ロバート・レッドフォード
出演:ロバート・レッドフォード、メリル・ストリープ、トム・クルーズ、マイケル・ペーニャ
「大いなる陰謀」公式サイト

 

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キャンディ

2008年04月19日 | 映画(か行)

(DVD)
オーストラリアの詩人ルーク・デイビスの自伝的小説を元にしています。
私は、これを「正しい身の崩し方」と副題を付けたくなりました。
詩人を目指すダンと画家をめざすキャンディ。
ごく自然に惹かれあい愛し合うのですが、そこに忍び込むのは麻薬。
ほんの気安くはじめたことではありますが、次第にやめられなくなっていく。
お金もかかることなので、生活はどんどん自堕落になり、キャンディが体を売るようにまでなっていく。
こんな状態はよくないと分かっているのにやめられない。
あるとき、キャンディが妊娠していることがわかり、二人は今度こそ、薬をやめようと決心。
でももうその時には、薬がなくてはダメな体になってしまっているのです。
まさに、典型的な転落の道。
だめとわかっているのにやめられない。人間の普遍的な弱さです。
こういうことも受け入れなければね・・・。

先に急逝した、ヒース・レジャーを偲ぶにはひどく皮肉な作品になってしまいました。
彼の出演作で私が見ているのは、
「サハラに舞う羽根」「ブラザーズ・グリム」「カサノバ」「ブロークバック・マウンテン」・・・と、こんなところでしょうか。
実はどうも彼の顔が覚えられなかったんですよ。3作目くらいまで。
端正ではあるけれど、あまり目立たない・・・。
でも、ブローク・バックマウンテンを見たときに思ったのですが、
あれは妙に「うらぶれたおっさん」っぽかった。

この人は、役を自分に引き寄せるのではなくて、
自分を役に引き寄せるタイプなんだなあ・・・と。
たとえば、ジョニー・デップは、どんな役をやってもやっぱりジョニデになっちゃうのですが、
この人は、役に応じて変幻してしまう。
まるで北島マヤみたいな人でね・・・。
だから、顔自体の印象が薄い。
今回も、役に自分が近づきすぎちゃったのではないかなあ・・・なんて。

そこで、ヒース・レジャーを偲ぶためには、ぜひ「カサノヴァ」をご覧ください。
そこには、とても明るくてチャーミングな彼がいます。
私は、この彼が好きです。

2006年/オーストラリア/108分
監督:ニール・アームフィールド
出演:ヒース・レジャー、アビー・コーニッシュ、ジェフリー・ラッシュ、トニー・マーティン

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「斜め屋敷の犯罪 改訂完全版」 島田荘司

2008年04月18日 | 本(ミステリ)

「斜め屋敷の犯罪 改訂完全版」 島田荘司 講談社ノベルス

これを読まずして「本格ミステリ」を語るなかれ!
この本の帯に、このようにあります。
当然、私も読んでいまして、
この、「斜め屋敷の犯罪」と並んで綾辻行人氏の「十角館の殺人」こそが、
私が赤川次郎や西村京太郎と決別し、新本格にハマったエポック的作品です。

このたび、「改訂完全版」として、この本が出ていましたので、改めて読んでみることにしました。
・・・細かな筋立ては覚えていないのですが、結構変わっている部分があるように思いました。
でももちろん、あっと驚くメインの仕組みは同じ。
う~んだからこれはやはり、始めて読んだ時の衝撃は二度とは経験できません。
残念です・・・・。

北の果て北海道宗谷岬に、なぜかピサの斜塔のように傾いてに立っている館。
そこでおこる謎の密室殺人。

ミステリでは、ざまざまな密室が描かれます。
よくアニメのコナン君なんかの話にも出てきますが、
糸を張り巡らせて見たり、雪を使ってみたり・・・、
こういうのは実は苦手。
くどくど説明されても、ああそう、・・・大変だったのね・・・という感じで、
それに感動することなんて、ありませんよね。

ところが、この話では、ある時点で一瞬にして、謎が解けてしまう。
これはもう、くどくど説明無しで、一瞬にして理解できちゃうのです。
それこそが、感動のもと。
くどくど説明すると、ネタ晴らしになるのでいえませんが、
最後に振り返れば、なぜこんな北の果ての屋敷なのか、それも納得できるでしょう。

御手洗潔のシリーズとしてはこれが2作目に当たります。
石岡君ももちろん出てきますよ。

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アイアン・ウィル/白銀に燃えて

2008年04月17日 | 映画(あ行)

(DVD)

ディズニー映画なので安心して見られる感動の名作。
舞台は少し古くて1917年。
カナダ~アメリカ、国境をまたぐ800キロの道のりを行く犬ぞりレース。
父親を事故で亡くしたため農場を守り、また自らの大学進学の学費の工面のため、優勝賞金10000ドルを狙って17歳の少年ウィルが参加。
しかし、他の参加者は経験豊富なつわものばかり。
さあ、どうなる!!
これは実話を基にした物語とのことです。
とすれば、はじめから結果は見えているようなものですが、でもやっぱり、じっくり見てしまいますね。
そりは7頭立て、ハスキー犬たちが、相変わらず怖い顔だけれど、かわいいです。
ウィルの率いる犬たちのリーダーはガスという真っ白な犬。
この犬は亡き父にとても良くなついていたのだけれど、
ウィルとはどうも相性がよくない。
これはつまり、お父さんをお互いに独占したがっていたから、というような気がします。
この何日もかけたレースで、ウィルとガスの絆は深まっていくのです。

そりは犬が曳くから、といって人間はぼーっとしていればよいわけではない。
時には共に走り、山を登り、寝る間も惜しんで走り続ける。
しかも厳寒の中。実に過酷です。
さまざまな苦難を乗り越えて走る先は、まあ、栄光のゴールであるわけですが、最後まではらはらさせられる。
定石どおり。それもまた、よし。
蒸気機関車の映像もたっぷりあって、なかなか楽しめます。

1993年/アメリカ/106分
監督:チャールズ・ハイド
出演:マッケンジー・アスティン、ケヴィン・スペイシー、デヴィッド・オグデン・スティアーズ、アウグスト・シュレンバーグ

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ボンボン

2008年04月15日 | 映画(は行)

(DVD)

アルゼンチン作品というのも珍しいですが、非情にユーモアにあふれ、また、しみじみとしてしまう作品です。

主人公ビジェガスは、さえない初老のおじさん。
20年務めたガソリンスタンドをクビになってしまい、手作りのナイフを売ってみたりするのですが、さっぱり売れない。
あるとき、人助けのお礼、というよりは無理やり押し付けられたというのが本当のところですが、
白い大きな犬をもらいうけてしまう。
この、ぬーぼーとしてとぼけた顔の犬は、実は血統書つきの闘犬。
その道に詳しい人なら垂涎もののすばらしい犬だったのです。
それで、人に勧められるままに、ドッグショーに出場し、見事に賞を取ってしまう。

なんというか、このおじさまは、自己主張がないのです。
人に勧められると、まあ、それもいいかなあ・・・という感じで引きずられていくうちに、話がトントンといい方向に進んでいく。
このあたりの話の進展の仕方が、なんともいえず、面白い。
もしかすると、欧米系、ラテン系で、こういう人物って、珍しいのではないかという気がするのです。
いかにも、あちらの方は自己主張が強そうだと私は思う。
日本になら、こんな人は結構いそうなのだけれど。

さて、その自己主張の濃い世界で、この自己主張の薄いおじさまが、
にこにこと人に言われるままに行動して幸せを得る。
なにやら、ちょっと違う価値観を見出そうとしているかのように思えてしまうのは、考えすぎかな?
始めは、さすがにちょっとお荷物に思えてしまった犬だけれど、
だんだん、身近な家族になってしまって、2人旅。
この、なんだかとぼけたツーショットは、いけます。

そうそう、なぜか、この俳優さんたちと登場人物名が同じなんです。
まあ、ないことではないですが、これも面白い。

2004年/アルゼンチン/97分
監督:カルロス・ソリン
出演:フアン・ビジェガス、ワルテル・ドナード、ミコル・エステベス

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「グイン・サーガ120/旅立つマリニア」 栗本薫

2008年04月14日 | グイン・サーガ

「グイン・サーガ120/旅立つマリニア」 栗本薫 ハヤカワ文庫

さて、前巻からのこの二ヶ月はこちらが忙しかったせいか、早かったように思います。
そうですね~。それにしても、気になっていた栗本氏も、まずは手術成功し、回復を待っているところということで。
ほっとしましたね。彼女のご健康は、全国のファンの悲願であります。
それで今号なんですけれど。
グインは結局、パロから宇宙へ飛び立ってノスフェラスへ戻り、モンゴールにとらわれ、フロリー母子と出会いタイスへいって、重傷を負い、ようやくまたパロへ戻ってきたというその一連の記憶をすっぽり失ってしまった・・・。
いやあ、むなしいですよね。本で言ったら25冊分くらいのところなんですよ。
以前にに記憶を失ってしまったのもあんまりだとは思ったけれど、これはまた、追い討ちをかけるようにひどい。
こんな目にあわねばならないグインって、一体何者なのでしょうか。
結局、全編を通じた、これが最大の謎なわけです。
それでね、急に後ろ盾をなくしてしまったフロリーとスーティーは、パロを出なければならなくなってしまう。
この巻は、フロリーへの別れの挨拶にかこつけて、それぞれに長々と勝手なことをつぶやく人たちの話。ヴァレリウス、リンダ、マリウス・・・・。
しかし、マリウスって、一体・・・。
そうだねえ、ちょっとステキと思った時期もありましたが、結局、しょーもない奴ですよねえ。
ケーハク、無責任。プレイボーイ。
まあまあ・・・、それでも今回最後で思いとどまったじゃないの。
そうでもなきゃ、全国ファンから愛想つかされるよ。
これで、フロリーはしばらくはストーリー上には出てこないのかなあ。
あんまり存在感ない人だけれど、確かにちょっと寂しくはありますね。
スーティーはどうなる!?!

それにしても、やはり今回も精彩に欠けるグイン。
なんだかね、いつも悠然と構えているからこそのグインであって、こんな風に、オーラも薄れてしまっているグインって、グインらしくないよね。
というか、こんなグインってほとんど見たことがない。
以前記憶をなくしたときでさえ、こんな風ではなかった気がする・・・。
微妙に栗本氏の状態とリンクしてる気がしてしまう。
考えすぎだってば・・・。
とりあえずはケイロニアには安心して戻れるわけだし。
ひとまずは帰国して、養生して、早く元のグインに戻ってほしい。
皆の切なる願いであります!

満足度★★★

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