映画と本の『たんぽぽ館』

映画と本を味わう『たんぽぽ館』。新旧ジャンルを問わず。さて、今日は何をいただきましょうか? 

「チャンネルはそのまま! 4」 佐々木倫子

2011年10月30日 | コミックス
北海道のウンチクは好きですか?

チャンネルはそのまま! 4 (ビッグ コミックス〔スペシャル〕)
佐々木 倫子
小学館


             * * * * * * * *

さて、4巻目になりました。
北海道☆テレビの雪丸花子嬢は、相変わらずのおバカぶりを発揮しています。
この作品、第一巻が出たのが2009年。
ですが相変わらず仕事に無知ですね、この方は・・・。
まあ、そういう役回りなので仕方ないか。


この巻では、切れ者の山根君が情報部へ異動させられてしまいます。
彼はテレビ局の華は報道部と思っており、落ち込むのです。
情報部というのはつまり、お茶の間向け生活情報なんですね。
それで彼にはちっとも興味がないケーキの紹介などをするのです。
でも、どうも彼の撮ったケーキがおいしそうではない。
つい、そういうことなら雪丸の方が、と私たちも思ってしまうのですが。
一時はストレスでジンマシンまで作りながら、
彼はこれまでの記録や、ケーキのデータなどを研究して
どんどんノウハウを身に付けていきます。
別にケーキを好きではなくても、おいしそうに撮ることはできる。
どこまでもまじめに取り込む山根君の勝利ですねえ・・・。
若いうちにいろいろなことを研究させろという、上部の親心なのかも・・・?


「雪と雪丸」は、いかにも北海道らしいネタ満載。
山根君が雪国育ちではないので、北海道の冬に驚くことも多いようです。
雪丸が調子に乗って、先輩風を吹かしてアレこれレクチャ-。
札幌育ちの私も、これは当たり前と思っていることも、
本州の方には驚くことが多いようですね。
冬道で荷物を運ぶときはそりに載せるとか。
屋外の灯油タンクから石油が盗まれることがあるとか。
冬には冬季仕様のすべりにくい靴を履くのですが、
山根君はそれを知らず、雪道でも走り回る雪丸に驚嘆したりします。
しかし、本当に凍結路面の時は、
どんな靴を履いてもすべるので、私は冬が苦手です・・・。
お年寄りが転ぶと即、骨折という事態になってしまいます。
私もだいぶお年寄りに近くなってきているので・・・。
寒いのはうんと着込んで何とかなりますが、ツルツル路面はどうにもなりません。


最後の「同期」は、いつになくちょっとリアルなお話。
同期採用もそれぞれの持ち場に別れているのですが、
時として、それぞれの主張が食い違うことがある。
たとえば営業と報道や情報。
いつも仲のよい彼らですが、今回はぎくしゃくしてしまうのです。
そんな中でも屈託がないのは雪丸嬢で、
彼女のがんばりがみんなの気持ちを動かします。
彼女の働きは、やっぱりドジで失敗だったりするのですけれど。


毎日何気なく見ているTVですが、
日々局ではこんなすったもんだが繰り広げられているんだなあと思うと
ちょっと親近感がわきますね。


「チャンネルはそのまま! 4」佐々木倫子 小学館ビッグコミックスピリッツ
満足度★★★☆☆

チャプター27

2011年10月29日 | 映画(た行)
自分一人の思いにがんじがらめ



             * * * * * * * *

ジャレット・レトつながりで見た作品ですが、正にジャレッド・レト主演、出ずっぱり。
しかし、その姿には驚かされます。
1980年12月8日、ニューヨーク。
ジョン・レノンが凶弾に倒れた日です。
この作品はその犯人マーク・デイビッド・チャップマンが
犯行に至るまでの三日間の心境を綴ったもの。
ジャレッド・レトがそのチャップマン役なのですが、
なんとこの役のために30㎏体重を増やしたというのですから、凄まじい。
これが、ジャレッド・レト・・・!? 
思わず絶句です。
しかし、次第にジャレッド・レトを見ているという意識が薄れて、
私たちはチャップマンその人の心の闇に引き込まれてしまいます。


チャップマンは、ジョン・レノンの熱狂的なファンであり、
そしてJ・D・サリンジャー著「ライ麦畑でつかまえて」を愛読していました。
彼は「ライ麦~」の主人公ホールディンに自らを重ね合わせます。
世間に対しての鬱屈した感情。
クリスマスに近いニューヨークで過ごす3日間。
この作品の題名は、
「ライ麦~」が全26章までとなっていることに関連してつけられたわけです。
チャップマンはジョン・レノンが住むダコタ・ハウスに3日間通い続け、
彼に直に対面する機会を待ちます。
銃を持ち、ジョン・レノンを殺害する決心を固めながら。
しかし、絶えず彼の気持ちは揺れ動きます。
そう決めたのだから、やらなければ。
いや、今引き返すんだ・・・。

しかし、3日目についにジョン・レノンと対面がかない、
LPジャケットにサインまでもらいながらも、彼の決意は変わりませんでした。


これまで私は、この事件の犯人像を単に「狂人」ととらえていたと思うのです。
まあ、確かに尋常ではないのですが、
その思考は、常人の域をほんの少し外れているだけのように思えるのですね。
現にそのときまで、ダコタ・ハウス前で出会った人たちとは
きちんと会話を交わし、意見を述べていました。
ただ少し、変わった人とは思われたようですが。
正常と異常の紙一重の差。
犯行の実行と空想の紙一重の差。
自分一人の思いにがんじがらめで脱出不能に陥っているようにも思います。
しかし、なんとリアルな人間像でしょう。
この作品ではまさに、ジャレッド・レトではなく、チャップマンを見たのだと思いました。


今作は、監獄にいるチャップマンが事件の当時を回想して語る
という形式になっているわけですが、これは「ライ麦~」の構成と同じ。
並々ならない、作り手の意図と熱意が伝わります。

チャプター27 [DVD]
ジャレッド・レト,リンジー・ローハン,ジェダ・フリードランダー
角川エンタテインメント


「チャプター27」
2007年/カナダ/85分
監督・脚本:J・P・シェファー
制作総指揮:ジャレッド・レト
出演:ジャレッド・レト、リンジー・ローハン、ジュダ・フリードランダー

「麻酔科医」 江川晴 

2011年10月28日 | 本(その他)
患者に変わって命を守る

麻酔科医 (小学館文庫)
江川 晴
小学館


               * * * * * * * *

この著者江川晴さんは、1924年生まれ。
自ら看護師として勤務された経験を生かし、多くの医療小説を生み出しています。
などと言いつつ、私もこの方の本を読むのはこれが初めてなのですが。

この作品の主人公は、新米麻酔科医の神山慧太。
何故麻酔科を選んだかと問われれば、
実のところ消去法で残ったから・・・というような、実情なのです。
しかし私たちも、麻酔科医の仕事について、さほど重要性を感じておらず、
よくわからないのはご同様。
ところが、この本を読むうちに、その重要性がよくわかってきますよ。
外科手術といえば、やはり脚光を浴びるのは執刀医で、
それこそそういう小説やドラマはたくさんありますが・・・。
そもそも麻酔がなければ手術は成り立ちませんね。
麻酔科医は、患者を眠らせるだけではなくて、
「手術中、意識がなく、自らの生命を守れない患者に代わって生命を守る」
という役割を持っているのです。
幸い、そういう外科手術を私は受けたことがないので、
手術前に麻酔科医が患者に事前説明をするなんて言うことも知りませんでした。


作中の慧太は、何しろ一生懸命なのですが、
時にはその一生懸命が空回りするようです。
そしてまた、まだまだ新米にもかかわらず、
ちょっぴり慢心してしまい、それがミスにつながってしまう。
麻酔科医の重要性を説くと共に、一人の青年医師の成長のストーリーでもあります。
興味を持って読ませていただきました。

ただ、純粋に「小説」として読むと、やや物足りなさが残ります。
人物描写が一面的かな?と。
まあそれでも、リアルな病院内の様子、一読の価値はあります。


「麻酔科医」江川晴 小学館文庫
満足度★★★☆☆

亀は意外と速く泳ぐ

2011年10月26日 | 映画(か行)
たぐいまれな平凡さこそ重要だ



             * * * * * * * *

夫は海外赴任中。
平凡な毎日を送る主婦スズメ(上野樹里)。
話し相手はペットの亀だけ。
とにかくごく普通の主婦で、決して目立たず、
まるで道行く人からは姿が見えないかのよう・・・。
そんな彼女が、あるとき「スパイ募集」の張り紙を見かけます。
それもごくミニサイズで、人に見つからないように貼ってある。
あまりにも単調な毎日にイヤになったスズメは、その募集に応募するのです。
そこで、たぐいまれなる平凡さ(?)が認められ、スパイとして雇われたスズメ。
当分の任務は「平凡に日々を過ごすこと」。
つまりはこれまでと全く同じなのですが、
何故かその平凡な毎日にハリが出て、活き活きと輝き始めるスズメ。
一方、スズメの親友クジャク(蒼井優)は、
その名の通り、何をやっても目立ってカッコいい。
物語はスズメとクジャクを対比させつつ、
平凡であることの幸せを浮かび上がらせていきます。
ちょっととぼけてピンぼけ、脱力感のあるこの作風は、
上野樹里さんのイメージにも合っていて、なかなか楽しい作品でした。


オタクっぽい水道屋さん、
意外と動きに隙のない豆腐屋さん、
あやしいもなか屋さんに、
とことん「そこそこ」の味にこだわるラーメン屋さん。
これらの街の人々も、ただ通り過ぎる役ではなくて、ちゃんと存在に意味がある。

スパイ云々は何かのジョーダンでしょ、と思いきや、
地引き網に死体が引っかかって上がり、公安が乗り出す・・・と、
にわかにきな臭くなってくるので油断なりません。

大抵の人の毎日は平凡で退屈なのですが、そこは気の持ちようなのかもしれません。
結局最後まで見終えてみれば、
これはすべて退屈なスズメさんが、刺激的な毎日を送るためにあみだした
“ごっこ”なのかもしれないとすら思えてくるのです。

この平凡なスズメさんが、
あこがれの加藤先輩への思いも振り切って結婚した男性ってどんな人だったのか、
見てみたかったですね。
電話の声しか出てきません。

亀は意外と速く泳ぐ デラックス版 [DVD]
上野樹里,蒼井優,岩松了,ふせえり,要潤
ジェネオン エンタテインメント


「亀は意外と速く泳ぐ」
2005年/日本/90分
監督・脚本:三木聡
出演:上野樹里、蒼井優、岩松了、ふせえり、温水洋一

ロンリーハート

2011年10月25日 | 映画(ら行)
悪女に絡め取られて逃れられない男

               * * * * * * * *

この作品も、実を言えばジャレッド・レトつながりで見た作品です。
それで、内容はあまり期待していなかったのですが、
これがどうしてどうして、人の心の有りようをじっくりと映し出す力作にて良作。


1940年代に実際に起こった連続殺人事件を元にしています。
結婚詐欺師のレイ(ジャレッド・レト)は、
新聞の“ロンリーハート”欄で、孤独な女性を物色しては、
せっせと文通をして親しくなり、実際に逢って結婚話でお金を巻き上げる、
そんなことを繰り返していました。
文通というのがいかにも時代を感じさせます。
今時の出会い系サイトと同じですね。
いつの世も、人とのつながりを求める人がいて、時にはそれを悪用しようとする者がいる。
さてところが、レイが相手にした女性のうちの一人、
マーサというのがまあ、“悪女”なのです。
彼女はレイが詐欺師であることなどお見通しで、
いつしか二人が組んで詐欺を行うようになる。
兄と妹として、やはり女性に接近するのです。
ところが、マーサはレイが誘惑した女性に異常に嫉妬し、その女性を殺してしまう・・・。
この頃になるともう、レイはこんな残酷なマーサが怖くなってくるんですね。
以前のように自由気ままに女性を夢見心地にさせて楽しんでいた方がよかった・・・。
それなのに、彼はこのマーサに絡め取られたように、逃れることができないのです。
そういう不可思議な心境を、ジャレッド・レトが非常に巧みに演じていました。
本当は髪が薄くて、頭頂部が禿げているのですが、
女性と会うときはカツラをつけているのです。
多分これは事実を元にしているのかもしれません。
でも、そんなところが実にリアルな感じがするんですね。
そして、サルマ・ハエックのマーサが、ホントにきれいで怖い! 
まさに毒婦ですねえ。


さてさて、申し遅れましたが、この事件を追うのが
ロビンソン刑事(ジョン・トラボルタ)です。
こちらがまた、かっこよくしぶいんですよ。
トラボルタは時々悪のりかと思うくらいにギラギラ感がありますが、
この作品においては、控えめで渋い!!
というのも、奥さんに自殺されてしまい、
それ以後仕事に身が入らず、抜け殻のようになっている、
そんなところから始まるためでもあるのですが。
そんな彼が、ある女性の自殺を担当します。
明らかに自殺。
特に事件性はないと誰もが思ったのですが、彼は何かひっかかりをおぼえる。
この女性の自殺は、つまりレイの詐欺によるものだったのですが、
ロビンソン刑事がこの詐欺師の存在を突き止め、彼らを追跡していくのです。

詐欺の二人と、彼らを追う刑事を交互に描写していきますが、
双方に生活の事情があり、正に「生きている」感。

まだまだ、取りこぼしている良作はあるものですねえ。

ロンリーハート [DVD]
ジョン・トラボルタ,ジャレッド・レト,ジェームズ・ガンドルフィーニ
ソニー・ピクチャーズエンタテインメント


「ロンリーハート」

2006年/アメリカ/107分
監督・脚本:トッド・ロビンソン
出演:ジョン・トラボルタ、ジェームズ・ガンドルフィーニ、ジャレッド・レト、サルマ・ハエック、スコット・カーン、ローラ・ダーン

「茗荷谷の猫」 木内 昇

2011年10月24日 | 本(その他)
時は流れても、変わらない人の気持ち

茗荷谷の猫 (文春文庫)
木内 昇
文藝春秋

             * * * * * * * *

先日、木内昇さんの「新選組 幕末の青嵐」を読んだのですが、
その時は内容にのみ興味のマトがありまして、
著者の傾向などはあまり意識していませんでした。
この度はこの方の短編集。
なるほど、これなら著者の作風などをもろに読み取ることができます。
この本の短編は連作なのですが、
描かれている登場人物や内容はそれぞれにバラバラです。
しかし面白いのは、はじめの短編から、徐々に時代が進んでいるのです。


一番はじめは江戸末期、「染井の桜」
これは桜のソメイヨシノを作り出した男の物語。
それが、時々こういう連鎖が起こるのですが、
少し前に読んだ島田荘司作品に同様にソメイヨシノの話がありました。
今、日本中にあるソメイヨシノは、元々はたった一本の木であるという話。
まさかこんな所でその詳しい誕生秘話を読むことになろうとは、思ってもいませんでした。
武士の身分を捨て町人になった男が、植物の魅力に目覚め、
やがては桜の品種改良にとりつかれていきます。


こんな所から、時代は少しずつ、明治、大正、昭和へと進み、
最後の「スペインタイルの家」では、東京オリンピックの直前というあたりになっています。
どの作品も主人公は年齢、性別、職業、それぞれなのですが、
何かしら一つのことに執着を持っているのです。
桜であったり、蛙の黒焼きであったり、静かな隠遁生活であったり。
それらは決して偉業ではなく、無名の人々。
そしてバラバラな話に、時々、以前のストーリーとのつながりが見え隠れします。
確かに時代は移り変わっています。
世相は変わっても、人々の思いや営みにさほどの変わりはないように思われます。
そしてなにかしら、それらはどこかでつながっているものらしい。
全編の陰に、人々を見守るように桜が咲いています。
なにやら懐かしい感じのする、味わい深い一冊です。


最後に表題の「茗荷谷の猫」をご紹介します。
これは特に不思議な味わいのある一篇です。
夫を電車の事故で亡くした未亡人が、絵を生業として細々と暮らしています。
床下に猫が住み着いているようなのですが、
ある日そこに猫ではない何物かの気配を感じ・・・。
何だかホラーに展開しそうなところですが、そうではありません。
結局答えのない話なのです。
そしてまた、この婦人の気持ち、
この家に通う画商の気持ち、
亡くなった夫の気持ち、
どれもストレートには出てきません。
私たちはすべてあれこれと想像を巡らすのみ。
何だか投げ出されたような心許なさのうちに終わってしまうのですが、
それが返って深い余韻となって残るのです。
そして、その答えは、思いがけず先の短編の中に
ほんのひとかけらずつちりばめられていたりします。
意図してパズルのように組み込まれた短編集だったんですね。
オススメです。

「茗荷谷の猫」木内 昇 文春文庫

満足度★★★★☆

一命

2011年10月22日 | 映画(あ行)
海老蔵さんの一人勝ち



             * * * * * * * *

時は江戸時代初頭。
大名のお家取りつぶしが相次ぎ、
そこに仕えていた武士達が行き所なく浪人となって困窮、と、そんな時代です。

そんな浪人が、裕福な大名屋敷に押しかけ、切腹のために庭先を借りたいと申し出る。
面倒を避けたい屋敷では、幾ばくかの金を包んで、その浪人を追い払う。
そんなおかしな流行のようなものがあった、というのが背景です。
つまりは、死ぬ気もないのにそのふりをして、
まんまと金をせしめようという、苦肉の策なのですね。

さてある日、名門井伊家を訪れた一人の眼光鋭い浪人が、例によって切腹を申し出ます。
しかし、井伊家では「またか」と思うのです。
実は以前にも同じことがあった。
家老はその時のことを浪人に語り始めるのですが・・・。



この浪人、市川海老蔵さんが、画面に登場するなりすごいオーラを放っておりまして、
その迫力にすっかり魅入られてしまいました。
いや、さすが・・・これが海老蔵さんなのか、と思いましたね。
考えてみたら私は海老蔵さんをTVのワイドショーでしか知らなかったかも。
(そういう方は多いのではないかな?)
なにしろ、落ちぶれた浪人なのに、かさ張りをしていてもカッコいいんだもの・・・。
ちょっとかっこよすぎではあります。
もう少し背中を丸めて、うらぶれた雰囲気があった方がいいのでは?と思えるくらいに。
でも、「武士は食わねど高楊枝」などと言う言葉もあるくらいですから、
どんなに落ちぶれても武士のプライドは持ち続けるという、信念の表れなのかもしれませんね。
自分は食べなくても子供達には食べさせるというような。
一番ぎょっとしたのは、彼がいよいよ切腹というときに、
介錯をここの誰それに頼みたい、と申し出たこと。
何故かその名を上げた3名が、無断で出仕しておらず、行方も解らなくなっている。
こ、これはなにかある。
この3人がいないことを知っているこの男は何者?!?
これまでこの浪人を見下していた屋敷の侍達が、やおら緊張を高める。
そして見ていた私たちも、同じく。
もしやこの男がその3人を殺してしまったのだろうか・・・と、想像してしまします。
実はそうではなかったのですが。
ともあれ、ここの演出は、最高でした。



しかし、自らに落ち度はないのに、
食うや食わずの生活を強いられてしまった武士というのも哀れです。
なにやら、大手企業に長年勤めながらいきなりリストラにあった、みたいな感じですね。
竹光で切腹・・・そこまで窮地に陥りながらも、
武士のプライドを守り抜いた千々岩。
それに対して、武士の情けは何処へ・・・と憤る津雲。
武士道が形骸化していると言いますが、ここの設定は関ヶ原の戦いから30年足らず。
では幕末の頃はどうなっていたものやら・・・。
武士道は、日本の“魂”とも思えるくらいに、凛として美しいですが
形だけで、中身がなくなってしまうのも早い!
これはやはり、動乱の戦国の世で保てるもので、
平和の中では本当は必要のない物なのでしょうね。

一命
2011年/日本/126分
監督:三池崇史
原作:滝口康彦
出演:市川海老蔵、瑛太、満島ひかり、竹中直人、役所広司

人生、ここにあり!

2011年10月21日 | 映画(さ行)
適材適所。やればできるさ。



              * * * * * * * *

1978年、イタリアでバザーリア法という法律が制定され、精神病院が撤廃されました。
患者達を地域に戻し、一般社会で暮らせるようにしたもの。
この作品は、そうしたことを背景に、実話を元にして作られたストーリーです。

労働組合の仕事をしていたネッロは、やることが革新的すぎたため、
もと精神病患者達の協同組合の運営の仕事にまわされてしまいました。
精神病者達のことなど何も解らないネッロです。
彼らは、精神病院を出されたのはいいのですが、結局行き場がないのです。
むろん普通に仕事が見つかるとも思えません。
そんな彼らは、仕事とはいっても切手貼りのような
仕事ともいえないような仕事を、施しのようにさせてもらっているだけで、全く無気力。

これじゃダメだ、きちんと働いて、見合った報酬を受けよう! 

ネッロのやる気に、戸惑い気味の彼らでしたが、
会議を開いて、合意の上で仕事を始めます。
まずやってみた仕事は床貼りですが、
中でも美的センスがあり手先の器用な二人が、廃材を利用した寄せ木細工をしてみました。
それが人々に受け入れられ、協同組合の仕事は順調に軌道に乗っていきます。



なによりも、このネッロの患者達とのこだわりのないコミュニケーションがナイスです。
ネッロは彼らを始めから使えない人たちとはせず、
“ちょっと変な奴ら”くらいにとらえて、普通に協同組合を運営しただけなのです。
ノーマライゼーションとはこういうことか・・・。
何だか少し勇気がでます。
また、適材適所の役割配置も重要ですね。
何か得意なことを活かせればいいのですよね。
ひと言も話すことができない男性にもあてがわれた役割には、笑ってしまいます。
また、患者達も、自分たちが何かの役に立っている、そしてきちんと給料がもらえる、
ということが何よりもの治療となっているのです。
社会の中で、自分の居場所があること。
それは通常の人でも必要ですが、障害者も同じこと。
少しずつ彼らが生気を取り戻していく過程も見所です。
しかし、やはり何もかもそう巧くは行きません。
ジージョという青年が、ある女性に恋をしたことから、
思いがけない悲劇が起こるのです・・・。



「やればできるさ!」が彼らの合い言葉。
始めからあきらめてしまっては何もできない。
そういうところは、一般の人にもとても共感が持てます。
けれど、精神病者との関係は、そう一筋縄ではない。
お気楽なばかりではなくて、現実を直視する部分で
この作品は光っています。
でも、多くの人たちの理解と協力で、
改善できることは多くあるというのはよくわかりました。

ちょっぴり考えさせられて、笑って、泣ける、オススメ作です。

「人生、ここにあり!」
2008年/イタリア/111分
監督:ジュリオ・マンフレドニア
出演:クラウディオ・ビジオ、アニータ・カプリオーリ、アンドレア・ボスカ、ジョバンニ・カルカーニョ、ミケーレ・デ・ビルジリオ

パニック・ルーム

2011年10月20日 | 映画(は行)
閉じこもった部屋が、犯人の目的の部屋!!



           * * * * * * * *

この作品、ジャレッド・レトつながりで、初めてのつもりでみたDVDですが、
しかし、オープニングにしっかり見覚えがありました。
マンハッタンのビル群に張り付いたようになっているクレジット。
このスタイリッシュなオープニングに痛くわくわくさせられた記憶が・・・。
な~んだ、考えてみたら内容そのものズバリの作品名。
なんで思い出さないのか不思議なくらいです。
ほとんど10年近く前なのですが、劇場で見ていました。


さて、この作品、ホラーのような題名なのですが、そうではありません。
パニック・ルームというのは、家に何者かが押し入ったような緊急時にそなえた
避難用の個室のこと。
夫と離婚したメグ(ジョディ・フォスター)が、
娘と共に、このパニック・ルームの備わった新居に越してくるのです。
ところがそれは転居したその日、まだ電話も通じていない夜に起こりました。
実はその家には以前裕福な老人が住んでいて、
その家に財産が隠されていたのです。
その財産目当てに3人の男が侵入してきます。
さあ、どうなる!!というサスペンス作品。


しかし、意外に怖くなかったというのが正直なところ。
というのは強盗側のフォレスト・ウィテカーが見るからにいいやつで、
なんか安心できちゃったのですね…。
それにしても、肝心のそのお宝はそのパニック・ルームに隠されている、
というのがいかにも皮肉です。
文字通り“鉄壁”の部屋に、男たちはなんとしても入らなければならないのに、
母と娘が中に立てこもってしまった。
完璧なセキュリティーで守られているはずのこの家のシステムが、
逆にあだになっていたりするわけです。
そしてまた、この母親はただおびえて何も出来ないわけじゃない。
なにしろ、ジョディ・フォスターですから・・・。
ガスで危機一髪になりながらも、火を放って逆襲するは、
ドアに挟むは、ハンマーで殴るは・・・。
全く油断なりません。
ほとんどホーム・アローン状態ですね・・・。


ジョディ・フォスターは、始め二コール・キッドマンに決まっていたこの役に、
急きょ代役で立ったそうな。
しかし撮影途中で妊娠中ということが解ったとか。
ご苦労様でした…。
ラスト、善人の彼は無事逃げ切って欲しかった!!

それにしても、
以前見た作品も結構楽しめるものですね。
今回は、目的どおりジャレッド・レトをじっくり拝見しましたし、
ここの娘は、あの「トワイライト」シリーズの
クリスティン・スチュワートじゃありませんか! 
りんとした少女役がステキです。
フォレスト・ウィテカーの人のよさそうな感じもいかにもですし。
しかも、当時の私は名前もぜんぜん知らなかった、デビッド・フィンチャー監督作品!

公開当時に見るよりも、後になっていろいろな意義が出てきたりする。
映画の楽しみも奥が深いですね。

パニック・ルーム [DVD]
ジョディ・フォスター,フォレスト・ウィテカー,ドワイト・ヨーカム,ジャレッド・レト
ソニー・ピクチャーズエンタテインメント


「パニック・ルーム」
2002年/アメリカ/113分
監督:デビッド・フィンチャー
出演:ジョディ・フォスター、フォレスト・ウィテカー、ジャレッド・レト、クリステン・スチュワート

ラスト・ソング

2011年10月18日 | 映画(ら行)
正統派青春ラブストーリー



           * * * * * * * *

父母の離婚のため、疎遠になっていた父の元へ、
夏の休暇を過ごすためにやって来たロニーと弟。
アメリカ南部、美しい海岸のある小さな町です。
ロニーは父母の離婚で傷つき、反抗的態度丸出しです。
幼い頃から続けていたピアノも止めたきり。
父の言葉も全く聞こうともせず、夜中まで遊びに行ってしまうロニー。
そんな彼女の心を溶かすのは、父親でなく、町の青年ウィル。
ロニーはもともと気持ちの優しいきちんとした娘です。
父との不仲を気にしている弟をいたわるし、
浜辺に生み付けられたウミガメの卵を、アライグマから守るために奮闘したりもする。
ウミガメの卵を守るのに付き合ってくれたのが、
水族館のボランティアをしているウィルです。
そうして二人の心が接近して行くにつれ、父親への態度を和らげていくロニー。



恋ってそういうものかもしれませんね。
自分が愛されて心が満たされるとき、その愛はまた別の他者へも向かっていく。
ロニーは非常に分かりやすい!!
ようやく、父と姉弟の生活が穏やかなものになってきたそんなある日、
父が突然倒れてしまいます・・・。

家族の愛と揺れ動く若い心を巧く絡めた、正統派の青春ラブストーリーです。
私はこの弟くんが大好きでした。
疎遠だった父とはすぐに打ち解け、父親のステンドグラス作りを手伝います。
父と姉のことを心配するし、また姉とウィルの仲も心配です。
姉の数々の素行の悪さに口をつぐんだ口止め料を密かに貯めていて、
お金を貸してくれたりもする!
そして父が倒れたときには、
「姉さんはカメとウィルしか見ていなかったけど、
僕はずっと父さんといたんだ!」
というセリフ。
ロニーの完敗ですね。
この子は、もう少ししたら飛びきり上等の青年になりますよ。
ウィル以上に。

ラスト・ソング [DVD]
マイリー・サイラス,グレッグ・キニア,ボビー・コールマン,リアム・ヘムズワース,ケリー・プレストン
ウォルト・ディズニー・ジャパン株式会社


2010年/アメリカ/107分
監督:ジュリー・アン・ロビンソン
原作:ニコラス・スパークス
出演:マイリー・サイラス、クレッグ・キニア、ケリー・プレストン、リーアム・ヘムズワース

「神器/軍艦「橿原」殺人事件 上・下」 奥泉光

2011年10月17日 | 本(その他)
圧倒的な筆力で描く 異空間「橿原」

           * * * * * * * *

太平洋戦争末期、軽巡洋艦「橿原(かしはら)」で起こった
とんでもない出来事のストーリーです。
"殺人事件"とありますが、これを単純なミステリだと思ったら大間違い。
壮大なる"真の日本"を探る旅へ、いざ!!


探偵小説好きの石目上等水兵は、軽巡洋艦「橿原」に乗務を命じられました。
この艦では過去に怪死事件が相次ぎ、殺害の実行犯が今も潜むと囁かれています。
また、艦底の内務科5番倉庫には、何か重大な機密物資が隠されているという・・・。

なにしろ石目がはじめてこの艦に乗船した日、ある乗員がこんなことを言っています。

「日本の軍艦の艦底の外側には把手が付いていて、
そこには、潜水服を着た天皇陛下が逆さまを向いてつかまっている。」

笑い飛ばしたくなる話しではありますが、
これを言った男はどうも精神に変調を来しているらしく、
あまりにも異様なその話しぶりに、石目は空恐ろしさを感じてしまうのです。
しかしこんなことは、この物語の中ではほんの序章に過ぎません。

やがて、艦内で士官が毒死。
乗務員が行方不明。
再び繰り返される怪事件の謎に石目は取り組もうとするのですが・・・。


太平洋戦争末期、天皇=神として抱いていた日本国民。
その国粋主義を狂信的なまでに貫こうとする人々。
この橿原には、そういう人々が中心となって乗り組んでいたのです。
伊勢から真東に進む橿原の行く先とは・・・?

この橿原艦内では、すべてが混沌としています。
現在と未来。
生者と死者。
人間とネズミ。
それはどうやらこの5番倉庫に隠された、重大なあるものの影響であるらしい。
SFであり、ファンタジーであり、また歴史でもある。
このあたりは、私がはじめて奥泉光氏に出会った
「鳥類学者のファンタジア」にも似ていますが、
それ以上に圧倒的なのは、この凄まじいまでの筆力。
時には、この戦争で亡くなったあらゆる者たちの呪詛が立ちこめるかのようです。
ひたすら勝利を信じて、惨めに死んでいった者たち。

"日本中が灰燼となろうとも、最後の一人まで闘って勝つ。
いや、その前にきっと神風が吹いて我らを守ってくれるだろう。"

そのように信じていた者たちにとって、戦争に負けた日本など日本ではない。
それは贋の日本だ、と彼らは言うのです。
ここで特にすごいと思うのは、明らかに現代日本の若者が
「毛抜け鼠」として登場するところです。
これがヤンキーのしかもパシリ的な、いかにも情けない現代の若者。
しかし、彼は私たち「贋の日本人」の象徴でもある。
「てか、なんかすごくね?」
というような彼の話し言葉が異様に浮いているのですが、
この軽薄きわまりない青年の言葉が、
物語の進行に連れ、まともで正鵠を射ているように思えてくるあたりが、
うならされてしまいます。

日本は確かに戦争に敗れた。
しかし、その敗れた日本がいま、曲がりなりにもこの豊かな生活を享受していること。
死者の無念はそれで報われるのか・・・。
物資は豊かでも、私たちのこの空疎な胸の内は何なのだろうか・・・。

"橿原"という異空間に巻き込まれて、
私も少しはこんなことを考えてしまいました。

上下2巻、分量もずっしりですが、内容もまたずっしりです。
でも読後感は悪くない。
「シューマンの指」もよかったですが、
こちらの方がむしろ、奥泉光の本領を発揮している作品と思います。

神器〈上〉―軍艦「橿原」殺人事件 (新潮文庫)
奥泉 光
新潮社


神器〈下〉―軍艦「橿原」殺人事件 (新潮文庫)
奥泉 光
新潮社


「神器/軍艦「橿原」殺人事件 上・下」 奥泉光 新潮文庫

満足度 ★★★★★

リミットレス

2011年10月16日 | 映画(ら行)
脳の活性化新薬



           * * * * * * * *

この日は、「猿の惑星創世記」と、この「リミットレス」、
脳の活性化新薬、2連発となりました。
こちらの新薬は脳の働きを100%活性化させるという
AKB・・・じゃなかった、NZT48。
小説家志望といいながら、一行も文章が思いつかないエディ。
つきあっていた彼女にも愛想を尽かされボロボロになっていたところ、
ある男にこの薬を飲んでみないかと渡されます。
その一錠を飲んだ翌朝。
何もかもがすっきりしてクリア。リミットレス。



脳の片隅で眠っていた単なる断片に過ぎない記憶や知識が、
一瞬のうちに蘇り組み合わされて、最も重要な情報として形成されます。
一晩で書き上げた小説はベストセラー。
株取引や投資でも大成功。
カンフー映画で見知っただけの格闘技術も即実戦に使って、敵をノックアウト。
データを分析すれば未来を予想もできる・・・、
とにかく完璧になってしまうのです。
しかし、薬の効き目は一日限り。
この能力を維持するためには、毎日飲み続けなければならないけれど、その入手が問題。
もともと製薬会社のラボから横流しされたもの。
麻薬の入手以上にこれがやっかいなんですね。
そしてまた、ご多分にもれず、この薬には副作用が・・・。



エディが次々襲いかかるピンチをいかに乗り越えていくのか、
痛快なサスペンスアクションとなっています。

本当にこんな薬があったら…、
チンパンジーが使えば、並みの人間以上の知能になるかもしれない。
人が使えば、人並み以上。
・・・ということは周りの人間が猿並みに見えては来ないかな。
こんな薬を一部の人間だけが使用する未来・・・というのは、
猿の惑星以上に恐ろしい結末が待っているような気もします。


この作品は、最後にどんでん返しで、またピンチ!!
と思わせて、そこでまた大逆転。

ひねりがきいていて面白いのですが、
意外にもお気楽なラストなのが、いいような悪いような・・・というところです。

2011年/アメリカ/105分
監督:ニール・バーガー
原作:アラン・グリン「ブレイン・ドラッグ」
出演:ブラッドリー・クーパー、アビー・コーニッシュ、ロバート・デニーロ、アンナ・フリエル



アメリカン・サイコ

2011年10月14日 | 映画(あ行)
心が壊れた男の悪戦苦闘



* * * * * * * *

この作品は、ジャレッド・レトが見たくて観ました。
でも、彼は初めの方ですぐに殺されてしまいます(T_T)
サイコというからには、やはりあのヒッチコックの名作を思い出しますよね。
だからこれは、リアルタイムのアメリカを背景とした、
また新たな異常心理を描くサスペンス・・・かと思ったのですが、
これはむしろブラックユーモアに満ちた作品でした。


80年代、好景気に沸くニューヨーク。
ウォール街証券会社のエリートであるパトリック・ベイトマン(クリスチャン・ベール)。
高級マンションに住み、デザイナースーツを身に付け、
完璧な肉体を保つために毎日のトレーニングも欠かさない。
誰もがうらやむリッチな生活を送っています。
しかし、そのような物質では満たされない何かがやはりあるのでしょうね。
次第に奇行が目立つようになり、殺人の衝動へと駆られていく。

彼はものすごいナルシストで、潔癖症。
同じ仲間が少しでも自分より優位に立つのが我慢ならない。
多くは性的興奮のために女性を殺害するのですが、
時には自分よりカッコいい名刺をひけらかす友人に殺意を覚えたりする。
とにかく刹那的であり衝動的。
しかし、衝動的であるあまりに、邪魔が入って失敗ということも多い。
この、誰でもかまわず、思いついたらすぐにでも・・・という安直さが、
悲惨な殺人を描きながらも、どこかユーモラスに感じてしまうのですね。
アメリカン・サイコというよりは、むしろコンビニ・サイコ・・・?
でもそれはこの作品が失敗というわけではありません。
初めからそのように狙っているわけです。

さて、こんなに人が死んでいるのに、あまりにも世間は平和と思えてきます。
初めに、死んだ男を探すために私立探偵が一人やってくるだけで・・・。
死体を隠すのはそう簡単ではないですよね・・・。
一斗缶に詰めて街角に置いてもいずれ見つかるし・・・。
そういうところが、意外なラストへつながっていきます。

心が壊れた男の悪戦苦闘ぶりを、ご覧ください・・・・


アメリカン・サイコ
2000年/アメリカ/102分
監督:メアリー・ハロン
原作:ブレット・イーストン・エリス
出演:クリスチャン・ベール、ウィルム・デフォー、ジャレッド・レト、ジョシュ・ルーカス、サマンサ・スミス



「悪人正機」吉本隆明×糸井重里

2011年10月13日 | 本(解説)
植え付けられた「良識」がぶっ飛ぶ

悪人正機 (新潮文庫)
吉本 隆明,糸井 重里
新潮社


            * * * * * * * *

話し手・吉本隆明氏、聞き手・糸井重里氏、として行われたインタビューをまとめたものです。ちょっとありきたりではない展開がありそうで、興味を持って手に取りました。


まえがきで糸井氏がこんなことを言っています。
正しそうに見えることば、
りこうそうに見える考え方、
ほめられそうなことば、
自分の価値を高めてくれそうな考え方
・・・・そういうものばかりが目立ってしかたがない。
吉本隆明さんのことばが、ザラザラしていたり意表をつくような逆説に見えても、
聞いていて気持ちがいいのは、ごまかしたりウソをついていないからなのだと思う。



私自身も、ブログ記事を、わかりきったようなことや、
ありきたりの道徳的なことばでまとめてしまうことがあったりするので、
冒頭でそれを指摘されて、いきなりガツンとやられた気分でした。
有識者とされる人が絶対に言わないようなことも、何のためらいもなく口にできる。
それはやはり、自分自身の思考の基準を持った強い人なのだろうと思います。


「清貧の思想」とか、そういうのはダメ。

遊んで暮らせて、やりたいことができてっていうのがいちばんいい。

泥棒して食ったっていいんだぜ

「純粋ごっこ」の時期を除けば、この世は全部ひとりひとり

専門家の言う「正常」の範囲は、もう現実には通用しない

会社で上司よりも大切なのは建物

欧米から学ぶものはもう何もない

真剣に考える自分の隣の人が、テレビのお笑いに夢中になっていたり遊んでいたりすることが許せなくなるのは間違っている。

自衛戦争以外のことをしない憲法をもつ日本にとっての積極的な国防とは、
核保有国に核兵器を減らす提案をすること。

円満な家庭なんて、そんなものはない


ざっとはじめの方をめくってみただけでもこのような名言の数々。
けっして、奇をてらって言っているのではない。
様々な知識を下敷きとして得た自身の実感の言葉なので、いっそ気持ちがいいのです。
いかに自分自身が植え付けられた良識の中に捕らえられているのか、
思い知らされる気がします。


最後には、吉本氏が入院中に考えた様々なことが述べられています。
その中では、「病院は完璧な管理社会」といっている。
看護婦さんは自分のやることは親切いっぱいだけれど、
こちらが聞いたことに対しては情報を遮断。
病院の中のことは管理に便利なことばかりで、
患者側に便利なもの、心地よいものは何もない。

よほど、いやな目にあったと見えて(?)なかなか辛辣ですが、実際その通りですよね。
しかし、さすが吉本氏の思考はそれだけでは終わらない。
なぜ管理社会はつまらないのか
人の気持ちを内側からわかるためにはその人と同じことをするしかない。


時には、私などには理解の及ばない話もあるのですが、
ナビゲーター糸井氏の解説と感想により、要点がまとめられ、
私たちの興味をそらさないような工夫も凝らされています。
最終の入院のくだり以外は2001年にまとめられたものなので、
若干話題の古い部分もありますが、今なお通用する"真理"に満ちています。
手応えのある一冊です。

「悪人正機」吉本隆明×糸井重里 新潮文庫
満足度★★★★☆

猿の惑星:創世記(ジェネシス)

2011年10月12日 | 映画(さ行)
CGであることを忘れて・・・



             * * * * * * * *

1968年に公開された「猿の惑星」第一作。
この衝撃的なラストは今も忘れることができません。
その後いくつかのシリーズともなりまして、映画史上に残る名作ですね。
この作品は、その第一作の前章とも呼ぶべきもの。
なぜ猿が支配する世界が始まったのか、
40年以上を経て、ついにその謎が明かされる・・・。


現代のサンフランシスコ。
ウィルは製薬会社でアルツハイマーの症状を改善する新薬を開発しています。
というのも、彼の父がアルツハイマーで、
彼にとってはこの薬の完成は会社のためというより、むしろ自分のため。
あるとき一匹のチンパンジーに投与した薬が驚くほどの効果を上げ、
その知能を上げることに成功。
しかし、そのチンパンジーは突然暴れ出して射殺されてしまいます。
実はそのチンパンジーは妊娠していて、子供を守るために暴れたのでした。
密かに助け出された赤ん坊のチンパンジーをウィルが引き取り、
シーザーと名付けて育てることになります。

シーザーは、母親の遺伝子を受け継ぎ、非常に高い知能を持っています。
長ずるに従い、ペットというよりはむしろウィルの息子のようになっていくのです。
ウィルとは手話で、ほぼ完璧に意思の疎通を図ることができます。
しかし更に成長したシーザーは、
「自分は何者なのか」とウィルに問いますね。
自己のアイデンティティを問う・・・
この時点で、もう既にシーザーは単なる動物ではありません。
ところが、ふとしたはずみでシーザーが隣人を襲ってしまい、
シーザーは類人猿の保護施設に入れられてしまいます。
保護施設とは名ばかりで、
劣悪な環境でチンパンジーやオランウータン、ゴリラを飼育しているインチキな場所。
そこで虐げられる仲間を見て、シーザーの心に何かが芽生えていくのです。



シーザーの映像は、アンディ・サーキスさんが演じた表情や動きを、
最先端技術エモーション・キャプチャーによって、CGに置き換えて作り出されています。
だから、その明らかに知性を感じる目や、細やかな感情を表す表情が素晴らしい。
それがまたいかにもチンパンジーらしく、
家の中や森で、あちらからこちらへ自在に飛び回ったり、上ったり、降りたり、
その躍動感もまたすごいのです。
他の猿たちの動きもすべてCGということですが、
もう、見ているうちにそんなことはすっかり忘れてしまいます。
CGがすごいなあ、とか、どうやってこんな映像を作っているのかな、
などと思わせるうちはまだ、やはり「作り物」なんですね。
そんなことを忘れさせるものこそが、究極のCGなのだろうと思います。


そんなわけで、私たちは我を忘れてシーザーに感情移入し、
物語に入り込んでしまうのです。
これはある意味「革命」ですね。
虐げたれていた民衆が、権力に向い立ち上がる。
人としての立場が危うくなる物語でありながら、
シーザーの勇姿につい同調し、涙してしまいます。
郊外の森の木の頂上から、遥かサンフランシスコを見渡すその映像が
何とも雄大でドラマチックでした。


余談ですが、この類人猿施設のろくでもない息子は、
「ハリー・ポッター」にドラコ・マルフォイ役で出ていたトム・フェルトンでしたね。

こういうところで、思いがけなく出会えるのはうれしいな。
でもここでも敵役なので・・・。
今度はいい役なのを拝見したい・・・。

2011年/アメリカ/106分
監督:ルパート・ワイアット
出演:ジェームズ・フランコ、フリーダ・ピント、ジョン・リスゴー、ブライアン・コックス、トム・フェルトン