映画と本の『たんぽぽ館』

映画と本を味わう『たんぽぽ館』。新旧ジャンルを問わず。さて、今日は何をいただきましょうか? 

「神の棘 Ⅰ・Ⅱ」須賀しのぶ

2019年04月30日 | 本(その他)

 

二人の青年の目を通して語られる、ナチス政権下ドイツ

神の棘Ⅰ (新潮文庫)
須賀 しのぶ

新潮社

神の棘II (新潮文庫)
須賀 しのぶ
新潮社

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家族を悲劇的に失い、神に身を捧げる修道士となった、マティアス。
怜悧な頭脳を活かすため、親衛隊に入隊したアルベルト。
寄宿舎で同じ時を過ごした旧友が再会したその日、二つの真の運命が目を覚ます。
独裁者が招いた戦乱。
ユダヤ人に襲いかかる魔手。
信仰、懐疑、友愛、裏切り。
ナチス政権下ドイツを舞台に、様々な男女によって織りなされる、歴史オデッセイ。
全面改訂決定版。(Ⅰ)

ユダヤ人大量殺害という任務を与えられ、
北の大地で生涯消せぬ汚名を背負ったアルベルト。
救済を求めながら死にゆく兵の前で、ただ立ち尽くしていた、マティアス。
激戦が続くイタリアで、彼らは道行きを共にすることに。
聖都ヴァチカンにて二人を待ち受ける"奇跡"とは。
廃墟と化した祖国に響きわたるのは、死者たちの昏き詠唱か、
明日への希望を込めた聖歌か―。
慟哭の完結編。(Ⅱ)

* * * * * * * * * *

これもまた、須賀しのぶさんの真骨頂とも言うべき一作。


ナチス政権下ドイツ。
幼馴染の二人が大きく道を違えて、後に再開します。
一人は修道士の道を選んだマティアス。
もう一人は、ナチス親衛隊に入隊したアルベルト。
さて、私、これまで二次大戦下の出来事は連合国側から見たものがほとんどでした。
本作はまさに内部、ドイツの状況をつぶさに描いており、
恥ずかしながら私が認識していなかったことも多く描かれています。


アルベルトがついた任務は教会の監視。
ナチスが攻撃対象としたのは共産党、教会、そしてユダヤ人。
教会のナチス政権への反発力をなんとか排除しようとしていたのでしょう。
しかし、人々の中に信仰は根強くあり、他国の反応もあることなので、
真正面から潰すことはできず、しかし様々な難癖をつけては
弾圧を続けていた、ということのようです。
そのため、マティアスとアルベルトは敵対関係となり、
マティアスはアルベルトに煮え湯を飲ませられ、憤りと憎しみを抱くようになります。


その非情さと冷酷さ、確実さを買われ、
SS将校として出世していくアルベルト。
SS将校といえばもう、通常はとんでもない憎まれ役なので、
この人物を主人公に据えて、一体どうするつもりなのかと、
私は心配になってきたのでしたが・・・。
しかし本作、アルベルトの心情も交えながら進められるのですが、
実は肝心なところが読者には伏せられていたのでした。
アルベルトの真実が語られるのは最後の最後。
・・・やられます。

私が驚かされたのは、終戦後、ドイツ人捕虜がアメリカ軍によってひどい環境にさらされ、
多くの人命が失われたということ。
ろくに食料も与えられず、水さえもあえて与えられなかったこともあったといいます。
ナチスがユダヤ人に対して行ったことを非難しながら
同じことをアメリカがしていた・・・。
このことを知る人はあまりいないのではないでしょうか。
いずれにしても戦争には「正義」などどこにもないということですね。

それにしても、誰に責任をなすりつけるのでもなく、
神にもすがらず、淡々と己の罪を受け入れていたアルベルト・・・。
カッコイイです・・・。
物語としては、出来過ぎですけれど、若干乙女心をくすぐられます・・・。
(いい年して乙女心?!)

私、単行本の初版で読みましたが、
文庫版で「全面改訂決定版」となっているので、
若干中身が変わっているのかも。
私が読んだものでは二人は幼馴染だけれど、親しくはなかった
という事になっているのですが、
文庫の紹介文では「寄宿舎で同じ時を過ごした旧友」ということになっています。
確かに、若い二人が会話したエピソードなどが描かれていれば、
二人の関係性にもっと深みが出ますよね。
なんだか気になります。

図書館蔵書にて (単行本)
「神の棘 Ⅰ・Ⅱ」須賀しのぶ 早川書房
満足度★★★★.5

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アンブレイカブル

2019年04月29日 | 映画(あ行)

不滅の肉体を持つ男

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先日、M・ナイト・シャマラン監督作品の主なものは殆ど見ているのに、
私のブログ開始以前なので記録がない・・・と愚痴っていたところ、
ちょうどWOWOWで、シャマラン監督特集をやっていて、
この際見直してみることにしました。
シャマラン監督作品は“オチ”にこそ意味があるのですが、
「アンブレイカブル」も確かに見たはずが、オチはすっかり忘れていて、
初めて見たように楽しめました!

 

フィラデルフィアで凄惨な列車脱線事故が起こり、131人の乗員、乗客が死亡。
しかしただ一人、デビッド(ブルース・ウィリス)だけが全くの無傷で助かります。
そのデビッドのもとにイライジャ(サミュエル・L・ジャクソン)という男が現れ、
デビッドこそが不滅の肉体を持つ“アンブレイカブル”で、
弱き者を守る使命を帯びたヒーローだと告げます。
デビッドは最近何故かいつも悲しみを感じていたのです。
そのためか妻ともうまく行っていない。
つまりそれは、自分がやるべきことを果たしていないからだ---と、
イライジャは言うのですが・・・。

イライジャは生まれつき骨が極端に弱く、
ちょっとぶつけたくらいでもすぐに骨折してしまいます。
そのためこれまでの人生、入院・療養を何十度も繰り返してきた。
そんな中ではヒーローもののコミックだけが彼の慰め。
だから彼の発想は、どこかに必ずコミックに描かれるような超人的ヒーローがいるに違いない、
という思い込みになるわけなのです。
そしてその人物を探し出すことこそが自分の存在理由、生きがいであると思う。
その、思い込みこそが問題なのですが・・・。

終始暗い表情のブルース・ウィリス。
つまり彼の中で自身の存在理由を見失っていた、ということなんですね。
そこについては納得。

さて、先日見た「スプリット」と本作が、最新作「ミスター・ガラス」につながるということで、
なるほど少し話が見えてきました。
「ミスター・ガラス」もぜひ見なくては・・・。

<WOWOW視聴にて>
「アンブレイカブル」
2000年/アメリカ/107分
監督:M・ナイト・シャマラン
出演:ブルース・ウィリス、サミュエル・L・ジャクソン、ロビン・ライト・ペン、スペンサー・トリート・クラーク、シャーレイン・ウッダード
ヒーロー誕生度★★★★☆
逆転度★★★★☆
満足度★★★.5

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ヒトラーVS.ピカソ 奪われた名画のゆくえ

2019年04月28日 | 映画(は行)

今も行方不明の名画も・・・

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ナチスドイツにより奪われた名画と
それに関わる人々の運命を描いたドキュメンタリーです。


1933年~1945年。
ナチスがヨーロッパ各地で略奪した美術品は60万点と言われていますが、
戦後70年以上を経た今も10万点が行方不明とのこと。
そんな経緯を様々な歴史家、美術評論家、関係者が証言していきます。

私、以前「ミケランジェロ・プロジェクト」という映画で、
ナチスに奪われた美術品を取り戻すための専門のチームが作られ、
活躍したストーリーを見たのを思い出しました。
終盤、古い岩塩坑に隠された大量の美術品を発見するシーンがありましたっけ。



ヒトラーとその右腕と称されるゲーリングが競うようにして美術品を収集したのですね。
裕福なユダヤ人の屋敷にあったものや、ユダヤ人の画商の所有物は有無を言わせず略奪。
その他征服した地の美術館の所有物は二束三文で購入、など・・・。
そして、ピカソ、ゴッホ、ゴーギャン、シャガール、クレーなどの作品を
「退廃芸術」の烙印を押して貶め、
アーリア人による写実的、古典主義的な作品をもてはやす。
権力により芸術までもを支配しようとは、何という傲慢・・・。

そして戦後のドサクサでこれらの収集品は四散し、
元の持ち主に戻ったものはわずか。
先の「ミケランジェロ・プロジェクト」では、ソ連軍が発見した美術品は
そのままソ連に持ち去られてしまったと言っていましたし、
裏道を通じて入手した美術品の持ち主はそのことを公にしてほしくないので、
「ミケランジェロ・プロジェクト」の上映に圧力をかけた、などという話もありましたっけ・・・。
本作中ではそんなことには触れられていませんでしたが・・・。

こうした曰くつきの美術品の展覧会などあれば、ぜひ見たい気がします。


<シアターキノにて>
「ヒトラーVS.ピカソ 奪われた名画のゆくえ」
2018年/イタリア・フランス・ドイツ/97分
監督:クラウディオ・ポリ
出演:トニ・セルビッロ
歴史発掘度★★★★★
満足度★★★.5

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「宇喜多の捨て嫁」 木下昌輝

2019年04月27日 | 本(その他)

生きることの苦しみを幾重にも背負いつつ・・・

宇喜多の捨て嫁 (文春文庫)
木下 昌輝
文藝春秋

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娘の嫁ぎ先を攻め滅ぼすことも厭わず、
権謀術数を駆使して戦国時代を駆け抜けた戦国大名・宇喜多直家。
裏切りと策謀にまみれた男の真実の姿とは一体…。
ピカレスク歴史小説の新旗手ここに誕生!!
第92回オール讀物新人賞をはじめ、高校生直木賞など五冠を達成した衝撃のデビュー作。

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先に読んだ「宇喜多の楽土」と同じ、戦国時代の宇喜多家を描きます。
順番が逆になりましたが、こちらのほうが先。
「宇喜多の楽土」は宇喜多秀家のことを中心に描かれていたのですが、
こちらはその父親、宇喜多直家が中心。
短編の連作形式を取りながら、時代を前後し、
異なる人物に焦点を当てながら、結果、宇喜多直家の壮絶な人生が浮かび上がるという、
構成の妙を見せる作品。

さて、宇喜多直家。
冒頭の「宇喜多の捨て嫁」で、直家の娘、於葉(およう)が
父親に対しての憎しみをぶつけます。
直家は多くの者を暗殺し、母や長女を自害させ、次女の気をくるわせてしまった。
世間でも調略を用いる卑怯で残忍な男として知られており、
肉親としても信頼できない。
そして今また自分は父の道具として「捨て嫁」にされ
挙句の果てに殺されるのかも知れない、と彼女は思っているのです。


こうした直家の人物像は、「宇喜多の楽土」で少し語られていた
秀家から見た人物像とは異なるのではないか、と思われたのですが・・・。
しかし、読み進むと問題のそれぞれの場面が詳しく語られていくのです。
確かに外から見た事実としては於葉が思っている通り。
しかし、その時々で、止むにやまれぬ事情があった。
逆に言うと下剋上の世で生き抜いていくため、
直家は優秀過ぎたということなのかも知れません。
作中で直家は「無双の抜刀術」の持ち主であると語られます。
全く無意識のうちに人の「殺気」を読み取り、
無意識に刀を抜き相手を切りつけてしまうという・・・。
それは天性のもので訓練で身につけられるものではない。
武士であれば願ったり叶ったりの能力であるわけですが・・・。
しかしそれがアダになって大事な人を切りつけてしまうことにもなる。
そしてまたこのことは実際にそばにいる人の殺意だけでなく、
他家が宇喜多家に害をなそうとする策略までをも感づき、
先回りで返り討ちにする、という能力にもつながっているようです。
何しろこの宇喜多毛の主筋にあたる浦上家というのがひどい。
少しでも他家が力をつけ自家を脅かす可能性が見えれば、その家を潰そうとする。
そのために、いつも無理難題を宇喜多に突きつける・・・。
しかしこれも下剋上の定め・・・。
そういう時代だったわけですよね・・・。
直家のいくつかの非道の行いというのも、浦上の策略のために起こったのでした。


そして直家のもう一つの強烈な特異な点。
直家は、「尻はす」という業病に冒されているのです。
体から血膿が吹き出し腐臭を放つという恐ろしい病。
最期には生きているのも不思議というような状態で、臥せったまま、戦の司令を出し続けます。


生きることの苦しみを幾重にも背負ったような・・・壮絶な人生が見えてきます。
しかし彼は調略など敵将を直接暗殺するなどの手を用い、
ときにはあっさり降参するなどし、
いたずらに戦で多くの民を死なせることがなかった。
そしてまた戦で行き場を失った流人を受け入れ仕事を与えることなどもしたというわけで、
於葉などの身内にとってはとんでもない人物かもしてないけれど、
国主としてはなかなかできた人物だったのかも・・・。
というところで、「宇喜多の楽土」へつながるわけです。
今どきの政治家に読んでもらいたい本だなあ・・・。


図書館蔵書にて(単行本)
「宇喜多の捨て嫁」 木下昌輝 文藝春秋
満足度★★★★☆

 

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KUBO クボ 二本の弦の秘密

2019年04月26日 | 映画(か行)

日本のようで日本でない、ユニークな世界観

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アニメーションスタジオライカによるストップモーションアニメ。
日本が舞台というのがなんともユニークです。

魔法の三味線と折り紙を操る片目の少年クボは、体の弱い母と二人で暮らしています。
二人は邪悪な祖父により父を殺され、
なお追手から逃れて海辺の村に隠れ住んでいるのです。
しかし、ついに追手の叔母たちに見つかってしまう。

母親が最後の力を振り絞った魔法の力で
クボは辛くも命をとりとめましたが・・・。
たった一人残されたクボは、母の力により命を吹き込まれた“サル”と共に、
「3つの武具」を探す旅に出ます。
そして途中で、記憶を失った“クワガタ”の侍も仲間に加わり、3人の旅となる。

イメージとしての日本が素敵に表されていると思いました。
かつての中国とごっちゃになった日本ではないのですが、
それでも私たちの知っている日本とも少し違う。
でもそれが逆に特異な世界観を生み出していて、面白いのです。
それと人物の表情や仕草が、やっぱりどう見てもアメリカ仕様なのがまた面白い。



クボが闘うときに使うのは刀や弓ではなく、三味線と折り紙なのです。
彼が三味線をつま弾けば、紙が様々なものに折り上がって敵に襲いかかる。
こうしたイメージは、逆に日本人では思いつかないと思います。
ある時、クワガタが言う。
「クボ」はちゃんとした名前なのに、なんで俺たちは「サル」と「クワガタ」なのだろう・・・と。
そうなんですよね。
個々の名前で呼ばれていない。
しかしそれはあとになって答えが出てきます。
つまりここではまだ名前は名のれないということ・・・。
なるほど~!!



お盆のような行事のエピソードが、とても効果を上げていまして、泣かされます。
惜しむらくは、この少年の名前。
名字ならともかくなんで名前がクボ? 
せめてサスケとかにしてほしかった・・・。



私、字幕版を見たのですが、あとで声の吹き替えの配役を見たら
ものすごく豪華な俳優陣だったんですね。
始に確かめておくべきだった!


KUBO/クボ 二本の弦の秘密 [DVD]
アート・パーキンソン,シャーリーズ・セロン,マシュー・マコノヒー,ルーニー・マーラ,レイフ・ファインズ
ギャガ

<WOWOW視聴にて>
「KUBO クボ二本の弦の秘密」
監督:トラビス・ナイト
出演(声):アート・パーキンソン、シャーリーズ・セロン、マシュー・マコノヒー、ルーニー・マーラ、レイフ・ファインズ

ジャパニーズもどき度★★★★☆
ファンタジー度★★★★★
満足度★★★★☆

 

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愛がなんだ

2019年04月24日 | 映画(あ行)

恋愛感情を突き抜けて「好き」ということ・・・

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NHK朝ドラ出演で一挙に知名度が上がった岸井ゆきのさん出演。
原作は角田光代さんです。



28歳OLテルコ(岸井ゆきの)は、マモル(成田凌)と付き合い始めてから、
生活がすっかりマモル中心になってしまいました。
仕事中でも真夜中でも、マモルを最優先。
そんなわけで仕事に全くやる気を見せないので、とうとうクビになってしまいます。
しかし、こんなテルコの思いとは裏腹に、マモルの方は彼女に全く恋愛感情を抱いていない。
単に都合のいい女と思っているようです。
ある時、マモルに呼び出されたテルコは、
すみれ(江口のりこ)という風変わりな女性を紹介されますが・・・。

正直私は、こんなふうに自分をなくしてまで男に尽くそうという女性が、
どうにも好きになれません。
おまけに仕事まで失って、「どーすんのよ、バカ!」と、
テルコを罵りながら見ていました。
そしてマモルはテルコに愛情を見せるどころか、すみれを恋しており、
テルコがマモルとすみれの橋渡しのような役割まですることになってしまうのです。



しかしそれでもテルコはめげない。
これはもう、愛だの恋だのではなく、単に“執着”というべきところまで行き着いてしまいます。
しかしなぜでしょう、次第に私はそんな彼女に惹かれていくのです。
男女の性愛の関係は、その場限りのもの。
(あ、結婚はその場限りというわけではないけれど・・・。)
けれど体の関係を排除した友人関係のほうが、
もしかしたら一生モノになるのかもしれない。
時には一緒に食事したり飲んだり、具合が悪い時には助けあったり。
そして互いに生活は自立していて、縛られない。
なんだかこれからの男女関係の先端を行っているような感じになってきています。



けれどテルコは今風にクールでも淡白でもなくて、
マモルに一体化してしまいたいほどに大好き。
この不可思議な関係性になんだかしびれてしまうのです。
テルコに悲壮感はない。
うん、悪くない。
実に、興味深い味わいのある作品。

<ディノスシネマズにて>
「愛がなんだ」
2019年/日本/123分
監督:今泉力哉
原作:角田光代
出演:岸井ゆきの、成田凌、深川麻衣、若葉竜也、江口のりこ
恋愛度★★★☆☆
執着度★★★★★
満足度★★★★☆

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「革命前夜」須賀しのぶ

2019年04月23日 | 本(その他)

東ドイツの夜明け前

革命前夜 (文春文庫)
須賀 しのぶ
文藝春秋

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バブル期の日本を離れ、東ドイツに音楽留学したピアニストの眞山。
個性溢れる才能たちの中、自分の音を求めてあがく眞山は、
ある時、教会で啓示のようなバッハに出会う。
演奏者は美貌のオルガン奏者。
彼女は国家保安省の監視対象だった…。
冷戦下のドイツを舞台に青年音楽家の成長を描く歴史エンターテイメント。
大藪春彦賞受賞作!

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「また、桜の国で」で、しびれた須賀しのぶさん、再び。


こちらのほうが古くて、2015年に出されたものです。
こちらは第2次世界大戦下ではなく、1989年、
ベルリンの壁崩壊直前の東ドイツが舞台です。
ちょうど冒頭、「今日、昭和が終わったのだそうだ」という一文から始まります。
昭和天皇の崩御。
そして平成の始まり。
東ドイツにピアノを学ぶために留学してきた主人公・眞山柊史がドイツでそのことを知ったシーン。
ベルリンの壁崩壊は平成元年の出来事だったのか・・・。
(覚えていないのが情けない)
そのことをこの平成の終わり直前に読む、というのもまた面白いタイミングとなりました。


柊史はドレスデンの音楽大学でピアノを学びますが、
音楽のことについての描写も素晴らしいですが、
何よりもこの時代の「東側」の事情がつぶさに描かれていて、
その体制の崩壊への槌音が感じられる、力強い一作でもあります。


街は煤けていて暗く活気がない。
ベルリンなど壁一枚隔てた西側は明るく賑やかなのに、この対比はどうだ・・・。
柊史は留学生なので、時折西ベルリンへ行って買い物をすることもできるのですが、
現地の住民にはそれができません。
物資は乏しく粗末・・・。
人々は諦めの中にいるのですが、西側からの情報はどんどん入ってくるので
若い人たちには不満が充満しています。
しかし、それを無理矢理に押さえつけているのがあの悪名高いシュタージ(秘密警察機関)。
なんでそこまで必要かと呆れるほどの監視体制。
私もいくつかの映画でその実態を垣間見ていましたが・・・。
国民の中にも多くの協力者がいて、誰が信頼できるのかできないのか、全くわからない。
柊史を取り巻く友人たちの中にも、
過去の家族の行いにより当局に目をつけられて閉塞状態にいるものもいれば、
実は「協力者」であったという驚愕の事実が明かされたりもします。
様々な友人との軋轢の中でスランプに陥っていく柊史が、
どのように自分を取り戻していくのか。
東ドイツの夜明け前の様子を交え、
青年ピアノ奏者の成長が語られる貴重な一作です。


図書館蔵書にて(単行本)
「革命前夜」須賀しのぶ 文藝春秋
満足度★★★★.5

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アバウト・レイ 16歳の決断

2019年04月22日 | 映画(あ行)

動揺し、悩み、ジタバタする大人たち

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トランスジェンダーの16歳レイ(エル・ファニング)は、
身も心も男性として生きたいと思っています。
そこで、ホルモン治療を受けようとするのですが、そのためには両親の同意書が必要。
レイは、母マギー(ナオミ・ワッツ)と一緒に暮らしていますが、
父は離婚し今は全く没交渉。
マギーはどこにいるかも知らなかった元夫の居所を探し出し、
同意書のサインを貰おうとしますが・・・。

本作ではレイのトランスジェンダーは明らかで、
本人が「男」の姿になりたいという決意は確固としたものなのです。
小さい頃からドレスを着たがらなくて男の子の遊びにばかり興味を持った
・・・というレイは、確かに「男」なのに「女」の体で生まれてしまったということなんですね。
それなので本作で動揺するのはレイの親たち。
本当にホルモン治療を受けて良いものなのかどうか・・・、
動揺し、悩み、ジタバタする大人たちの物語といっていいでしょう。
母親はそれでも、長い間レイとともにカウンセリングを受けたり医師に相談したりしてきたので、
この治療が最善と納得はしているのです。
けれど、何も知らずいきなりそのことを聞いた父親の動揺は無理もありません・・・。
そしてまた、母と父との間にかつてあった
思いがけない“事件”には驚かされてしまいました・・・。

更にはレイの祖母ドリー(マギーの母)(スーザン・サランドン)がレズビアンで、
女性をパートナーとして同居しているという、これまたユニークな設定。
自らがマイノリティである祖母は、レイの治療には積極的。
さすが理解があります。
LGBTの見本市みたいな家族、ここまできたら怖いものなしです。

スーザン・サランドン、ナオミ・ワッツ、そしてエル・ファニングという女優たちが、
見事に存在感あふれる母娘3代を見せてくれました。
そして言うまでもありませんが、エル・ファニングは見事に「少年」を演じているのです。
これは一見の価値あり。



サインが得られずクシャクシャに丸められた同意書が
車の座席でコロコロ転がっているシーンには思わず唸ってしまいました。
なんともナイスな演出!

アバウト・レイ 16歳の決断 [DVD]
ナオミ・ワッツ,エル・ファニング,スーザン・サランドン
Happinet


<WOWOW視聴にて>
「アバウト・レイ 16歳の決断」
2015年/アメリカ/92分
監督:ゲイビー・デラル
出演:エル・ファニング、ナオミ・ワッツ、スーザン・サランドン、テイト・ドノバン、リンダ・エモンド、サム・トラメル
LGBT度★★★★★
満足度★★★★☆

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ある少年の告白

2019年04月21日 | 映画(あ行)

男であることの“強制”施設

 

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2016年に発表された実話を基にしています。
アメリカの田舎町。
大学生ジャレッド(ルーカス・ヘッジズ)は
牧師の父(ラッセル・クロウ)と母(ニコール・キッドマン)の一人息子です。
ジャレッドは、自分は男性のことが好きだと気づき、両親にそのこと告白をします。

しかし、父は息子の告白を受け入れられず、同性愛の矯正施設への入所を勧めます。
自身もゲイであることをよくないことだと思うジャレッドは、
父の勧めに従い入所しますが、その施設のプログラムというのは、
自身を偽って生きることを強いるという、到底受け入れがたいものだったのです・・・。

昨今、同性愛やトランスジェンダーがテーマの作品を多く見ているせいでしょうか。
私自身のLGBTへの感覚は、かなり開けていると思うのです。
そのため本作、数十年くらい前の話かと思ってしまったのですが、
しっかり今現在の話、しかも実話だったのですね。

私はちょうど今、上野千鶴子さんの「女ぎらい ニッポンのミソジニー」という本を読んでいまして、
いろいろと興味深い本なのですが、その中にこんなことが書かれています。

「男と認めあった者たちの連帯は男になりそこねた男と女とを排除し、
差別することで成り立っている。
ホモソーシャリティ(性的でない男同士の絆)が女を差別するだけでなく、
境界線の管理とたえまない排除を必要とすることは、
男であることがどれだけ脆弱な基盤の上に成り立っているかを逆に証明するだろう。」

つまりこの男性中心の社会では、女は排除されることはもちろんですが、
“男になりそこねた男”すなわちゲイも、排除されなければならないという事なんですね。
それだから、今に至っても保守的な田舎町などでは、
こうした考えから抜けきれない“男”が非常に多いというのは納得できます。
ゲイを認めれば自分自身の“男”としての立場も揺るがされてしまうからです。



ジャレッドがまず自分のことを両親に告白したというのは、
この家庭がそれまでとてもうまく行っていたという証でもあると思います。
しかしその告白は、もっとも旧来の価値観を大事にする牧師の父には受け入れがたい。
しかし男社会からもともと排除されている母の方が、
すんなり受け入れていくというのには納得できるのです。

それにしても、余計に心の傷を深めそうな、矯正施設というのにも驚かされますね・・・。
そもそも「矯正」するようなものじゃないですし。
男であることを「強制」する施設というべきでしょう。
でも今もなお、こんな施設に家族によって入所させられる若い人たちがいるそうです・・・。



人にはいろいろな人がいて、みんな違って、みんないい・・・と、
今更の言い方ではありますが、そのことをつくづくと思い返す作品でした。
嘘で自分を塗り固めることをやめて、自分らしく生きようとしたジャレッドに拍手!!


<ディノスシネマズにて>
「ある少年の告白」
2018年/アメリカ/115分
監督:ジョエル・エドガートン
出演:ルーカス・ヘッジズ、ニコール・キッドマン、ラッセル・クロウ、ジョエル・エドガートン、フリー

同性愛度★★★★☆
満足度★★★★☆

 

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「ヴェネツィア便り」北村薫

2019年04月20日 | 本(その他)

私たちは一日24時間進行するタイムマシンに乗っている

ヴェネツィア便り
北村 薫
新潮社

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ヴェネツィアは、今、輝く波に囲まれ、わたしの目の前にあります。
沈んではいません。
――あなたの「ヴェネツィア便り」は時を越えて、わたしに届きました。
この手紙も、若いあなたに届くと信じます――
なぜ手紙は書かれたのか、それはどんな意味を持つのか……
変わること、変わらないこと、得体の知れないものへの怖れ。
時の向こうの暗闇を透かす光が重なり合って色を深め、
プリズムの燦めきを放つ《時と人》の15篇。

* * * * * * * * * *


北村薫さんの短編集。
《時と人》の15篇というところに心惹かれました。
《時と人》のシリーズが大好きだった私ですので・・・。
でもここに登場する短編は、あのシリーズのように
不可思議な出来事があるわけではありません。
時の不思議こそは心の中にありと、そんな気がしてきました。

「道」は、定年を間近に控えた男性と、
高校教師でまだしばらくは仕事を続ける妻との穏やかな日常を描きます。
おのずと生活のリズムがこれまでとは違ってくるだろう。
けれどあまり気負わずに変化を受け入れようとする男。
こんな夫婦関係がなんかいいなあ・・・と思いました。
この人ならヒマだからと、ときには料理くらいしそうだ・・・。
考えてみたらこの夫婦の状況は一時期の我が家と似ているので、
特に思い入れが強いのかも・・・。

「高み」は、ある古い映画のDVDを見たことから、
自分が小学校のときに知ったある少女のことに思いを巡らす物語。
全く忘れていた彼女とのつながり。
あの少女はその後どうなったのだったろうか・・・。
調べていくうちに、その当時の心の糸が解きほぐされて、
数十年を経た今になって鮮烈な思いとなって蘇る。
タイムマシンは心の中にこそあるかのよう・・・。

そして「ヴェネツィア便り」は、
ある女性が30年前にヴェネツィアを旅した様子が語られます。
彼女はその様子を手紙にしたためて、ある人物に宛てたのですが・・・。
なんとそれは30年後の自分。
30年後にすっかり忘れていたその手紙を見つけた彼女は
ちょうど間近に再びヴェネツィアへ旅するところでした。
20代の自分はおそらく、時の道を歩いていくことへの恐れがあったのだろうと、
50代の彼女は思います。
だからこんな手紙を書いた。
それをこんなふうに受け止められる彼女の人生の充実を思います。
そしてまた、この中には思わぬラブストーリーもあるのです。
20代の手紙にも触れていた「ヴェニスに死す」の映画にまつわるそのラブストーリーは、
20代の自分には思いもよらない出来事。
50代になっているからこそ知っていること。
・・・このあたり、さすがベテラン小説家の手腕を見せつけられた気がします。
素晴らしい!!


私たちは一日24時間進行するタイムマシンに乗っているのだなあ・・・。


図書館蔵書にて
「ヴェネツィア便り」北村薫 新潮社
満足度★★★★.5

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教誨師

2019年04月18日 | 映画(か行)

役者さんの力が試される

* * * * * * * * * *

大杉漣さんの遺作となりました。
主演と同時にエグゼクティブプロデューサーを務めています。


6人の死刑囚と対話する“教誨師”佐伯(大杉漣)を描きます。
「教誨師」とは、受刑者の道徳心の育成や心の救済に務め、改心できるように導く人。
私は先に堀川惠子さんによる「教誨師」という本を読んだのですが、
特別に関連はないようです。
ただ、教誨師という仕事の過酷さ等、この本を読むともっと理解できると思います。

 

本作はほとんどが拘置所の同じ部屋で、
佐伯と6名の死刑囚の対話シーンが順番に繰り返されるばかり。
それだからこそ、役者さんの演技力だけが物を言うという作品なのです。
そして、見事に役者さんたちがその命題をこなしています。

だんまりで一言も話さない男。

字の読めないホームレス。

ひたすらに暗い人。

調子の良さそうなヤクザ。

おしゃべりなおばちゃん。

過激な思想をとうとうと述べる若い男・・・。


それぞれがそれぞれの事情を抱えています。
そしてどれについても納得できるというか、
確かにこういう人っているなあ・・・と思わせる力がある。
はじめは口が重い人々も会う回を重ねるごとに、次第に本心を覗かせるようになる。
それぞれがどんな事件を起こしたのか、詳細は語られませんが、
本人が少しずつ語ることから、およそのことがわかってくるという進行の仕方もうまい。


そして、教誨師・佐伯はただ彼らの話を淡々と聞くだけではありません。
彼らに寄り添おうとしながら、本当に自分の言葉が届いているのか、
それで彼らが安らかに死に行くことができるのか・・・苦悩します。
それは彼自身の過去の出来事ともつながっていくのです。
俳優たちの全身全霊をかけた言葉が、胸に染み入ります。

中でも、作中でたった一人実際に処刑される高宮(玉置玲央)が、すごかった・・・!
インテリの彼は反社会的思想を持ち、多人数の無差別殺人をしたようなのです。
しかし反省の色はなく、持論を繰り広げるばかり。
これには佐伯も太刀打ちできず、逆にやり込められてしまいます。
この方のルックスも好みで、私、ファンになってしまいました。
玉置玲央さんは主に舞台で活躍していて、
大河ドラマ「真田丸」で織田忠信役をやっていたそう・・・。
全然気づいてなかったですが・・・。
きっとそのうちにまたテレビドラマや映画で大きな役で出てくるのでは、と期待しています。



ともあれ、思っていたよりもずっと見ごたえのある作品で、
大杉漣さん、本当に惜しい方を亡くしたと今また改めて思う次第。

教誨師 [DVD]
大杉漣,玉置玲央,烏丸せつこ,五頭岳夫,小川登
Happinet



<WOWOW視聴にて>
「教誨師」
2018年/日本/114分
監督・脚本:佐向大
出演:大杉漣、玉置玲央、鳥丸せつ子、五頭岳夫、古館寛治、光石研

死刑囚の真理度★★★★.5
満足度★★★★.5

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ビューティフル・ボーイ

2019年04月17日 | 映画(は行)

ドラッグは抱えている問題から逃げる手段?

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父デビッドとドラッグ依存症だった息子ニック、
それぞれの視点から描いた2冊のノンフィクションが原作とのこと。
でも本作は、ほとんどが父デビッドの視点から描かれています。
デビッドが初めて息子のドラッグ依存に気づいてから
ニックは施設入りをすることになります。
大学在学中だったのを数ヶ月休んで。
しかし、一応その成果が出て、もう大丈夫と思った頃に、また手を出してしまう。
心からニックは思う。
もうやらない、大丈夫。
・・・しかししばらくするとまた始めてしまう、そんなことの繰り返し。
次第にクスリの量も増え、心も体も蝕まれていきます。



本人も辛いでしょう。
けれどそれを見ていることしかできない親の苦悩というのが身にしみます。
ずっと閉じ込めて見張っている訳にはいかないですものね・・・。



ある人は言います。
「クスリが問題なのではない。
ドラッグは抱えている問題から逃げる手段なんだ。
君の問題は何?」
さて、ニックは成績優秀スポーツも得意。
一体何が問題なのか、と私も問いたい。
強いて言えば、彼の両親は離婚していて、今は父の再婚相手が「母」であり、
その母と父との間にまだ幼い2人の子供がいる
・・・というような家庭環境くらい。
でも、本作から見る限りではその仲は極めてうまく行っていて、
こんなことが原因とは思い難い。
もしかすると、あまりにも親密な父親との関係?と思わなくもないですが・・・。
そんなことが問題なら世界中ドラッグ依存症の人だらけになりそう。



まあでもそれは端から見たことです。
何が満足で何がそうでないのか、何が不安なのか・・・
それは個人個人のことで、本人でさえ、
心の奥底にある自分の気持ちに気づいていないのかも知れません。
何もかもが気に入らない、「キャッチャー・イン・ザ・ライ」のホールデンのように・・・。



どうすればいい。
どうすれば息子が立ち直るのか。
なぜ幾度も同じことを繰り返すのか。
もしかして自分の育て方がダメだったのか。
自分の対応が問題なのか。
父親の苦悩の答えは、否。
親でもどうすることもできないのです。
誰にも、何もできない。
もしかすると、結局父がどうにかしてくれるという甘えが本人にあったのかどうか・・・。
親にとっては開き直って自分には何もできないと
覚悟を決めることこそが、本当の第一歩なのかも知れません。
けれどそれは本人にとっては絶望的なことで、
本作でもその後ニックが命を落としても不思議ではなかった・・・。
実際、難しいですね。



本作のモデルのニックは、その後8年間ドラッグには手を出していないそうです。
そこが救い。



「ビューティフル・ボーイ」はもちろん=ティモシー・シャラメですが、
あのジョンレノンの名曲「ビューティフル・ボーイ」にちなんでいたのですね。
作中でも流れるこのメロディ、
親にとっては、我が子はいつまでたってもかけがえのないビューティブル・ボーイなのだ
という思いが溢れ出ます。


<ディノスシネマズにて>
「ビューティフル・ボーイ」
2018年/アメリカ/120分
監督:フェリックス・バン・ヒュルーニンゲン
出演:スティーブ・カレル、ティモシー・シャラメ、モーラ・ティアニー、エイミー・ライアン、ケイトリン・デバー
親子の愛度★★★★☆
ドラッグの危険度★★★★★
満足度★★★★☆

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「三ノ池植物園標本室 上・下」ほしおさなえ

2019年04月16日 | 本(その他)

受け継がれていく“命”

三ノ池植物園標本室 上 眠る草原 (ちくま文庫)
ほしお さなえ
筑摩書房

 

三ノ池植物園標本室 下 睡蓮の椅子 (ちくま文庫)
ほしお さなえ
筑摩書房

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「三ノ池植物園標本室 上」
職場で心身をすり減らし、会社を辞めた風里。
散策の途中、偶然古い一軒家を見つけ、導かれるようにそこに住むことになる。
近くの三ノ池植物園標本室でバイトをはじめ、
植物の標本を作りながら、苫教授と院生たち、イラストレーターの日下さんや編集者の並木さんなど、
風変わりだが温かな人々と触れ合う中で、刺繍という自分の道を歩みだしていく―。


「三ノ池植物園標本室 下」
風里が暮らす古い一軒家には悲しい記憶が眠っていた。
高名な書家・村上紀重とその娘・葉、葉と恋仲になる若き天才建築家・古澤響、
過去の出来事が浮かびあがるうち、風里にも新たな試練が。
風里は人々の想いをほどき、試練を乗り越えることができるのか―。

* * * * * * * * * *


ほしおさなえさん、私にははじめての作家です。
この優しく静謐なカバーイラストに惹かれて手に取りました。


職場で心身をすり減らし、会社を辞めた風里が、
古い一軒家に住み三ノ池植物園標本室に仕事を得る。
何やらゆったりとした居心地の良いときが流れ始めて、
これは癒し系の小説なのかなと思い始めると、
突然に時代をさかのぼり、別の話が始まります。
それは高名な書家を父親に持つ葉の物語。
風里と葉、この二人のつながりはどこにあるのか・・・
そのことが少しずつ解きほぐされていきます。

同じ土地で生きた人々のつながり。
人の命は失われても、受け継がれていく。
物質的な意味でもありますが、心の面でも言えるのではないか。
あまりにも強い「念」のようなものが漂い、後々にも影響を与えていく
・・・などといえば妙な因縁話か幽霊譚のようになってしまいますが、
本作は見事にファンタジー的な表現で、
命のつながりを表していると思いました。


大昔にあった「一の池」が草原となり、一部井戸として残るという変化をたどったように、
人の思いも大もとの形を変えながらも受け継がれ残っていく。
残された思いはときには重荷でもあるのだけれど、
それを受け止め、引き継いで行くことが自己の存在意義であるのかも知れない・・・。
ふとそんな思いにも駆られるのでした。
風里の作る緻密な刺繍を、ぜひ見てみたい!!

「三ノ池植物園標本室 上・下」ほしおさなえ ちくま文庫

満足度★★★★☆

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ロープ 戦場の生命線

2019年04月15日 | 映画(ら行)

やってられないけど、やらねば・・・

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1995年、ボスニア紛争、停戦直後のバルカン半島の山間部。
ある村で井戸に死体が投げ込まれ、生活用水が汚染され使えなくなってしまいました。

国際活動「国境なき水と衛生管理団」のマンブルウ(ベニチオ・デル・トロ)らが現地を訪れ、
死体を引き上げる作業を開始しましたが、ロープが切れてしまい使用不能に。
やむなく代わりのロープを探しに行きますが、
停戦したとはいえまだ武装集団がいたり地雷が埋めてあったりします。
そしてロープなどどこにでもありそうなのになかなか見つからない・・・。
そんな時、不良グループといさかいを起こしていた少年を拾い、
彼の家にロープがあるというので行ってみることに・・・。

少年は紛争のため両親と離れ、祖父の家に来ていたのです。
だから少年の家といってもかなり離れていて、
そこにたどり着いた末に、彼らは思いがけないものを目撃します。
目的のものも見つけたのですが、どうにも切ない事情・・・。
コミカルではありながら、戦争という中での狂った日常を痛切に語っています。
戦場では異常が当たり前になってしまう・・・。

電気はなくてもなんとかなりそうですが、水はなければ生きていけません。
作中ではこの近辺に他に2箇所井戸があるのですが、
地雷が仕組まれていて、使えないことになっています。
唯一使える井戸に死体を投げ込むとは・・・。
何という非道なことをと怒りがこみ上げますが、
もしかするとそれをしたのは兵士ではなく、金儲けを企む者たちなのかもしれない
というのが余計にショッキング。

そんな中でも人々は生きていく他ありません。
村のおばあさんが牛たちを追いながら原野を歩いていきます。
国連軍の兵が「そこには地雷があるから歩いちゃダメだ!」と呼びかけるのですが、
「ここを通らないと家に帰れないよ!」とおばあさんは言う。
おばあさんは何も考えていないようでいて、実は牛の通ったあとを歩いていたのです。
たくましい村の人々の暮らしが伺える場面。
そしてこれがあとの場面の伏線だったというのが秀逸。

武器を持って闘うわけではない。
けれども、会議室で司令を下す誰よりも、戦争の本当の姿を彼らは知っているようです。
素敵な作品です。

ロープ 戦場の生命線 [DVD]
ベニチオ・デル・トロ,ティム・ロビンス,オルガ・キュリレンコ,メラニー・ティエリー
オデッサ・エンタテインメント



<WOWOW視聴にて>
「ロープ 戦場の生命線」
2015年/スペイン/106分
監督:フェルナンド・レオン・デ・アラノア
出演:ベニチオ・デル・トロ、ティム・ロビンス、オルガ・キュリレンコ、メラニー・ティエリー、フェジャ・ストウカン

理不尽度★★★★☆
満足度★★★★★

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バイス

2019年04月14日 | 映画(は行)

驚き、呆れ、笑うしかない。

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ジョージ・W・ブッシュ政権でアメリカ史上最も権力を持った副大統領と言われた
ディック・チェイニーについての実話に基づいたストーリー。



1960年代半ば、酒癖の悪いろくでなし男ディック・チェイニー(クリスチャン・ベール)は、
後に妻となる恋人リン(エイミー・アダムス)に叱責され、政界の道へ進み始めます。
下院議員ドナルド・ラムズフェルド(スティーブ・カレル)の下で政治の裏表を学び、
その後次第に頭角を現していきます。
そしてついに、ジョージ・W・ブッシュ(サム・ロックウェル)政権で副大統領に。
そしてその時、あの9・11同時多発テロが起こる・・・。

ブッシュ大統領のボンクラぶりを利用して、ほとんど実権を握ってしまったチェイニーは、
9.11をチャンスとして、更に自分の有利な方向へ政治を誘導していく・・・。
なんともうそ寒い気持ちにさせられてしまうのですが、
皮肉めいて描かれるこの作品、もう笑うしかないという感じですね。



本作の語り手の男性の正体が途中で明かされるのですが、なんとも驚き!!
あのメタボ体型だもの、心臓も悪くなりますよね・・・。
また、チェイニーが一旦引退したところで、エンディングロールが流れ始めるのですが、
なんとそれはフェイクで、物語の本当の始まりはそこからだったりする。
どうにもこうにも企みに満ちた作品であります。



そして私がちょっと驚きだったのは、
飲んだくれチェイニーのお尻を叩いてやる気にさせたのが奥さんだったということ。
妻リンは本人がかなり優秀な方で、
しかし女では何にもなれないので(時代が時代なので・・・)
夫を出世させようと思ったわけなのです。
実際選挙運動などでは彼女の演説のほうがよほど人の心をつかむ。
チェイニーの政治活動はほとんど妻との二人三脚だった・・・。
こういう女性の生き方もアリなのか・・・。

それにしても、このクリスチャン・ベールの変貌ぶり。
自ら20kgの増量をしたそうですが、特殊メイクの効果もあるのでしょう、
映画を見ながらも「本当にクリスチャン・ベール?」と何度も思ってしまった・・・。

バイス(vice)というのは、vice-presidentのように
職名などの前につくと「副」とか「代理」の意味になりますが、
単体では「悪徳」の意味になるのだとか。
なんともピッタリの題名なのにも、驚き呆れさせられます・・・。

<シアターキノにて>
「バイス」
2018年/アメリカ/132分
監督:アダム・マッケイ
出演:クリスチャン・ベール、エイミー・アダムス、スティーブ・カレル、サム・ロックウェル
歴史発掘度★★★★☆
悪徳度★★★★★
満足度★★★.5

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