映画と本の『たんぽぽ館』

映画と本を味わう『たんぽぽ館』。新旧ジャンルを問わず。さて、今日は何をいただきましょうか? 

バタフライ・エフェクト2

2008年03月30日 | 映画(は行)

(DVD)

大好きなシリーズなので、見ました。
今回、全く登場人物も背景も違うので、こちらを初めてみるということでもぜんぜん問題ありません。
つまり、主人公が時間をさかのぼり、前とは違う行動をとることにより、
その後の人生や周りの状況までもが大きく変わってしまう、
というそのシチュエーションが引き継がれているわけです。

前回はアシュトン・カッチャー演じる学生が主人公でしたが、今回は、エリック・ライヴリー。
社会人です。
だから、ちょっぴりその内容も大人向き。
主人公ニックは、写真を見つめることにより、意識がその写真を写した当時の自分の中に入り込んでゆく。
きっかけは、交通事故により、彼の恋人ジュリーと友人、そしてその彼女という3人を一度に失ってしまったこと。
その直前に写した写真を見つめるうちにいつしかその時点に舞い戻っており、
そして辛くも彼はその事故を避けることができたのです。
気がついてみると、彼の恋人も、友人もその彼女も、みな健在の”現在”にいる。
彼はその、幸福を噛みしめる。
それだけで、実はもう何もいらないはずなのです。
けれども、欲が出る。
友人たちが元気なのは良かったけれど、仕事がうまくいかない。
彼はまた、過去の写真を見つめ、人生の修正を試みる・・・。
しかし、これは繰り返せば繰り返すほど悲惨な結果になっていくのです。
結局は恋人や友人たちを傷つけてしまうことに絶望し、
彼はある悲壮な覚悟を決めて、また、過去に戻っていくのですが・・・・。

前作の「切ないラブストーリー」路線がここでも受け継がれています。
全体的に、このシチュエーションは、前作で感動しつくしているので、やはり以前ほどの驚きはありません。
まあ、無難にまとまっていると思います。

それから、この、タイムトリップの素質は遺伝的なものであることが、浮かび上がってきます。
とすれば、この物語には「3」もあるのか・・・。
う~ん、でも、もうたくさんですよね・・・。

2006年/アメリカ/92分
監督:ジョン・R・レオネッティ
出演:エリク・ライヴリー、エリカ・デュランス、デヴィッド・ルイス、ダスティン・ミリガン

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ツタヤのネットでレンタル

2008年03月29日 | インターバル

新年度も近いことなので、ちょっとリニューアル中です。
シックに行こうと思います。

東京では桜が満開のようですね。
わが札幌は、3月ずっと暖かくて、山のような雪も瞬く間に消え、いまや積雪ゼロ。
しかし、昨日あたりからちょっと寒さのぶり返して、今朝、家の周りはうっすらと雪をかぶっていました。
札幌の桜はまだひと月先です!

最近、TVでしきりに宣伝している「ツタヤのネットでレンタル」につられて、入会しちゃいました。
今まで、近所の本屋さん兼ビデオレンタルの店でDVDを借りていたのですが、
品揃えが悪いうえに、見たいのがレンタル中で、なかなか見られない。
新作は一泊じゃないと高いので、準新作になるまでじっと我慢
・・・などなど、不満がいっぱいでした。

TSUTAYA DISCASなら、Aプランで月1974円、月最大8枚まで借りられます。
ネットで予約、一度に二枚送られてきて、
郵便受けに届くので、留守でも問題なし。
返却期限は無くて、とりあえず、その2枚を返さないと次のが来ないという仕組み。
返却は、来た時の封筒で、そのまま、ポストに入れるだけ。

札幌の我が家でも、返却した日から二日で相手に届いて、
その二日後に次の分が届く。
つまり、返却して4日後に次の分が届いています。
連休に、もっとたっぷり見たい、というような時は、
スポットレンタルという方法も取れます。

う~ん、すっかりPRになってしまった。
別に何ももらってませんが・・・。
私の、映画鑑賞幅はこれで確実にアップしております。

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マイ・ブルーベリー・ナイツ

2008年03月29日 | 映画(ま行)

えーと、いろいろな意味で、これは注目作なんですね。
香港の巨匠ウォン・カーウァイ監督のニューヨークを舞台とした英語作品。
「恋する惑星」、「2046」等が代表作というのですが、実は私はどちらも見ていない・・・。
香港映画はちょっと守備範囲外なのでした。

それから、グラミー賞歌手のノラ・ジョーンズが映画初出演にて、初主役。
だからといって、日本で時々ある、アイドル映画ではないんですね。
よく俳優兼歌手という人がいますが、どちらもうまい人が多い。
歌い手さんは、詩に心をこめるすべを知っていますから、演技もお手の物なんだと思います。

しかしなんといっても、私自身が注目したのは、やはりジューロ・ロウ出演というところ。
この役がジュード・ロウでなかったら、見なかったというのが正直なところで、
実際、別の人なら、もっとぜんぜんつまんなくなっただろうと思います。

これまでのたいていのストーリーは、旅するのが男性で、待つのが女性なのではないでしょうか。
この作品のユニークなところは、その位置が逆転しているところ。
ジュード・ロウ演じるジェレミーは、自らのカフェでブルーベリーパイなどを作りながら、ひたすら彼女が戻ってくるのを待っている。
電話をかけまくって彼女の居所を探そうとしたり、届かない手紙を書き続けたり・・・。
なんだかいじましいという、こんな役もさまになっちゃうのがジュード・ロウのすごいトコなんですよ・・・。

一方行動する女性エリザベスは、行く先々で働き、いろいろな人と知り合い、いろいろなことを学んでいく。そして帰還。

まさに、現代風ですなー。
船出をした夫を待つ妻のような、母のような、
・・・広い心ですべて受け止めてくれる男性、そういうのもいいですよね。

口についたパイのクリームをキスでふき取る・・・という名シーンあり。
(それがこの写真)
まあ、やはり、女性向けの作品ですわね!

2007/香港・フランス /95分
監督:ウォン・カーウァイ
出演:ノラ・ジョーンズ、ジュード・ロウ、デイヴィッド・ストラザーン、レイチェル・ワイズ、ナタリー・ポートマン

「マイ・ブルーベリー・ナイツ」公式サイト

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プレステージ

2008年03月28日 | 映画(は行)

(DVD)
時は19世紀末。
近代的テクノロジーの夜明け。
天才マジシャンのアンジャーとボーデンは、もとは同じマジシャンの弟子だったのですが、あるときアンジャーの妻が水槽からの脱出に失敗し、命を落としてしまう。
その時、彼女の手の縄を縛ったのがボーデン。
そんなことから、2人は憎しみ合うようになり、そして、強力なライバルとして互いに成長していきます。

2人はともに、人間の瞬間移動のイリュージョンに取り付かれていく。
舞台の上で、当人が一瞬姿を消した後、別のところから現れる。
そのタネは、双方、人生を賭け、命を懸けた壮絶なものなのですが、真実はぜひ自分で確かめましょう・・・。

一つのタネは、奇術というよりは、マッド・サイエンティストが活躍するSFといってもいいかも知れない。
だからこそ、こういう時代背景なんですけどね。

さて、それにしても、この映画はわかりにくいと思いました。
アンジャー殺人の罪に問われたボーデンが、投獄されるシーンが現在。
それと、過去のシーンが交互に描かれるのですが、
その切り替えが、よく分からない。
それと、この2人が、どっちがどっちなんだか、私はきちんと区別が付けられなかった・・・。
(まあ、こんなに人の見分けが苦手なのは、私だけかもしれないけど・・・)
それで、これがいつのことで、どっちの人なんだ???
・・・とかいちいち思っていたら、ストーリーのスリルを楽しむどころじゃなくなっちゃいますよねー。
だから、どんでん返しは確かにあるのだけれど、
それほど驚愕できなかった・・・、というのが正直なところです。
・・・わざわざ劇場に見に行かなくて正解、と思ってしまいました。

2006年/アメリカ/130分
監督:クリストファー・ノーラン
出演:ヒュー・ジャックマン、スカーレット・ヨハンソン、クリスチャン・ベール、マイケル・ケイン

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「日本語ぽこりぽこり」 アーサー・ビナード 

2008年03月26日 | 本(エッセイ)

「日本語ぽこりぽこり」 アーサー・ビナード 小学館

この、なんとなく微笑んでしまいたくなる題名。
もう、文庫だけでは我慢できなくなって買ってしまいました。
2005年に出版されたものです。
講談社エッセイ賞受賞。
アーサー・ビナード氏のご紹介については、
文庫「空からきた魚」を参照ください・・・・。

これまで、彼の著書を3冊読んだことになりますが、
(実は記事になっていないけれど、「出世ミミズ」という文庫も読んだ)
さすがこれは、エッセイ賞受賞ということだけあって、
一番内容も多岐に渡っていて、面白いと思いました。
日本とアメリカ、体験で感じたさまざまなことを実に軽妙に語ってくれます。
日本で生まれ日本で育ち、どっぷりと日本文化に浸った者では気づかないことを気づかせてくれます。

たとえばこんな話はいかがですか?
いまやめったにお目にかからなくなった2000円札。
そのお札には、源氏物語第38帖「鈴虫」の巻の挿絵が使われている。
ところがせっかくのその絵には、その巻の文字がかぶせられてしまっていて、光源氏が耳なし芳一状態。
しかも、その文字の列は、下半分が切り取られていて、きちんと読もうと思っても絶対に読み取れない。
それでもよくよく調べてみれば、その文字のシーンは、その挿絵とは全然別のシーン。
う~ん、これをアメリカの方に指摘されるのって、とっても恥ずかしいことではありますまいか・・・。
そもそも私など、そのような挿絵が使われていたことすら知らないし、
ましてや、手にとっても、字を読んでみようとは思わないです・・・。
思っても読めないか・・・。
いかに日本人が自国の文化に無頓着か、そういうことがバレバレですね。

こんな風にビナード氏が意地悪を言うことは少なく、
むしろ、自国のありようを嘆くことが多く、とても日本びいきであります。
念のため。

時折、彼のお父さんの話が出てきます。
彼がまだ少年の頃に飛行機事故で亡くなったのだという。
彼は、お父さんをとても信頼し、愛していたことが伺えます。
お父さんが教えてくれた釣りのこと、残したさまざまなエピソードのこと。
その思い出話にはとてもしんみりさせられるのです。
そんな心情を描いた詩に、「釣り上げては」というのがありまして、
今度はそれを読んでみます!

満足度★★★★★

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グッバイ、レーニン!

2008年03月24日 | 映画(か行)

(DVD)
1989年。まもなく20年にもなるのですね。ベルリンの壁崩壊から。
私たちはこの出来事を「西」側から見て知っているわけですが、この映画では「東」側の視点で描かれているところがポイントです。

ベルリンの壁崩壊直前の東ドイツ。
青年アレックスは改革を求めるデモに参加しているのを母親に見られてしまいます。
母、クリスティアーネは熱心な共産主義者。
それで、ショックを受け、心臓発作を起こして昏睡状態になってしまいます。

その後、ベルリンの壁は崩壊し、一気に民主化が進む。
たちまち家の中にも西側のものがなだれ込み、町にはコカコーラの看板があふれる。
姉は西から進出したファーストフードチェーン店のバイトを始めるし、その彼も西の男性。

そうして、8ヵ月後、奇跡的に目覚めた母は、その間のことを何も知らない。
医師が、ショックを与えてはいけないというので、
アレックスは、この8ヶ月の出来事など無く、今も東ドイツの体制がそのまま続いていると、母親にうそをつくことを決心。

それがまた大変に涙ぐましいのです。
まわりの状況はたった8ヶ月で激変。
昔からの商店は消え、スーパーの棚には、西から来た商品ばかり。
母のお気に入りの食べ物を手に入れるのも四苦八苦。
ゴミ捨て場から古いビンを拾ってきて詰め替えたり・・・。
映画オタクの友人の協力で、インチキのニュース番組を作ったり・・・。
近所の人に頼み込んで話を合わせてもらったり・・・。
あっという間に、これまで当たり前だったものが当たり前でなくなる。
信じていたものの価値が、なくななってしまう。
こんんな愚かしさを、ちょっぴり皮肉をこめて伝えていると思います。

しかし、このアレックスのここまでの執念、母への愛。
これもまた、感動モノではあります。
姉の方はとっくにあきらめ、投げ出したくなっているというのに。

体制が変わっていない偽装に加えて、つじつまを合わせようとするうちに、
いつの間にか、新しい歴史まででっち上げることになっていくんですね。
それが、はらはらするうちに、なんとベルリンの壁が崩壊し、西側の人々がなだれ込んでくるという現実とうまく合致させてしまうという、離れ業をやってのける。
経済が破綻し、難民として西側の人々がなだれこみ、東はそれを温かく受け入れた・・・という筋書き。
見事な着地でした。
こんな顛末をユーモアを交えて語る、オススメの作品です。


2003年/ドイツ/121分
監督:ヴォルフガング・ベッカー
出演:ダニエル・ブリュール、カトリーン・ザース、チュルパン・ハマートヴァ、マリア・シモン

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君のためなら千回でも

2008年03月23日 | 映画(か行)

アフガニスタンの空に上がるたくさんの凧。
2人の少年アミールとハッサン。
アミールは裕福な家の子で、ハッサンはそこの召使の子。
しかし、2人は熱い友情でつながっています。
凧合戦は、互いにタコ糸を切りあうというなかなかテクニックの必要なものですが、
二人はチームワーク良く、ついに最終の勝者に。
まるで、自分こそが空にも舞い上がるような高揚感。
ハッサンは、最後の敵の凧を拾うため、凧を探しに行くのですが、
その時の彼の言葉が、「君のためなら千回でも(凧を探してくる)!」

その直後に、一転、事件が起こります。
なかなか戻らないハッサンを探しにいったアミールは、ハッサンが年上の少年たちに暴行されているのを目撃してしまいます。
アミールは気が弱い子で、体力にも自信が無く、いつもハッサンに助けられていたのです。
このときも、ついにハッサンを助けに入る勇気がもてなくて、見捨ててしまいました。
ハッサンはアミールとの友情を貫くために闘っていたというのに・・・。
この罪悪感に耐え切れないアミールは、また、卑怯な方法で、彼ら召使親子を屋敷から追い出してしまうのです。

その後、アフガニスタンにソ連が進攻。
アミールと父は身の危険を感じ、アメリカへ亡命します。
アミールはハッサンとの出来事を心の底のしこりとしたまま、カリフォルニアで成長。
小説家となりました。

さて、その頃、アフガニスタンは今度はタリバン政権の支配下。
ところが、ハッサンは戦乱で命を亡くし、その一人息子が孤児院にいる、ということが耳に入ります。
アミールはハッサンへの贖罪のため、今は荒れ果て、変わり果てた故郷へ向かうのです。

この心弱い少年を誰も攻めることはできないでしょう。
むしろ、たいていの人は、そう勇敢にはふるまえないものですよね。
アミールの父というのがまた、男らしい勇気ある人物で、その父から見るとアミールはいかにもひ弱で、実は気に入らないのです。
父はアミールとハッサンと比較し、ハッサンを気に入っているように見える。
そんなハッサンへの嫉妬もちょっぴりあったのかも知れません。

しかし、長じたアミールは、今度は逃げないと決めた。
ハッサンの信頼にこたえるのは今しかない。
立ち入るのさえ危険なアフガニスタンに、乗り込んでいくのです。

これは友情の物語でもあり、自己の尊厳の物語でもあります。
また、アフガニスタンという舞台が、これまでにない鮮烈さで迫ってきます。
ソ連のアフガニスタン侵攻。
私はあの、モスクワオリンピックのボイコット騒ぎがあったことで、記憶にとどまっている程度、という体たらくですが、
そのために、人生が大きく変わった、こういう人たちがいる。
タリバン・・・これは、いまや悪の代名詞みたいなことになっていますが・・・。
でも、宗教も何もかもあんなに理解しがたいと思っていた国の人々は、やはり、私たちと同じ考え方をする、同じ人々なんですよね。
特に、子供の元気さ、残酷さ、どこの国でもやはり同じなんです。
個人レベルならすぐに分かり合えるのに、国レベルになると関係がおかしくなってしまう・・・。

この映画のラストシーンは、やはり凧揚げなのですが、それは平和なカリフォルニアの空。
どこの国でも、こんな風に、のどかに凧揚げや凧合戦を楽しめる日が来るといい。

2007年/アメリカ/129分
監督:マーク・フォースター
出演:ハリド・アダブラ、ホマユン・エルシャディ、ショーン・トーブ、アトッサ・レオーニ

「君のためなら千回でも」公式サイイト

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トランスアメリカ

2008年03月22日 | 映画(た行)

(DVD)
普通にあらすじだけ読むと、ちょっと避けてしまう作品かも知れません。
性同一性障害の男性が、性転換手術を受け、女性になろうとする物語。
でも、これはどの映画評を見ても評価は高いので、ぜひ見たいと思っていたのです。

主人公ブリーは、冒頭からすでに一見して女性です。
女性ホルモンを服用しているので、胸の膨らみもある。
でも、まだ下半身は男性のままで、まもなく、手術で切除する予定。
私たちは単に女装癖も、同性愛も、性同一性障害も、一緒くたに考え勝ちですが、きちんと認識を改めるべきだと思いました。
もちろんどれが良くてどれが良くないということではありません。

でも、この中でも特に、性同一性障害については、表面的な肉体と精神の性の不一致ということで、
本人はすごく苦しいのに、回りからは奇異な目で見られてしまう、
・・・こういうことは、私たちも、きちんとした認識を持つべきですね。

さて、手術を心待ちにしているブリーの元へ、彼の「息子」という青年がドラッグと売春でニューヨークの警察に留置されているという知らせが届きます。
その昔たった一度だけ、女性と関係したことがある、その時の・・・・。
息子を引き取りにいったブリーはしかし、自分が彼の「父」だとは言い出すことができず、
「教会」の者だといって、彼をひきとり、2人でロサンゼルスを目指す大陸横断の旅をすることになる。
はじめは反抗的な息子トビーなのですが、次第に2人は打ち解けていく。
いきなり息子が現れて、親になれる人もいないと思います。
ここでも、正体を明かさないまでも、いきなり息子と対面し、どうしていいかわからないブリーの戸惑いが表されつつも、こちらも徐々になじんでいきます。
それが、本当に、どう見ても「父性」ではなく、「母性」を感じるんですよね。
やはり、この人のハートは女性に違いない。
そのように確信します。

トビーには、思わず目がひきつけられる、美形です。
きゃ~。こんな息子ならいくらでも突然現れてほしい!

しかし、彼は、女性だと思ったブリーが実は男性だと知った時にまず驚き、憤慨。
そこを何とか乗り越えて、さらには、それが自分の「父」だと知った時にまたまたショックを受ける。
とにかく翻弄されてしまうわけなのです。
トビー自身は、継父から虐待を受けて育ち、母を亡くし、不幸な生い立ちでした。
それで生活もすさんでいた。
ブリーも、周りから奇異な目で見られ、家族からもうとまれていた。
誰もありのままの自分を受け入れてくれない、そんな不安や孤独は2人の共通のもの。
だからこそ、お互いの温もりが必要なのです。

深刻な問題でも決して暗くはなく、まして、いやらしさもなく、ほんの少しユーモアも交えながら語られていく。
大変余韻の深い物語です。

この、ブリーを演じているフェリシティ・ハフマンはれっきとした女優さんでして・・・。
あれ?
では、ブリーに、はっきりと母性を感じてしまったのは、当たり前なのか??? 
でも、実は私、事前学習もきちんとしていなかったので、ずっとこれは男性が演じている、と思って見ていた・・・。
なんだか、混乱しますが、つまりこの方はまさに映画が狙ったテーマを具現する俳優、というべきでありましょう。ブラボー!

2006年/アメリカ/103分
監督:ダンカン・タッカー
出演:フェリシティー・ハフマン、ケヴィン・ゼガーズ、フィオヌラ・フラガナン、エリザベス・ペーニャ

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魔法にかけられて

2008年03月20日 | 映画(ま行)

え~と、この作品は、まず絶対見ない作品のはずでした。
予告編を見て笑えたのは確かですが、いまさら、王子様とお姫様の恋でもありますまい・・・。
しかし、しょうもない障害が・・・。
私がよく行く、わが街札幌の「東宝プラザ」で、映画6本のスタンプラリー企画が始まっていまして、その6本のラインナップがこうです。
「エリザベス・ゴールデンエイジ」、
「いつか眠りにつく前に」、
「魔法にかけられて」、
「フィクサー」、
「大いなる陰謀」、
そして「つぐない」。
この6本のスタンプをすべて集めると、無料招待券がもらえるという、まあ、それだけのことなんですけどね。
どれも見たいなあ・・・と思うものの、中で異質なのがこの、「魔法にかけられて」。
他は結構シリアスなのに何でここだけ、アニメ交じりのファンタジーなんですかねー。
スタッフの企画が安直すぎですよ・・・。
それともたまには、これで息抜きせよとの思いやり?

しかし、私は意地になって、本日見てきました! 
目指せ、6本完走。(今回3本目。)
ところが、なんとこれが日本語吹き替え版だった・・・。
なんとなんと、ここでやっているのはすべて吹き替え版だ~!
だまされた!
ううう・・・。
日本語吹き替え版なんて、お子様の見るものだという私の持論をどうしてくれる・・・。
何が悲しくて、こんなガキンチョたちと一緒に映画を見なきゃなんないのさ・・・。
ホント、情けない気持ちでいっぱいではありましたが・・・、
まあ、ジュード・ロウやジョニー・デップが別人の声で日本語しゃべってるわけじゃないからよしとするか・・・。

ふっ、ふっ、ふっ。
しかし、私はやはり転んでもただでは起きないオバサンですから、文句言いながらも楽しんじゃいました。

このお姫様、ジゼルは結構たくましいですよね。
彼ら、もともと不思議と魔法に満ちた国から来たわけですから、現代のニューヨークなんて、別に恐れるには足りない。
考えてみたら、もともとなんでもアリじゃありませんか。
ジゼルがお手伝いの動物たちを呼び集めるために歌を歌うと、ニューヨークの街中で集まってきたのは、ドブネズミにゴキブリに、ハエ。
うげげ。
しかし、彼女はものともぜず、お掃除開始。
ゴキブリやネズミがお皿洗ってどうするんですか~。

それにしても現代のお姫様は、強いのです。
たくましいのです。
剣を持ってドラゴンに立ち向かいさえする。
これぞ、現代女性の心意気、というやつですよ。
こんな天然キャラみたいな人と暮らせる?と、はじめは思ったけれど、
このたくましさには脱帽し、拍手を送りたいと思います。
彼女の洋裁の腕だけで、彼は弁護士をやめても食べていけます。
・・・とまあ、これはファンタジーの国を抜け出して、現実の世界に来たようで、
実はそこもやはりファンタジーの国なのですよ。
やはり「永遠の幸せ」が存在するファンタジーの世界。
というわけで、めでたし、めでたし・・・。

2007年アメリカ/108分
監督:ケビン・リマ
出演:エイミー・アダムス、パトリック・デンプシー、ジェームズ・マースデン、スーザン・サランドン

「魔法にかけられて」公式サイイト

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「空からきた魚」 アーサー・ビナード 

2008年03月19日 | 本(エッセイ)

「空からきた魚」 アーサー・ビナード 集英社文庫

また一人、好きな作家が増えました。
この本はエッセイ集ですが、作者アーサー・ビナード氏はアメリカ生まれ、アメリカ育ちのれっきとしたアメリカ人。
22歳の時にふらりと日本にやってきて、それから日本語を猛勉強。
瞬く間に、下手な日本人よりよほどましで美しい日本語を身につけてしまった。
2000年には、詩集「釣り上げては」で中原中也賞。
2005年「日本語ぽこりぽこり」で、講談社エッセイ賞受賞。
このようなエッセイを仕立てることだけでも感嘆しますが、その内容が、どれも心にしみるいい話なのです。
持ち前のユーモア、好奇心で楽しませてくれる。
日本での体験、時にはアメリカでの子供の頃のこと、話のタネは世界をめぐります。
そしてまた、ずっと日本にいては気づかない、他国の文化から見た視点・発想。
こんなところにも、このエッセイの楽しさの理由があります。

彼が日本で生活するようになったわけは、この本の表題にもなっているエッセイ「空からやってきた魚」に記されています。
彼の妹は科学者で水の浄化の研究をしているそうなのです。
下水処理場に出張することもあるのだけれど、そこに浄化槽がいくつかあって、汚い水がきれいになるにしたがって第一次浄化槽、第二次浄化槽・・・というように水が流れていく。
第一次浄化槽には、微生物くらいしかいないけれど、第3次ともなると魚が泳いでいる。
その魚は、人間が放ったものではないという。
ではどこから来たのか?
それは鳥が上空を飛びながら落とした糞に、たまたま魚の卵が入っていた、というもの。
彼は、このことにたとえて、自分もたまたま、ほんの偶然に空から落ちてきて、ここに住み着いただけ、というのです。
また、彼自身二十歳前後の頃に、どうにも自分の国になじめない気がしていた、というようなことも記されています。
俳句や謡曲もたしなむ彼は、もしかすると、日本人の心にとても近いものを持っているのかもしれません。

実は、我が家には今アメリカで暮らしている家族がいまして、言ってみれば、彼女も空を飛んで、ニューヨークの魚となっている。
しかし、彼女にはニューヨークの水の方がこちらよりも合うらしい・・・。
おかしなものですね。
いろいろな国にいろいろな人がいる。
だから人間っておもしろい。

満足度★★★★★

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「てるてるあした」 加納朋子

2008年03月17日 | 本(ミステリ)

「てるてるあした」加納朋子 幻冬舎文庫

この本は「ささら さや」の続編となっております。
・・・と、自分で言っておいて愕然とするのですが、うん、私はそれを確かに読んだと思うのですが、ぜんぜん内容をおぼえてない。
・・・情けないです。
ここに登場する個性豊かなおばあさんたち。
ここにうっすらと覚えはあるのですが。
まあ、とりあえず、前作のストーリーを知らなくても
ぜんぜんこの作品を読むのに差し障りは無い。
それは確かです。実証しました!

さて、ここでの主人公は中学を卒業したばかりの照代。
いまどきの少女にしては地味な名前なのですが、この名前にもきちんと由来がありまして、それは最後の方で明かされます。
この春から彼女は晴れて目指した高校の生徒となるはずだったのですが、
なんと親の借金で一家離散。
彼女はあったこともない遠い親戚という「佐々良」という町に住む久代おばあさんの元へ一人でやってくる。
やっとたどり着いた久代さんの家は古ぼけていて、しかも彼女はつっけんどんで口うるさい。
これまでわがままいっぱいに育った照代には、なかなかきつい現実なのです。
しかし、ここを追い出されたら、行くところもない。
でも、生来の気の強さ、たくましさを照代は持っているのです。
バイトをし、親しく話すことができる人も増えていく。
彼女がほんの少しだけ持ってきた大事な硝子のりんごやオルゴール。
それは壊れてしまうのですが、もう彼女には必要のないものになっていきます。

しかし問題は、なぜか久代の家に出没する、少女の幽霊らしきもの・・・。
少しずつ、久代の過去が語られ、また、照代の母の過去も語られます。
一人ぼっちでほおり出されたと思っていた照代は
実はさまざまな人々の暖かな思いに見守られていた、この気づきの物語なんですね。
ちょっと、自分勝手にも思える照代ですが、読んでいるうちにだんだん好きになってしまいました。
生きた少女がそこにいます。

満足度★★★★

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ノーカントリー

2008年03月16日 | 映画(な行)

さすが、アカデミー賞受賞作。
普通ならこの手の映画はそう人が入らないと思うのですが、結構にぎわっていました。
テキサスの荒野が舞台です。
時代設定は1980年代・・・まあ、西部劇よりは新しいですが、これは現代版西部劇といえるのかも知れません。
狩りをしていたモスは偶然麻薬取引現場らしいところを発見。
何人もの死体、残されたトラック。
そして、取引に使われたと思われる大金の入ったカバン。
彼は思わずそのカバンを持ち逃げするのですが、それは大変に危険な行為だったのです。

彼を追うのが殺し屋のシガー。
濃いっ!!。
黒ずくめの服装に、あのミョーなヘアスタイル。
不気味です。
彼は、高圧ボンベ付の家畜用のスタンガンを武器とし、何のためらいもなく人を殺していく。
そこには快楽も、苦悩も無い。ただ淡々と・・・。

モスも只者ではないですね。
危険をすばやく察知し、妻は実家に戻し、自分もすぐに家を出る。
生活力旺盛そうな、たくましい、こんな人は実は理想なんだけどな・・・。
ここではベトナム帰還兵という設定でして、・・・なるほどね。
彼の潜んでいるモーテルを探し出して、シガーが近づいてくる。
別室から隠してあったカバンを回収しようとするモス。
終始、無音。
この静寂が緊張感を高めます。

この成り行きを察知し、殺し屋を捕らえ、モスを助けようとするのが、老保安官のベル。
彼は、最近の犯罪はもう理解を超えている、今は正義も何も無いと思っている。
この、彼の心情が、この映画の題名なんですね。
原題は”No Country for Old Men”です。

あの殺し屋は、つまり死神といってもいいのではないかと思いました。
・・・死神というと、「死神の精度」とか、ブラピの「ジョー・ブラック」を思い出しちゃうかな。
では「死」そのものといってもいい。
それは誰彼かまわず、不意に訪れるものだからです。
「死」に魅入られてしまったら、もうなすすべは無い。
それを受け入れるだけ。
私は、あのような突然の死は、むしろ理想だと思ったりして。
ほとんど、恐怖を感じる暇も無いではありませんか。
コインの裏表で決まる死。
現実も、そんなものですよ・・・。

私はこれまで、コーエン兄弟の作品は、「オー・ブラザー」と「レディー・キラーズ」しか見ていませんでした。
(・・・実はこの2本はオススメなんですけど。)
それで、今まで、ブラックユーモアをきかせる監督という印象を持っていたのですね。
でも、このたびのノワール的作品が彼らの本来の持ち味と知りました。
・・・まだまだ勉強すべきことがたくさんあります。

それから、この殺し屋、ハビエル・バルデムって、どこかで見た名前だと思ったら、
なんとあの「海を飛ぶ夢」じゃないですか。
この役のギャップ!!
・・・本当に、映画は奥が深いです。

2007年/アメリカ/122分
監督:ジョエル・コーエン、イーサン・コーエン
出演:トミー・リー・ジョーンズ、ハビエル・バルデム、ジョシュ・ブローリン、ウッディ・ハレルソン

「ノーカントリー」公式サイイト

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イカとクジラ

2008年03月15日 | 映画(あ行)

(DVD)
一家四人に集合がかかりまして、
16歳ウォルトと12歳フランクの兄弟、そして父と母が集まってみれば、なんと父母の離婚宣言。
これからは、「共同擁護」のため、2人の兄弟は曜日によって父の家と母の家を行ったり来たりせよという。
フランクから思わず出た言葉は、「猫はどうするの?」

この父は、かつて脚光を浴びた作家なのですが、今はパッとしない。
頑固で尊大。
自分以外はみんなバカ、という態度。
大衆的な小説はバカにする。
しかし、ウォルトはそんな父を尊敬し、あこがれている。
一方母は新人作家として脚光を浴びつつある。
親の離婚に振り回される2人の息子。
フランクは、ビールは飲む、図書館で自慰をする・・・。
ウォルトは、ピンクフロイトの歌詞をパクってコンクールで賞金をせしめたり。
明らかに、問題行動を示し始めて、今度はそれにおろおろする親たち。

ウォルトは父と母は自分たちを守ってくれる完全な「親」ではなく、
いろいろな問題を持ってそれをもてあましているただのヒト、ただの冴えない中年男女であるということを認識していくのですね。
・・・なかなか、深刻な問題ではあるのですが、語り口はユーモラス。

そして、救いは、この映画の題名なんですが、「イカとクジラ」。
これは、自然史博物館のジオラマなんですが、巨大なイカとクジラが闘っている海底のシーン。
ウォルトは小さい時に母とこれを見たのですが、ものすごく怖かった。
でも、家に帰って母がその様子を面白おかしく語ってくれて、とても楽しかった。
・・・そんなことを思い出すのです。
今はしょうがない父と母だけど、いい親であろうとしてくれたし、また、確かにそうであった時期もある・・・。
まあ、いいんじゃないかな・・・、
最後に、そんな呟きが聞こえたような気がします。
これこそ、大人への階段を一歩登る、ということかもしれません。

ファミリードラマでは強い父、優しい母、まあ、そういうのが定番ですが、
今の時代、それは幻想にしか過ぎなくなっている。
現代のリアルな家族像。
でもまた、まあ、肩の力を抜いてそれでもいいんじゃない、
無理に理想の家族でなくてもね。
・・・と語っているような気がしました。


2005年/アメリカ/81分
監督:ノア・バームバック
出演:ジェフ・ダニエルズ、ローラ・リニー、ジェシー・アイゼンバーグ、オーウェン・クライン

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バブルへGO!!タイムマシンはドラム式

2008年03月13日 | 映画(は行)

(DVD)
タイムトリップものの好きな私には、まさにおいしい作品でした。
行く先がバブル最盛期1990年というのはまた、タイムトリップとしては妙に中途半端な時差なんですけどね。
あと2年ほどで、日本経済は破滅する、という予想の元、
何とかバブル崩壊を食い止めるため、偶然発明したタイムマシンで真理子は1990年へ。
しかしそのまま行方不明。
次にはその娘真弓が母を捜しにまた、1990年へ。
そのタイムマシンが、なんと古いドラム式の洗濯機、というわけ。
そのマシンではなぜか時間の操作などできず、行ける先は17年前と決まっている。つまり、17年前にそこで製作されたのでありましょう。
ドラムが回転さえすればいいのではないかと思うのですが、
なぜかご丁寧に水と洗剤まで入れるものだから、タイムトラベラーは泡まみれで17年前に到着してしまう、というのも、ご愛嬌。
だからこそ、「バブル」期というしゃれのつもりなのでしょう。

さて、バブル期なんですが、
ワンレン・ボディコン・お立ち台・ティラミス・ポケベル
・・・当時のキーワードとなるものがいろいろ登場。
17年前、といっても、そんなに古い話しじゃない、つい昨日のことのように思えてしまうのは、私がトシだからでしょうか・・・。
しかし、確かに5歳の子が、22歳になってしまうだけの年月ということですね。

実のところ、私自身はバブル期にいい思いをした記憶なんて何もありません。
世間様が浮かれている時も、公務員には関係の無いこと。
実につつましく、生活していただけなのであります。
・・・まあ、だから崩壊の時の痛手はそんなになかったわけですが、
給料の低下だけは世間様並かそれ以上って、どーよ、これ・・・。
だからこの映画を見て、え~、ほんとにこんなだったの?と、違和感を持つだけなんですけどね。

タイムトリップにつき物の、主人公の行動によって、歴史が変わる、その面白みが十分に出ていました。
財務省官僚の下川路や、借金取りくんが
出会う時期により職や性格が大きく違うなんてのは実に面白い。
そしてまた、この手の話しで難しいのは、「現在」に戻った時の着地の仕方なんですが・・・
ここではちょっと、でき過ぎですかね・・・。

2006年/日本/116分
監督:馬場康夫
出演:阿部寛、広末涼子、薬師丸ひろ子、劇団ひとり

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「死神の精度」伊坂幸太郎

2008年03月12日 | 本(その他)

「死神の精度」伊坂幸太郎 文春文庫

伊坂幸太郎の本はいつもプロットがしっかりしていて、登場人物のセリフもしゃれていて、まず、失敗無く楽しめるのです。
この本も、その例外ではありません。
ここに登場するのは、死神。
ある選ばれた人物を一週間調査した後、対象者の死に可否の判断を下すのが仕事。
同業者は多数居て、彼は「千葉」と名乗りますが、彼の担当したケースごとに一篇の短篇となってまとめられています。
そういえば、ブラピがやっていた「ジョー・ブラックをよろしく」という映画も、似たような設定ではなかったでしょうか。
この作品も、金城武主演でまもなく公開になりますね。
こんんな人たちが死神ならちょっと出会ってみたい・・・、なんていったら、危険すぎか。
とにかく、この死神は人間界にさして興味もないので、人間の言動をしっかり把握しておらず、時々言うことがトンチンカン。
しかもまじめにそれを言うので、なんともいえないおかしみがあります。

この中の一話「旅路を死神」。
ここでのターゲットは、若いオニーサンで、なんと殺人犯。
彼は逃亡の旅に出るのですが、なんと千葉がその運転手役となってしまう。
そもそも、千葉はヒトの生死には感心が無いので、彼が人殺しであろうが何だろうが気にしない。
千葉はミュージックだけはどんなものでも大好きなので、カーステレオに集中したいのに、話しかけてくる相手がうっとうしく思えるほど。
しかし、仕事ではあるので、彼とぼちぼち話しをするうちに、
彼が殺人を犯してしまったわけ、そしてこれから行く先でしようとしていることなどがわかってくるのです。
しかし、その中には、彼の思い違いがあることも指摘。
彼が憎み、殺してしまいたいと目指しているもう一人の相手は、
実は、憎むべき相手ではない、と。
2人の長いドライブなんですが、ドラマが隠されていました。
この2人が行き着くのは奥入瀬渓流。
思いがけず、そんなところで自然散策までして、印象深い一篇です。

さて、このように、独立した話を集めた短編集なのかと思いきや、
最後にわかるのは、これらが時間の流れに沿って並べられているということ。
以前に登場した人物がうんと年をとって再登場したりするのは、これもなかなか感動です。
そしてまた、永遠のトキを生きるのであろう死神の視点でしか語りえない物語。
やはり、この作者は只者ではありません。

満足度★★★★★

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