次郎は新宿駅から山手線に乗り換えて、奈穂子の家に向かった。山手線も空襲の被害を受けていたが、数日で復旧させ電車を走らせていた。電車に揺られていると車窓から上野の山が見え、その付近は焼けのこっていて安堵したが、それは墓地やお寺が多い事が幸いしたのかもしれないと思った。
鴬谷で電車を降り、でこぼこ道の大通りをしばらく歩き、細い路地へ入ってゆくと見覚えのある町並みの中に奈穂子の家を見つけた。
瀟洒な洋館の扉の呼び鈴を押すと、若い女中さんがでてきて丁寧にあいさつされた。その身なりはきちんとしており、焼け野原の中で立ち尽くす人々や、新宿駅にいた人々とはずいぶん違っていることに驚きつつも、帽子を取って「堀越というものですが、奥さまはいらっしゃいますか?」と、尋ねると、若い女中さんは「堀越様ですね。しばらくお待ちくださいませ。」といって、足早に奥へ向かった。
里見氏は日本郵船の重役で、兄も同じ会社に勤めており、代々続く裕福な家柄であった。奈穂子が亡くなった2年後に今の夫人と再婚し、次郎にも手紙によって知らされていた。
「まぁ堀越さん! よくいらっしゃいました。ご活躍は主人から度々聞いてはおりました。さぁおあがりになってください。」
次郎は笑顔を作り軽く会釈をすると「おじゃまします。」そう言って、靴を脱ぎ家に上がり、「お義父やお兄様はご健在でしょうか。」と、尋ねた。すると夫人は、
「ええ、元気でやっております。でも、主人も息子も終戦の混乱で職場に出たままで帰っておりませんのよ。」
と、穏やかに答えた。
次郎はどこも同じような状況なのだろうなと思いながらも、義理父が元気であることに安堵した。夫人の後についてゆき応接間へ通されると、
「おつかれでしょう。おかけになって。」と、夫人に促され、
「ありがとうございます。」
と、言って、ソファに腰を下ろしハンカチで汗をぬぐった。夫人は、
「この混乱の中、よく訪ねてくださいました。」
と、言って次郎をねぎらうと、次郎は今までこちらに来れなかったことについて話し出した。
「新聞で東京が空襲を受けた事は知っていましたが、私の職場の名古屋も地震と空襲でひどく混乱していまして、こちらになかなか足を運ぶ事ができませんでした。」
「地震?」
「ええ。新聞にはほとんど報じられていませんが、東海地方では空襲の前にとても大きな地震が起こってかなりの被害が出たんですよ。」
夫人はとても驚いていた様子であった。言論統制が引かれた戦時下、それも末期では震災の事など重要ではないと判断されたのだろう。沢山の人が亡くなり、苦しんでいる人たちが大勢いる状況を目にしていた次郎は、改めて軍部は非情であると思った。
「たいへんでしたのね・・・。東京も、それはひどいもので、この辺りは焼け残ったところも多いようですが、皇居や銀座や有楽町は焼け野原になってしまって沢山の人が亡くなったと主人から聞いています。堀越さんは鉄道でいらしたのでしょう。此処までの景色はどうでしたか。 」
「ええ。関東大震災の時に戻ってしまったのかと錯覚するくらいの変わりように驚きました。」
「やっぱりそうでしたのね。」
「はい。」
そう言うと、女中さんがお茶を持ってきて次郎と夫人の前にそっと置かれた。次郎は軽く会釈をし「いただきます。」といって乾ききった喉を潤した。
鴬谷で電車を降り、でこぼこ道の大通りをしばらく歩き、細い路地へ入ってゆくと見覚えのある町並みの中に奈穂子の家を見つけた。
瀟洒な洋館の扉の呼び鈴を押すと、若い女中さんがでてきて丁寧にあいさつされた。その身なりはきちんとしており、焼け野原の中で立ち尽くす人々や、新宿駅にいた人々とはずいぶん違っていることに驚きつつも、帽子を取って「堀越というものですが、奥さまはいらっしゃいますか?」と、尋ねると、若い女中さんは「堀越様ですね。しばらくお待ちくださいませ。」といって、足早に奥へ向かった。
里見氏は日本郵船の重役で、兄も同じ会社に勤めており、代々続く裕福な家柄であった。奈穂子が亡くなった2年後に今の夫人と再婚し、次郎にも手紙によって知らされていた。
「まぁ堀越さん! よくいらっしゃいました。ご活躍は主人から度々聞いてはおりました。さぁおあがりになってください。」
次郎は笑顔を作り軽く会釈をすると「おじゃまします。」そう言って、靴を脱ぎ家に上がり、「お義父やお兄様はご健在でしょうか。」と、尋ねた。すると夫人は、
「ええ、元気でやっております。でも、主人も息子も終戦の混乱で職場に出たままで帰っておりませんのよ。」
と、穏やかに答えた。
次郎はどこも同じような状況なのだろうなと思いながらも、義理父が元気であることに安堵した。夫人の後についてゆき応接間へ通されると、
「おつかれでしょう。おかけになって。」と、夫人に促され、
「ありがとうございます。」
と、言って、ソファに腰を下ろしハンカチで汗をぬぐった。夫人は、
「この混乱の中、よく訪ねてくださいました。」
と、言って次郎をねぎらうと、次郎は今までこちらに来れなかったことについて話し出した。
「新聞で東京が空襲を受けた事は知っていましたが、私の職場の名古屋も地震と空襲でひどく混乱していまして、こちらになかなか足を運ぶ事ができませんでした。」
「地震?」
「ええ。新聞にはほとんど報じられていませんが、東海地方では空襲の前にとても大きな地震が起こってかなりの被害が出たんですよ。」
夫人はとても驚いていた様子であった。言論統制が引かれた戦時下、それも末期では震災の事など重要ではないと判断されたのだろう。沢山の人が亡くなり、苦しんでいる人たちが大勢いる状況を目にしていた次郎は、改めて軍部は非情であると思った。
「たいへんでしたのね・・・。東京も、それはひどいもので、この辺りは焼け残ったところも多いようですが、皇居や銀座や有楽町は焼け野原になってしまって沢山の人が亡くなったと主人から聞いています。堀越さんは鉄道でいらしたのでしょう。此処までの景色はどうでしたか。 」
「ええ。関東大震災の時に戻ってしまったのかと錯覚するくらいの変わりように驚きました。」
「やっぱりそうでしたのね。」
「はい。」
そう言うと、女中さんがお茶を持ってきて次郎と夫人の前にそっと置かれた。次郎は軽く会釈をし「いただきます。」といって乾ききった喉を潤した。
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