硝子戸の外へ。

優しい世界になるようにと、のんびり書き綴っています。

「スロー・バラード」

2020-10-15 08:41:00 | 日記
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 左手にレンガ色の3階建てビルが見える。あの手前の信号を右折して、商店街を抜けると、私鉄駅前だ。浩二は慣れた手つきで、シフトダウンし、ウインカーを出して、商店街通りへカローラを向けると、通りの突き当りに駅前ロータリーの噴水が見えた。

 その頃の駅は箱みたいに小さかったけど、俺たちが高校へ入学する前の年に新しくなった。地元の子の話だと、偉い人が鉄道会社と掛け合って、特急が止まる駅にしたから、それに合わせて、駅も大きくしたらしい。そして、この商店街は、保育園の時から高校生の時まで、何かしらお世話になっていた。小学生のころまでは、電車に乗る前や、降りた時に、お婆ちゃんや母さんに、商店街のおもちゃ屋や定食屋に連れて行ってもらった記憶がかすかに残っている。中学生の頃は、自転車で商店街の模型やによく来た。高校の時は、ひろゆきとパチンコ屋の帰りに、ユキミとはラーメンを食べに行くときにこの商店街を通ったし、レコード屋には、帰りのバスが来るまで、よく暇つぶしさせてもらっていた。

 しかし、今ではそのレコード屋も店を閉めてしまって、浪人中、たまたま入った隣街のCDショップで、レコード屋の店長に偶然出会った時に、軽く会釈をすると、店長も俺の事を覚えていてくれていて、「店、閉めたんですね」って聞いたら、「しょうがねえわぁ。いくら音楽が好きでも、儲からんだら、食ってけへんでなぁ」と、言って笑っていた。仕事がなくなったというのに、すごく明るい店長には、びっくりしたけれど、その時、俺は、生きる為には、諦めも、軌道修正も、選択肢の一つなんだと思った。

 近くのショッピングセンターには来年の秋にリニューアルオープンと書かれた垂れ幕が掛かっていた。噂によるともう少し大きくなるらしい。いろんなお店が入ったショッピングセンターがオープンする来年には、この商店街も、今以上に淋しくなるのだと思う。



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