バイクライフ・バイクツーリングの魅力を北海道から。
聖地巡礼-バイクライディングin北海道-
グリップ感の正体
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/18/69/7a8358f2e1d83e6954dfdfccfe7544f6.jpg)
(この写真は記事とは関係ありません。07年5月8日。17:30。札幌市南区、北の沢。)
ライダーが「グリップ感が豊かだ」と感じている時、その感じ方は、
「タイヤが地面をしっかり捉えている」
「タイヤが荷重に負けずに路面に食いついていいる」
「パワーに負けて少しスライドしているが、そうしながらも路面は捉えている」
など、路面に対するタイヤの仕事状況を実感を持ってイメージしています。
逆にグリップ感がない、接地感が希薄だと感じるのは、
「タイヤが路面を捉えている実感が(実際には捉えていても)感じられない」
「いつタイヤが滑り出すのか、自信が持てない」
というものです。
グリップ感は、ライダーが五感を総動員して、はさみやほうきが柄の部分しか触っていなくても紙や地面を感じられるように、タイヤが路面とどう接しているかをイメージとして統合したものだといいました。
では、どんなとき、グリップ感は豊かに感じられ、どんなときグリップ感は失われるのでしょうか。
一つはライダー側の問題です。グリップ感はイメージの問題であるため、その意識がないとライダーが感じている情報をグリップ感として統合できず、グリップ感として感じることはできません。
もう一つは、タイヤ、車体側の問題です。タイヤが路面にたいしてどういう状況かがうまく伝わるようにタイヤ、車体が設計され、セットされていなければ、十分グリップしていてもグリップ感は希薄になります。
では、私たちは具体的には何を以ってグリップ感だと感じているのでしょうか。
私は「タイヤのたわみ」だと思います。
もし、バイクのタイヤが鋼鉄製で弾性が全然なかったら、コンクリート路面の上を走るロードローラーのように、硬質なゴロゴロした転がり感は得られても、グリップ感は得られないでしょう。ちなみに、ロードローラーが新しいアスファルトを平らにならしながら走行するときは、道路の方が通常のタイヤの役割をはたし、グリップ感が得られているはずです。
写真は車のハンドルを握る私の右手です。
上の写真は直進状態で、意図的にハンドルに対してわずかでも回す方向の力をかけないように、真上からピタッと摑みこんだような握り方をしています。
下の写真はゆるい右カーブです。握る位置はそのままで、少し右下に引き込むようにハンドルを回しています。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/21/be/f3f97bc238bc8db1912528d57fbb4639.jpg)
(ただ持っただけ。グリップ感はあるが、希薄。)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/74/10/8f82bb70f10d4766b729f1fb9baead1f.jpg)
(少し力が加わっている。ハンドルと手の間にグリップ感を感じる。)
このとき、私の右手は上の写真よりも下の写真の方がハンドルに対してグリップ感を感じています。
手のひらの肉はハンドルを回そうとした反力で上側に少し引かれ、自分がどの程度の力でハンドルを切っているかを、フィードバックしてくれています。
このことは例えば、テーブルに右手を突いて真上から体重をかけて押し、次にそうして押したまま手のひらをひねるようにしてテーブルの上で回転させようとすると、手のひらの肉が腕からかかった力とテーブルとの摩擦とによってたわむことからも実感できます。
そして、真上からテーブルを押していたときより、ひねろうとしたときの方がはるかに「グリップ感」を感じられるはずです。
バイクのタイヤはゴム(やシリカ)でできており、それに空気を入れて膨らませて使います。
路面に対し加速、減速、回転など力が加わったとき、タイヤは必ず各所がたわむように変形しながら路面に対して仕事をしています。
この<たわみ>の情報を、我々はバイクと接しているシート、ステップ、ハンドルなどから感知してグリップ感として認識するのではないか。そう私は考えているのです。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/42/aa/1243b04a1c0b299eef3fe96465fbe5cd.jpg)
(コーナリング後半のトラクション旋回。高まったリヤのグリップ感をシート、ステップで、旋回Gに素直に追随したフロントのグリップ感をハンドルで感じながら、コーナー脱出に向け、アクセルを開ける。)
タイヤにかかる力が大きくなればたわみは大きくなり、それがタイヤの仕事量の増加としてライダーに実感され、「グリップ感」としてライディングに安心感を与える。
もし、タイヤの仕事量の増加とタイヤのたわみがきちんと連動せず、ある範囲までは荷重してもそんなにたわまないのにあるポイントから急にたわみ量が増えるようでは、ライダーはグリップ感に自信が持てず、「グリップ感がない」「接地感がない」と感じる。
実際にはスリップしていない(しっかりグリップしている)のに、いつすべるか怖くて安心して走らせられない、という状況は、この<たわみ>情報がリニアに掴めないことから来る「グリップ感」の欠如の問題なのです。
ああ!理屈くさい!すみません。
しかし、ここからです!次回、バイクライディングと「グリップ感」のあり方について書いていきたいと思います。
もう少しご辛抱ください。
《注意!!》
今回の記事の内容は、あくまで筆者自身の考えによるものであり、科学的、客観的に事実として確認されたものではありません。また、筆者は筆者と違うグリップ感の捉え方、考え方を間違いだと否定するものではありません。
間違いや異論等ありましたら、遠慮なくコメントにてご指摘ください。記事の訂正、必要な場合は削除など、できるだけ迅速に対応いたします。
<お知らせ>
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ライダーが「グリップ感が豊かだ」と感じている時、その感じ方は、
「タイヤが地面をしっかり捉えている」
「タイヤが荷重に負けずに路面に食いついていいる」
「パワーに負けて少しスライドしているが、そうしながらも路面は捉えている」
など、路面に対するタイヤの仕事状況を実感を持ってイメージしています。
逆にグリップ感がない、接地感が希薄だと感じるのは、
「タイヤが路面を捉えている実感が(実際には捉えていても)感じられない」
「いつタイヤが滑り出すのか、自信が持てない」
というものです。
グリップ感は、ライダーが五感を総動員して、はさみやほうきが柄の部分しか触っていなくても紙や地面を感じられるように、タイヤが路面とどう接しているかをイメージとして統合したものだといいました。
では、どんなとき、グリップ感は豊かに感じられ、どんなときグリップ感は失われるのでしょうか。
一つはライダー側の問題です。グリップ感はイメージの問題であるため、その意識がないとライダーが感じている情報をグリップ感として統合できず、グリップ感として感じることはできません。
もう一つは、タイヤ、車体側の問題です。タイヤが路面にたいしてどういう状況かがうまく伝わるようにタイヤ、車体が設計され、セットされていなければ、十分グリップしていてもグリップ感は希薄になります。
では、私たちは具体的には何を以ってグリップ感だと感じているのでしょうか。
私は「タイヤのたわみ」だと思います。
もし、バイクのタイヤが鋼鉄製で弾性が全然なかったら、コンクリート路面の上を走るロードローラーのように、硬質なゴロゴロした転がり感は得られても、グリップ感は得られないでしょう。ちなみに、ロードローラーが新しいアスファルトを平らにならしながら走行するときは、道路の方が通常のタイヤの役割をはたし、グリップ感が得られているはずです。
写真は車のハンドルを握る私の右手です。
上の写真は直進状態で、意図的にハンドルに対してわずかでも回す方向の力をかけないように、真上からピタッと摑みこんだような握り方をしています。
下の写真はゆるい右カーブです。握る位置はそのままで、少し右下に引き込むようにハンドルを回しています。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/21/be/f3f97bc238bc8db1912528d57fbb4639.jpg)
(ただ持っただけ。グリップ感はあるが、希薄。)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/74/10/8f82bb70f10d4766b729f1fb9baead1f.jpg)
(少し力が加わっている。ハンドルと手の間にグリップ感を感じる。)
このとき、私の右手は上の写真よりも下の写真の方がハンドルに対してグリップ感を感じています。
手のひらの肉はハンドルを回そうとした反力で上側に少し引かれ、自分がどの程度の力でハンドルを切っているかを、フィードバックしてくれています。
このことは例えば、テーブルに右手を突いて真上から体重をかけて押し、次にそうして押したまま手のひらをひねるようにしてテーブルの上で回転させようとすると、手のひらの肉が腕からかかった力とテーブルとの摩擦とによってたわむことからも実感できます。
そして、真上からテーブルを押していたときより、ひねろうとしたときの方がはるかに「グリップ感」を感じられるはずです。
バイクのタイヤはゴム(やシリカ)でできており、それに空気を入れて膨らませて使います。
路面に対し加速、減速、回転など力が加わったとき、タイヤは必ず各所がたわむように変形しながら路面に対して仕事をしています。
この<たわみ>の情報を、我々はバイクと接しているシート、ステップ、ハンドルなどから感知してグリップ感として認識するのではないか。そう私は考えているのです。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/42/aa/1243b04a1c0b299eef3fe96465fbe5cd.jpg)
(コーナリング後半のトラクション旋回。高まったリヤのグリップ感をシート、ステップで、旋回Gに素直に追随したフロントのグリップ感をハンドルで感じながら、コーナー脱出に向け、アクセルを開ける。)
タイヤにかかる力が大きくなればたわみは大きくなり、それがタイヤの仕事量の増加としてライダーに実感され、「グリップ感」としてライディングに安心感を与える。
もし、タイヤの仕事量の増加とタイヤのたわみがきちんと連動せず、ある範囲までは荷重してもそんなにたわまないのにあるポイントから急にたわみ量が増えるようでは、ライダーはグリップ感に自信が持てず、「グリップ感がない」「接地感がない」と感じる。
実際にはスリップしていない(しっかりグリップしている)のに、いつすべるか怖くて安心して走らせられない、という状況は、この<たわみ>情報がリニアに掴めないことから来る「グリップ感」の欠如の問題なのです。
ああ!理屈くさい!すみません。
しかし、ここからです!次回、バイクライディングと「グリップ感」のあり方について書いていきたいと思います。
もう少しご辛抱ください。
《注意!!》
今回の記事の内容は、あくまで筆者自身の考えによるものであり、科学的、客観的に事実として確認されたものではありません。また、筆者は筆者と違うグリップ感の捉え方、考え方を間違いだと否定するものではありません。
間違いや異論等ありましたら、遠慮なくコメントにてご指摘ください。記事の訂正、必要な場合は削除など、できるだけ迅速に対応いたします。
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コメント ( 8 ) | Trackback ( 0 )
![](/images/clear.gif)
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分析家ですね!
自分は、知り合いにタイヤのグリップについて問われて話をするときは「バイアスとラジアルを履き比べると感覚で理解できるよ」といういい加減な説明をしてました。まぁタワミ方が違うから間違いではないとは思うんですけどね。
風邪気味のCrosでした~。
意図したスライドと不意のスリップとの違いや、空気圧の違いによるグリップ感の違いや、タイヤのたわみからくる感触の差は大きいと思います。
感覚的につかんでいたことが、はっきりしてきたように思います。
風具合いかがですか。
ちっちゃい頃から不器用で身のこなしが下手くそ。しかも左利きを無理やり右利きに治されて体の動きがちぐはぐな私です。
感覚的に動きをマスターするのが極端に下手なので、理屈屋になったみたいです。鉄棒の逆上がりなんかずっとできなくて、やはり体育苦手な息子のために理屈を考えてたら40歳の時はじめて成功するという…。
あら、関係ないですね、すみません。
バイアスとラジアルはグリップの仕方が違うので、攻め込むとグリップの質の違いをはっきりと体感できますよね。トレッド面のたわみが大きいバイアスと短いサイドウォールのたわみでコーナリングフォースを生み出すラジアルでは、荷重が高くなるほど差が歴然。
最近の私のスローペースには、剛性の低い車体にバイアスタイヤの方がいいかも…などと考えています。
風邪、お大事にしてください。
今日(2月11日)は三浦半島ツーリングですね。
意図したスライドの場合はハーフスピン状態になるのでたわみは残り、グリップは継続。不意のスリップはグリップが失われ、たわみも戻る状態だと思うんです。冬の冷えた固いタイヤはたわみが少なく、体に染み付いたたわみ情報と違うのでグリップ感を希薄に感じ、空気圧が過大だとサイドウォールのたわみ量が減少してやはりグリップ感が減少。空気圧過少の場合は初期から大きくたわんでしまうので荷重に対するリニアリティが失われ、やはりグリップ感が減少するのだと思います。
あっ、これは次回の記事の内容でした。
ツーリング、お気をつけて。
頭で考えすぎるのも、あれですが、やはり理解して乗ると乗らないのでは違いますよね
あー本当に春が待ちどーしいー(^^)
考えなくても乗れるのがバイクだと思いますし、考えすぎて走りがつまらなくなるのは本末転倒だと思います。
でも、私はどうも考えるのが好きなタイプみたいです。
考えて乗る、走って考える、その繰り返しが面白いんです。今度はこうしてみようとか。
カスタムするにも金がなくて、乗り方を考えて過ごしてるのが本当かもね。
春が待ち遠しいですね。
私の概念を変えてくれた樹生さんのライテク講座。
偶然ライテクオタクの方の(笑)分かりやすいブログに行き当たらなかったら、学ばずは卑し。ならぬ即死。も私の場合あったかもしれませんので。
直立状態のバイクの重心は当然真ん中。
しかしバンクさせると現代のワイドタイヤを備えるバイクの重心は、接地面がタイヤのサイドに移動するにつれてバイクの重心も同じく移動する。
えー。
言われてみればそうだけど知らなかった。
ヤマハなのにドカっと真ん中に座ってたよー。
それならば重心の移動を感じながら自分の重心を合わせて!今までこわごわと握っていたスロットルもじわっと開けて!
五ヶ山ダムで試行錯誤。フカフカのフェザーのシートに左のおしりが一段ぐっと沈みこみ、フェザーと吊りあった状態でリアのグリップ感を感じながら旋回できた時の感動が忘れられません。
お読みいただいて、お役に立つことができたなら、
ブログの書き手として、こんなにうれしいことはありません。
この「グリップ感」の類は、先達のライテク論、本などを読み漁った経験と、自分の走りから、推測して書いたオリジナルの部分です。つまり素人の私が書いているので、間違っている可能性のあるところです。でも、自分としては、おそらく間違いはない、今読み返しても、そう思える内容になっていると思っています。
「ライディングは楽しい!」
変に飛ばさなくても、楽しい。
その楽しさが少しでも広まれば、望外の喜びです。