最後の火花 59
記念日が来る。プレゼントの準備をしなければならない。センスが普通に問われる。わたしは受験勉強のノルマから逃げるように本のページを開く。賢者の贈り物という悲観主義の最たるものがある。わたしは、このどうしようもないネガティブさが好きなのだ。相手のことを考え過ぎて、それぞれが悲劇を生む。小さな、かつ決定的な悲劇なのだが。
わたしは長い髪を有していない。髪飾りというものにも嬉しさを覚えないかもしれない。健気な人間たちの健気なやさしさ。健気な思いやり。わたしは自分が物語の主人公のように振る舞う。
でも、ほんとうは簡単だった。彼が欲しがるものを知っているのだ。リサーチ済み。仕事はそれなりの質問と、正確な回答のみで成り立っていた。裏の隠された気持ちなど考慮しなければ。その所為で、あれこれ思案する楽しみを奪われてしまったのだ。
わたしはセーターが入った包みをもっている。大体のサイズは分かる。数値もある程度は知っている。男性には大まかなアルファベットの三つのサイズしかないが、肩幅と胸の厚みがそもそも女性と違う。裸も見たことがある。凝視することはできない。わたしには恥という感覚があった。いつまでもあるか分からないが、当面はまだまだありそうだった。
わたしは手渡す。悲劇の要素はまったくない。彼はいまの服を脱いで直ぐに試してみる。大きさや小ささにも問題はないようだった。タグを切り離してそのまま過ごすようだ。古い愛用のものはもってきた紙のバッグに放り込まれた。わたしはうれしくなる。彼はここに来るまでに用があったので、わたしのものは部屋に置いてあるそうだ。彼の家に向かう。わたしは彼のお母さんに挨拶する。雌猫みたいな扱いをされているような気もする。これも被害妄想なのだろう。
彼はわたしにカジュアルなバッグを用意しておいてくれた。わたしは持って身体を一回転させる。すると、彼のお母さんが部屋に飲み物をもってきて面食らう。にこやかに笑顔を向ける。母親にとって息子の恋人など減点の対象でしかないのだ。わたしの父も彼に会ったら同じような目を向けてしまうだろう。深い意識もせずに。
「きらわれてる?」と率直にわたしは訊いてみる。
「そんなことないだろう。大体が愛想が良いんだから」
彼は部屋に鍵をかける。下で物音が大きくなった。母は態度と騒音で自分を主張する。わたしは反対に声を押し殺す。
夕方も遅くなり、わたしは玄関で靴を履いて彼の家をあとにする。彼の母はもしかしたら髪飾りが似合うような長い髪のきれいな女性を待ち望んでいたのかもしれない。しかし、自分のことでも思い通りにならない以上、家族のことなどもっと掌握不可能なのだ。仕方がない。
わたしは家に帰ってから、また長電話をする。それからいつものように夕飯を食べて、お風呂に入ってから寝そべって本を開いた。短編は油断すると個々の良さを味わい、堪能することもなくするすると読めてしまう。わたしは同じ作家の別の短編も読みはじめる。
病院で入院していて生きる気力を失っている。葉っぱが一枚、さらに一枚ずつ木から離れて散ってしまう。最後になる。あれがもし散ってしまったら、自分の命も潰えるだろうと予測する。藁にもすがるという例えの通り、生命力があるものに依存する。結局、何かの作用によって葉はいつまでも在りつづける。その秘密は秘密のままにした方が良いのだろうが、最後には分かってしまう。ウソも方便なのだろうか。真実だけが貴いのだろうか。
外では風が強いようだ。彼はバイトを今頃、しているのかもしれない。その帰りということもありえた。あのセーターは暖かいだろうか。彼の母は不注意で間違った洗濯の仕方をして一瞬にして縮まらせてしまうかもしれない。わたしへの愛もそのように急速に小さくなることも考えられた。だが、最後の一葉のように、わたしはしっかりとしがみつくだろう。厚い胸板に。
わたしは今日の日記を書いて、引き出しの鍵を閉めた。わたしの濃密な女の部分がそこにある。誰かに見られてはまずい。
「部屋にあるバッグ、かわいらしい色だね。お母さん、ちょっと借りてもいい?」数日後、母が訊ねる。
「いいわけないよ」
「もらったの?」
「そう」
「センスがいいのね。もてるんでしょうね」
わざと憎まれ口をきく母。わたしはイライラとする。その反面、誉めことばにうれしくもなる。犠牲と悲観という両極端の気持ちが一気に消えた。わたしは普通の十代の女性だった。大人未満であり、だれかの支配下にいることに満足のもてない年代になってしまった。
わたしはお弁当を作る。母は子どものようにそれをつまみ食いする。味付けに意見までする。母の味覚は大人の舌で判断するしかない。濃さよりうすさ。甘さより、苦さ。喜劇より悲劇。
「遅刻するわよ」
「まだ、大丈夫だよ」
玄関で靴を履く。自分の家では背中にじっと熱い視線を感じることはない。彼のお母さんはなにが好きなのだろう。わたしの名前を知っているのだろうか。わたしの美点や欠点に理解を向けてくれるのだろうか。何度、会えば。
記念日が来る。プレゼントの準備をしなければならない。センスが普通に問われる。わたしは受験勉強のノルマから逃げるように本のページを開く。賢者の贈り物という悲観主義の最たるものがある。わたしは、このどうしようもないネガティブさが好きなのだ。相手のことを考え過ぎて、それぞれが悲劇を生む。小さな、かつ決定的な悲劇なのだが。
わたしは長い髪を有していない。髪飾りというものにも嬉しさを覚えないかもしれない。健気な人間たちの健気なやさしさ。健気な思いやり。わたしは自分が物語の主人公のように振る舞う。
でも、ほんとうは簡単だった。彼が欲しがるものを知っているのだ。リサーチ済み。仕事はそれなりの質問と、正確な回答のみで成り立っていた。裏の隠された気持ちなど考慮しなければ。その所為で、あれこれ思案する楽しみを奪われてしまったのだ。
わたしはセーターが入った包みをもっている。大体のサイズは分かる。数値もある程度は知っている。男性には大まかなアルファベットの三つのサイズしかないが、肩幅と胸の厚みがそもそも女性と違う。裸も見たことがある。凝視することはできない。わたしには恥という感覚があった。いつまでもあるか分からないが、当面はまだまだありそうだった。
わたしは手渡す。悲劇の要素はまったくない。彼はいまの服を脱いで直ぐに試してみる。大きさや小ささにも問題はないようだった。タグを切り離してそのまま過ごすようだ。古い愛用のものはもってきた紙のバッグに放り込まれた。わたしはうれしくなる。彼はここに来るまでに用があったので、わたしのものは部屋に置いてあるそうだ。彼の家に向かう。わたしは彼のお母さんに挨拶する。雌猫みたいな扱いをされているような気もする。これも被害妄想なのだろう。
彼はわたしにカジュアルなバッグを用意しておいてくれた。わたしは持って身体を一回転させる。すると、彼のお母さんが部屋に飲み物をもってきて面食らう。にこやかに笑顔を向ける。母親にとって息子の恋人など減点の対象でしかないのだ。わたしの父も彼に会ったら同じような目を向けてしまうだろう。深い意識もせずに。
「きらわれてる?」と率直にわたしは訊いてみる。
「そんなことないだろう。大体が愛想が良いんだから」
彼は部屋に鍵をかける。下で物音が大きくなった。母は態度と騒音で自分を主張する。わたしは反対に声を押し殺す。
夕方も遅くなり、わたしは玄関で靴を履いて彼の家をあとにする。彼の母はもしかしたら髪飾りが似合うような長い髪のきれいな女性を待ち望んでいたのかもしれない。しかし、自分のことでも思い通りにならない以上、家族のことなどもっと掌握不可能なのだ。仕方がない。
わたしは家に帰ってから、また長電話をする。それからいつものように夕飯を食べて、お風呂に入ってから寝そべって本を開いた。短編は油断すると個々の良さを味わい、堪能することもなくするすると読めてしまう。わたしは同じ作家の別の短編も読みはじめる。
病院で入院していて生きる気力を失っている。葉っぱが一枚、さらに一枚ずつ木から離れて散ってしまう。最後になる。あれがもし散ってしまったら、自分の命も潰えるだろうと予測する。藁にもすがるという例えの通り、生命力があるものに依存する。結局、何かの作用によって葉はいつまでも在りつづける。その秘密は秘密のままにした方が良いのだろうが、最後には分かってしまう。ウソも方便なのだろうか。真実だけが貴いのだろうか。
外では風が強いようだ。彼はバイトを今頃、しているのかもしれない。その帰りということもありえた。あのセーターは暖かいだろうか。彼の母は不注意で間違った洗濯の仕方をして一瞬にして縮まらせてしまうかもしれない。わたしへの愛もそのように急速に小さくなることも考えられた。だが、最後の一葉のように、わたしはしっかりとしがみつくだろう。厚い胸板に。
わたしは今日の日記を書いて、引き出しの鍵を閉めた。わたしの濃密な女の部分がそこにある。誰かに見られてはまずい。
「部屋にあるバッグ、かわいらしい色だね。お母さん、ちょっと借りてもいい?」数日後、母が訊ねる。
「いいわけないよ」
「もらったの?」
「そう」
「センスがいいのね。もてるんでしょうね」
わざと憎まれ口をきく母。わたしはイライラとする。その反面、誉めことばにうれしくもなる。犠牲と悲観という両極端の気持ちが一気に消えた。わたしは普通の十代の女性だった。大人未満であり、だれかの支配下にいることに満足のもてない年代になってしまった。
わたしはお弁当を作る。母は子どものようにそれをつまみ食いする。味付けに意見までする。母の味覚は大人の舌で判断するしかない。濃さよりうすさ。甘さより、苦さ。喜劇より悲劇。
「遅刻するわよ」
「まだ、大丈夫だよ」
玄関で靴を履く。自分の家では背中にじっと熱い視線を感じることはない。彼のお母さんはなにが好きなのだろう。わたしの名前を知っているのだろうか。わたしの美点や欠点に理解を向けてくれるのだろうか。何度、会えば。