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爪の先まで神経細やか

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流求と覚醒の街角(13)ロスト

2013年06月20日 | 流求と覚醒の街角
流求と覚醒の街角(13)ロスト

「待ち合わせ場所に近付いていると思うんだけど、急に分からなくなった」と奈美は電話の向こうで言った。ぼくは誘導できるようその場所を確認する。
「何が見える? 住所は? どっかに書いてある?」
「ちょっと待ってて」

 待つ以外にぼくに何ができるのだろう。それから徐々に彼女の居場所が分かる。ぼくは空撮でもするようにその頭上にいた。彼女の足取りが分かる。すると、もう迷わないとしたら、20数分後にはここに来るだろう。

 さらにいえば、ぼくがそっちに近付いてもいいのだ。しかし、ひとつの地点が動かないほうが、ふたつの地点が動くより確実さが増えるような気がしていた。だから、ぼくは電話を切ってそこで待った。

 ぼくは迷子になる。いや、あれは迷子ではない。大きなアーケードを両親と親戚と歩いている。場所は浅草。親戚の子ども、ぼくのいとこがおもちゃ屋に寄りたいと言った。ぼくはその場所を知っている。だから、足早になり、先に行っていると告げて、商店街のなかを縦横無尽に歩き、そこに向かう。ぼくは到着する。おもちゃ屋というものでイメージしたものがぼくと両親ではいっしょだったはずだ。その場所に詳しくない親戚のおばさんの頭のなかまでは分からなかった。

 ぼくは待ち侘びる。いつまで経っても彼らは来ない。ぼくは間違えていなかった。ただいっしょに歩くという行為を省いただけなのだ。しかし、来ないものは来ない。
 もう忘れてしまったが、父か母がぼくを迎えにくる。彼らは、なんと別のおもちゃ屋を見つけていた。当初、イメージしたものが同じだったはずなのに、手近な誘惑に負けたのだ。これは、迷子なのか。親からはぐれたということが定義として正しいのなら、自分は確実に迷子だった。彼らが勝手に行動を変えてしまったとするなら、ぼくは犠牲者だった。

 奈美が歩いているところを想像する。多分、あの辺りにいる。もう一度迷えばまた電話が来るだろう。約束の時間から12分が過ぎた。そこは待ち合わせ場所として相応しくなかったのだろうか。急に会いたいと彼女から連絡があった。ぼくは仕事で外出していた。ふたりにとって等しい距離で遊べそうな場所はここだった。彼女は分かるといって納得した。ぼくは思ったより仕事が早く片付き、そのあたりを事前にリサーチした。手ごろな場所や店は数軒あった。

 ひとりで居る夜は長く感じる。だが、誰かを待つという行為はひとりでありながらも完全に自由であるという訳でもなかった。どこかが縛られ、どこかはほぐれていた。靴下を片方だけ脱いで用事を思い出したかのように中途半端な状態であった。もう一度電話がかかってくる。

「どうした?」
「場所は分かったけど、最後のここで右か左か分からない」駄々をこねる子どものような声を彼女はだした。ぼくの気持ちは再び、ヘリコプターにでも乗り込み、彼女の場所を俯瞰で探す。

「右か左かって質問、どっちを向いてるかで随分と変わる」
「理屈っぽいのね、相変わらず」
「そうでもないよ。ヒントをもらえるよう話を延ばしているだけ。こっち、向いてるの?」
「その、こっちが分からないよ」
「明るい方? 暗いほう?」
「暗いほうが背中」

「そこで待ってなよ。もうぼくが行くよ」ぼくは時計を見る。18分。小走りにすすめば大体は予定通り。ぼくは商店街で裏切られたような気持ちもあったが、やはり、安堵もしていたのだ。自分を見つけに来るひとがいる。心配するひともいる。奈美もいまは同じような気持ちなのだろうか。

 彼女の背中が見える。急に会いたいと言い出したのは彼女の方だった。だが、いまはもう分からなかった。ぼくが会いたいと強く願ったのかもしれず、ずっと彼女のようなひとを探していたのかもしれない。
「ごめん、待たせて」ぼくは彼女の背中にささやきかけた。
「それは、いつも、こっちのセリフなんだけど」
「ここ、分かりづらいかな?」

「近道かなと早合点したのがいけなかった。あそこで」彼女は病原菌でもあるかのようにいやそうな顔をしてある方向を指差した。
「遠回りも素晴らしい。最短距離だけを歩けるわけでもないし、実際にそうなったら楽しくないだろうね」
「受験生に教えちゃいけない内容みたいだけど」彼女はぼくを見つめた。「ごめんね、急に予定を入れちゃって。仕事、大変だった?」
「そうでもないよ。外出して気分転換もできたし」
「総体的に浮気をする男性の発現ですね」
「したことないよ」

 ぼくは奈美と多分、この街を訪れることは今後ないような気がしていた。この日の彼女も見納めならば、ここでの彼女も最後になるのだ。奈美は今日のなにを覚えていてくれるのだろう。自分が道に迷ったこと。待ち合わせ場所から離れたところになったが、ぼくが慌てた様子で走り寄ったこと。だが、それを訊くことは未来のある時間に任せるしかない。ぼくを置いていってしまったことを両親はもう覚えていないだろう。あのひとりきりの無力な淋しさを実感したからこそ、ぼくの記憶は鮮明に刻み付けられてしまったのだ。

 彼女の手がぼくの手を握る。あの日の少年にもこのような暖かな手が必要だったのかもしれない。20年後。20分後。ぼくらは離れ、また邂逅する。子ども時代の大切だったおもちゃをひとつも有していない自分。もっとも大切なものはいまは何であるのかと問われたら、ぼくはどんな答えを放つのだろう。分かっているようでありながら、刻々と変わる自分。もう迷うことも怖くないが、逆に失う恐れのあるものは、手放したくなかった。この手のように。