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爪の先まで神経細やか

物語の連鎖
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Untrue Love(112)

2013年02月14日 | Untrue Love
Untrue Love(112)

 こころの余裕ができると、余計なことが考えられるようになる。彼女たちがぼくにとって決して余計なものではなかったのだが。仕事の合間、昼休み、午後のふとした瞬間に、それらの女性の映像がぼくの目の前に幻影のように浮かんだ。過去のモニュメントを眺めるように、ぼくはひとときこころを奪われる。ぼくにとっての、ささやかな万里の長城であり、ピラミッドであった。歴史の堆積が徐々に塵をかぶせようと努力しても、それらは抵抗することもなく厳然とそこに残る。だが、ぼくが目の前に浮かべるのは過去の一ページに過ぎなく、昨日や一昨日の思い出ではなかった。

 週末には思いを刷新するべく会おうとした。しかし、木下さんやユミは働いていた。いつみさんは昨夜の疲れが残っていた。ぼくの自由が利かないのか、彼女らの不自由さが問題なのかは分からなかった。比較しようにもサンプルが少なかった。ぼくの会社員生活はまだまだはじまったばかりであり、波の具合をつかめない新米漁師のような気分だった。まだ、足が地に着かず、船は満遍なく揺らいだ。ぼくは、どこかにもたれかかる必要があり、それは過去の関係を拠りどころにするべきだった。

 実家に戻り、両親と昼ごはんを食べた。そこには咲子がいた。五月の連休に田舎に帰ると言ったので、母が交代で車を運転すれば疲労も少なくて安心だと述べた。ぼくも、どこかに行って気分転換を求めていたので簡単に了承した。その頃には春が全盛になり、ぼくもいくらか落ち着いた状態になっているだろうと自分自身の未来を傍観した。彼女も大学の最終学年であり、来年はぼくと同じ立場になる。彼女が放っている静けさが、世の中を渡り切る妨げにならなければいいけれどと、ぼくはその場で思っていた。

 夕方には、いつみさんが会ってくれることになった。ぼくは実家から待ち合わせの場所に向かった。今日は、実家にいたので車を借りていた。途中でガソリンを入れ、春の一日を快適に運転する。ラジオで、地域の情報を聞いていたが、それにも飽きたので古い音楽を流すチャンネルに合わせた。

「うちの親の代からの常連さんがマンションを買ったので、キヨシが新築祝いでも届ければと頼まれたので、いっしょに付き合ってくれない?」

 先ほど、電話でいつみさんはそう言っていたので、ぼくは車を出すことにしたのだ。彼女の家の前まで行き、彼女は横に乗る。気軽な格好で、いくらか若やいで見えた。もちろん、まだまだ若い。だが、店に立っていると自信というか迫力に満ちたものもいくらかだがあった。その防備が脱ぎ捨てられ、普通のひとりの女性に戻っていた。

 ぼくは海岸沿いを走る。そのマンションを買った男性は国道の横を走る路線で都心まで通うのだ。そして、当然のことだがまた帰る。その基になる場所を買ったのだ。ぼくも賃貸ということではなく、あるべき居場所を自分のものにするという日が来るのだろうかと想像した。

「ちょっと待ってて、直ぐ済むから」いつみさんは、後ろの座席から荷物を取り出し、曲がり角に消えた。ぼくも追いかけるように車を降り、身体を伸ばした。近くに潮の匂いがする。海水浴の人影はない。それにつられて起こる歓声も、とうもろこしの焼けるにおいもない。ぼくは、その時期にいつみさんとここを再訪している様を想像した。いつか、ぼくらはプールに行った。木下さんは、その後、ぼくらがビールを飲んで気持ちよくなった姿を見かけたと言っていた。いや、海ならユミの方が似合うのかもしれない。ぼくにはたくさんの可能性があり、同時に数少ない選択の幅しかなかった。ぼくは、彼女らのすべてを忘れてしまうような女性に、突然、会う日が来るのだろうか。それは、考えづらかった。しかし、高校生の自分には、いまのこの生じている生活の予測自体も無理だったのだ。

「終わったよ。せっかく、ここまで来たんだからもう少しまで遠くに行こうよ。ちょくちょく来られるところでもないんだから」
「いいですよ。でも、いつでもこの辺りまでなら大丈夫ですよ」
「そういう希望は成し遂げられないんだよ。わたしには、あの町の空気を吸う時間が待っているから。でも、来られるといいな」
「また、絶対に来ますよ。さ、行きましょうか」

 また、海沿いの道を走る。段々と夜に変わる。薄闇というのは無性に美しいものだと思った。ぼくらはレストランに入り、日常を忘れた。だが、どちらが、過去からのつながりを感じられるのかとしたら、もしかしたら、こちらの方が強いのだろう。すると、これが日常の情景なのだろうか。日常の一部にいつみさんを組み込んだ場合は、ほかのひとたちは排除されるべき運命なのだろうか。それも、また悲しさがともなう決断なのだ。普通の休日を、普通に会って楽しむ相手。それがひとりでもいれば充分なはずだった。

 夜も遅くなって、実家のそばに車を帰しに行った。駐車場に車を止め、歩きながらカギのこすれる金属音をきいていた。実家の明かりはもうすべて消えてしまっていたので渡すことができない。咲子のアパートまで余分に歩くと、まだ室内の明かりが灯っていたので、ぼくは玄関の扉を軽く叩いた。彼女は首を窓から出し、手を伸ばしてぼくが握っていたカギを受け取った。彼女から明日以降に両親のどちらかに返却してもらえばいい。

「デートだったの?」
「まあ、そんなもんだよ」
「お休み」と咲子が言ったので、ぼくも同じ言葉を夜のしじまに見合った、闇を乱すことのない口調で言った。