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爪の先まで神経細やか

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拒絶の歴史(28)

2009年12月27日 | 拒絶の歴史
拒絶の歴史(28)

 試験も終わり、裕紀を空港まで送りに行った。彼女の手にはパスポートがあり、ぼくらは交際をはじめてからはじめて離れ離れになる。

 そこには、車で彼女の荷物を一緒にもってきた彼女の父親も遠くに座っていた。ぼくらは、会話をすることも目を合わすこともなく、ただ遠く空間だけを共有していた。彼がぼくのことを意識しているのは肌で感じたが、こちらから軽く会釈する程度でその場を去った。ぼくは、また電車に乗り自分の家に向かった。

 制服はクリーニングに出され、ぼくは練習がない間は、上田先輩の家の仕事を手伝った。そのバイトで材木を運び、その金銭は今回はぼくのラグビーのスパイクに化ける予定だった。家では熱心に受験勉強の最終段階に入っている妹がいた。彼女が志望校に入れたら、なにかプレゼントを買ってあげようと予算をたてたが、あまり大した金額は余りそうにもなかった。

 しかし、澄んだ空気のなかで労働をしている単純な喜びも同時に得られた。この2年間で鍛えられた身体は、自分の思い通りに動くことが出来たが、それでも家に帰ると違う筋肉が痛んでいた。やはりラグビーとは別の箇所を使っているのだろう。そのことを風呂の中で感じ、適度に揉みほぐした。

 上田先輩は、ぼくらの県とちょうど東京の真ん中あたりの場所にある大学を受けることになっていた。彼は、自分の家の仕事を嫌い、少しでも離れたところに行きたかったらしいが、息子を溺愛する父が許さず、そんなに遠くまで行くならお金を出さない、という一言で彼の行動範囲は限られていった。ぼくらは、そこまで自由ではないのだ。しかし、そこに受かったら彼は免許を取り、かなり高級な車を買い与えられることが予定されていた。ぼくらが欲しいと望んでいるものを、簡単に手に入れられることを妬みもするが、彼にはほかの人が持っていない愛嬌があったので、ぼくらは彼だけにはそうした感情を持続させることが不可能だった。

 知っている人々が、このようにつかの間だが離れていく実感を抱いている時期になっていた。将来、もっと知り合いが増えれば増えるほど、このような気持ちが多くなるはずだったが、それは厳しいこころを持つ過程として必要なものだとも感じていた。

 バイト代を何回かに分けてもらったが、最初のときにいつまでもスポーツショップに保管してもらっているのも悪いので、スパイクを受け取りに行った。そこでさらに試し履きをして、その履き心地のよさと、良質の革の手触りを感じていた。店長は、言ったとおりそれを大幅に値引きしてくれ、ぼくは思ったより安くそれを買った。

「そのかわり、もっとスリリングな試合を見せてくれよな」と言って、ぼくの肩を叩いた。彼は、高校時代に野球をしており、ぼくらの地元で語り継がれるほどのピッチャーだったが、一流選手になることもなく親の代から続いているスポーツショップの店長になっていた。そのためか、若く能力のあるスポーツ選手をこよなく愛し、経理上の問題を抜きにして、スポーツ用品を安く提供した。ぼくらは、それで頻繁にそこに通うことになり、他の店より繁盛している錯覚を与えていた。それでも、彼は金銭よりみなが集う店で満足しているようだった。

 そこに、ぼくは見覚えのある顔が現れたことに気付く。河口という女性と、島本というぼくが憧れてもいた他校のラグビーの先輩が入って来た。彼は、ぼくに近付き、

「近藤、なんか良い選手になったみたいだな」と言って、横にいる河口さんの顔を見た。ぼくは、ただ、
「ありがとうございます」と言ったのみだった。

「良いスパイクを履いて、それに見合う選手になってくれよな」と、ぼくの手元を見て言った。そこの店は他校の選手はあまり来なかったが、それでも評判というのは封じ込めないらしく、よそからもやって来た。

 ぼくは足早に店を出て、年末になって島本さんは東京の大学から帰郷しているんだなと理解した。彼は、以前ほどスポーツ選手としてぼくの憧れから消えていることを知った。しかし、それ以上に河口さんと交際しているラッキーな人だという点で、べつの憧れをもった。そして、かすかな嫉妬心を感じている自分の体内の感情を、別の制御できない生き物のように考えていた。考えても仕方がないことだったが、ぼくは目にしたものからいかに自分の自由が利かなくなってしまったことを理解し、ある面では裕紀のために反省した。

 またお金を払うときに、店長の顔にはっきりと、この前言っていたぼくらの学校のきれいな卒業生は、河口さんであるということが書いてあったことを、またもや思い出していた。