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爪の先まで神経細やか

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拒絶の歴史(24)

2009年12月13日 | 拒絶の歴史
拒絶の歴史(24)

 九月になって、また学校が再開する。ぼくは、その間にも練習で学校のグラウンドには入っていたが、実際に教室で授業を受けることに対しては、また新鮮な気持ちに戻れた。だが、ひとつの机の持ち主がそこには居なかった。小さな世界なので、その子の情報や噂はまたたくまに広まっていった。どうやら、妊娠したということが真相のようだった。その相手も同じ学校にいた。サッカー部に入っていて、ぼくとも仲良くしていたが、彼は段々とそのうわさに押しつぶされていき、ある日を境に彼も学校を去っていった。

 飛んでいってしまった風船を一時は泣いたとしても子供がすぐに忘れてしまうように、学校の誰もが彼らの存在をいつの間にか抹殺していった。しかし、自分は、もしかしたらぼくと裕紀がそうなってしまう可能性もあったんだ、という事実を消し去ることが出来なかった。ぼくがそういう立場になったら一体どういう対応をしたのだろうか、と当然のように疑問が浮かぶ。しかし、それは疑問の立場のままこちらに進まず、考えることを自分は放棄してしまった。

 しかし、大切な問題なので、こんな事件があったんだ、と裕紀に話すことになった。ぼくらは、小さな町に住んでおり、ぼくが言う前から、彼女もその話を知っていた。彼女の家族は、ぼくにとっては巨大なものだった。そして、ぼくのことも歴史の一瞬に現れる通行人のようなものだと考えているらしいことは、電話の応対などでも分かった。だが、まっすぐな気持ちの彼女は、自分は子供が好きだ、という観念だけで生きようと考えていた。

 そのような話題があがっても、ぼくらは肉体的な衝動を抑えることも忘れることもしなかった。ただ、ぼくらは不運から守られるのだ、という思い上がった気持ちを有していたのだろう。今考えれば、あの去った二人が不運かどうかも分からない。ただ、後ろめたい気持ちと偏狭な世界から逃げ出さざるを得なかったのだろう。その偏狭な世界のぼくも一員だった。入りたくなくても、それが事実だった。

 学校では、県だか市だかの担当者が来て、まじめな顔で性教育のはなしをしていった。聞いているぼくらは、いたって不まじめだった。その年代なら仕様がないのだろう。そのような冷ややかな経験をたくさん積んでいる担当者は、ただ自分の義務を済ましました、という表情を浮かべ帰っていった。あとは、守ろうが忘れようが、わたしの問題ではありません、という顔と態度だった。

 勉強も再開したが、ぼくらは秋の大会に向けて、より一層練習に励んでいた。メンバーも固定され、自分のポジションに精通するように、ぼくらは促されていった。練習試合があると、そのスタンドの中にたまに河口さんの姿があった。それが毎回見つからないとぼくは不安に感じるようにもなっていた。あの視線を待つことにぼくは慣れて行ってしまったのだろうか? その期待がだんだんと膨らんでいくことを防御することは、ぼくには出来なかった。

 そして、数語を交わす機会ももてたが、彼女のぼくに対する評価はいつも甘く、ぼくはその甘さをそのままにせず、次回はそこまでのランクに到達できるよう躍起になっていた。ぼくらのスポーツの当面のライバルであった島本という男性を追い越そうと自分は考えていただけかもしれない。そこには、かすかな嫉妬のにおいも混じっていたのだろう。そのことを、自分は不快にも感じていた。

 目立つその女性は、誰の視線も自分に向けてしまうことに気付いていたのだろうか? いつのように、ぼくと彼女がふたりでいると、上田先輩はからかう対象にし、後輩の山下は、ぼくが間違った選択をしているというにがい顔をした。多分、間違っていたのかもしれないが、その憧れの気持ちを大切にしている自分もいた。その貴重なものに水を与える機会をわざわざ作り、成長させているのはまぎれもなく自分だったのだろう。そして、振り返ってもそのような反応をした自分を責められずにいる。

 ある日、その練習試合のスタンドに学校を去った二人もいた。目立たない場所に座りながらもぼくは彼らの存在に気付いていた。試合後、タオルを首にかけ、ぼくはそっと彼らに近づいていった。どこかに、冷たい世界の一員である自分を恥じていたのだろう。

「よっ、元気?」と、ぼくは言葉をかけた。彼らもそうされるのを待っていたような気配があった。

「なにも言わずに悪かったな」と、その友人は言った。「お前の今日のトライ、良かったよ。あのチームに負けないよう今後も応援するから頑張ってくれよな。お前なら、やってくれると思うし」と言った。

 ぼくは、その言葉をきき、自分の主体とは別のところで、いろいろな人のために頑張るという世界に足を踏み入れてしまったことを知った。彼らと、そのいつか生まれる子供のために練習を続け、河口さんのためにガッツポーズをするのだろう。そして、最後になってしまったが裕紀が微笑むために、ぼくは自分の存在を律した。それが秋の始まりのことだった。