
虫の土手電池片手に駆けおりる 酒井弘司
このとき、作者は高校生。何のために必要な電池だったのか。とにかくすぐに必要だったので、そう近くはない電器店まで買いに行き、近道をしながら戻ってくる光景。川の土手ではいまを盛りと秋の虫が鳴いているのだが、そんなことよりも、はやくこの電池を使って何かを動かしたいという気持ちのほうがはやっている。作者と同世代の私には、この興奮ぶりがよくわかる。文字通りに豊かだった「自然」よりも、反自然的「人工」に憧れていた少年の心。この電池は、間違いなく単一型乾電池だ。いまでも懐中電灯に入れて使う大型だから、手に握っていれば、土手を駆けおりるスピードも早い、早い。『蝶の森』(1961)所収。(清水哲男)
【虫】 むし
◇「虫の声」 ◇「虫の音」 ◇「虫時雨」 ◇「虫の秋」 ◇「虫の闇」 ◇「昼の虫」 ◇「すがれ虫」 ◇「残る虫」
秋鳴くコオロギやキリギリスなどの虫の総称。ただし鳴くのは雄のみ。虫の音色にはそれぞれ風情があり、秋の夜の寂寥を深める。また、盛りの時期を過ぎ、衰えた声で鳴いている虫を「残る虫」という。
例句 作者
あかつきや歩く音して籠の虫 岸本尚毅
ある闇は蟲の形をして哭けり 河原枇杷男
いさみ足で今日が終りて虫しぐれ 井川春泉
きのうのように出土の甕棺昼の虫 松本昌平
けふはけふの山川をゆく虫時雨 飴山實
どっこい生きて蟲の挽歌を聞いている 平川義光
みないるぞ南洲墓地の虫しぐれ 中尾和夫
アンコール曲ハミングはみんぐ 虫すだく 山本和子
コンビニの外は深海虫時雨 尾崎竹詩
チリリリコとうっとりさせる秋の虫 末広鞠子