活字の海で、アップップ

目の前を通り過ぎる膨大な量の活字の中から、心に引っかかった言葉をチョイス。
その他、音楽編、自然編も有り。

「情夜」   浅田次郎 「月下の恋人」より

2010-02-02 23:02:48 | 活字の海(読了編)
著者:浅田次郎 光文社文庫刊 定価:552円(税別)
初版刊行:2009年9月20日(入手版)




そういえば。
最近、浅田次郎を読んでいない。


また。
あの濃密に流れる情と粋と笑いの世界に浸りたくなって、
行きつけの古書店で氏の作品が収録されている書棚を散策。

見つけたのが、この短編集である。

本来は、じっくりと読ませる長編の方が良いのだけれど。
背に腹は替えられない。
読みたいときは、今読みたいのだからと。
強引に自分をねじ伏せて購入。


そして、今。
最初の短編を読み終えたところである…。

而して、その所感は、と言えば…。


本作品の主人公は、典型的なダメ男。
浅田作品に、よく出て来るタイプである。

彼は、よく出来た伴侶とよく出来た息子に恵まれるものの。
酒に身を持ち崩し、遂には二人は家を出てしまう。

それは、彼の更正を期待してのことでもあり、別居後も何くれとなく
妻は世話を焼きに男の元に訪れるが、男の生活は改善の兆しも無い。

ついには。
息子の大学卒業~就職を符牒とするように、妻も男を見限ってしまう。

そうして。
一人、流れるがままに人生を朽ち捨てていこうとして、今日もまた
酒の海の中に身を浸そうとする主人公の身に起こったある異変とは…。


男の身に降りかかった、その不思議な異変をきっかけにして。
男は自分の人生をもう一度振り返るきっかけをえることとなる。


短編故。
これ以上のストーリーの紹介はしない。


ただ。
こう書いていても、尚。

うーん。
と。
思わず天を仰がざるを得ないものが、僕の胸中に渦巻いている。


これが。
今の、浅田次郎なのだろうか?


文章の切れは流石である。
叙情に満ちた表現も、浅田節は健在である。

けれど。
何かが、足りない。
何かが、おかしい。

読後、本来は得られるはずのカタルシスが。
非常に未消化のまま、霧散してしまっている感がある。

恐らくそれは。
本作品の有り様が、あまりにも読み手に寄り添わないところで終始して
しまうからではないか。

そこで語られる物語に籠められた、謎。
その謎が全く解明されないままに、唐突に引かれる終幕。

勿論。
それが余韻となることもあるだろうし、本作品でもそうした効果を計算
してのこうした幕引きであることは理解する。



それにしても…。
結局、そこで提示された謎が魅力的であればあるほど。

そんな謎の真相は、実はそれほど問題ではないのだ。

大事なことは。
どんな人生でも、どんな時点からでも、ふとしたきっかけがあれば、
巻きなおしは出来るのだということ。

そのきっかけについてまで。
こと細かに種明かしを求めるのは、野暮と言うものだよ。


そう言われてしまえば。
読み手としては、鼻白みもしてしまうというものだ。


物語のキーとなる出来事について。
勿論、どんな場合でも。
つまびらやかにしろ、とは言わない。

山が、山であるように。
人が、人であるように。

秘密は、秘密のままにあることが望ましいこともあろう。


それでも。
この作品の場合には。

その秘密が魅力的なものであるが故に、ここまで知りきれトンボで
終わらされれば、読者にはカタルシスどころかフラストレーションしか
残らないではないか。


そこまで、読者を置き去りにしてしまっては。
この作品は、読者に読まれることを放棄したもの。
作家にとって、単なるマスターベーションと言われても。
仕方ないのではないか。

それならばいっそ。
意味深な謎など出さずとも、物語を進めることは幾らでも出来る
だろうに。

訳有りに気配を匂わせるだけで終わる謎なんて、いらない。
そう、思えてしまうのだ。


読み手の読解力不足を棚に上げて、何をいうか。


そのご叱責は甘んじて受けるが。
AMAZONの書評子の評価を見ても。
文庫版における合計4人評価が、☆1から☆5まで。
☆3を除いて満遍なく散らばっているところをみれば。

僕以外にも不満を感じた読者が、二人はいた訳である。

少なくとも、僕にとっては。
本作品は、カタルシスを得ることが出来ずに読了してしまったもので
あったことを、ここに明記しておく。






願がわくば。
本書に収録されている、他の作品が。

僕にとっても、カタルシスをもたらしてくれることを祈る。

(この稿、了)


月下の恋人 (光文社文庫)
浅田 次郎
光文社

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