活字の海で、アップップ

目の前を通り過ぎる膨大な量の活字の中から、心に引っかかった言葉をチョイス。
その他、音楽編、自然編も有り。

クラシック名曲と恋 モーツァルト編

2010-03-15 23:59:13 | 活字の海(読了編)
著者:桐山 秀樹 , 吉村 祐美 (共著) 生活人新書刊 定価:
初版刊行:2003年12月8日(入手版も同じ)



物事の楽しみ方には、大きく二種類あると思う。

一つは、先入観を廃して、自分の感覚を鋭敏に研ぎ澄まして対象と
対峙していくやり方。

そして。
もう一つは、周辺の状況も極力収集し、関心を対象そのものから
対象が生み出された状況や時代背景にまで広げて、包含的に把握・
理解し、対象に迫っていくやり方。


勿論。
両者は排他的に存在するばかりでなく、どちらかを契機にして
双方のエリアに入り込んでいくケースが、実勢上は多いと思われる。


実際。
何か関心を持った対象について、その興味の深まり度合いの増加と
ともに、周縁部にも造詣が深まっていくことは多い。


そして。
そうした知識が吸収された後に。
再度、対象と向き合うことで。
対象の持つ本質的な意味の理解に至る、すこし表現を和らげれば
理解を深めるということは、容易に想像出来る。


かつて。
「怖い絵」の書評を書いたときにも、同書に以下のような一文が
書かれてあった。

曰く。
背景を知らなくとも、対象を楽しむことは出来る。
けれど。
背景を知れば、もっと対象を楽しむことが出来るのである。



さて。
前置きが、長くなってしまった。

本書について、である。

この本は、19世紀に活躍した5人の作曲家について。
そのそれぞれの人生を、創曲と恋愛の織り成す模様に織り込んで
纏め上げた小編集である。

彼の美しい名曲の数々を。
純粋に、その旋律の美しさで酔うだけではなく、彼らの人生を知り、
そこに繰り広げられたドラマに思いを馳せることで、より深く曲を
理解し、感じる一助とするにはうってつけの一冊である。


本書にて取り上げられたのは、以下の5人。

モーツァルト(桐山 秀樹)
ベルリオーズ(桐山 秀樹)
ショパン(吉村 祐美)
シューマン(吉村 祐美)
ブラームス(吉村 祐美)


このうち、今回はモーツァルトについて触れたいと思う。


■ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト(1756~91)
 「悪妻」が作らせた珠玉の名曲

Wolfgang Amadeus Mozart - Piano Concerto No. 21 - Andante




モーツァルトの妻コンスタンツェが悪妻だったという話は、
以前何かの書物で読んだことがあった。

けれど、その事由をこれでもかとばかりに提示されたのは、この本が
初めてだったと思う。

そも。
彼が妻のどこに魅力を感じて結婚したのかについては、よく判らない
けれど。

妻との関係がぎくしゃくとなり、生活の困窮度合いも深まり、
不遇に喘ぐ日々が続く中にあっても、尚。
離婚という選択肢を彼が選ばなかったことは、注目に値しよう。

結局。
そうなっても。
彼は、妻を愛していたのだろうか?
それとも、離婚する=妻を解き放つことを望まなかったということ
だろうか?

少なくとも、彼の存命中は。
彼は、貧困に苦しみ、就職先を探して諸国を流浪する日々であった。

微かな伝を辿って、諸国を回り、就職先を探し続ける日々。
その日々は、どれほど心身に負担となってのしかかっていたことだろう。

彼の凄いところは。
その逼迫した状況下にあって、尚。
かくも美しい音楽を、生み出し続けたこと。

そして、もう一つは。
妻と離婚せず、子を為し続けたこと。
その数、なんと6人。
もっともこれは、今の常識で考えるから多く思えるが、新生児や小児の
死亡率がまだ高かった当時としては、それほど突出した数字ではなかった
のかもしれない。

実際。
二人の子供のうち、四人もが死産。あるいは乳児期に死亡するという
不幸にも、二人は見舞われているのである。

それでも。驚くべきことは、妻の愛情を疑いつつもそれだけの子供を
為していったということである。

妻を求め続けたモーツァルトもモーツァルトだが、受入れ続けた妻も妻
である。

その影で、浮気をしていたことはかなりの確度で間違いないとのこと
なのだから。

もっとも、さしもモーツァルトも。
第6子に至っては、自分の子供ではないと確信を持っていたようで、
意趣返しに浮気相手(なんと、彼の弟子!)の名前をその子につけた
という逸話が紹介されていて、そこで明に暗に繰り広げられたであろう
愛憎劇を推し量る材料ともなっている。

浮気そのものについては、それほど珍しい話ではないが。
妻が浮気をしていること。
そして、それを夫が疑っていることを妻も知りつつも。
夫婦生活が営まれ続けていく、その光景に僕としては戦慄を覚えて
しまうのである。

もっとも。
実際に、両者の間でどのような認識があったのかなんて、後世の
誰にも本当のところはわからない。


モーツァルト自身にも。
その人生において、他の女性の影が見え隠れする。

しかも、それは。
コンスタンツェの姉アロイジアであり、その影が差したのはなんと
コンスタンツェとの結婚前にまで遡る。

コンスタンツェにしてみれば。
そもそも、自分の浮気をとやかく言われる筋合いは無い。
といったところだったのだろうか。

それとも。
自分を通じて自分の姉の幻影を負い続ける夫に対する、彼女なりの
悲しい意趣返しだったのだろうか。


今となっては。
モーツァルト、コンスタンツェ。
誰の、本当の思いも分かる術は無い。


まして。
現存しているモーツァルトの書簡類は、全てコンスタンツェの検閲を
通されたものとなれば。

当然そこには、彼女にとって都合のよい(あるいは、彼女にとって
こうあってほしい)ものしか開示されなかったのであろうから。


結局。
確たるものといえば。

彼の遺した、美しい音楽より他に無ということなのだろう。


モーツァルトの音楽は、ヒーリング効果があるとよく言われる。

そうした音楽を生み出していた孤高の天才の心には、常に愛憎の嵐が
吹き荒れていたのかもしれない。

そう、思うとき。

彼の孤独な魂が、今はその美しい調べに包まれて安らかな眠りの中に
あらんことを、願わずにはいられないのだ。




Mozart - Requiem





(この稿、了)




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