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目の前を通り過ぎる膨大な量の活字の中から、心に引っかかった言葉をチョイス。
その他、音楽編、自然編も有り。

ルイ16世幽囚記 第三部(読後編 後編)

2008-03-11 23:13:21 | 活字の海(読了編)
先に挙げたルイ16世の処刑から、マリー・テレーズの手記は淡々と
続いていく。

その文章は、冷たく乾いてはいるが、ところどころ瘡蓋になっていて、
うっかり引っかくと鋭い痛みと共に血が噴出しそうでさえある。

やがて、マリーが連れ去られ、更にはルイ17世が引き離されていく。

(ルイ16世が処刑されたので、弟のルイ・シャルルが17世となった。
 勿論このような環境下で戴冠式も何もあろう筈がない)


ルイ17世は、この時8歳。

靴屋のシモンが養育係となったが、虐待を受けたとの話も多く、
マリー・テレーズもそのスタンスで書いている。

編者ブロスの注釈によると、シモンは実はそれほど酷い男でもなかった
という説もある。

だが、シモンの養育の下、ルイ17世はサンキュロット・ルイとして
精神教育を施され、変質していく。

そしてついには、母(マリー)と叔母(エリザベート)から淫らな行為を
受けたとまで証言するほどに、その心は壊れていく。

この話を、マリー・テレーズは哀れにも弟の口から直接聞いている。

マリーの裁判中、ルイ17世のそうした”証言”の裏を取るべく、マリー・
テレーズやエリザベートのところに役人が訪れ尋問した際。

そんな破廉恥な話がある訳が無いと否定するマリー・テレーズに対し、
役人は同じテンプル塔に幽閉されていながら隔離されていた弟ルイ17世と
対面させる。

久しぶりに再会した、姉と弟。8歳の弟を、14歳のマリー・テレーズは
どれほど心配し、この対面をどれほど喜んだことか。

が、その弟の口から紡ぎ出た言葉は、敬愛する母と叔母をこれ以上なく
貶めるものであった。
この時のマリー・テレーズの絶望は、どこまで深かったことか。

#ちなみに、裁判でこのことを訴求されたときのマリーの名台詞が、
 かの有名な
  「全てのお母さん方に訴えます!」
 であった。
 一説によると、この啖呵で世の女性の同情がマリーに集まりそうになり、
 慌てて国民公会は死刑宣告~処刑を急いだという。



ルブランの描いたマリー・テレーズとルイ・シャルルの肖像画…。

その中で、マリー・テレーズに手を添えて、小鳥を優しく握り締めていた
弟ルイ・シャルルは、もうこの世にいないのだ。ここにいるのは精神を
汚染され、母と叔母を汚し、更にその証言に署名までする見知らぬ少年。

そうした思いは、マリー・テレーズの心の中に液体窒素を流し込み、
凍らせていく。

そしてそれは、数年の監禁の後、殆ど厄介払い同然に捕虜交換の道具
としてオーストリアに送られる頃には、すっかりと彼女の心を氷結させて
いたのだろう。

この手記では、マリーやエリザベート、ルイ17世の死を時間軸に沿って
述懐されているが、実際には幽閉中は、最後に叔母(エリザベート内親王)
と引き離された後は、殆ど家族の生死に関する情報も無く、また教えても
貰えず、微かな期待とどん底の絶望との間を揺れ動きながら、
心を永久凍土に封じ込めていったのであろう。
そんなマリー・テレーズの心の有様を示すように、解放された際の彼女は
長期間の誰とも会話の無い幽閉生活も有り、失語症にも似た症状を呈して
いたという。


この手記そのものは、ルイ17世の死(1795年6月8日)で終わって
いる。

その約半年後の12月19日にマリー・テレーズは、上述のとおり
タンプル塔から釈放され、母の母国であるオーストリアへと出国する
こととなる。

そして。
月日は流れて1814年。
数奇な運命の果て、マリー・テレーズは再び母国フランスの土を踏む。
氷の王女として、自分達の幸せを踏み躙った全てのものへの復讐だけを
胸に。

以下の絵画は、彼女がタンプル塔から解放された同年に書かれたものである。
開放された日付は上述のとおり12月19日なので、殆ど解放直後に
オーストリアで描かれたものと思われる。
(この12月19日は、彼女の誕生日でもあった。
 このことを意識しての解放かどうかは、定かではない)



その以前、1784年に描かれた弟との肖像画。
この二つの表情の違いを見たときに、彼女を襲った境遇が、どれほど過酷
なものであったのかを、改めて思わざるを得ない。

彼女の心には、ルイ16世やマリーがその遺書の中で記した
「全てに赦しを」の言葉はもう届かなくなっていたのだろう。

その後、1851年にウィーンにて没するまでの約50年以上を、彼女は
闇の中で生きなければならなかった。
それは、壁こそ無いものの、あのタンプル塔にいたときと何も変わらなかった
のではないだろうか。

せめて彼女の魂だけでも、サンドニに眠る両親や弟の許に帰りついている
ことを願うばかりである…。


(この稿、了)

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4 コメント

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Unknown (Unknown)
2010-03-22 01:13:57
> 母の母国であるオーストラリア
に爆笑しました。
ありがと
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Unknown (MOLTA)
2010-03-22 09:39:18
いや、お恥ずかしい…

他にも、漢字の間違いや段組の修正等を行いました。

ご指摘、ありがとうございました
返信する
(・・?) (Unknown)
2010-11-09 23:52:51
ルイーズやらテレーズやら、なんでこんなに混ざるんですか。
テレーズでしょ?
返信する
またまたお恥ずかしい (MOLTA)
2010-11-28 20:59:52
誤字とかを直したと上のコメントで書きながらこれですから…。

お恥ずかしい限りです。
ご指摘、ありがとうございました。
返信する

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